謎ゲー攻略班では今日も怒号が飛び交っている!
僕の名前は大城誠。龍山寺学園に通う高校二年生だ。現在、龍山寺学園に存在する『ゲーム同好会』の部室にて、暇を持て余している。
ゲーム同好会。読んで字の如く、ゲームを愛する者達の集まりである。
普通の学校とかでは、勉学の場にはふさわしくないとして、こういう『遊び』関連の部活や同好会は作れないのだが、ここ龍山寺学園は少し特殊で、多様性促進とか、その他諸々の理由により、僕が所属するこの『ゲーム同好会』だったり、『漫画愛好会』だったり、『テーブルゲーム部』などと言った、世間一般に言って珍しい部活動が多々存在している。
そして、そんなゲーム同好会の部室にて、僕は今現在、暇を持て余しているわけだが。
なぜ暇なのか。その理由は簡単で、部室にあるゲームの殆どを『やり尽くして』しまったのである。その所為で、やることがなくなって暇を持て余している現状だ。
なので仕方なく、ソファーに寝転んで、下校時間まで昼寝していたわけだが…
「ちょっと! マコト! 起きなさい!」
寝ていた僕を、やって来た“その女”が、無理矢理たたき起こしやがったのである。
「ん…なんだ、お前かよ菜花。僕に憧れる後輩が告白に来たのかと思って期待しちゃったじゃねえかよ」
「どんな期待してんのよ…そして安心しなさい。その心配は一生いらないから」
「おいおい、寝起き早々、酷いこと言わないでくれ。それにお前、僕は全身から、魅力と男性ホルモンが溢れちゃってる男の中の男なんだぜ? そんな僕の一体何処を見て、そんな心配いらないって思ったんだよ?」
「顔」
「マジレスやめてくんない?」
僕と話すこの女の名前は菜花雪菜。僕と同じく高2で、そしてこのゲーム同好会の会員だ。
「てかアンタ、暇だからってまた寝てたの?」
「そうだよ。悪いか? ここにあるゲーム全部やり尽くして、こちとら暇なんだよ。なあ知ってるか菜花? 人間暇になると、宇宙の誕生について考えるようになるんだぜ?」
「いや、知らないけど…ていうか、そんな事考えてたんだ…」
「ちなみに、僕がたどり着いた真理は『やはりオッパイは宇宙で一番素晴らしい』というモノだった」
「クソみたいな真理ね」
菜花は呆れたようにそう言う。
クソだと? バカを言え。お前達女にはわからんだろうが、僕達男がオッパイについて語るとき、それは至極真面目なときだ。オスという生き物は、世界情勢や経済についての話をしているときなんかよりも、オッパイについて話してるときの方が、ずっと集中していて、真面目なのだよ。
「ふーん。でもアンタ、暇だったんだ。それなら丁度良かったわ」
「丁度良い?」
「えぇ。実はね、ちょっとアンタにやって欲しい、ゲームがあるのよ」
菜花はそう言うと、僕のカバンに勝手に手を突っ込み、そしてスマホを略奪した。
「おいおい、他人のスマホを勝手に見るとか、お前は倦怠期に彼氏の浮気を疑う彼女か。てか、パスワード知らないから開けない…」
「開けたわ」
「開けるのかよ」
「アンタの事だから、どうせパスワードも『081081』だろうなと思ってたら、案の定だったわね」
「…」
あとでパスワード変えとこう。『046046』に。
「さてさて、それじゃあアッポーストアにログインして、お目当てのゲームをインストールしましょうねーっと」
菜花は楽しそうにそう言って、手慣れた様子で、僕のスマホを操作していった。そしてインストールが完了すると、スマホを僕に投げ返した。
「それ。インストールしたばっかりのゲーム。昨日見つけたのよ。それでね、結構面白かったから、アンタにもして欲しいなぁ…って」
菜花はそう言うと、何故かは知らないが、僕から顔を逸らした。
「べ、別に、アンタの為だとか、楽しんで欲しいとか、そういう事じゃないんだからね! 勘違いしないでよね!」
「いや、急になに言ってんのお前?」
菜花は時々、わけのわからないことを言う。急にそっぽを向いたり、無言で蹴りを入れてきたり。正直恐い。
「ま、いいや。そこまで言うんなら、いっちょプレイしてみますか。どうせ暇だし」
僕はそう言って、菜花がインストールしてくれたゲームに目をやる。
『Kyotonite』
「…」
えーっと…あれ? うん? 僕の目がおかしいのかな? なんか凄く、見慣れたタイトル名が、見えた気がしたけども…
落ち着いてもう一回。よく見てみよう。
『Kyotonite』
「…」
間違いねえわ。見間違いじゃねえわコレ。
「なあ…菜花? 一つ聞いていいか?」
「なによ?」
「お前が見つけてきたっつぅこのゲームさ…もしかして『Fort◯ite』のパクリ?」
「パクりじゃないわ。オマージュよ」
「パクリゲー作るヤツの常套句じゃねえか」
オイオイオイオイ。大丈夫かコレ? 本家様に訴えられたりしない? 明日にはストアページから消されてたりしない? 大丈夫?
