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告白までの距離(4)






「諏訪さん、こんにちは」


昨日までと何ら変わりのない病室に、わたしはガーベラの花を1本加えながら入っていった。


「これ、本当は、大路さんに差し上げたんですけど、この前諏訪さんのお花をお裾分けしたお礼に…って、いただいちゃいました。ここに一緒に飾っておきますね」


満杯の花瓶に挿すと、風景がわずかに違って見えた。


わたしは諏訪さんの枕元にまで近寄り、そばにあった簡易椅子に座って、諏訪さんの綺麗な寝顔を見つめた。


意識がないことに苦しんでいるような表情ではなくてホッとしつつも、返事がない沈黙に、心が重さを増した気がした。


けれどそのとき、水間さんと大路さんのセリフが頭に浮かんできたのだ。



『意識不明の患者さんでも、ちゃんと心はあるんですよ?周りの声だって聞こえてるかもしれませんし』


『全部じゃないけど、身の回りの出来事とか話し声とか、諏訪さんにも伝わってるのかもしれないわよ?』



そしてそれが引き金になったように、今度は、蹴人くんに言われたことが浮かんできた。



『お姉ちゃんの心の真ん中におるんは、あのお兄ちゃんと違うの?』

『大切な人には、ちゃんと大切やって言っといた方がええよ?』

『あとでホンマに言えへんようになったとき、きっと後悔するで?』



わたしはずっと、蹴人くんが言ってた『ホンマに言えへんようになったとき』とは、諏訪さんと浅香さんが結婚したときだと思っていた。

けどそうじゃなかった。

言いたくても言えなくなる………それはまさしく ”今” なのだと、激しく実感していたから。


あの小さな男の子は、ひょっとしたらこうなることを知っていたのではないだろうか。

あまりの一致に、そんな、あり得ない想像までしてしまいそうになる。


「でも……」


わたしはそっと、諏訪さんの目もとに掛かっている髪を横に流した。



こんな風に諏訪さんの髪に触れるなんて、以前の見てるだけのわたしからは信じられない出来事だ。


浅香さんを差し置いて諏訪さんの看病をさせてもらうことに、申し訳なさがないわけではない。

でもそれよりも、単純に喜びの方が勝っていただけで。



「諏訪さん……」


蹴人くんが言った通り、わたしは、後悔していた。



「諏訪さん、わたし……、」


水間さんや大路さんの言ったように、今の諏訪さんにも、わたしの声が聞こえてるのだろうか。



諏訪さんみたいな人に、わたしなんかが片想いしたところでどうしようもないのだと、はじめからそう思っていた。

それに諏訪さんには浅香さんという恋人がいたから、恋心に気付いた時には、同時に失恋も確定していたわけだもの。


だから、わたしは、自分の気持ちを打ち明けることはしないと決めていた。

わたしから告白されても、諏訪さんを困らせてしまうだけだし、浅香さんと知り合いになってからは、さらにその決意は固くなっていった。

そして二人が結婚すると知ってからは、自分の選択は正しかったのだと信じて疑わなかった。



だけど今、諏訪さんがこうなって、今後どうなるかも分からない状況では、



『ほんまに言われへんようになったとき、後悔すんで?』



あの蹴人くんの言葉がまるごと正しかったのだと、痛感するしかなかった。



つまり、わたしは後悔していたのだ。

こんなことになるなら、諏訪さんに気持ちを伝えておけばよかったと。



例え玉砕確定でも、もし諏訪さんや浅香さんに迷惑だと疎まれても、

わたしの気持ちを、知っててほしかった。


そんな風に思いはじめていたのだ。




「――――――諏訪さん、聞こえてますか?」


わたしはそっと囁いた。





「わたし、諏訪さんが、好きです……」




思ったよりもずっと素直に、そのセリフが溢れ出ていたのだった。










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