【番外編 それは誰かのペイフォワード】ひとつめ、優しさ
「あ、あった!」
それを見つけたわたしは、思わず子供のようなはしゃいだ声を上げてしまった。
「本当だ、よかったね」
すぐ横で、郁弥さんも嬉しそうに笑いかけてくれる。
そんな些細な表情にさえ、いまだにわたしはドキリとしてしまいそうになるのだけど、今日は…というよりも”今”は、そんな悠長なことは言ってられないのだ。
朝からずっと探し続けていたものが、たったひとつだけ、今、目の前に現れてくれたのだから!
今日は、蹴人くんのお誕生日パーティーだった。
わたしは最後に蹴人くんと交わした約束通り、郁弥さんや、蹴人くんのご両親、水間さん、安立さん、それに坂井さん達と、蹴人くんの家でお祝いをする予定になっていた。
わたしと郁弥さんはケーキ担当で、夕方からのパーティに間に合うように、午後から一緒に家を出て途中でケーキをピックアップするつもりだった。
けれど今日朝起きたとき、ふと、わたしは蹴人くんがガーベラの花を気に入ってたことを思い出したのだ。
わたしが何気なく渡したガーベラを、蹴人くんがとても喜んでくれたことがあったから。
そのときの嬉しそうな笑顔は、本当に可愛らしかった。
蹴人くんには、わたし達二人からのプレゼントも用意していたけど、わたしはどうしても、ガーベラの花を贈りたくて仕方なくなってしまった。
そうして、優しい恋人が運転手を買って出てくれたのをいいことに、わたしは朝からガーベラ捜索をしていたのだった。
それはまさしく、”捜索”だった。
というのも、ガーベラは比較的どの店にも置かれているものだと思っていたのに、今日に限っては、どの店でもまったく姿形がなかったのだ。
以前ガーベラのアレンジをお願いしたことがある店でさえ、完敗だった。
「でも、なんで今日はガーベラがないんだろうね。どこかでガーベラ祭りでもやってたりして」
みるみる沈んでいくわたしの気を紛らわせようと、郁弥さんが冗談めかして言ってくれた。
でもどうせ次の店もないんだろうな…そんなマイナスな気持ちを拭えずに向かった所で、一本だけ、まるでわたしを待っていてくれたかのように凛と店先を見つめる黄色いガーベラと出会ったのだった。
わたしは小走りになって店に入った。
そして間髪入れずに言った。
「あの、すみません、このガーベラいただきます!」
興奮したせいか、それとも最後の一本を誰かにとられまいと焦ったのか、ちょっとおかしな言葉まわしになってしまった。
でも自分でそうと気付かないほどに、わたしは気が急いていたのだ。
そして、そんなわたしに店員の女性は丁寧な笑顔で応対してくれて、さあお会計、というところで、可愛らしい横入りがあったのだった。
「あーっ、その黄色いお花、ぼく欲しかったのにぃ……」
振り向くと、5、6歳くらいの男の子がしょんぼりとしていた。
今にも泣き出しそうな雰囲気に、わたしは、今日の主役である蹴人くんの姿が重なって見えた気がした。
だから、
「このお花、買いたかったの?」
その場にしゃがみ、男の子と目線の高さを合わせて訊いた。
男の子は、くりっとした目を開いてわたしを見てから、「うん」と頷いた。
「ママの好きなお花だから」
そう言って、きゅっと、両手を握り締めている。おそらく、その小っちゃな手の中には小銭が入ってるのだろう。
母親からおつかいを頼まれたのかな。
見知らぬ大人相手に、拳をぷるぷるさせて懸命に訴えているのだ。
可愛いな…
素直に、そう思った。
店の外で待ってくれてる郁弥さんに視線を投げれば、黙ってこちらを見守ってくれている。
朝からわたしのワガママに付き合ってくれていた郁弥さんには、申し訳ない気持ちもするけれど………
「じゃあ、きみに譲るよ」
今のわたしに出来うる最大限の微笑みとともに、男の子に告げたのだった。
「え……?」
わたしが立ち上がると、男の子はきょとんと見上げてきた。
「お金はまだ払ってなかったから、きみがお店の人にお金渡してね?……すみません、そういうことなので」
男の子に説明したあと、店員の女性に謝ったけれど、女性はとんでもないです、という風に首を振って、わたしに一度告げたガーベラの値段を、もう一度男の子に伝えていた。
そしてわたしは小さく会釈して店を出たのだった。
「あの子に譲ったの?」
一連の流れを目撃していたのだろう、郁弥さんが小声で尋ねてきた。
その郁弥さんの少し後ろ側にいる女の人が、もしかしたらあの男の子のお母さんだろうか。
わたしは郁弥さんに表情だけで返事し、車に歩き出した。
すると郁弥さんはすぐにわたしの隣に並び、ふわりと、柔らかく目を細めた。
「じゃあ、みゆきはあの子の願いごとを叶えてあげたんだ」
「…だと、いいんだけど」
わたしは郁弥さんに返しながら、蹴人くんにガーベラの花をプレゼントできなくなっちゃったな…と、思った。
けれど、不思議と、がっかり感はそんなになかった。
だって、蹴人くんも、たぶん今の郁弥さんみたいに、嬉しそうに笑ってくれる気がしたから。