「安心しなさい。確かにタイトルは似てるけど、中身は全くの別物よ」
「『似てる』と言うより、『似せに』いってるんじゃねーの?」
というか、間違いなくそうだろ。
「このゲームは、所謂TPS…サード・パーソン・シューティングのゲームよ。早い話、キャラクターを操作して、他プレイヤーと銃で戦う、バトルロワイヤルゲームね」
「ゲーム内容の説明、ここまで完璧に、フォトナと一致してるんだが?」
「安心して。ここからが、このゲームの独創性溢れる、他ゲーとの差別化点よ。なんとね、このゲーム…ただ銃で撃ち合うだけじゃなくて、ゲームの中で集めた材料を使って、壁とか階段を作る“建築”が出来るの!」
「うん、一緒だね。完全に、フォトナのパクリだね」
TPSで銃撃戦する、建築要素のあるバトロワゲー。完全一致じゃねえか! 言い逃れできねえレベルでパクリじゃんか!
「だからオマージュよ。言ってるでしょ」
「十割内容被ってるモノをオマージュとは言わねえんだよ!」
「十割? バカ言わないで。そこまでマネはしてないわよ」
「“マネ”つったな!? それは認めるんだな!?」
「ま、アンタの言うとおり、確かにこのゲーム、ちょっとだけフォトナに似てるわね。ちょっとだけ」
「この域まで来て『ちょっと』と言えるお前の精神を疑うぞ…もしかして心臓に毛が生えてます?」
きっととんでもない剛毛だろうな。
「あのね、このゲームとフォトナの一番の違いは、マップにあるのよ。戦うフィールドに」
「フィールド?」
「このゲームの舞台は…なんと京都! 古の都よ!」
「…」
まあ、タイトルから薄々察してはいたよ。『多分京都で戦うんだろうなぁ…』って。
「他のゲームは、森とかビルとか、起伏のある丘だったりとか、そういう『バトロワに適した地形』のフィールドで戦うのに対して――なんと言うことでしょう! このゲームは、遮蔽物も禄に無い平野の京都を戦いの場に選んだのです! まぁなんて斬新!」
「お前ちょっとバカにしてない?」
このゲームと京都の両方を。
「ま、そういうわけ。確かにこのゲーム、フォトナのパクリよ」
「認めちゃうんだ!?」
「でもフィールド。フィールドが面白いの。他のバトロワじゃマネできない…というか、マネしようと思わないゲーム性が、凄く良いのよ。私凄くハまっちゃったもん」
「こんなもんする暇があったら本家をしろよお前…」
僕のそんな忠告も虚しく、菜花は「いいからいいから! とりあえずワンプレイ! ね?」と言って、その『Kyotonite』なるパクリゲーを起動させたのだった。
やれやれ、もういいや。ツッコむのも面倒くさい。
きっと菜花の奴は、僕がプレイしなかったら、ずっとネチネチ『しろしろ』言うだろう。仕方ないから、ワンプレイだけはしてやることにしよう。一回してさっさとやめよう。そんで本家の方をやろう。
ゲームが起動すると、一旦画面が暗転した。そして直後、再び映像が映し出される。
映し出されたのは、ゲームの待機画面…所謂“ロビー画面”だった。
「…そういやこれ、どうやってプレイするんだ? キャラコンとか。チュートリアルは?」
「チュートリアルなんて無いわよ」
「無いの!?」
「だって必要ないでしょ? このゲームやってるのなんて、どうせ本家の方をやったことがある人だけだし。操作は全く同じだから、問題なくプレイできるわ」
「プレイは問題ないだろうけど、パクリ先にチュートリアル依存してるようなゲームには問題あるだろ!」
悪びれねえなこのゲーム! ここまで来ると、もはや一周回ってすげえわ!
