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Nore  作者: 池ノ水
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エピローグ

エピローグ


◇少女

エスカレーターに乗ってホームに降りる。

突き抜けた空間に唯一響く、空調の音に瞳を閉じてうとうとして、ぼんやりとする。

そのあたりで気付く。

「誰もいない」

無人のホーム

いつからだろう。改札を通った時。ターミナルに入った時……。

誰もいない静かなホーム。底の見えない暗闇の向こうから光がやってくる。


◇彼ら

眠りについた住宅街を一人男が歩いていた。

それから男をはねて車が止まった。

何にもなかったかのように止まった車の扉が開く。

運転席から大柄な男、助手席からすらっとした服を着た、青年みたいな少女が下りてくる。

「まだ残ってたのか」

男は低い声で呟く。サングラスの向こうの目は見えない。

少女は涼し気な目であたりを見ている。

閑静な住宅街に二人、黒衣を纏った者達が降り立った。


◇少女

部屋の扉を開けて、上着を投げてベッドに倒れる。首元で十字架のネックレスが揺れる。

寝っ転がったまま靴と中着を脱いで投げる。

そのままボーっと天井を見上げて。

「さむ」

冬は寒い。

布団をかぶって目を閉じる。


◇青年

ビルの上から街を見下ろす人がいた。

夜風になびく金色の髪。暗闇の中で彼の髪は鮮やかに見える。

下から照らす街の明かりが、ぼんやりと浮かび上がってくるようだった。

青年は何かを察知して、青い瞳を遠くへ向けた。それから、夜の空気を切って飛び降りた。


◇少女

窓が開いていてカーテンが揺れて風が吹き込む。

二の腕を撫でる風に少女は瞼を揺らす。

ベッドの脇に何かが立っている。

──それは大きな甲冑で、呆然と立っている。

暗闇の中で月明かりを受けて、銀の頭が鈍く光った。

甲冑はベッドに横たわった少女に視線を落とし、手を伸ばした。

眠る少女に大きな手が迫る。

少女は安らかな寝息を立て、気付かない。

そして、手が届く寸前。

少女のペンダントが光った。

青い光が十字架の周りで激しく渦を巻く。

伸ばされた手の平で青い火花が跳ね、はじかれた甲冑は手を引いた。

目を覚ました少女は、ベッドから飛び起き、何事だという表情で傍らに立つ甲冑を見る。

それから、素足をフローリングの床に置き、部屋の出口に向かって駆けだす。

甲冑は金属が震えるような悲鳴を上げ、大きな体を向ける。

少女は何かをつかむように手を振り、青をまとった手で空を薙ぎ払う。

光の残滓が騎士の体を襲い、男はそのまま壁を突き破って廊下に倒れた。

少女はその傍を駆け抜け、階段を駆け下りる。

そのまま玄関の扉を開け放ち、夜の街へと飛び出した。


 車はライトをつけたまま停止し、車道に列をなしていた。

 街を駆ける少女は時折振り返り、追いかけてくる銀色を視界にとらえる。

 甲冑の歩みは少女に比べゆっくりに見えたが歩幅が大きかった。車の間を押し進み、車道を横断してくる。

 少女はルーフを踏み台にして空を舞う。高層ビル、ガラスを破ってデパートの一室に転がり込んだ。そこは服屋で、巻き込んだ服の山から飛び出し、また走る。

 遅れて降り立つ騎士。開けた通路に出て駆ける少女に、柱を砕いてぶん投げてくる。

 少女は避けた勢いで、下の階へと開いた穴に身を乗り出す。手すりを掴んで振り子の要領で飛び、次の穴から元の階に降り立つ。降り立つ前に空中で投げた攻撃は甲冑の腕にはじかれた。

 近距離でなら体を押し飛ばすことはできるが、それでも大した負傷は追わせられない。甲冑の防御力は高かった。

 少女は窓ガラスを割ってデパートの外、宙に飛び出す。外枠のヘリを掴んでさらに上に飛ぶ。

 たどり着いたのはデパートの屋上で、だだっ広い空間だった。この時、先ほどのフロアと屋上の間に紋様の輪が浮かんでいた。

 少女は手を伸ばし掌を重ね、目をつぶる。

「セプトゥ>アザーズ、ア・レギオン、光よ光跡となり、かのモノを救え」

 紡がれる祈りと共に少女の手に剣が生まれる。それは実体のない光。

 腰を落とし、それを構える。

 少女の罠に引っかかっていた甲冑が、階層を突き抜けて今、屋上に到着する。

 手首を返し水平に構えた剣を、

「父と子と精霊と諸々の聖名によりてお前に告ぐ。死ねぇ!!!!!」

 叫びと共に放つ。

 棘のつるが紡がれるように光は渦を成し、轟音と共に甲冑を襲う。

 光跡の輪が街に広がった。


 フラッシュアウトした視界が晴れると、あたりはコンクリートの埃で霧がかっていた。

 少女は埃の先を見据え、大きな影を見る。

「くそ」

 影は霧を薙ぎ払い姿を現す。

 甲冑の表面は少し焦げ付いていた。その程度だ。目に光を称え、歩み寄ってくる。勝ち目はないだろうと逃走を選択した少女はしかし、射すくめられ逃げられない。

 甲冑は剣のない鞘に手を回す。

 そなたが全力を出したのなら次は私の番だという、礼儀に満ちた騎士の目。

 逃げればついてくるし、砲撃を放てば撃ち返してくる。

 ───甲冑は無い剣をつかむように引き抜き、星のない夜空に掲げた。

 空間が内側から肥大するかのような迫力と共に、その手に形を成しきれない光をまとった。

「────ッ」

 この攻撃を先ほど彼がやってのけたように防げということなのだろう。自分に課された状況を把握し、めいいっぱいを構える。

 少女が防壁を発動するのと共に、今は亡き剣が振り下ろされる。


 今日二度目の光景でもさっきよりひどい。衝撃は消えた、煙の中にいた。

 私は生きているのだろうか。目を覚ますように一瞬途絶えた意識から戻って、そう思った。

 答えを確かめるように瞳を開けて、その背中を見る。

 少女をかばうように立っている青年。もっともゆったりと突っ立っているだけで、余裕そうに、残された風にコートをはためかせている。

「大丈夫?」

 振り返って、しゃがみこんだ少女の手を取る青年。

 昔話の中に出てくる聖人のような、無垢な青い瞳が少女を見る。

 その手を支えにして立ち上がる。

 青年はにこりと微笑する。

「君がエルかい?」

 それが彼との出会いだった。


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