ありふれた普通のものがたり
それはとある世界の話。
その世界は「普通」だった。そして、それが「異常」だった。
普通に取り憑かれて、普通に焦がれて、普通を何よりも重く見て。
異常を排除して、異端を失くして、不条理を追いやって。
───普通こそ、不変の真理である。
それが異常な普通の始まりを告げる言葉だった。
それを無責任にも言い放ったのは誰だろうか。
総理大臣、大統領、大手企業の社長、皇帝、そのどれだったかもわからない。わかるはずがない。
地球に蔓延る全人類は地位も、才も、財産も既に「普通」に吸い込まれてしまったから。
他者の不幸を嘲笑うことは「普通」である。
他者を陥れて、のしあがるのは「普通」である。
しかし、地位が高いというのは「普通」ではない。
何かを信じるのは「普通」である。
されど、特定の物体に執着するのは「普通」ではない。
愛情や恋情を抱くのは「普通」である。
だが、不変の感情を抱くことは「普通」ではなくそして、不倫や離婚は「普通」でない。
そんな矛盾する世界ではあるが、その矛盾すらも崩壊していた。
何故ならば、世界は混沌として、矛盾しているのが「普通」である。
そして、都合の悪いことから目を背け続けるのが「普通」であるから。
今日も普通で、ありふれた1日が普通の少女の前に横たわる。
「後、五分……」
そんないつも通りの戯言から彼女の一日は始まる。
「え?もうそんな時間!?遅刻しちゃうじゃん!」
そう言って昨日と、一昨日と、2ヶ月前と、同じように急ぎ、朝食を胃の中に納め、教科書を鞄に詰めてから学校へと向かう支度を進める。
「それじゃあ行ってきます!」
いつも通り、そんな宣言をして家を出る。
──それに答える者は誰もいない。
ところで、学校に遅刻することは「普通」ではない。
そもそも、学校に遅刻しそうになり、走ることは「普通」ではない。そしてこのようなことを考えること自体が「普通」ではない。
故に、その少女は無意識下の内に歩いている。
いつもと同じ景色を、何の感慨も抱くことなく歩いていく。
何故ならば、それが「普通」だからである。
普通を重ね、普通の生活を送り、普通に学校へと到着する。
「──先輩、おはようございます!」
そして、いつものように普通の恋情を向け、いつものような普通の素っ気ない挨拶が返ってくる。
「ああ、───か。奇遇だね」
何日、或いは何ヵ月も繰り返された偶然。
それは当然「普通」ではなく、「普通」に逆らう「普通」ではない行為である。
お互いそれを了承──していたらそれは「普通」ではないが──しているので、何も言わない。
もしくは、何も考えていないのかもしれない。
「普通」の授業を受け、「普通」に授業中に睡眠してしまい、「普通」に教師に怒られ、「普通」にクラスが笑いの渦に包まれる。
そして、「普通」に学校生活を終え、「普通」に部活を始める。
「──!こっちっ!」
「おっけ!」
昨日と全く違わないゲーム。
一昨日と比べても一秒も狂わない歯車。
それは「普通」であり、順当であり、異常ではない。
いつもの如く、部活が終わり、帰路へと着く。
その作業は紛れることなく「普通」の物であり、文句の付けようがない。
そんな時だった。
────その少女の足元が大きく揺れる。
違う、世界全体が揺れている。
それ則ち、地震を意味する。
されど「普通」の歯車達は何も変わらない。
振動により倒れた者も、ロッカーに押し潰された者もいるが、何も変わらない。
「早く帰らなきゃね」
「明日はテストだってーめんどー」
「ねえねえ、──先生ってさ」
そんな「普通」の、いつも通りの会話が繰り広げられている。
かくいう少女も例外ではない。
「それじゃあね」
そんないつも通りの挨拶をかけてから、帰路へと着く。
その背後では「普通」ではいられなくなった大量の「異常」が蠢いている。
「助けて!」「……痛い」「どうして私が……」「死にたくない」
しかし、それもまた「普通」の、極めて「普通」の生存本能に由来する行動である。
燃え盛る街を、脱線する電車をその瞳に映しながら彼女は歩く。
その風景は瞳に映りはすれども、認識されることはない。
「今日の夜ご飯はなにー?」
電車から漏れでた何かが彼女の足を浸す。
「あ、焼きそば!いいね!」
崩れ落ちる高層ビルが辺りに轟音を響かせる。
それから何時間経ったのだろうか。
「そうね、今日はもう寝るよ」
そう言って彼女は3歩進み、寝転がるような動作をする。
その体は線路に落ちるが、それに何の感情も籠らない。
「明日も楽しい一日になりそう!」