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イビト協定  作者: 光太朗
7/8

◆ 異人間 ◆

 *


 協定の条

 協定に反したイビトは、協定に沿うイビトによって拘束、ときに罰せられる。ただし、確固たる証拠なく是を為すことを禁ずる。


 *




「どういう、こと……」

 呆然と虚空を見つめ、すみれの口から声がこぼれた。立っていられなくなったのか、崩れ落ちるように膝をつく。その目が美久を捉え、マサキは二人の間に入った。

 視線を送ると、すでに俊介が美久の拘束を終えたところだった。協会から支給される縄で、両手を縛り付けている。

「説明してやれば」

 マサキは、地面にぺたりと尻をつき、震えている美久にいった。できるだけ怒りを押し殺す。彼女は抵抗する様子もなく、しかし口を開く気配もない。うなだれ、ただ泣いていた。

 その姿が、記憶のなかの自分と重なる。渇きのなか、わけもわからず己の母親を食らったあの日。まるで被害者のように、ひたすらに泣いていた自分。

「おまえがやったことだろ、藤ノ宮美久」

 いらだちのままに声をぶつけると、大きな手がマサキの頭を撫でた。

「まあまあ、落ち着いて。どっちにしても話してもらわなきゃなんないんだから」

 場にそぐわないのんびりとした声で、そんなことをいう。マサキは舌打ちした。

 ちらりと見ると、屋上の入り口の前にはアオがいた。第三者が入ってこないようにするためだろう。

 ということは、時間は充分にあるということだ。

 息を吐き出し、マサキは一歩下がる。

「……ごめん、なさい……」

 嗚咽を漏らしながら、美久がつぶやいた。

「ごめんなさい、すみれちゃん……わたし、すみれちゃんが喜んでくれるならって、本当にそれだけで……」

 涙のなかで、それはほとんど声にならない。続ける様子もなく、ただしゃくり上げる。

「いやいや、君は使いこなした方だと思うよ。後天タイプでいきなり従属を得るっていうケースは珍しいんだ」

 フォローのつもりでもないだろうが、どちらかというと褒めるような口調で、俊介がいった。

「それとも、ぜんぶわかっててやったのかな。君の特性は、ヒトから吸収した活力を美に昇華させること──そんなところでしょう。弱い特性で良かったよ。死者がいないのは幸いだ」

 研究結果を口にして、肩をすくめる。二人に合わせるように、腰を落とした。しゃがんで、曲げたひざに腕を置く。

「これはまだ研究中だけどね。俺たちイビトの特性は、君のように後天的なものであった場合、自分の望みに関わっている場合が多いんだ。たとえば、男子が望まれていた家庭のひとり娘が、あるとき突然男の子の形態になったり、不老長寿を望んだ男が本当に歳を取らなくなったりね――」

 俊介の口調は、どこか突き放したような、淡泊なものだった。まるで自分とは関係ないだれかのことを語るように、続ける。

「──ということは、君の望みはなんだったのかな。大好きなすみれちゃんを、綺麗な女の子にすること?」

 美久は首を動かした。それは、肯定にも否定にも見えた。ただいっそう涙を溢れさせ、しゃくりあげる。

「こんなことになるなんて思わなかったの。すみれちゃんは、どんどん欲しがるようになって……まるでわたしみたいに、足りなくなったら、苦しむようになって。そんなつもりじゃ……」

「あんたもたいがいだよな、藤ノ宮美久」

 いらいらと、マサキは足を踏み鳴らした。これ以上、聞きたくもなかった。こんなはずでは、と口を揃えて嘆く二人の少女。

 ならば、ここに至るまでに、どうにかならなかったのか。

 どうして、突き進んでしまったのか──いらだちがつのる。それはおそらく、過去の自分にぶつけたい思いと同一だった。だからこそ、マサキはやめなかった。

「いますることは、それじゃねぇだろ」

 自分には、手を差し伸べるような真似はできなかった。

 だから短く、それだけを告げた。

 イビトである藤ノ宮美久は、最初の段階で気づいたはずだった。自分の一部を与えるということは、相手を従属にすることに他ならない。同じ苦しみを与えることと同義だ。

 その味を知ってしまっては、もう抜け出せなくなる。イビトも属イビトも、隔てなく。

 彼女はそれを、知っているはずだった。

 結局、二人とも、自分の内側ばかりを見ていたのだ。

「わたしは……すみれちゃんと、いっしょにいたかったの……ともだち、なの……」

 美久は泣きやむことはなかった。ひたすらに、泣いた。

 そうすることで、自分を守るかのように。ともだちだというすみれの姿すら、もう見てはいなかった。

「それじゃあ、あたしは──」

 すみれがつぶやく。続きはない。

 口はぽかりと開けられたままで、美久を見つめていた。

 彼女はいつだって美久を見ていることを、マサキは知っていた。光を遮り、膝を抱え、殻に閉じこもって、それでも彼女が見ているのは、結局のところ藤ノ宮美久でしかなかった。

