表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

エスケープ

作者: 秋田 茂

 暮れ泥む空に烏が一羽飛んでいる秋の日。小川の上に建てられた学生達が通学路に使うような高架橋の下にある細い道に、段ボールとブルーシートで出来た粗雑な作りの家があった。家と言っても青い玄関をくぐれば窓もなにもなく、布団一つが敷いてあるだけの質素とすら言い難い有り様の物置部屋一つ分もない家である。

 ここの住人は今時分は缶を集めに行ってるので中には誰も居ない。しかし、勿論鍵などはないので中は入り放題。寒くなり始めたこの頃にせいぜい犬猫が暖を取るために入り込まないようにブルーシートで出来た入口の端に重石を置いてあるくらいだ。普段なら、この重石だけで侵入者を防げるのだが、今日に限ってはこの重石は功を奏さなかった。



 日もすっかり暮れテレビではバラエティー番組が流れ出す頃、くたびれた服装に身を包み、右手に食パンの切れ端の入ったビニール袋を手にしたくたびれた男がゆっくりと歩いてきた。この男があの家の住人の「月宮」という男である。月宮は町のあちこちで缶を見つけてはそれを売って日々の生計を立てている。

 缶と言ってもアルミ缶とスチール缶の二種類があり、この内アルミ缶のみを選別しなければならない。飲み残し等で悪臭を放ちベトベトするゴミ箱に手を突っ込み缶を取り出すので、ものの二時間で元々みすぼらしい格好に悪臭と汚さが追加され、その醜さに拍車がかかる。アルミ缶も一つだと片手で持ち上げれる重さだが、飯が食える金額にはほど遠い。なので、ビニール袋に缶を詰めれるだけ詰めるのだ。それでやっと、一日に手に入る金は多くて三千円程度、かなり少ないが、これでも日々の生活は成り立つのだ。

 とかろが、この日はいつもより缶の集まりが悪く、普段は行かないような町の外れの方まで歩いたのでくたびれ果てた月宮は、今日はもう帰ってすぐ寝ようと思っていた。

 月宮が家に帰ってくると、みすぼらしい手製の家が変わり果てた姿で横たわっていた。段ボールは全て剥がされ当たりに散乱し、ブルーシートは破り捨てられている。知らない人が見たらただのゴミ捨て場だと思うかもしれない。一体誰がこんなことをしたのか、それは月宮の知るところではない、無惨にも朽ちた家の回りにある小さな運動靴の足跡で大方の予想はつくが……。月宮はかつての我が家がただのゴミ捨て場に変貌を遂げたのを見ると、暫く呆然自失とした様子でつったっていたが、何を思ったのか不意に来た道を戻り、先程まで自分がいた夜の街へ足を進めた。ただ、解るのは彼の目には光が宿っていなかった。



 夜の街はあらゆるネオンと大型ビジョンの音声と人々の雑踏が絡み合って目にも耳にも痛い有り様だ。こんなところにいては気が狂ってしまうと考えた月宮は、ビルとビルの間にある細い路地に身を隠す。道行く人等は、月宮を気持ち悪いものを見るように顔をしかめるか、指を指し嘲るか、無視するかのいずれかしかいない。後ろを気にしながら路地の奥を見ると、まだ先へ続いてるようだった。

 路地の奥へ足を踏み入れていくと、耳障りな都会の鳴き声から遠ざかったので静かになると思っていたが、月宮の考えとは裏腹に、何やら鈍い音が聞こえてくる。路地の奥は少し開いた空き地になっていて、その中央に声の主達は屯していた。声の主は高校生くらいの少年だった。少年等は空き地の真ん中で何かをぐるりと囲むように五人くらいで円になっていた。月明かりがあるとは言え暗いし距離もあるので何を囲んでいるかは見えないが、彼等がしきりに足を前後に動かしているのを見るに何かを蹴っているということは想像に難くなかった。

 それからも蹴りやストンピングは続いていたが、暫くしてすると彼等の内の一人が左腕を確認すると今までずっと動かしていた足を止め、月宮のいる出口の方へ駆けてきた。月宮は、見つかっては不味いと判断し、咄嗟にゴミ箱の裏に身を隠した。彼等は慌てた様子で行ってしまったので暗さもありこちらには気がつかなかったようだ。

 彼等が空き地を出た後、月宮は彼等が暴行していた対象の元に近寄ってみた。見ると、それは黒い袋の中に入った何かであった。人一人分の膨らみを持った袋は時折カサカサと音をたてながら動いている。しかし、月宮はそんなものには目もくれず空き地の隅に置かれたタイヤに歩み寄り、それに腰掛けた。都会のゴミの物なのか自らの物なのか判らない悪臭にも最早なにも感じない程、月宮は疲弊しきっていた。先程からずっと手に持っていたパンの入った袋を開け、中の物をつまみながら空を仰ぎ見てみると雲一つない澄んだ空に丸く輝く月が出ているのに気がついた。その月は今まで自分が見てきたどんな月よりも遥かに綺麗で、奇霊な月だった。見ているとまるで吸い込まれそうな……。




 それから少し経ち、朝日が出始め月が役目を終える頃。袋から聞こえていた息遣いもとっくに聞こえなくなり都会の中心に似合わぬ静寂が訪れる頃、一人の男が空き地に現れた。整った顔立ちの男は、中央に置かれた黒い袋と端で死んでいる浮浪者を小脇に抱き抱えると、沈みかける月へと歩いていった。

 後に残ったのは中央にある革靴の足跡と、食べかけの食パンの切れ端が入ったビニール袋だけであった。昨夜の事もまるで無かったかのように感じられる閑散である。




 街中のニュースでは今夜が十五夜であることが告げられていた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 更新応援してます!
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