小さな男の子の伝言(2)
「………大丈夫、ですか?」
大路さんは今にも泣き出しそうで、でも泣くまいと食いしばっているようにも見えて、わたしは思わず言葉にして訊いていた。
「大丈夫よ」
笑いながら、大路さんは答えた。
でも全然自然な笑顔でもなくて、上手な作り笑いでもない。
「私が泣いてたりしたら、蹴人が心配しちゃうものね。だから私は大丈夫」
それは母親の矜持なのかもしれない。
わたしは、”そうですね” とも、”そんなことないですよ” とも言えずにいた。
隣では郁弥さんももどかしそうな顔をしていて、二人して、蹴人くんの様子が気になっていた。
すると蹴人くんはこちらを向いて、
「お姉ちゃんとお兄ちゃん、またぼくの言ったことお母さんに伝えてくれる?」
と言ってきたのだ。
ぴんと背筋を伸ばして、意を決したような真剣な面差しで。
その右手は、大路さん…お母さんの膝から離れず、まるでその小さな手から母親に想いを伝えているように見えた。
わたしは蹴人くんに頷き、大路さんに話しかけた。
「あの、蹴人くんがまた話があるそうなんです」
それを聞いたとたん、大路さんはパッと表情を変えた。
「なにかしら?どんなことでも構わないから、全部教えて?」
ご主人も、大路さんから手を引きながら、「お願いします」と言った。
「わかりました……」
わたしは、これ以上話が深まっていくと、さっきみたいに蹴人くんのセリフを伝えることに躊躇いが生じるのではないかと、不安がよぎった。
けれど、当の大路さんがすべてを知りたがっているのだからと、自分にどうにか言い聞かせた。
そして蹴人くんに、目で ”どうぞ” と語りかけた。
「ありがとうお姉ちゃん。今から言うのはな、ぼくがお母さんに一番言いたかったことやねん」
にこやかに『ありがとう』と言われたことに、気負っていた分、ちょっと面食らってしまうわたしがいた。
けれど頭は、蹴人くんの話を追うことに集中していた。
「お母さん、ぼくとサヨナラしてから、泣くのを我慢してることが多いやろ?ぼく、知ってるねん。お母さんは、自分が泣いたら、ぼくが悲しむって思ってるみたいやけど、ぼくはそんなこと全然思わへんよ?」
「お母さんが泣くのを我慢してるのを知ってると、お母さんは自分が泣いたらぼくも悲しむと思ってるみたいやけど、そんなことは全然思ってないと……」
「せやから、ぼくのこと思い出して悲しくなったり寂しくなったら、泣いてもええねん」
「……だから、ぼくのことを思い出して悲しくなったり寂しくなったら、泣いてもええねん」
蹴人くんはわたしが通訳しやすいように、適度なテンポで話してくれているようだ。
わたしも少しは慣れてきたのか、それとも内容がさっきほど深刻でもないからか、蹴人くんが作ってくれたテンポを崩すことなくメッセンジャーの役割をこなせいていた。
けれど、蹴人くんの言葉を受け取った大路さんが、またもや沈んだ表情に変わってしまったのだ。
「………だめよ。私は、本当は悲しむ資格なんてないんだから」
「お前、まだそんなこと言ってるのか?」
呟いた大路さんに、ご主人がやや厳しい口調で言った。
「それは、どういう意味でしょうか?」
郁弥さんは落ち着いて、二人に尋ねた。
蹴人くんは口を閉じ、大人たちのやり取りを見守っている。
少し考えるような間があったけれど、やがて大路さんが静かに言った。
「私はね……蹴人の命を奪ったも同然なのよ」
「…………?」
”命を奪った” なんて物騒な物言いに、わたしは言葉にするのも忘れて、無言で大路さんに驚きを訴えた。
「……それは、どういう……?」
代わりに郁弥さんが先を進めてくれたけれど、大路さんのご主人は、息苦しそうに自分の首の辺りを触っていた。非常に落ち着かない仕草で。
「実はね、………死産って言ったけど、出産後に亡くなっていたのが分かったわけじゃないの。私は、今産めば蹴人が外で生きられない……そう知っていたのに、蹴人を産んだのよ」
「その話は今はいいだろ」
ご主人が強い語気で大路さんを止めた。
けれど大路さんはそれをきれいに無視して続けた。
「だって蹴人は全部わかってるんでしょう?だったら、今ここでみゆきさん達に取り繕った話をしてもしょうがないわよ。……みゆきさん、それに諏訪さん、蹴人のこと、ちゃんと話したいんだけど、聞いてくれる?」
「それはもちろん。大路さんがそうしたいのでしたら」
「お聞かせ願えますか」
わたしと郁弥さんの即答に、蹴人くんは少し不安げな瞳で母親を見つめていた。
けれどそれに気づくはずもない大路さんは、話の先を進めたのだった。
二話同時更新いたしました。




