表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
39/90

わたしの願いごと(2)






わたしは、さっき病院に来る前に会ったばかりの、この小さな男の子との再会をどう受け取ったらいいのか、とても戸惑ってしまった。


「お姉ちゃん、大丈夫?さっきまでここに別のお姉ちゃんがおったんやけどな、電話がかかってきて出ていってん。他の人らは、オレンジジュースのお兄ちゃんのとこにおるよ」


わたしの知りたかった情報を容易く説明してくれた蹴人くんは、ベッド脇にあった回転椅子に飛び乗り、くるくるとコミカルに回ってみせる。

あまりの無邪気な様に、わたしは一瞬、蹴人くんは諏訪さんの状況を知らないのかと怪しんだ。

けれどすぐ、

この不思議な男の子が知らないはずない、さっきも ”オレンジジュースのお兄ちゃん” と言ってたもの……と思い直した。


それと同時に、蹴人くんにまだ ”お願い” を伝えてなかったことを思い出したのだった。


何度も何度も『お願いごとは決まった?』と訊かれ続けていて、わたしはその度に答えられずにいたけれど、今は、何よりも願いたいことができたのだから。


「蹴人くん!」


ベッドから勢いよく降り、椅子で遊んでいる蹴人くんをガシッと捕らえた。

蹴人くんは不思議そうに「どうしたん?」とわたしを見つめてくる。


「お願いごと、決まったよ。聞いてくれる?」


「ほんま?よかったやん、決まって」


必死なテンションのわたしとは対照的に、蹴人くんはほんわかと笑った。


「じゃ、お姉ちゃんのお願い教えてくれる?」


椅子に座ったまま背筋をピンと伸ばした蹴人くん。

わたしは膝をついて、蹴人くんの肩を掴んで、


「諏訪さんを助けて!」


大声で縋ったのだった。


わたしの心の真ん中にいるのは、諏訪さんだもの。

その諏訪さんに関することなんだから、蹴人くんだって聞き入れてくれるはず。

そう思ったのに…………



「それはあかんねん」


蹴人くんは、わたしの願いをあっけなく跳ね返したのだった。



「あかん?どうして?わたしの大切に思ってる人のことならいいんでしょ?だったら問題ないじゃない。わたしの心の中にいる人は諏訪さんだよ?蹴人くんにだって分かってるでしょ?わたしはまだ諏訪さんが好きなんだもの。なのにどうしてダメなの?」


大人げなく、蹴人くんの細い肩を強く揺さぶってしまう。


「ねえ、蹴人くん!」


さらに大きく叫ぶと、蹴人くんは眉を曲げて唇をすぼめた。


「あかんねん……。人の命に関係することは、かなえてあげられへんねん……」


「どういうこと?」


「せやから、ぼくには、人の命を蘇らせたり、悪い病気を治したりするのはできひんねん」


「そんな……、そんなルールがあるの?どうして?!」


意味が分からないとばかりに、わたしは蹴人くんに食ってかかった。

すると蹴人くんはいつもの大人びた反応ではなく、今にも泣きそうな、年齢相応の表情を見せて。


「ぼくかて、オレンジジュースのお兄ちゃん助けてあげたいよ?でも、できひんねんもん………ごめんなぁ」



心から申し訳なさそうに言った蹴人くんに、わたしはそれ以上何かを求めることはできなかった。


するりと、蹴人くんの肩を掴んでいた手から力が抜けていく。


………そもそも、こんな小さな子供に何を期待したっていうのだろう。

この子は神様でもなんでもないんだから。ただちょっと大人びている子で、ちょっと不思議なところがあるだけで………


それでも、万が一でも、例えあり得ない話でもメルヘンな話でも、そこに可能性があるかもしれないなら、縋りたかったのだ。

諏訪さんを助けて、と。



「ごめんな、お姉ちゃん……」


しゅん、として謝ってくる蹴人くん。

わたしは我に返ったというか、多少の冷静さを取り戻し、静かに「ううん…」と答えた。


「蹴人くんが謝ることないよ。……でも、諏訪さんは………」


いつ意識が戻るのかも分からない。目を覚ますのか、ずっと眠ったままなのか、それを知る術もない現状に、わたしは、この世界にある不幸せを集結させたような、途方もない闇を見ていた。


そろり、と立ち上がりながらも、頭はやはり諏訪さんばかりで。


意識がない今の諏訪さんは、どういう状態なんだろう?


わたしは近くにあったもう一脚の椅子に力なく座り、「諏訪さん……」無意識にそう呟いていた。


「……お姉ちゃん、ほんまにあのお兄ちゃんのこと好きなんやな」


ただ名前をこぼしただけなのに、蹴人くんは感嘆するように言った。

今のどこにそんな要素があったのかは不明だけど、わたしは特に考えることなく、



「そうだね。大好きだよ」


脱力したまま、素直に認めていた。


声に出してみれば、さらにその想いが湧き上がってくるようだ。

――――本当に、こんなに好きになってるとは思わなかった。


浅香さんとの結婚を聞いて、自分なりに気持ちの整理をしなければと思っていたはずなのに、諏訪さんがこうなって、ショックで気を失ってしまうほど、好きが増えていたなんて。


………知らない間に育っていた気持ちに気付いたところで、どうしようもないのに。



途方に暮れるわたしを気遣ってくれたのか、蹴人くんはそれ以上は何も語らず、ただそばに、この時間を分かち合うだけのように静かに、わたしの隣にいてくれたのだった…………










評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