6、彦六のビジネスパートナー
永禄元年 (1558年)四月 堺 松永屋 松永清秀
「お爺様、そんなに驚かれなくとも」
わしは孫の顔を見る。うむ。凛々(りり)しい顔つきじゃ。これなら、女子が放ってはおくまいて。
「彦六、どうしたのじゃ。大和の国に出向いたのは知っておったが」
彦六がにこりと笑う。
わしは部屋の中に孫たちを通すことにした。番頭たちも下がらせる。
「おお、この者は」
「彦六じゃ。そなたにとっては甥のようなものじゃろう」
丁度、部屋には一族の松永永種がいる。連歌師の永種は京や堺、あるいは芥川山城で連歌の会に呼ばれたりしていた。
「弾正殿のお子ですか。大きゅうなったなあ」
永種は二十一歳、公家の冷泉家の姫を母に持つ松永家の若手だ。松永久秀の大叔母が松永永種の母親になる。つまり、若いが久秀の叔父がこの松永永種というわけだ。つまり、彦六にとっては大叔父に当たる。
「大叔父上、お久しぶりでございます」
「うむ! ただなあ、彦六。私は二十一歳なのだ。大叔父はやめてくれ。母上とて弾正殿とそう年は変わらぬ」
「分かりました。永種兄上。これでよろしいですか」
「それでしっくりきたな」
永種が笑い声を上げた。明るい男だ。彦六は小姓と思しき者たちを背後に控えさせている。
「彦六、芥川山から参ったのか。今、堺はざわついておるぞ。三好と六角の戦になるかもしれんとな」
わしは彦六に目を向ける。永種も同意するようにうなずいた。
「六角が茶器などを欲しがっておってな。六角左京大夫が数寄者でな。売ってくれと使者を寄越したが、追い払った。松永が六角と通じていると噂を流されてはたまらんからな」
「六角の長男・六角四郎が馬鹿息子でな。尾張の大うつけと同じよ。女の尻を追いかけまわし、馬鹿を晒しておる。これに筆頭家老の後藤但馬守が左京大夫殿に諫言したそうだが、無視されたと公家衆の間でも笑い者になっておるわ。彦六よ、六角は家中がまとまらぬし、終わりかもしれんな」
永種が喋ると、彦六が目を細めた。
「なるほど、それほどの馬鹿でしたら、左京大夫の寵愛も次男に移りましょう」
「うむ。うむ。公家衆の間では三好支持が圧倒的だ。弾正殿も評価が高い! 六角など、話にならぬわ!」
永種は上機嫌だ。松永の家が評価されているので、嬉しいようだ。
彦六が目を細める。全く、我が孫ながら何を考えているのか、わからぬ。永種も天才だが、彦六も子供の時分から、兵法書を読むなど、天才的な才を見せておった。
「お爺様、それがしはこれなる小姓たちと大和龍王山城に行って参りました。そこで十市の者と会いました」
「ほう、そうであったか」
わしが言うと、今度は永種が口を出す。
「十市か。芸事に凝っておる十市遠勝殿が当主でしたな」
「そうじゃな。今は筒井に服属しておるが、確か公方様寄りであったはず」
「永種兄上、十市はどう見ておられますか」
「当主殿は才気走っておるが、老獪な筒井には子供にしか、見えまい。あと乱世にはいい人過ぎるのが、玉に瑕よな。ああいう人間は早死にするであろう……十市の家を大和の豪族たちは食い散らかさんと狙っておる」
永種の言葉にも動揺せんな、彦六。やはりこの子は肝が座っておる。
「なるほど、分かりました。その十市の件なのですが、お爺様、内密のお話があります」
「ほう。芥川山からわざわざ出向いてきたのはそのことか。永種よ、席を外してくれ」
「承知。松永屋の見目麗しき女子たちと話をしてきますかな」
永種の冗談にわしと彦六は笑い声を上げた。
永禄元年 (1558年)四月 堺 松永屋 松永彦六
「十市と商いがしたいと申すか」
「はっ、茶器などを売りつけてやりましょう。代わりに十市の材木を買って、そうですな……六角四郎あたりに売り付けましょうぞ」
「六角は敵ではないか! それに六角四郎は阿呆じゃぞ」
