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◇少女2─Drowning
天蓋を見上げる
日は傾いたけどまだ空は赤くない。そんなやたらと眩しい時間帯。
教会の外廊下は陰になっていて薄暗い。
天蓋を見上げる私。
どこを探しても見つからない。幼いころから、ずっと探してきたのに。
祈るように空に伸ばした手を、掴んでくれるあなたはもういない。
◇少女
「君がエルかい?」
少女の瞳が夜の青だとするなら、青年の瞳は良く晴れた朝の青。どこかで出会ったことだあるような、いつもどこかにいるような、けれど全てを救ってすぐ消え去ってしまうような。
それから、獅子のような黄金の髪を中央で分けている。
「逃げるよ」
「………倒してくれるんじゃないの?」
「あれは僕には無理だよ」
「じゃあ来るなよ」
「来ないと君死んでただろう? 助けてあげたんだからありがたく思え」
「もっと違う人が良かった」
「贅沢言うな」
「そうね、贅沢言っても仕方がないわね。期待した私が馬鹿だった。逃げましょう」
「あー待ってー。おいてかないでよー!」
「待ってもらおうか」
その時屋上に降り立った影があった。少女は繰り出された拳を視界の端に見て、とっさに腕を構える。
少女をかばいきれないと思った青年は拳を打ち出した状態の男に、どこからか取り出した短剣を振るう。男は手袋をはめた手でそれを防ぐ。青年は男の足蹴りをかわし、距離を取る。
少女は衝撃を抑えきれず、前腕の甲を抑えている。
「誰アイツ?」
「敵だよ敵」
「わかってるよそんなこと」
それから、もう一人が遅れて屋上に降り立った。14歳ぐらいに見える女の子。大柄な男の隣に降り立った。男の相棒だろうか。
「敵増えた……キツクない?」
「俺に任せろ」
忘れかけていたけど、甲冑は静かに後ろで佇んでいる。
青年は拳を構える。
少女の体を霊気がまとう。
男はゆったりと佇んだままだった。
相棒は腕を組んで観戦していた。
「ハッ──」
少女の加速した肉体が爆ぜる。拳は男の腕に受け流される。男は同時に左手で、青年が空中で繰り出した足を防ぐ。
少年は両足で男の腕を挟み、ねじるようにして男を伏せる。そこを少女の足がなぐ、男は勢いで体を落としてそれをかわす。二人の間から逃げ出した男を、少年が蹴り飛ばす。
「やるじゃん──」
少女がそう呟いたときには、突然シーンが切り替わったかのように二人の間に男の姿がある。
男のこぶしを防ごうと構えた少女。
少年は男のこぶしを掴む。力は拮抗して、動かない。
「────」
視線をかわす二人。
何かを示し合わしたかのように戦いは加速する。
二人が動き回るのと共に、火花がはじけ飛ぶ。
それは小さな竜巻のような、巻き込まれまいと、思わず少女は距離を取った。
「えー」
蚊帳の外に出された少女エルは、目前で繰り広げられる戦闘に佇む。
傍らで佇むもう一人の少女に視線を送る。彼女の目は『黙ってみていよう』とささやく。
諦めたエルはこくりと頷く。ひらりとスカートの裾を翻し、屋上の淵に座る。
「…………」
爆ぜる閃光を二人の少女は傍らで眺める。
◇二人の戦い
男は不規則な動きを見せた。
青年の動きには、体の中で何かが爆発しているような起爆力があった。
「フンッ──!」
青い霊気を纏った男のこぶし。瞬間移動したかのように青年の体に迫る。
青年はそれを捉え、受け流し、男の体に拳を打ち込む。
男はそれを打ち払い、そのままの流れで攻撃を返す。一瞬後には青年に拳が迫る。
そんな攻撃が繰り広げられ、二人の男は屋上の上を縦横無尽に駆け回る。
水道タンク、アンテナ、ビルの縁。
甲冑は審判みたいに二人の間に突っ立っている。
「───」
私の隣に座っている少女が、控えめにこちらにナイフを向けてきた。
「なぜそんな投げやりに?」
「最低限?」
戦う気はないみたいだった。足をプラプラさせていた。
そろそろ動きはないのかなと、また前を見る。
───小さな円を描くように構えたナイフ。
交差しようとする二つの獲物。ナイフは心臓を、拳はこうべを狙う。どちらが速いか。
この時少年は、男の意識に飲み込まれるような目の疼きを感じた。
さっきからずっとそうだったんだ。錯覚のような動きは青年の意識を惑わしてきた。
………普通ならばそうだった、青年のナイフの方が速かった。
一足早く、青年のナイフが男の胸に迫る。
───その時、反転した。額に接触する男のこぶしに青年は目を見開く。
………これも、普通なら逃げれなかっただろう。すでに当たっている拳を避けることなどできない。
しかし、一つ前の現実に巻き戻るかのように、少年は体をかがめ男のこぶしを避けていた。
そのまま肩の裏で男の動きを少し流す。ナイフは男の脇腹を浅くかすめた。
そうすると男のこぶしの先には甲冑がいた。
「しまった」
勢いをつけた拳を引き返すことはできなかった。
男のこぶしが甲冑に当たり、鈍い音が屋上と開けた街に響いた。
「………」
少女は少し、しまったような顔で見ていた。
「逃げるよ」
私は青年に手を引かれ、とどめる暇もないまま屋上から飛び降りる。
夜の空気に体をうずめながら、少し後、飛び散る閃光音を背中に感じた。
私は夜の街に飲み込まれていく。
◇少女─回想─1
彼の名はジャックという。
彼は、ロンドンフットボールクラブのユースグループでゴールキーパーをやっているらしい。「背高いし」と言っていた。
それで時折学校を休む。早退したりする。
彼と私は良く一緒に帰っていた。
なんでだったかは良く覚えていない。途中まで一緒で、私が先に分岐して、彼は真っすぐ。
今年の秋ごろに彼は転校して来た。
別に何か大きな出来事が有ったわけじゃあなかったと思う。ただ何となく流れで、同じクラスだし良くしゃべってる。ジェシカとかヘレンとかブライエニーとかと一緒のグループで。
帰りは私と彼の二人なことが多かった。何だかんだみんなやることがあって、時折ジェシカとかが肩をたたいて通り過ぎて行った。
「ねえ誰待ってるの?」
それは授業が終わって、帰る時間でのことだった。
私は彼の名前を伝えた。二人でいるときはジャックと呼んでたから、そっちの方が印象に残っていて、本当の名前を思い出せない。
「あんた──のこと好きなの?」
…………。
「あんたも面食いねえ。あんな一昔前のアイドルみたいなこってこてのイケメンが好きなんて」
さばさばした、おかんみたいな口調でジェシカは言う。
私は、降り積もった雪と足元を見る。
「がんば!」
ジェシカはそう言って階段を駆け下りて、
「……うん」
頷いた私の肩をたたいて走り去っていった。
「………」
夕日に赤く染まった空を見る。雲が綺麗だった。
「待たせたな」
彼の声がして、私は振り向いた。
◇少女と青年
降り立った街を走りながら話す。
「あんた何者?」
「たまたま通りかかった、ただの旅人だよ」
「はあ……良く分かんないけど。名前は?」
「ミハイル。みんな好きかって呼んでる」
「じゃあ、ニックって感じがするからニックね」
「それは勝手すぎるだろう」
「ジャックでもいいわ」
「ニックで良いよ」
「じゃあニック。よろしくね」