「ま。とりあえずプレイしてみたら? それで操作わかんなかったら、私が教えてあげるから。ほらそこ、ボタンがあるでしょ?」
菜花はそう言って、画面右下にある『Play』と書かれたボタンを指さした。UIまで、本家と全く同じである。いっそ清々しい。
「…わかったよ。やるよ。やれば良いんだろ?」
もう色々と、どうでも良くなってきた。なんで僕は、こんなクソゲーしてるんだろ? 本家の神ゲーの方をやりたい…
自分の現状に疑問を覚えつつ、僕はボタンを押した。するとすぐさま、ロード画面に入る。
なんとまあ、驚くべき事に。マッチングはたったの十秒で終わった。このゲーム飽和時代に、恐るべきプレイヤー人口である。
「そういや、これってどんな感じで始まるんだ? こんだけフォトナパクってんなら、やっぱし始まり方も同じで、飛行船から飛び降りる感じ…」
「普通に地上に転送されて始まるわよ?」
「そこはパクってねえのかよ!?」
なんでそこはパクんねえんだよ!? むしろそこは、フォトナに限らず殆どのバトロワゲーで採用されてるセオリーだろ!? なぜそんなとこで独自性を出そうとする!?
というかここまで来たら、いっそ全部パクれよ! むしろ、なんかヤだわ! ここまで嫌と言うほどにパクってたくせに! 見損なったぞ!?
「見損なったって…さっきまで散々批判してた癖に。まあ良いわ。それよりほら、始まっちゃってるわよ、ゲーム。いいの? やらなくて」
「…っ! わかってるよ! やるよ! やりゃ良いんだろ!?」
そう言って僕は、突如として京都の地に転送されたキャラクター…つまり、プレイヤーキャラを操作する。
「とりあえず最初は、家とかに押し入って、武器を探して」
「“押し入る”って言い方やめてくんない? それもう泥棒じゃん…」
「なに言ってんの? この手のゲームって、結局の所やってることは略奪でしょ? RPGゲームしかり。今アンタは京都の一般家屋に侵入して、そこで銃を探してる盗賊よ」
「いや京都の一般家屋に銃なんて存在しねえわ! お前は京都を世紀末のメトロポリスとでも思ってんのか!?」
「ほら、そんな事言ってないで。さっさと探しなさいよ。もし今他のプレイヤーに会ったら、アンタ為す術無く殺されるわよ。…あ、それと。もし余裕があったら、初期装備の“斧”使って、そこら辺の木とか家とかを切り倒して建築用の材料を集めるのも忘れないでね」
「そういやこのゲーム、建築の要素もあったんだったな…てか、初期装備ツルハシじゃなくて斧なのかよ。ここでも本家のフォトナと差別化してるのかよ。いや、差別化できてないけど」
「それは、ほら。京都なんだから、やっぱりツルハシより、斧の方がしっくりくるじゃない? 竹取物語しかり」
「全然わからん…どっちでも良いだろ」
と、そんな事を話しつつ。僕は本家フォトナで鍛えた腕前で、着々と、建築用の材料をそこら中からかき集め、武器を探した。
…何というか。やってることはほんと、完全なる盗賊だ。
「…ていうか、今気がついたんだが。今いるこの町さ、なんか…平屋多くね?」
画面上に写る、小さな日本家屋の群れを見ながら、そう尋ねる。
「まあね。今あんたがいるの、祇園だから」
「僕は今、よりにもよって祇園で略奪行為働いてんのか…」
「知ってる? 京都って、景観条例って言うのがあるの」
「知ってるよ。あれだろ? 観光資源を保護するために、景観を乱すような建物を建てられないっていう…」
「そうそう、それ。その景観条例があるおかげでね、この通り、この祇園には、どこもかしこも平屋か二階建ての小っさい建物しかないのよ」
「そこんところはリアルに再現してるのか…」
「そういうこと…」
――パアンッ!