お爺様が驚いて俺を見る。髪は白いが、髭を蓄えて、背筋もピンとしているし、元気なおじいちゃんだよ、全く。俺は六角四郎に目をつけていた。その理由は。
「六角四郎は周りから舐められておりまする。それ故に取り入りやすい」
「阿呆と取り引きはできん。彦六よ。それに六角と取り引きとは奴らは敵ぞ」
「永種兄上のお話を信じておいでなのですか。お爺様。それがし、六角四郎はなかなかの人物と見ます。そもそもこの堺に使者を寄越すなど、尋常の器量人に非ず。我らを油断させるためにそのように自分を偽っておるのでしょう。六角四郎、恐ろしい男よ」
「わざと阿呆を演じておると? それは深読みのし過ぎじゃろう」
「信じられませぬか」
「うむ。にわかにはな。だが、これも赤の他人が申すならいざ知らず。孫の申すことならば、聞き入れよう!」
お爺様が大声を出した。そうすると、襖を開けて、美人が現れる。年の頃、十五か、それくらいの娘だ。かわいい感じだな。現代だとアイドルグループにいそうな子だ。
「琴乃、六角担当はそなたじゃ。彦六、この者は琴乃と申してな。借金の肩に両親に売られたのだが、わしが引き取っておる。この松永屋の女中であるが、商いを覚えさせておってな。ゆくゆくは自分の店を持つというのが本人の希望じゃ。さて、琴乃。六角四郎をどう見るか」
「愚物、の振りをしておりますが、かなりの切れ者かと。すでに忍びを率いておりますし、歩き巫女の未菜も堺の町をうろついています」
「お爺様、私の言った通りだったでしょう? 六角四郎は商いに乗ってきましょう。六角は百万石に匹敵する所領を持っている大大名。商いの相手にとって不足なし、にございまする」
「ううむ。だが、のう。松永屋は六角とは商いはせぬ。かわいい孫の頼みであってもな。三好筑前守(長慶)様がお許しになるまい」
頑なだな。まあ家の存亡が関わって来るし、当然か。
ならば、こちらもお爺様を説得するための秘策を持ち出そう。
「三好筑前守様のご許可を取ってきます。それでよろしゅうございますか?」
「う、うむ。それならば良い」
「恐れながら申し上げます。いちいち芥川山城の許可など取らなくともよいのではないか、と。大旦那様、この琴乃、独立して彦六様の支えになりとうございます!」
琴乃は畳に額をこすりつけて、土下座する。この時代の女性は強いな。お爺様が困ったように口を結ぶ。腕組みをしてうなり声を上げる。
「そうじゃな。わしの松永屋を分け与えるわけにもいかんし、な。少し早いが、独立をしてもらおうか。三好筑前守様もわしに六角との商いを許可すれば、重臣たちがまた騒ぐ。特に三好豊前守様はうるさかろうて」
三好豊前守義賢、四国阿波勝瑞城主であり、阿波讃岐両国を治める四国の覇者だ。文武両道の切れ者で三好長慶の弟である。父・松永久秀を「兄に取り憑いた狸よ!」と毛嫌いしているらしいが、真偽は不明。まあ、当主の弟と寵臣が対立するってよくある話だけどな。
「ただし、店をはじめるにあったては金を貸すだけだ。必ず返してもらうぞ、琴乃」
「はい。この円城寺琴乃、必ず大旦那様から借りたお金をお返しします」
琴乃は頭を下げる。中学生くらいの子なのにしっかりしている。
「彦六、琴乃が返せなかったら、お前がかわりに払うのだぞ。商いの道も武家と同じく厳しい。身内とてそれは同じことよ」
「女性にばかり、責を負わせられません。この彦六が失敗した責務は取りまする。琴乃殿、お金のことは良い。俺が責任を取る。この商いを軌道に乗せましょうぞ!」
「こちらこそ、よろしくお願い申し上げます」
琴乃ちゃんがこちらをまっすぐな視線を向けてくる。
ふう、かわいいビジネスパートナーができたよ。琴乃ちゃんは名字が円城寺か。ということは「円城寺屋」で屋号は決まりだな。
作中に出てきた松永永種は俳人で歌人の松永貞徳の父親です。こうして見ると、松永家は文化人が多いんですね。




