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Nore  作者: 池ノ水
7/7

6.5

◇男とドラゴンの戦い

 その固い皮膚がより強固になっていることは見て取れた。

 決定打を与えることは難しい。不可能を可能にできるのは、男の能力だけだ。霊媒師である彼が生まれた頃から持っているもう一つの特殊能力。

 男の能力は現実の縛りを受けた。また前後でシーンのつじつまが合わないと馴染まない。そのため、あまりに非現実的なシーンを描くことはできない。

 しかし普通に戦うよりは強い──少しだけ現実を超えることができるのか、彼の能力であった。

 その現実というものは、発動者の現実、観測者の現実、神が見る現実に分かれる。

発動者──男自身が感じ取る現実は、訓練によって拡張することができた。妄想を自信をもって現実化させる訓練だ。

 観測者──これは男の能力の発動を周囲で見ている者のことだ。男の行動とかかわりの深いもの……例えばさっきの戦いで言えば青年……の縛りを強く受ける。勝手に倒されてはたまらないから、創り出されるシーンを認めない。それが能力の発動を抑えることにつながる。

 この認識というのは魂に近い、無意識化のものである。続けて能力を使って相手を惑わす、相手に現実は不安定なものだと認識させることで、より現実離れしたシーンを描き出すことができた。

 あとは、違和感のない流れを作ることが大切だった。

「さて、どうするか」

 固いのは面倒だ。しかし、例えば同じく固い昆虫と違って、首も長いし、羽根、足と複雑な体をしている。付け入るスキはありそうだ。構造上、関節は弱いだろう。

 あと、攻撃が通りやすいのは目だ。仮面の隙間に突き刺す形になるし、あれだけ首があれば顔に捕まっても、隣の首に焼き払われそうだ……素早くだな。

「………」

 しかし、もっと決定的な何かが欲しい。

 ……あれは死霊ではない。それに別宗教のモノで形式が違う。しかし、似通った部分もある。それは、結局は人間が作った宗教だからというものではない。突き飛ばしているようで、土台は我々と同じキリストの考えだ。

 ならばこちらの領域に引き込んでしまおう。良く分からない生き物を死霊として認識してしまうのだ。組成的に似通っている部分があるのだから──一片でも欠片があるのなら可能にして見せる。

 霊媒師としては祓魔のほうが楽だ。

「トーマシン。祝詞は読めるな?」

 隣に立っている相棒を見る。

 彼女の攻撃は聖体を焼き払うという、非物質的な部分もあるが、根は炎であるため、あのドラゴンには相性が悪そうだ。あとは、苦手としているが処々の魔術を使えた。一割牧師、九割火刑師といったところか。

「私シスターじゃないんだけどな」

「ちぐはぐでも構わんから頼む」

「うん」

 ……『竜殺しの騎士』ならぬ竜殺しの霊媒師か。柄には会わねえが、やってやろう。

 男は己の体を媒体とし、霊界からの霊気を纏う。

 潤沢な霊気は通りのいい男の体をめぐり、親和する。神に祝福された肉体のなせる業だ。

「ハッ!」

 男の体を門として、霊界から死霊がはい出てくる。男はそれを自らの肉体に受け入れ、抑え込む。

 それは幻のように、どこか儚いホロウ

 霊気がバーナーのように吹き出し、巨大な羽根を形作る。

「似合わないな」

 男がまとったのはいつかあのドラゴンを殺した、大天使の魂。

 ──今、あのドラゴンはかつて天使に殺された獣。もう死んだ生き物だ。そんな認識の世界を作る。

 かつての戦いを再現するように、右手に槍を、左手に楯を携えた。

 男は空を飛んだ。

 槍の先端をドラゴンに向け、上昇する。そして、一筋の星のようにドラゴンの体を貫く。

 実体のない槍はドラゴンを貫き、死性を一部浄化していた。

「グルァァァァ!!!!」

 翼を翻したドラゴンは七つの首をもたげ、焔を放つ。火山の底のように、夜空は熱い焔に埋め尽くされる。

 真っ赤な視界。しかし男の楯は炎をはじいていた。炎の熱さで肌がチリチリとした。

 炎がはれたときには男の姿はない。男は迂回してドラゴンに下から迫る。槍が翼の付け根を一閃した。翼は力を失ったように、垂れた。死霊の体の一部として浄化され、器官が停止していた。

