四:狂乱の前宵
――ガタン。
金属同士がぶつかり合うような、無機質な音が室内に響く。それと同時に、勇士が寝ているベッドが動き出した。相変わらず化け物共はベッドを囲んでいる。勇士を射殺すかのような鋭い視線が、無数に勇士を貫く。勇士はその身に余る恐怖にあてられて、声を出すことも身動きを取ることも出来ない。ただ目の前の化け物共に、なすがままにされるだけであった。そのまま勇士が乗ったベッドは、部屋の外へと運び出された。
廊下に出ると。そこは既に地獄へと豹変していた。壁や床、天井のいたるところに血飛沫がこびりついて、他の部屋の患者の四肢や内臓、果ては頭部などが無造作に転がされている。全方向から怨念の籠った不気味な声が響き、それに共鳴しているかの如く時々死体の目や口、指がぴくぴくと動く。そして壁の隙間から這い出てきた大量の虫が、その死体に卵を産み付けている。勇士のベッドを囲む化物共は、それを見て気色の悪い高笑いを響かせる。そして再び勇士を睨み、全員で獣の様に吠えた。
「キサマモゼッタイニニガシハシナイ! ワレラノクルシミヲアジワウガイイ‼」
「……ぁ……ぅあ……ぃ……いゃ……。」
目の前に広がる、地獄の底もかくやといった光景に勇士の精神は限界を迎え、糸の切れた人形の様に倒れ込んだ。だがしかし、化物共の凶行はここで終わることはない。化物共はまるでこれからが本番とでも言うように、揃って獰猛な笑みを、醜悪な笑みを、人としての原型を留めていないその顔に浮かべていた。
勇士のベッドは依然として、金属が擦れ、軋むような、耳障りな音を立てて運ばれている。どこへ連れていかれるのかも分からない。何をされるのか想像もできない。勇士にとって唯一の救いは、そんな事を考えて恐怖することがなかったことだろう。
ベッドのキャスターの音を響かせ、運ばれる事約十分。勇士の目には、観音開きの扉とその上に燈る赤いランプが映っていた。まだ目を覚ましていない勇士は、何の反応を示すこともない。沈黙を貫く様子を見て化物共は少し不満そうに顔を顰めつつも、扉を乱暴に開け放って勇士を中へ運んだ。その先には四畳ほどの密閉空間が広がっており、周囲には多種多様な医療器具。天井にはあちこちに枝分かれして大量の電球が取り付けられた、無骨なライトが設置されていた。
その部屋の中央へとベッドが運ばれる。そして化物共は部屋のあちこちに散らばり、両手に医療器具を持って集まってきた。――ガタガタと廊下から台車の音が響く。そこには、先程廊下を通った時に目に入った、他の患者の頭部や四肢、そして大量の虫だった。最早原型を留めていない肉塊もある。それが勇士のいる空間に入った途端、強烈な悪臭を充満させた。それは醜悪で、存在することすら厭われる様なもの。題を付けるのであれば『地獄』とでもなるだろうその光景は、健常者が見れば良くて嘔吐、最悪卒倒しただろう。がしかし、気を失っている勇士は反応しない。そうして勇士の与り知らぬまま、化物共の狂気に飲まれてゆく。