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立ち聞き(4)






蹴人くんはちょっと呆れたように首をかしげた。


「まだ決められへんの?お姉ちゃんの大切な人とか、心の中におる人のことでええねんで?」


それは分かってる。

だけど、今わたしの大切な人、心の真ん中にいる人なんて、諏訪さん以外にいないから。

そしてその諏訪さんの幸せは、きっと、浅香さんとのことだろうから………


こんな風に考えるなんて、心が狭いと思うし、自分で自分が情けないけれど、どうしたって、諏訪さんと浅香さんの結婚を大歓迎なんてできるはずはないのだ。

少なくとも、今は。

だってまだ、わたしは諏訪さんが好きなのだから。

だから、諏訪さんと浅香さんの幸せを願うなんて、今すぐには無理だと思った。


いや、もちろん、蹴人くんに願いを伝えたところで、それが叶うと信じているわけじゃない。

だけど、今のわたしには、自分以外の人と幸せになる片想いの相手のこと、口にするのも避けたいと思ってしまうのだ。


それに、あののど飴の男性のこともある。

確かめたわけじゃないけど、もしかしたら、あの男性が蹴人くんに願ったことが現実に叶ったのかもしれないのだ。


そんな非科学的なことはあり得ないと分かっていても、この蹴人くんの ”普通じゃない” 感じから考えれば、もしかしたら、万が一、あり得ないけれどひょっとしたら…そんな仮定も想像できてしまう。



わたしは、こっちを見上げてじっと返事を待っている蹴人くんに、スッと手のひらを差し出した。


「ジュース、空っぽなら捨てておくよ」


あからさまに話題を移したわたしに、蹴人くんは「うん、ありがとう」と素直に流される仕草をみせた。

けれどそのあと、


「お姉ちゃん、大切な人には、ちゃんと大切やって言っといた方がええよ?」


紙パックをわたしに手渡しながら、冷静に言ったのだった。



「……どういうこと?」


「だってお姉ちゃん、ぼくが訊いた ”お願いごと” すら全然言えへんねんから、きっと、大切な人にも『大切やで』って言えてへんのと違う?あのお兄ちゃんのこと好きなら、言えるうちにちゃんと言っておいた方がええよ?」


まるで人生を悟ったような口調の蹴人くん。


……わたしだって、それが容易いならそうしている。

けれどそれはあくまで理想であって、考えすぎる悪癖を抱えているわたしには、その理想の実現は程遠いのだ。


「それは……そうかもしれないね」


わたしは諦めに近い気持ちをお腹の底に沈めて、蹴人くんの意見を拒否しないよう、曖昧に頷いた。



諏訪さんのことが好きだけど、

でも、言えない。言えるわけない。


結婚の話まで出てる人に対して、たった数回言葉を交わしただけのわたしが、何かを言えるわけはないのだ。


わたしは「これ捨ててくるわね」と言ってから、蹴人くんから受け取った紙パックを給湯室のごみ箱に運んだ。


蹴人くんはソファに座ったままだったので、その表情は見えなかったけれど、足をぶらぶらさせている気配がした。

そしてしばらくしてから、わたしに向かって大きめの声で話しだした。


「なあなあ、聞いて?」


「なあに?」


わたしは背後に向けて返事した。


「あんな、ぼくな、前に命がけで好きになった人がおってん」


それは、すごいやろ?と自慢してくるような言い方に聞こえた。

給湯室に一歩踏み入れたばかりだったわたしは、唐突すぎる蹴人くんの告白に驚きを隠せなかった。


「……命がけ?」


足を止め、応接室と隔てている壁から顔だけを出して、蹴人くんに問いかける。

蹴人くんはこちらを見ていて、そのつぶらな瞳と目が合った。


「うん、そうやで」


「命がけって、蹴人くんが?」


幼児である蹴人くんと、”命がけ” 

おおよそ似つかわしくない言葉に、わたしはクスッと笑ってしまった。


「なんで笑うん?ぼく、ホンマに、それだけ一生懸命大切に想った人がおったんやで?」


「へえ、そうなんだ。ごめんね、笑っちゃったりして」


大人びたセリフを吐くのに、やっぱり子供らしい部分もあって、可愛らしいなあ……


わたしは一人前に”命がけ”を説く蹴人くんに小さく謝ってみせた。

そんな簡単に”命がけ”なんて単語をチョイスできるのは、その意味をよく分かっていない子供の証拠だなと、内心で思いながら。

けれど途端に、蹴人くんの顔色が曇ってしまったのだ。


「……でもな、ぼく、その人に『好き』って言えへんかってん」











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