「…!」
軽快な銃声が響いた。僕はすぐさま身構える。
「なっ…おいおい敵かよ!? ついにお出ましか!」
どうやら、視覚外から狙撃されたようだった。そして、僕はまだ、敵の位置を把握できていない。
「マコト!」
「わかってるよ! こちとらフォトナプレイ時間1000時間越えだぜ? この程度問題ない!」
そう言ってすぐさま、画面を操作する。そして、自分の周りに“壁”を張った。
建築要素のあるゲーム。これの一番良い点は、やはりコレだ。いきなり急襲されても、自分の周囲に遮蔽物を建築して守ることが出来る。
そして…
「よし! このまま建築して、敵の“上”を取ってやるぜ!」
バトロワにおける勝利の鉄則。それ即ち『高所有利』。より高い位置にいるプレイヤーの方が、有利に戦えるという常識! 建築という、言わば『自分の手で高所を創り出せる』という要素がある以上、それを使わない手はない!
僕はすぐさま、自分の足下に階段を建築し始めた。そして瞬く間に、本家の方で鍛えたその建築技術を生かして、祇園の町にそびえ立つ“塔”を作り上げたのである。我ながら惚れ惚れする手際だ。
…が、しかし。
「ちょっと何やってんの!?」
「は?」
「『は?』じゃないわよ! こんなの作っちゃって…バカ! 早く塔から飛び降りなさい!」
「え? いやいや、なに言ってんだよ。高所有利を自分から捨てるなんてそんなの…」
「あああぁ! もうだめ! 間に合わない!」
――ズドン
「は?」
突然だった。突然、僕がおっ立てた塔の上に“大仏”が落ちてきて、そして、僕もろともに塔を、踏み潰したのである。
もう一度言う。『大仏が落ちてきた』のである。
『GAME OVER』
「…は? えっと…は?」
画面に表示されるその英単語に、僕は思考停止に陥る。
そんな僕の横で、菜花は「あーあ」と残念そうに呟いた。
「あーあ、マコトあーあ。やっちゃった。やられちゃった。それも自爆。恥ずかしくないの?」
「え…い、いやいやいや! 自爆!? どういうことだよ!? いやそれより…なんで大仏!? なんで降ってきたの!? なんで僕は踏み潰されたんすか!?」
「なんでって、私言ったわよね?」
「なにを!?」
「景観条例よ。それがあるって言ったじゃん」
「確かに言ったが、だからなんだよ!? それがどうした!?」
「だーかーらー。この場所じゃ、景観を乱すような建物、建てちゃダメなのよ。アンタがさっき建てた奴、思い出してみなさいよ。明らかに6階建てくらいあったでしょ? 景観乱しまくってたでしょ?」
「だから殺されたの!? 大仏落とされて!?」
「そうよ。当たり前じゃない」
「そんな常識初耳だわ!」
ええええええ!? いや…えええええ!? マジで!? マジかこのゲーム!?
建築が主題のゲームつってもおかしくないのに、にもかかわらず、高い建物作っちゃダメなの!? 自ら持ち味殺しちゃってんじゃん! アホか!?