 ドラゴンはバランスを崩しながらも、左二枚、右三枚の翼で飛び続ける。

「…………ッ!」

 突如、ドラゴンの体を黒い霧が包んだ。

 黄金の面がこちらを向く。七つの口が開き、黒い炎を放つ。

 男は楯で防ぐが、黒い炎を受けて楯が削れていく。身をひるがえして避けるが、コートの裾がチリチリと焦げていた。

 男は三日月状に掛けた楯を投げ捨てる。楯は光の粒子となって空中で散った。

 ………死性を利用してきたか。俺の纏った聖性を侵食してきた。

 聖は悪を撃つ。悪が聖を汚すこともある。しかし、死が聖を侵食することはない。

 元来、死者は悪性をまとっているものだ。

 あのドラゴンは死性と共に悪性が極端に増している。それが黒いオーラとなっている。

 自信を狂わしてしまいかねないほどの黒霧。あの獣は『死は悪である』と極端にとらえることで、死霊であることを利用して大きな悪性をまとっている。

「………」

 早めに倒してしまわないと。

 ドラゴンがひときわ大きな咆哮を上げた。

 黒い火炎が放たれる。

 ──その時、下から飛んできた青い火球が炎の一部をかき消した。

 小さく、こちらを見上げるトーマシンの姿が見えた。目線が会う。

「………そうだな。落ち着いていこう」

 ドラゴンの放つ狂気に飲み込まれそうだった意識を、真っすぐ倒すべき敵に向ける。

 翼を断つ。あとはさっき立てた算段通りに。

 竜が再び焔を吐こうと構え始めたのと共に加速する。

 その喉の奥に黒い息吹が見える。

 槍を構え、狙いを定める。

 ギリギリまで接近し、焔が放たれたタイミングで体を落とす。

 かわし切れず天使の片翼が炎に飲み込まれた。

 すれ違いざまにドラゴンの片方の翼を二枚切り落とした。鞭のように迫ってくる尻尾を避け、もう一方の翼に迫る。

 炎を避けながら、切り落とす。

 ドラゴンの動かせる翼は片翼一枚だけになった。自身の体重を保ちきれず、落下する。

 ……そして俺の体も。

 片翼だけで飛ぶのは難しい。そんなに飛び慣れてもいないしな。

 それに大天使を召喚した反動で、体が軽く麻痺して十分に機能していない。安全に落下しようと何かをするのは難しいな。

 落ちていくドラゴンを追い越しそうだった。背中の突起に捕まって、一緒に落ちていく。

 ドラゴンは身もだえるが頭から落ちていく。

 その体が地面に叩きつけられたとき確実に死ぬようにと、俺はとどめを刺そうと、多少非現実的な重りとなる。地面が迫ってくる。


「あ! ちょうどいいところに来た」

 瓦礫を踏んづけてやってくるのは金髪の青年だった。

 上空からやってくるのはドラゴンとアイク。

「わ、大変だね」

「どうにかしないと」

 アイクをキャッチしないといけない。手を空に向ける。苦手だけど、魔法を使う。

 宙に生まれた魔法陣がアイクの体を減速させた。その減速した体をビルの柱を軸にした鎖でキャッチする。半円を描いて、上昇したアイクの体はまた空に飛ぶ。青年がジャンプして、それをキャッチする。

 そのまま、ドラゴンの落下から身を避ける。私も急いで逃げる。


 見上げた視界を雲が流れて行く。空を背負って青年の金色の髪がなびいていた。

 青年は俺に微笑みかける。優しそうな青い目が俺を見る。

「大丈夫かい?」

 そう語りかける声が脳裏に響く。


「アイクー」

 地面に降り立った青年の腕の中でアイクはじっとしていた。

「赤ちゃんみたい」

「下ろしてくれないか」

「……腕いってー」

 そう言いながら青年は両腕に抱えていたアイクを下ろした。青年のその左肩からは血が出ている。

 降ろされたアイクは胸を抱えていた。その体からは青い霊気が漏れ出していた。

「おいトーマシン。閉じ切らないから頼む」

「男に掘られたみたいにか」

 扉としての能力を使いすぎてしまって、閉じなくなっているのだ。今日はあれだけ大きな大天使を召喚した。

 荒治療だが、軽くあぶって、漏れ出す霊気を止める。切断された四肢を止血するときみたいにだ。

 殺してしまってはいけないから根絶やすだけの炎に魔術を絡ませる。私は祝詞を読み上げながら、膝をついたアイクの胸に手を当てる。風になびくように炎がちらちらと揺れる。

「………ッ」

 アイクは痛みにたえている顔をした。そりゃ門としての機能を組織する細胞が死んでいるんだ。魔術的な、精神的な肉体を焼かれる痛み。物質的な肉体を焼かれるよりも気持ちの悪い痛みだ。

「もういいでしょう」

 炎が表面で燃える手を離す。

「ああ、助かった」

 胸を抑えてアイクは立ち上がる。

「……ドラゴンはこっちでどうにかするから、エルを助けて来てくれないか」

 青年にそういわれる。

「……うん。わかった」

 ドラゴンが落ちて建物が一向崩壊していた。その向こうに、

「わっ。きも」

 骸骨がうじゃうじゃいて、その中心であの子と……騎士が戦っているが見えた。

「じゃあ行ってくる」

「ありがとうね」

 青年の感謝を背に少女は駆けて行って、落下したドラゴンの前には青年と男が残された。

 ドラゴンはぐったりと首を垂らしながらも、一つの首が炎を吐こうとした。青年がその口に向かってナイフを投げると、ドラゴンは「キュウン……」と鳴き声を上げて、焔を吐こうとしていた口を閉じた。

「始末しようか」

 瓦礫の山に登って、青年はナイフを構える。

 外れた仮面の陰から覗く、緑色の瞳にナイフを突き刺す。

「なあ、アイク殿」

「……アイクで良いぞ」

「あ、いく……」

「お前そんなキャラだったのか」

「いや、何らかの電波を察知してだなあ……」

 そうしてすべての首を始末し終え、二人はエルたちの元へ向かった。

 何かわかるかもしれない。そう思った青年は立ち去り際に、落下して割れた大きな仮面のかけらをコートの裏ポケットに入れていた。


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