表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Nore  作者: 池ノ水
4/7

4

◇少女2

 ビルが立ち並ぶ街並み。迷路のように入り組んだ裏路地。光も届かないその奥深く。

 倒れた女を抱え込む少女がいた。

 女性は、糸が切れた人形のように首を後ろに垂れ、微かに開いた口から顎に向かって血が垂れている。

 その目はもう焦点を結んでいない。恋人への祈りを終え、すでに次なる世界を見つめている。もう助からないだろう。

「ねえ、人は死んだらどこに向かうと思う?」

 女性の頭を支え、少女はかすれた声で呟く。

 この場には二人しかいないし、声はもう女性の耳に届かない。乾いた呼びかけだった。

「あなた、そんなこともわからないの? 結構な司祭のくせして」

 だったのだけれど、暗闇の中で闇が粒子となり、形を作る。それは娘の姿をして、傍らから少女の声に答える。

「どこにも行かないわ。ただ、私と共にあるの」

「あなたは死神でも救世主でもない。命とともに存在などしない。魂を語れる存在ではない」

「私はすべて、すべては私の中にあるの。貴方たちが慕うものもよ。何よ? つんつんしちゃって。私のこと嫌い?」

 少女は女性の目を閉じ、頬を伝う涙をふく。

「………ううん。そんなことない。愛しのエーテル。私はあなたと共にある」

 それから女性をコンクリートの地に置く。女性の体はそのまま地の闇に飲み込まれていく。

「さっ。次行きましょ」

 娘は、しゃがみこんだ少女の手を後ろから握って、くるりと立ち上がらせる。

「早く終わらせて、かなえるの。私の世界とあなたの望みを」

 少女は柔らかい笑みを浮かべる。

「そしたらきっと、幸せになれるから」

 走り出すように、小さな両手で私の手を包んで

「アリア」

 そう呼びかける声に、幸せだと思った。


◇でっかい男と小さい女の子

「なんとか撒いたな」

 わき腹から血を流して歩く男と

「くそ、まんまと逃げられた」

 その傍らを微かに悔しそうな顔で歩く少女。

「トーマシン……」

「どうしたの?」

 傷はそれほど深くない。男の腹に手を当て、少女トーマシンは顔を上げる。

「……いや、何でもない」

「お前に何を言っても仕方がないな」と、男は思いなおす。

「声に出てるよ」

「あの男は面倒だな……」

「……うん。アイクは苦手だろうね」

 そもそも肉弾戦がかなりの腕前なのに加えて、幻想をかき消す力がある。

 青年にかける術はことごとく打ち払われるかもしれない。

「あの幽霊は誰のモノかわかる?」

 あの甲冑は縛って屋上に放置した。倒すことはできなかった。束縛するのがやっとだった。

 青年のことは見ていれば分かったけど、幽霊についてはボトルの方が詳しいから一応聞いてみる。

 あの異質さ。普通の幽霊とは違う、かなり上位のモノだろう。

「俺にもわからん。知る限り。教会のモノではないな。あの男以外にも部外者がかかわっているのかもしれない。それから、あれは聖霊のレベルだな」

 ………あの青年に関してもそうだ。私の理解を超えた力にも思える。

 この戦いは我々のあずかり知らない未知が含まれていた。色々と。

 でもいつもそんなもんだったかもしれない。

「旅路よ旅路。我らが、ね」

「よし、もう大丈夫そうだ。ありがとうな。じゃあ、追うぞ」

 治療は完了して、傷はもうふさがっていた。あてていた手を放して。

 二人路地を歩きだす。

 ───歩き出して、上から降ってきた陰に気づく。


◇少女と青年

 それから葉巻を吸い終わるまでもう少しゆっくりしていた。風もない街を雲が流れて行っていた。カラスが一羽飛んできて、電柱に止まった……ちょうどいい。

 カラスに目線を向ける。

『少し借りるわよ』

 そう心の中で語り掛け、こちらを向いた目から、乗り移る。

 私は電柱の上にいて、突き抜けるビル街が見えた。羽ばたくと地面がさらに遠くなる。

 風を切る音が聞こえる。遠くの空で月が一つ光っている。

 黄金の月の中に一つ、黒い点が見えた。点はだんだん大きくなってくる。

 そのとき、街の少し先の一角が、赤く燃え上がった。とてつもない轟音が街にとどろいた。

 そこだけ夕焼けの空のように明るくなり、また光は消えた。

 赤い空を背景に見えたのは、あれは──それは蜥蜴のような岩ばった赤い肌、大きな翼。ビル一つ分ぐらいの大きさはある、一頭のドラゴンだった。夜空を悠々と飛び回るのと共に、月明かりを受け、赤黒い肌がてらてらと光っているのがみえる。