「というか、お前それ知ってたんなら、早く言えよ! いやお前だけじゃなく、ゲーム側も、プレイヤーにそれ教えろよ! こちとら唐突に大仏落とされて困惑まっただ中だわ!」
「なに言ってんの? ちゃんと書かれてたじゃない」
「はぁ!?」
「この町に入る前。看板見たでしょ? 『この町の景観を乱した者は死刑に処す』って書いてあったじゃん」
「そんな恐ろしげな看板見た覚えないんですが!?」
というか、恐すぎるだろ京都! 景観乱しただけで殺されるって、それもはやディストピアじゃねーか!
しかも、なんでよりにもよって、死刑の執行方法が、『大仏落とす』なんてやり方なんだよ!? お釈迦様もビックリだわ!
…ん? て、ちょっと待て…
「よくよく考えたら、大仏は京都じゃなくて奈良じゃねーか!」
京都に大仏なんてねーよ! 大仏は奈良か鎌倉だわ!
これ京都を舞台にしたゲームなんだよな!? なのに奈良が混入しちゃってるじゃねえか!
「そう言われるとそうね。まあでも、大丈夫じゃない? 近畿に住んでいない勢からしたら、京都も奈良も似たようなもんでしょ?」
「はいお前今、全世界の京都人および奈良人を敵に回したー!」
そういう『違いわかんねー』系の失言はなぁ! 奴らが一番怒るタイプの失言なんだよ! 知らないのか!?
「そんな事より、ホラ早く。死んじゃったんだから、さっさと次の試合にいきましょう」
「まだコレをやれと!?」
「だってアンタ、撃ち合いすら出来てないじゃない」
「撃ち合う前に潰されたんだよ! 大仏と景観条例の圧政によってな!」
「ほらほら、文句言わないで。さっさと始めなさい」
と、菜花はそう言って、勝手にスタートボタンを押してしまった。
「あっ! てめっ…」
「別にやめても良いけどさ、でもちゃんとプレイしてからでも、遅くはないでしょ? どうせ試合時間なんて、長くても高々三十分くらいなんだし」
「それは…そうだけど…」
「じゃあさ、こうしましょう。アンタは一回ゲームで優勝するまで、これをやり続ける。それで、優勝しても楽しくなかったら、もうやめちゃう。でも楽しかったら続ける。これなら、明確なゴールもあって、やりがいあるでしょ?」
「…」
うーむ、確かにそうだけど…というかこういうパクリゲー・クソゲーの類いは、何かしらの『目的』が無いと、最後までプレイ出来ないものだ。そういう観点から言えば実際、菜花のこの提案は、至極真っ当ではある…。
「…わかったよ。やるよ。やってやるよ。優勝するまでやって、それでも楽しくなかったらやめる。それで文句ないな?」
「じゃあそれで決まり! 頑張ってね!」
「えらく他人事だなお前…いやまあ、実際他人事なんだろうけど」
と、そんな事を話していると、再び僕は京都の町に転送されていた。ゲームスタートだ。
僕はすぐさま、バトロワのセオリー通り、そこら辺の家に侵入して、武器を集め、そして暇さえあれば、斧を振るって建築用の材料を集め始める。
と、そんな事をしていると…
――バキュン!
「…!」
先ほどの試合と同じく、またもやどこからともなく、銃声が響いてきた。
「敵は…クソッ! 位置わかんねえ! またかよ!?」
辺りに人影はない。恐らく物陰に隠れて撃ってきているのだろう。
しゃーないな…一旦壁で遮蔽物を作るしかない!
僕はすぐさま、建築を開始する。今度は先ほどの教訓も生かして、ちゃんと一階建ての平屋だ。これで景観条例に引っかかり、大仏に踏み潰されることもない。
――バキュン! バキュン!
