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伍:怨念の宴

 勇士の周りを再び化物共が囲む。そしてその一体が、その手に持つメスを勇士の胸に深々と突き刺した。それに突き動かされて、他の化物共も勇士に群がった。

「アアアァァアアアァァアァアアアアァアアァァァァアアアアァァッッッ!!!!!!」

 群がる化物共に全身を切り裂かれ、全身に鋭い痛みが突き抜ける。両目が大きく見開かれて、多量の冷汗を流しながら悲痛な絶叫を上げる。『死』に対する根源的な恐怖からくる、獰猛な咆哮。その声は室内に反響し、虚しくも消えていった。勇士は眼前に迫る『死』から逃れようと必死にもがく。だがしかし、現実とは非情なものである。勇士の体はどこからともなく取り出されたロープでベッドに磔にされた。頭は動くし、目も口も無事だ。だがそれは何の役にも立たない。今の勇士は化物共のモルモットにまで堕ちている。何を喚こうが関係ない。化物共の積年の恨みを晴らすための道具として、無残に使い捨てられる運命は変えられないのだ。

 自分の四肢が切り取られ、傷口からあふれた鮮血でベッドシーツが真紅に染め上げられる。全身を激痛が絶え間なく襲う。息は少しずつ浅く速くなり、体温も下がりつつある。しかし、意識はそれと反比例するようにはっきりと覚醒していくのだ。勇士には、その時間が何時間にも何日にも何週間にも何か月にも何年にも何世紀にも、どこまでも永く、永く感じられた。成す術もなく傷をつけられ、その度に形容しがたい痛みが全身を這い回る。傷口が鮮血にまみれて沸騰しているかの如き熱を持ち、その一方で体の芯は氷の様に冷たくなっていく。『死』という名の崖へと追い詰められ、最早痛みを感じることもなくなっていった。

 ただ、触覚から感じることがないとはいえ、視覚から、嗅覚から、聴覚から、『死』を明確に意識させる信号が脳に伝わる。勇士は相も変わらず暴れて逃げようとするが、もう力も入らない。先程まで覚醒していた意識も、段々と薄れてゆく。瞼が重い。襲い来る睡魔に抗えず、勇士は永遠の眠りにつこうとした――しかしつく事は出来なかった。

 化物共は、他の患者の四肢を勇士の胴体に合わせ、縫合糸で継ぎ合わせる。まるでフランケンシュタインの様に、ボロボロになって何度も修繕されたぬいぐるみの様に、勇士の体は継ぎ接ぎだらけになっていった。

 暫くして、流血が収まりだしたころ。一度三途の川のほとりに立ち、そして再び『生』にしがみつく事に成功したのが引き金となって、勇士の理性は急速に復活していった。しかしそれも、自身の現実を正確に認識するまでのわずかな時間にすぎなかった。むしろ、自身の状態を認識し、状況を理解できるようになった事でより深い絶望を味わう事となる。勇士の体は、この時点で既に四肢が全て死者のものに変えられていた。それは強烈な痛覚と共に勇士の心を深く抉る。

「イヤアァウアアイィィァァアァアァアァアウアウウゥウゥァァァァッッッ!!!!!!!!!!」

 叫ぶ。ひたすらに叫ぶ。既に人のそれではない咆哮は、長い長い廊下へと虚しく消えていった。勇士の口から吐き出される絶叫を、化物共は甘美なクラシック音楽でも聴くように、恍惚とした表情を浮かべて聞いていた。

 「死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死ニタクナイ死ニタクナイ死ニタクナイ死ニタクナイ死ニタクナイ死ニタクナイ死ニダグナイ死ニダグナイ死ニダグナイジニダグナイシニタクナイシニタクナイシニタクナイシニタクナイシニタクナイシニタクナイシニタクナイシニタクナイ」

 やがてその叫びは、間もなく迎えることになるであろう『死』からの逃避願望へと変わった。その顔は恐怖と絶望で歪み、涙や鼻水にまみれていた。しかし化物共の歩みが止まることはない。

「ワレラノ、エイエンノクルシミモキサマモアジワエエェェッ!!!」

 化物共は何度も、何度も、その手に持っている凶器(狂気)を突きたてた。その目は憎悪に燃えており、遥か過去の、どこに眠るかもわからない人物に対する怒りを、溢れるほどに抱いていた。




 密室に連れ込まれてからどれだけ経っただろうか。最早勇士は喉も枯れ、暴れるだけの体力も使い果たして、声にならない呻き声を上げながらもがいて、涙を流し続けるしかできなくなっていた。もがいているといっても、そこに明確な意思など存在しない。勇士の心は既に壊れて、完全な錯乱状態となっているからだ。

「……ぅぐっ……あぁ……」

「……」

 ――ふと、化物共の手が止まる。その顔は一様に勇士の顔を覗き込んでおり、何かを思索しているような表情を浮かべていた。

「……ッ!」

 暫く静寂が場を支配していたがやがて一人が動き出し、手に持っていたメスを深々と突き立てた。勇士の、右の眼球に。

「――ッ、ア゛ア゛ァ゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ァ゛ァ゛ァ゛ア゛ア゛ァ゛ッ!!!」

 先程まで滅多刺しにされて、感覚が鈍っていた胴体ではなく、まだ傷の少ない、それも繊細な部位に刺されて、久しく味わっていなかった強烈な痛みが走る。それと同時に、暗いながらもものが見えていた右目が、漆黒に塗りつぶされた。

 化物共は続いて、大きめのガラス瓶の中身を、勇士の腹の上へとばら撒いた。それは、蛭や百足やゲジやゴキブリといった、悍ましい蟲達。それが何十匹も何百匹も勇士の体中を這い回る。感覚だけでも気分が悪くなる上に、その光景はしっかりと視界に入っており、勇士はつい嗚咽を漏らす。そうして開いた口へも、蟲は容赦なく侵入していく。続いて鼻、耳、果てには肛門と、次々に体の中へと入り込んでいく。

「ガハッ!……ギッ……ヒィ……」

 ここに来て勇士の意識は、急速に遠のいていった。最早心身ともに限界を超え、持たなくなっていたのだ。そんな勇士の様子を眺める目が、二つ。いつの間にか大量にいた化物共が殆どいなくなり、残っているのは勇士と、先程眼球を突き刺した化物の、二人だけとなっていた。その化物が、ゆっくりと右手を上げる。

「そのまま永遠に苦しむが良い」

 唐突に、はっきりと話し出す。

 そして、目にもとまらぬ速さで振り下ろした。

「――カハッ」

 勇士が最後に見たのは、化物が手に持ったメスが、自分の喉元に吸い込まれていくところだった。

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