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大切な人(3)






蹴人しゅうとくんの指摘に、わたしは体の真ん中から上下に熱が走るのを感じた。

一方は頭のてっぺんまで。もう一方は足の爪の先まで。



「………それって諏訪さんのこと?諏訪さんが大切な人って…どうしてそんな風に思うの?」


心の中を当てられて焦りが生まれたのか、わたしは口早に、まるで蹴人くんを責めるような口調で言い返してしまった。


そして言った直後、大人のくせにこんな小さな子供になんて態度をとってしまったんだろうと、自省もする。

けれど蹴人くんはニコッと笑ったままだった。


「だから言ったやん。ぼく、心の中が分かるんやって」


得意気に胸を張る蹴人くん。


他人の心の中が分かるだなんて、そんなこと信じられるだろうか。

家族みたいに近い間柄ならともかく、まだ二度ほどしか会ってないわたしの心が分かるなんて。


……いやでも、実際に諏訪さんのことは言い当てられたじゃない。

蹴人くんの勘がいいのか、それとも、この前の朝のわたしの言動が分かりやす過ぎたのか……


動揺をにじませるわたしに、蹴人くんは「だからな、」と指差してきたのだった。

その指先は、わたしの心に向けられた気がした。


「コーヒーのおばちゃんも、のど飴のお兄ちゃんも、オレンジジュースのお兄ちゃんも、みんな心の真ん中におる人の願いを言ったから、かなえてあげることにしてん。一番大切に想ってる人の場合もあったし、一番大切ってわけちゃうけど、そん時一番心配してる相手とか、とにかく、みんな心の真ん中におる人やったからな」


到底、就学前の幼児には思えない語りで説明した蹴人くんに、わたしは少しの引っ掛かりを持った。



「………オレンジジュースのお兄ちゃんも、蹴人くんに願いごとを言ったの?」


恐る恐る、尋ねた。

すると蹴人くんはわたしに向けていた指を戻し、両腕を頭の後ろに当てた。


「え、うん。そうやで?」


それがどうしたん?


リラックスした様子で、心底不思議に感じているような言いざまだ。


わたしは黙って、頭の記憶を広げた。


あの朝、諏訪さんは急ぐからと言って、わたし達三人と蹴人くんを残して先に行ってしまったはずだ。

願いごとを蹴人くんに伝える前に。


なのにどうして、蹴人くんは諏訪さんから願いごとを聞いたなんて言うんだろう。


……まさか、今日みたいに諏訪さんにも直接会いに行ったの?



「うん、会ってきたよ」


「え?」


「お姉ちゃんの考えてること、あってるよ」


まだ何も訊いてないにもかかわらず、蹴人くんは笑って頷いた。


「オレンジジュースのお兄ちゃんにも会いに行ってん」


「……いつ?ていうか、どうしてわたしが考えてることが分かるの?」


驚きに少しの恐さを混ぜて尋ねたわたしに、蹴人くんは平然と答える。


「分かるもんは分かるねん」


………この子、本当に普通の男の子なの?


勘が働くとか、そういった曖昧なものではなく、蹴人くんの話す内容は事実である蓋然性に富んでいる。

そういえば、あの朝も似たようなことがあった。あの時はわたしの勘違いだと思って流したけれど、……今日は流しようがない。


その様相からは悪意は見えないものの、会話を交わせば交わすほど、蹴人くんが ”普通” じゃない印象が重なっていくようで。



「とにかく、あとお願いごとを聞いてないのはお姉ちゃんだけやねん」


純粋に、わたしの願いごとを知りたいだけだと訴える蹴人くんは、わたしの中の警戒心に、巧妙に隙間を刻んできた。


「……じゃあ、あのオレンジジュースのお兄さんも、蹴人くんにお願いごとをしたの?」


蹴人くんへの警戒心よりも、諏訪さんへの興味の方が勝ってしまったのだ。



あの朝、諏訪さんは蹴人くんが言った『みんなの ”お願い” を1個かなえてあげるよ!』というセリフには関心がないように見えた。『急ぐから』と、半ば蹴人くんを振り切るようにして立ち去ったのだから。


いったい、諏訪さんは蹴人くんに何をお願いしたのだろう。

蹴人くん曰く、心の真ん中にいる人の願いを。



わたしの複雑な心中にはお構いなしに、蹴人くんは「もちろん!」と、あっけらかんと笑った。


「そう……。何を、お願いしたのかな?」


伏し目がちになってしまうのは、興味本意で訊いてもいいものかと、どこか後ろめたさみたいなものがあったからだろうか。


蹴人くんが素直に教えてくれるかは分からなかったけれど、予想に反して、「それはな…」と、蹴人くんはすんなり話してくれたのだった。



「お兄ちゃんが大切に想ってる人が幸せになりますように、ってお願いやったよ!」


まるでそれが100点満点の願いごとかのように、蹴人くんは称賛をおくるように叫んだのだ。










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