銃声が何度も鳴り響く。そして、飛んできた弾丸が、建築した壁にぶつかって爆ぜた。どうやら敵は、壁を破壊して中の僕をキルするつもりらしい。
「くっ…このままじゃ壁が保たねえ! しゃーない…勿体ないけどここは、さっきゲットしたレンガを使って壁を作るしかねえ!」
そう叫び、僕は建築用の素材を、先ほどまで使っていた木材から、レンガに変更した。本家の方じゃ、木材よりも、レンガや鉄の方が頑丈な壁を作れるから、きっとそれをパクっているこっちのゲームでも、そうなのだろうと推測しての判断だ。
が、しかし…
「バカッ! マコト! アンタバカッ!」
「はぁ!?」
「何やってんのよ!? 今すぐそこから逃げなさい! 景観条例に殺されるわよ!?」
「なに言ってんだよ!? 僕はこの通り、ちゃんと建物の高さを守って…」
「そうじゃなくて! そっちじゃなくて、壁の方が…」
――ドドドドドドドド…
「あー! もうだめ! 間に合わない!」
――ドドドドドドドド…
僕と菜花がそんな事を叫び合っていると。僕を囲うように建築されていたレンガの壁が、いきなり、何者かによって破壊された。
その何者かとは…他でもない“鹿”だった。
――ドドドドドドドド
どこからともなく現れ、レンガの壁を僕ごと踏み潰した鹿の大群は、そのまま何処かへと走り去っていった…
「な、な、な、な…」
何じゃそりゃぁぁぁぁぁ!?
「ちょ…えぇ!? 急に鹿の群れがやって来たんだけど!? そんで踏み潰された上に殺されたんですけど!? なんでだよ!」
驚愕し叫ぶ僕。その傍らで、菜花は――案の定と言うべきか――呆れた様子で「やれやれ…」と言っていた。
「アンタさぁ…バカなの? さっき散々言ったわよね? 京都には景観条例があるって」
「知ってるよ! だからああやって、わざわざ平屋を…」
「そこじゃないわよ。問題は素材のほう」
「素材!?」
「アンタ、壁にレンガ使ってたわよね? 考えてもみなさい。木製の日本家屋が建ち並ぶ中に、一つポツンと存在する、レンガ造りの西洋建築。完璧に景観乱してるでしょ?」
「面倒くせえな景観条例!」
素材のレベルから違犯対象なの!? 嘘だろ!? 京都に住んでる奴は、おちおちレンガも使えないの!? マジで!?
てか、それなら最初から、レンガを素材として用意してんじゃねえよ! 明らかに『使わせに』きてんだろうが!
「時代を感じる古風な町並みの中に、それをぶち壊すように存在する西欧の建物…どう? こんなの鹿に挽き潰されても仕方ないでしょ?」
「仕方なくはねえだろ! せめて話し合いの場を設けるなり何なりしてから取り壊せよそこは!」
て、ちょっと待て。鹿ってお前…
「鹿も京都じゃなくて奈良の名物だろうが!」
「そういえばそうね」
「『そういえばそうね』じゃねえわ! これタイトル『Kyotonite』だろ!? 京都が舞台なんだろ!? なのに今んところ、登場してる京都の要素“景観条例”くらいしかないぞ!? 大仏とか鹿とか、殆ど奈良の要素ばっかりだぞ!?」
もはや『Naranite』に改名した方が良いんじゃないのか!?
「もしかしたらこのゲームの製作者、奈良の名物をちゃっかり、京都の名物として吸収しようとしてるのかもしれないわね」
「だとしたらやってることセコすぎだろ!」
もうやだ! なんだよこのゲーム! もうやりたくねえよ! すっげえやめてえ!
ちょっと建築しただけで、大仏に踏み潰されるわ、鹿に踏み潰されるわ、散々だよ! 僕が何をしたって言うんだ!?
「景観条例に違反したんじゃない」
「だとしても罪に対する罰がアンバランス過ぎるだろうが! やーめた! こんなクソゲーやーめた! 誰がするか! 僕は今すぐ本家の神ゲーをやってやる!」
「は? ちょっとなに言ってんのよ。言ったじゃない『優勝するまでやめない』って」
「あっ…!」
そ、そうだった…そういやそんなこと言っちまってた…
「まさか、嘘つくの? 本気? だとしたらサイテーね。見損なったわ」
菜花はそう言うと、これ見よがしに「あーあ!」とぼやいた。
こ、コイツ…
「あーあ、そんな人だったなんてなー! はー! すっごい残念だなー! あーあ!」
「て、テメエ…!」
「まあ、良いわよ。そんなにやめたいんならやめれば? 別に私はなんも言わないから」
「すでに散々『あーあ』言ってるくせに!?」
「でもそうかぁ。アンタって、そういう人だったわけね。平気で嘘つく人。二言がある男。本当にガッカリだわ」
「くっ…」
や、やめろ! 僕をそんな、情けない奴を見るような目で見るな! やめて!