 カラスから自分の体に意識を戻す。ニックと目を見合わせる。

「逃げるぞ」

「ださっ」

「いや、あれは無理だよ。巻き込まれないようにしないと。アイツらが戦って互いに弱ったところを僕らが叩くんだ」

「姑息な」

「でも、それしかないだろう」

 立ち上がった私たちは、しかし、曲がり角の向こうから現れた姿に足を止める。

「ウォォォォォ!!」

 それは低いうなり声をあげる巨人。その体は黒い影に包まれている。薄暗い裏路地の闇がより深まって見え、どしどしと歩く姿は深淵の底から現れてくる魔物のようだった。

 巨人はその手に握った大きな巨斧を振り上げた。

 星のネオン、静かな町。冷え着いた空気をなぐ一筋───振り下ろされる。

 見合わせるでもなく、私たちは左右に避ける。

 巨人の剣は地に埋まり、コンクリに割れ目が走った。両サイドの建物の壁が削れ、ぱらぱらと破片が降った。

 ドラゴン、巨人……なんだ、神話か。

「こりゃまずいって」

「それ、使いな」

 青年は急に私の胸元に手を伸ばす。それからペンダントを引きちぎって投げてくる。

 私はそれを水を掬うみたいに両手で受け取って、

「使うって?」

「掲げてみるんだよ」

 私たちと巨人、お互い路地裏の端にいた。

 物心つく前から持っている私のお守り──小さな十字架のペンダント。良く分からないけれど、掲げてみる。

 甲冑から守ってくれたときみたいに、何度も私を守ってくれていた。今度も私を救ってくれるかもしれない。

 掲げる。


   青い光が渦を巻き、それは灯となり形を成す。

       ───小さな十字架は、誉高き白銀の剣となった。




◇少女2─回想─2

 差し込む光が、ステンドグラスの模様を教会全体に映し出す。

 色とりどりの模様は静かな空気の中で美しく………美しいのだろうか。

 そんなに古くはなさそうだけど、それでも数十年。静かで好きだった。

 長椅子に倒れる。日の光で埃が浮かんで見える。

 寝床を確かめるように、体を直す。

 うん。しっくりきた。

 特にやることはない。

 眠りそうで眠らないような、そんな日向の感覚だった。眠くはない。

 やることはないけど、ずっといる。私はそうだった。

 瞳を閉じて、日光で瞼が熱い。

 ………何だか眠くなってきた。そんな時。

 ギシリと扉が開く音が響いて、私は起き上がる。曖昧な意識が驚いてさ。

 コツコツと歩く音が聞こえた。小さくて、感覚が短い。私と同じぐらいの子供。

「あー。隠れないでよー」

 背もたれの裏に戻した頭をもう一回上げる。

 ……さっきの、さっきの子供だった。

「あー。さっきのー」

 元気そうな声でそう言って、駆け寄ってくる。

「何してるのー?」

「別に。何も」

「えー。私は、待ってたの。入口のカウンターで。おさ、中々戻ってこなくて、やっと帰ってきたの。それから探検してたの。そしたらここに来たの」

 大きな目が私を見る。光を受けて、透き通って見えた。

「ふーん……」

「あそぼー」

「やだ」

「えー」

 そう言って、私の隣に腰掛ける。

「じゃあここにいるね」

「やだ」

「えー」

「………」

「………」

「暇だね。どっかいこ」

「いやよ」

「ここで何やってるの? 祈ってるの? 歌歌う?」

「祈って……ないわ」

「じゃあ私歌うね」

「話聞いてる?」

「hu hu hu hu hu-hu hu……ねえあのさあ」

「ん?」急に、目の焦点が会ってない、ボーとした目で留まる。

「神様っていると思う?」

「………うん」迷って、私は頷いた。

「やっぱり!? うちさっきそこで神様っぽいの見たの!! 一緒に見に行こ!!」

「いやよ」

「くっそー。その手には乗らねえかー!……」

 頭を抱える。

「……ねえ、宇宙人っていると思う?」

「いないわ」

「……ねえ、ネッシーっていると思う」

「ネス湖にはいかないわ」

「ビスコいる?」

「いるわ……センキュー」

「……ねえ、猫っていると思う?」

「それは、いるかもしれないわ」

「ねぇー。……じゃあ、何がいるの?」

 そう悪態をつく。

 何がいるんだろう……ちょっと考えて言う。

「あなたと………わたし?」

 一瞬間があった。女の子は目を見開いて、私の手を取る。

「わー! そうだね。 じゃあ、遊ぼ!」

 私がしまったと思った時には、腕が盛大に引っ張られ、首がガクンとなる。

「ちょっと!」

 そのまま引っ張られて、教会を出た。

 葉が日光に照らされて、キラキラと光を反射する。

 外は眩しかった。

「わっ」

 女の子が急に急ブレーキをかけるから、顔がぶつかりそうになる。

 私の両手を取って、すぐ目の前にある目がきらきらと、薄い青色。流線を描くまつ毛がばっさばさ。

「んふっ」

 くすりと笑って、それからまた前を向いて駆けだす。私は引っ張られる。

 なんなんだ……。


 それから寮に戻った。

「おかえりー」

 シスター服を着たお姉さん──宿長がカウンターの向こうで出迎える。

「ただいまー」

 私たちは階段を上って。私も引っ張られて駆け上って。

 伸びる廊下と、並んだ扉を見通す。

 私は自分の部屋に向かって歩く。

「あれ、私どこだっけ……聞いてくる!」

 そう言って女の子は下の階へと駆けて行った。

 私は自分の部屋に入る。私の荷物と、もう一人、同居人の荷物がすでに置いてある。

 部屋の隅に二段ベッドが置いてあって、勉強机が二つ置いてある。

 私は窓を開けて、夕方少し前の温かい風を受ける。カーテンが揺れる。

 バタン、と扉の開く音がして、私は振り返る。

「同じ部屋だった」

 そういって、私の隣に駆け寄ってくる。

 下の階、部屋からそのまま続くように伸びたテラス。芝生の草原、遠くに見える海。それがここの景色。

 アリアはバタンと板張りの床に倒れる。それから虫みたいに手足をわさわさ振る。

 私もその隣に腰を下ろす。

 床は日中光を受けていたからか温かかった。でも染まり切らない無機質さというか、冷たさもあって心地良い。

「ねえ」

「ん?」

 髪が乱れて、細い房が口の中に入りそうな顔で、そういう。

「ここに丸い机と椅子おこ。ホテルみたいにさ」

「余ってるものがないか聞いてみる?」

「聞くー」

 風が吹いて、女の子が目をつぶって。開けて。

「そういえば名前なに?」

 そう問うてくる。

「アリア」

「私アリス!」

 似たような名前だった。

「似たような名前だ……よろしくね」

「よろしく」



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