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ふたつめ、親切






「あ!ぼく、あのお姉さんに”ありがとう”言うの忘れてた!」


右手に黄色いお花。

左手にお釣りを持って、ぼくは大きな声を出していた。


「どうしたの?お姉さんって、さっきお花屋さんでお話してた女の人のこと?」


ぼくの大声に、ベンチに座ってぼくを待っていたママが、びっくりした顔で訊いてきた。


「うん。ママが好きなお花、あのお姉さんが買おうとしてたの。でも、ぼくが買いたかったって言ったら、ぼくにくれたの」


「あらまあ、じゃあお礼を言わないとね。そのお姉さんはもう行っちゃったの?」


「うん……。ぼくがお金払う前に帰っていっちゃった……」


だって、お姉さんがすぐにぼくにお花くれるなんて、びっくりしたから、だから、ぼく、”ありがとう”を忘れちゃったんだ。

いつもは、誰かにいいことをしてもらったら「ありがとう」ってすぐに言えるのに……


「そっか、それじゃあ、もうこの近くにはいないのかな」


ママが、すごく残念そうに言った。

だからぼくは、せっかくママの好きなお花を買えたのに、なんだか悲しい気持ちになってきたんだ。


そうしたら、ママがぽんぽんってぼくの頭を撫でながら言った。


「それなら、そのお姉さんにお礼を言う代わりに、別の誰かに親切にしてあげたらいいんじゃないかな?」


「ええ?どういうこと?」


「だからね…」


ママは笑いながら、カバンの中からメモ帳とボールペンを取り出した。

それから、メモ帳を開いて、丸い頭に線だけでできた人間を二人描いてくれた。


「これがお花を譲ってくれたお姉さんで、こっちが…」


「ぼく?」


「正解。で、お姉さんがこうして優しい気持ちをくれて……」


そう言って、ママは絵の中のお姉さんからぼくに向かって矢印を引いてみせた。


「本当だったら、お返しに、こっちからお姉さんにも優しい気持ちを送るんだけど、今日は、それができなかった……」


ママは続けて、ぼくからお姉さんに矢印を描いたけど、その上から大きなバツを付け足した。

ぼくは、ちょっとだけキュって、喉が痛くなった気がした。

だけどママは笑った顔のままだった。


「でも、その代わりに………」


絵の中のぼくから、お姉さんと反対の方に矢印が伸びた。

そして、その矢印の先っぽには、もう一人の頭まんまる人間が現れたんだ。


「お姉さん以外の、別の誰かに優しい気持ちを送ったとするでしょ?そうしたら……」


ママは、もう一人の頭まんまる人間からも矢印を引いた。

それからその矢印の先にもまた頭まんまる人間を描いて、また矢印を引っぱって……

そうしたら、いつのまにか、一番最初に描いたお姉さんにまで矢印がつながったんだ。


「あ、お姉さんのところに戻った!」


ぼくが叫んだら、ママは「ね?」と嬉しそうに頭を傾けてぼくの顔を見てきた。


「じゃあ、ぼくが誰かに優しくしたら、いつかはお姉さんに戻っていくの?」


「うん。きっとね。優しくしたり、親切にしたり、優しい言葉をかけることでもいいから、そうやってしてれば、いつかはお姉さんのところまで届くはずだよ?」


「そっか………、そっかぁ!」


ぼくは嬉しくなって、早く誰かに優しくしたくなって、あたりをキョロキョロと見まわした。

そうしたら、背の低いおばあさんが両手に荷物を持って駅から出てくるのを見つけたんだ。


「ママ、ぼく、あのおばあさんに優しくしてくるよ!」


「じゃあママも一緒に行くわ。ママがお手伝いすることがあったら言ってね」


「うん!」


ぼくはママよりも早くおばあさんのところに行きたくて走った。

いきなり走ってきたぼくに、おばあさんはちょっとだけびっくりしてたみたい。

でもぼくは、張り切って言ったんだ。


「こんにちは。ぼくにお手伝いできることありませんか?」


ぼくは、困ってる人を見かけたらこう言いなさい、って教えられてたことを言った。

おばあさんはじっとぼくの顔を見てたけど、すぐにニッコリしてくれたよ。


「まあまあ、親切にありがとうね。それじゃあ……ああ、あそこのベンチまで、この荷物を一緒に持ってくれるかな?もうすぐ迎えの車が来ると思うから」


おばあさんは、さっきまでママが座っていたベンチを指差して言った。


「うん、いいよ!」


ぼくは、おばあさんが持っていた大きな袋を、おばあさんと半分こしながら一緒に持って運んだ。

それから歩きながら、さっきお姉さんにお花を譲ってもらったこととか、ママに聞いたこととかを話した。

そうしたらおばあさんは、「えらいねえ……」って言ってくれた。


ベンチに着くと、おばあさんは荷物を全部乗っけて、自分も「よいしょ」って言いながら座った。

ぼくはあばあさんの前に立った。ママはぼくのすぐ後ろにいた。


「お母さん、いい子育てしてますね」


おばあさんは、ママに向かって言った。先生が褒めるときみたいだなと思った。


「いえ、毎日手探りです…」


ママは嬉しそうに返事したよ。


「うちの孫にもこんな頃があったんですけどね……」


おばあさんがちょっと悲しそうな顔をした気がしたから、ぼくはおばあさんに何か話しかけたくなった。


「おばあさん、ぼくからの親切、受け取ってくれた?」


「うん、ちゃんと受け取ったよ。ありがとうね」


おばあさんはもう悲しい顔をしてなかった。さっきのは気のせいだったのかな?

でもぼくは、おしゃべりを続けたんだ。


「じゃあさ、おばあさんも誰か別の人に親切にしてくれる?優しい言葉をかけるだけでもいいって、ママは言ってた。おばあさんがそうしてくれたら、お姉さんにまで早く届くかもしれないから!」


おばあさんは、またちょっとだけぼくの顔をじっと見てたけど、そのあとで、「うん、わかった。そうするわね」って言ってくれた。

ぼくは安心した。

だってこれで、お姉さんのところにまで矢印が届いてくれるような気がしたから。



それからぼくとママは、おばあさんにサヨナラを言って、家に帰ったんだ。


あ、もちろんママは、黄色いお花を喜んでくれたよ。

そのお花はガーベラって名前なんだよって、ママが帰り道で教えてくれた。

だからぼくは、あのお姉さんのことを、”ガーベラのお姉さん” って呼ぶことにしたんだ。


ガーベラのお姉さんに、ぼくの ”ありがとう” が届きますように…………













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