「わーったよ! やるよ! やってやるよ! やれば良いんだろ!?」
「え、やるの? ホントにぃ?」
菜花はいやらしく意地悪く笑う。
「別に良いのよ? 嘘ついたって」
「断る! お前からそんな風にグチグチ言われ続けるくらいなら、優勝して、後ろ髪を引かれる事なく、このゲームを引退することを選ぶ!」
「ふーん、それじゃあ、頑張ればぁ?」
「頑張るよ! 頑張るから、今に見てろよ!? 目にもの見せてやるからな!」
こうして僕の尊厳を賭けた死闘が始まった。
そして…ようやく、僕が優勝にあと一歩という所まで近づいたのは、それからおよそ3時間後の事だった…
「はぁ…はぁ…やった…やったぞ! ついにここまで来た! あと一人! あと一人倒せば、晴れて僕がチャンピオンだ!」
画面右上に表示された『残り二人』の文字を見ながら、僕はそう歓喜に震える。
何時間にも及ぶ死闘、および景観条例による事故死…そういった数々の苦難を乗り越え、僕はついに、ここまで来たのだ!
「あら、やっと終われそうなの? それならさっさと終わらせてね。私もいい加減、帰りたいから」
興奮する僕の隣で、ウトウトとしていた菜花のヤツは目を覚まし、脳天気にそう言った。
バカヤロウ! 誰の所為で僕が、こんな頑張ったと思ってやがる!? お前のためだぞ! それをそんな、僕の所為で帰れなかったみたいに…!
時計は既に、7時を回っていた。下校期限スレスレである。このままでは、部室に見回りの教師がやって来て、僕らが早く帰るように促されるのも時間の問題である。
しかしこれで、ようやく帰れる!
「よし…ここまで来れば、後は慎重に…なぁに、たった一人キルするだけだ。それで僕の優勝だ。チョロいもんさ」
「ふーん。ま、頑張ってね」
菜花は興味なさげにそう呟く。
現状、敵の位置は掴めない。どうやら、今僕がいる周辺にはいないようだ。
となると、どうしたものか…探しに行くか? それともこの場所に要塞を建築して、敵を迎え撃つことにするか?
「…」
いや、ここは攻めよう。攻撃は最大の防御だ。こちらから敵を探しに出て、先手を打つのだ!
そう決めた僕は、それまで身を隠していた家屋から飛び出し、荒野に出奔する。
どうやら、エリアの縮小によって最終安全地帯――所謂“安置”となるのは、この荒野のど真ん中のようだ。とすると、敵もまた僕同様に、その場所を目指している可能性が高いが…もしかすれば、すでに最終安置に居座って、巨大な要塞を築いて僕を待ち構えているのかもしれない。
と、そんな危惧は見事に的中し。荒野に移動した僕の視界に映り込んできたのは、それはもう、見事なまでの完成度を誇る、巨大な要塞だったのである。
「クソッ…! やられた! 敵に先手を打たれて、要塞を作られちまった! これは厳しい戦いになるぞ…!」
戦いの基本。攻める側よりも守る側が有利(奇襲を除く)。
僕は、先に敵を見つけて先手を取ろうとしていたのだが、しかし敵は、運の悪いことにも、すでに要塞を建築し、その中に籠もってしまっていた。これでは奇襲のかけようがない。今の僕はかなり不利だ。
「え? ちょっとちょっと、まさか負けちゃうって言うんじゃないでしょうね? 困るなぁ、それじゃあアタシ帰れないじゃん。…あ、でもそしたら、今日は部室に、二人でお泊まり…」
菜花の奴は僕の隣でゴニョゴニョと、そんな事を言っていた。
黙れ。戦いの邪魔だ。
いや、しかし。これは本当にどうしたものか…。もしこのまま、安全地帯の収縮が始まったら、僕は後ろから”範囲”に追われる形で、あのトンデモない巨大要塞に真っ向から突撃しなければならなくなる…まだ余裕がある今のうちに、攻勢を仕掛けるべきだろうか?