「終わったことだよ、お二人さん」

 俊介が、パンと手を叩いた。

「ケースバイケースで処置が決まるんだけどね、今回の場合は、まあ、なかったことにしましょうということで。あとのフォローは協会が承るので、ご安心を」

 すみれも美久も、俊介の言葉など耳に入っていないようだった。

 それでもかまわず、最初から独り言であるかのように、俊介はマイペースで続ける。

「イビト協定に則って、特性を行使します」

 歌うように、決まり文句を口にした。

 自らの指先を噛みしめ、皮を引きちぎる。

 赤い血が、流れた。




 *




 ──その日、筒賀高校一年二組に、長期に渡り欠席していた女子生徒が復帰した。同時期、授業を欠席気味だった女子生徒も復帰、以前のように二人で共にいる姿が見られるようになった。復帰した女子生徒については様々な噂が行き交ったが、噂に留まった。彼女は以前のままの姿であり、一部の生徒がいうような急激な変化は見られなかった。

 同日、同クラスの男子生徒、及び二年一組の女子生徒が、それぞれ転入一週間あまりにして姿を消す。これについても諸説飛び交ったものの、学校側からの説明はなく、どれも噂の域を出ない。

 復帰した女子生徒二人に関しては、記憶に空白あり。ただし、日常生活に支障をきたすものではない──

「──以上。うおお、慣れない。再提出とかいわれそう」

 ファミリーレストランのテーブルにつっぷして、榊マサキは嘆いた。手書きのレポート用紙に顔をうずめる。ティーシャツにジーンズというラフな姿に、巨大なショルダーバック。胸のふくらみはない。

「いいよいいよ、そんなの適当で。協会もまともに読んでないんだから。それよりまず注文決めてくれないかな。俺これでも疲れてるんだよ」

 向かいには、よれよれになったスーツ姿の鬼頭俊介。彼はあくびを噛み殺し、だらしなく肩肘をついた。

 頬の下が冷たい。過剰冷房の店の空気は冬のように冷えていて、テーブルがすっかり冷気をい吸い込んでいる。マサキはひやりとした感覚に触れたまま、俊介を見上げた。 

 この男の本当の名を、マサキは知らない。世界中で、最古のイビト。

 彼のことを、マサキは理解しているつもりだった。しかし、彼の存在のことを、多く知っているわけではなかった。

 彼は、別格だった。

 眠ることを与えられず、あまりに濃い特性ゆえに、従属の記憶を操る能力を持った、不老の男。

 彼が生きている限り、彼の従属はイビトであることを忘れるだろう。それは、ただそれだけの措置だった。協定の存在を伝えるまでもない。彼女らは、あまりにも幼く、純粋で、危険だった。

 知らなければ、為されない──それが、協会上層部の意だ。

 もし、なんらかのきっかけでまたくり返されることがあれば、また他のイビトが動く。単純なシステムだ。

 彼らは、だれかを罰するためにいるわけではない。

「ちゃんと読んでますよ、鬼頭俊介。いまの発言は上に伝えておきます」

 イスの下からひょっこりと顔を出し、アオが囁く。あまりのことにマサキは声をあげることができず、目を見開いて、あわててバッグを開けた。首根っこをひっつかむと、複数の制服のなかに突っ込む。

「入ってくんなっていっただろ! 飲食店だぞ!」

「ですが、マサキさん、その素晴らしいレポートを受け取らなければ」

「素晴らしいとかって嫌味か!」

 思わず声を荒らげて、視線を感じ、咳払いをした。ネコがいると気づかれるのもまずいが、ひとりで怒鳴るおかしなやつだと思われるのも嬉しくない。

「伝えてもいいから、さっさと姿消してよ。いまからランチデートなの。見ればわかるでしょうよ」

「ああ、そうでした、マサキさん、新薬をお持ちしました。これで好きなときにどちらにも、少ない頭痛でモデルチェンジできるかと」

 俊介のことはきっちり無視をして、アオが嬉しそうに告げてくる。その青い腹に風呂敷が巻き付いているのを見て、マサキはため息を吐き出した。頭痛が完全になくなるわけではない上に、たいした量ではないらしい。

「そんなことより、休みをくれよ……」

 思わず呻いたが、アオが大きく開けた口のなかに密閉された小さな袋を見つけ、マサキは今度こそ泣きそうになった。

 一段落ついたばかりだというのに、もう次の用意は万端なようだ。

「まあ、せっかくだから楽しもう、マサキちゃん。手始めに、薬を一錠飲んでおくのはどうかな。そのほうがテンション上がるし」

「俺のテンションはだだ下がりだ」

 どこまでも脳天気な俊介に、八つ当たりと知りながら、マサキは唇を尖らせた。







 *


 協定の条

 イビトは、協定に沿う限り自由である。

 広義において、イビトとヒトとは同一であり、世界は平等に、そこに在る。













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