5、松永家の人々
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永禄元年 (1558年)四月、摂津芥川山城・松永の屋敷 松永彦六
母上はお行儀よく、端座していた。その隣に保子ママが座っている。保子ママは俺の継母であり、公家広橋家の当主の妹だ。つまり、松永久秀の側室に当たる。
正室の母上も三好一族に当たるらしく、朝廷との交渉に従事するキャリアウーマンだったりする。仕事好きの母上と保子ママは話が合うらしく、古典の話に花を咲かせていたりしていた。
「兄上、遅いですよ」
「そうですよ、兄上―」
弟や妹が非難がましい目を向けてくる。全くやんちゃ盛だな。
「それではお食事と行きましょうか。朱鷺乃様」
「ええ、そうしましょう。保子さん」
普通は第一夫人と第二夫人は仲が悪いもんだが、この二人は息がピッタリだったりする。特に保子さんは若いのに母上を立てている。全くよくできた人だよ。
食事といっても、焼き魚に味噌汁、雑穀米とひどく健康的な食事。侍女たちも温和に俺たちを見守っている。暖かく和やかな家庭。梟雄、と称された松永弾正の家庭がアットホームで驚いた。もっと殺伐としていると思ったが、俺に対しても怒ることはなく、優しいパパだったりする。
「大和での長旅はお疲れだったのではありませんか」
「いえ、これも三好長慶様が目的とされる天下静謐の第一歩にございます。足利の泰平の時代に戻さねば、なりませぬ」
保子さんがたおやかに微笑む。本当に品の良いお嬢様だ。親父もいい嫁さんをもらったよな。
「兄・広橋国光も三好家の天下静謐の行い、見事であると褒めております。このまま、六角家も従ってくれると良いのですが」
「父上と六角左京大夫は親しい。このまま話はうまくまとまりましょう」
「だと良いのですが」
保子さんは憂いを秘めた瞳でうつむく。溜め息でもつきそうだ。
「保子様、顔色が優れぬようですが」
「殿が近く戦になるとおっしゃられたのでございます。公家の娘でありながら、世が乱れることを座して、見ることしかでないとは……無念でございますわ」
消え入るような声で保子さんが言う。母上が俺たちのやり取りを聞いていたようで、こちらに顔を向ける。
「保子さん、このたびの戦、公方様を京に戻すために必要な戦でございます。六角など、三好の前に恐れるに足りません。殿を信じましょう」
「ありがとうございます。朱鷺乃様、そうですね。公方様が京にお戻りになられれば、世は治まりましょう。応仁の乱で乱れた世にようやく平穏が訪れるのですね」
保子さんが母上の言葉で元気を取り戻したようだ。俺は内心ほっとした。この綺麗な継母を悲しませたくないからな。
それには薬師寺太郎丸らと始めた十市との商いを前に進めなければならない。さて、まずは堺に行かねばならないな。堺は商人の自治区であり、信長の軍事強化のバックボーンとなった連中だ。
「どうしたのですか、彦六。黙り込んで」
「母上、今度は堺のお爺様のところに行って参りまする」
「お義父様のところに、ですか」
びっくりしたように母上が目を見開く。祖父・松永三五左衛門清秀は健在だ。松永久秀の実父だが、『松永屋』という商家を営んでいる。最近は年も年なので隠居したいという話も出ていた。祖父を頼るわけではないが、商いの話なら、祖父が詳しい。それに祖父母に孫の顔を見せてやらないとな。二人も寂しがるだろう。
「気を付けるのですよ。六角の忍びがうろついているとも限りません」
「いざとなれば、太郎丸たちが守ってくれまする。大丈夫ですよ、母上」
俺は母を安心させるように笑顔を浮かべる。母上は「もうっ」と言うが、それ以上は反対しない。子供の頃から頑固だからと、説得をあきらめているようだ。理解のある母上で助かる。まずは財だ。金こそが力になる。
永禄元年 (1558年)四月 堺 歩き巫女 未菜
ここが堺の街ね。私は歩きながら、周りの様子を確認する。相変わらず、自由闊達、活気に満ち溢れているわ。異国の者たちや明の者たちもいる。違う言語も聞こえているし、人々の表情も明るい。三好の政に商人たちは喜んでいるのね。
「聞いたかね。三好は六角とは争わぬそうな」
「戦になれば、銭が動くというに惜しいな」
不穏な会話も聞こえてくる。そう、堺は商人の自治の町だ。武家の支配など、受けていない。だが、それは表向きの話。堺の商人たちは三好にべったりだ。三好の茶会には堺の豪商たちが参加しているのは周知の事実だしね。
「色っぽいねえ、お姉さん。うちの宿で休息していきません?」
若い女の子ね。客引きかしら。宿舎の振りをした妓楼だ。って私は女なんだけど。
「川に川」
女の子が私の耳に小さな声で呟いた。ああ、この子が取り引き相手ってわけね。私は頬が緩むのを自覚した。
そう、私は巫女ではない。本職は六角の女忍びだ。六角家の跡取り、六角四郎様直々(じきじき)の手下よ。
「山に山」
合言葉に私たちは目だけで会話する。そう、私たちは忍び、言葉などかわさなくとも、目で会話できるのだ。
私は女の子に案内されて、宿舎に入る。すぐに二階の小部屋に案内された。男が一人座っている。
「ようこそ、未菜様。お目当ては鉄砲ですかな」
「ええ、それと四郎様が所望されているのは弓よ」
「承知致しました」
目の前の男はにやりと笑う。堺の豪商・今井家は三好と仲が良い。でも、それは表向きの話で裏では六角家とも商売をしている。商人は本当に腹黒いわ。戦の双方に武器を売りつけて、儲けようって言うんですもの。
死の商人って奴なのかしらね。まあ、末端のくノ一である私は銭がもらえればいいわ。私、政には興味がないし。