しかしまあ、それにしても。なんとも見事な建築だ。敵ながら天晴れと言うほかない。本家フォトナでは建築の鬼と呼ばれていた僕から見ても、あまりに見事。感服極まれりだ。
でも…なんだろうか? この建築、どこかで見覚えが…
「…て、これよくよく見たら、奈良の『法隆寺』じゃねーか!」
最後の最後で、唐突に現れた”奈良の刺客”を前に、僕はそう叫ばずにいられなかった。
そびえ立つ五重塔、修学旅行で見たことがある、その木造建築…間違いない。この要塞、どっからどう見ても、法隆寺そのまんまである。完全に模倣である。
「うおおおおおい! だからコレ『Kyotonite』だつってんだろうが! 『Naranite』じゃねーんだよ! なんで一々、奈良の名物が侵食してきてんだよ!?」
と言うか、あれはさすがに完全アウトだろ! 『大仏』とか『鹿』とかの一般名詞ならともかく、『法隆寺』なんて固有名詞出てきたら、さすがにダメだろ!
「てかおい! コレ作ったプレイヤー! お前は一体なにがしたかったんだ!? 京都に法隆寺を建てて何をしたかったんだ!? 暇なの!? もはやこれ、京都の町を”奈良”に染め上げようとするスパイ活動じゃん! 奈良過激派じゃん!」
「なによ『奈良過激派』って…」
「そのまんまの意味だよ!」
くっそ! 嫌だ! こんなの作ってるような暇人に負けたくない! 色んな意味で負けられんわこんなもん! 僕の双肩には今、京都の未来が懸かっている!
「テメエがその気なら、良いぜその勝負受けて立ってやる! こっちはこっちで、この荒野に、平等院鳳凰堂をおっ立ててやるからな!?」
「どこで張り合ってんのよ…」
「うるさい! こうなりゃもう、優勝なんてどうでも良い! 例え勝負に負けることになろうとも、僕はこの建築バトルにだけは絶対に勝つ! 覚悟し…」
――ピロロン!
『プレイヤーの違反行為が検出されました』
「やがれ…は?」
怒りに打ち震えていた僕の目前に表示された、その文字列。『違反行為が検出された』という旨のメッセージ。それにより、僕は思考停止に陥る。そして…
――ドドドドドドドドォ!
どこからともなく唐突に“流れてきた”大量の水によって、僕の目の前にあった立派な木造建築は、水と共に押し流されていった。後に残ったのは、濡れた荒野だけだった。
――ピロロン!
『違反行為を行ったプレイヤーが琵琶湖の水によって流されBANされました』
唖然としていた僕に、そんなメッセージが告げられる。
ようやく状況を理解した僕は、ゴクリと息を呑む。
「け、消された…奈良のスパイが、運営の手によって…」
僕がそう呟くと、その隣で菜花が「うん…そうだね」と頷いた。
そして当然、最後の敵がいなくなったと言うことは…
――ピロロン!
『やった! やった! 優勝だ!』
僕の優勝を告げる、そんな空虚なメッセージだけが、画面上に表示される。後ろでは壮大なBGMが流れているけれど、僕の耳には、入ってこなかった。
三時間余りプレイして、結末がコレかよ…うん…もう色々と…うん。
念願の優勝。それを掴んで、ようやくこのゲームから解放された僕。けれどそこに歓喜など一切なく、ただただ虚無感だけがあった。
そんな状態の僕は、このゲームをスマホからアンインストールしながら、ただ、こう言うことしか出来なかったのである。「琵琶湖って、京都じゃなくて滋賀じゃん…」と。
最初から最後まで、本当にクソだったなこのゲーム。やっぱ本家フォトナって神だわ。
感想などをお聞かせ頂ければ幸いです。