46、龍王山城(りゅうおうざんじょう)の戦い
永禄元年(1558年) 八月 大和国 下永城 松永義久
「彦六様、十市の龍王山城が北畠の大軍に取り囲まれておりまする」
御津若衆の若い男が陣幕を割って、入ってきた。十市領に北畠が攻め込んできたのだ。北畠は十市攻めを決断した。やっぱり十市が狙われたか。越智城や貝吹山城が西にはある。だが、そこは越智民部少輔の領地だ。越智民部少輔は北畠に内通したか……。
俺は筒井城から軍勢を率いて南下している。途中で井戸城の岩成友通、松山重治、池田筑後守の軍勢と合流し、総勢四万五千の大軍となった。
俺が見回すと諸将が既に着座している。
「聞いた通りだ。龍王山城はすでに囲まれている。宇陀三将の沢・秋山・芳野は北畠に降った。北畠軍は三万五千となった。だが、我らの方が数において優る!」
俺は立ちあがると諸将を見る。皆は静まり返っている。筒井の連中も三好の連中も緊張しているようだ。
「心配致すな! 我らは勝つ! なぜなら敵は龍王山城に夢中になっておるからだっ。強欲な北畠権中納言は城にがっつきおったっ。龍王山城と我ら松永軍を敵に回せば、挟み撃ちよっ、あわ良くば、北畠権中納言を討ち取ってくれんっ」
皆が黙っている。そうか、そうだよな。北畠権中納言は公家の名門。しかも昇殿を許された高位の公家だ。そいつを討つなんて、朝廷に弓引くようなものという違和感がある。
六角ならば、長年の敵だが、今回の相手に皆は乗り気ではないのだ。だからこそ、越智民部少輔という裏切り者が出た。
「皆、なぜ黙っておる! こたびの戦で負ければ、摂津芥川山・京と重要な拠点が北畠に征服されるっ。そうなれば、南北朝の騒乱の悪夢の再開ぞっ、どうせ公家のことだっ、領地も好き勝手に没収するっ、武士のことなど考えぬっ、北畠権中納言の先祖とは誰ぞやっ」
「北畠親房にございまするっ、武家を犬と蔑んだ張本人にございまするっ」
武将の一人が立ち上がって、大声を上げた。島左近か。末席にいるくせに良く通る声だ。北畠親房、後醍醐天皇の側近で参謀だ。
「よくぞ申したっ、島左近っ、三好筑前守様の目的は天下静謐にあるっ、これを邪魔する者は斬って捨てるのみっ。再び愚かな北畠の世に戻してはならぬっ」
「そうじゃっ、義久殿の申される通りっ」
岩成主税介友通が島左近に負けじと大声を張り上げる。
「俺も主税介殿と同じじゃっ、北畠は武士をいいように扱おうとしておるっ、のう、筒井の御家中もそう思われよう?」
今度は毒舌家の池田筑後守長正が発言する。このオッサン、ズケズケと言ってくるんだけど、嫌いじゃない。
「武家を犬のように扱うとは、これいかにっ。我らの忠孝を蔑ろに致すかっ」
「北畠の悪しき野望を共に打ち砕きましょうぞっ」
井戸常弘と松倉右近が怒っている。筒井重臣クラスの連中がノッてきた。良し、いい流れだな。
「うむ。その意気や良しっ、今すぐ龍王山城に進軍っ、北畠軍を打ち払うべしっ」
俺の言葉に諸将が「オオオオオッーーーーー」と雄たけびを上げる。
志気は高まった。いよいよ決戦だ。
永禄元年(1558年) 八月 大和国 龍王山城付近 松永義久
下永城から四時間くらいか。時刻にして、午後三時。俺の本陣は龍王山城付近に陣を敷いた。城攻めが行われているかと思ったが、そんなことはない。北畠軍は静かなものだ。
「ご報告申し上げまするっ、北畠軍はこちらに気づいて、迎え討つ体制を整えておりまするっ」
「迎え討つか。小癪なりっ。そうだな。挑発が必要か」
北畠は慎重だ。長滞陣をして時間を稼ぐつもりか。
本陣には松永の家臣たちがいる。一軍の将たちはそれぞれの持ち場に戻っている。森秀光、高山飛騨守友照、結城左衛門尉、大饗甚四郎正虎、犬伏備後守、林若狭守、四手井左衛門尉、河合弥七郎秀武、渡辺出雲守、柴石豊後守方吉、山崎久家らが俺の側にいる。いずれも俺の幼少の頃から知っている武将たちだ。それに島左近に薬師寺太郎丸、木沢弥四郎といった俺の直臣衆がいる。
俺は考えを巡らせる。問題は六角と越智だ。六角は不気味な沈黙を続けている。このまま、筒井城に攻めかかるとすれば、竹内加兵衛・山口六郎四郎たちが籠城に及び、持ちこたえるだろう。兵糧も十分にある。三か月、いや半年か。次に越智民部少輔、この男は若く、家中をまとめきれていない。
家臣の中にも松永に内応する者が出てきた。吐田城主の吐田氏。楢原城主の楢原氏が若い当主の決断に不満を抱き、松永方に情報を漏らしている。
こうして六角と越智の動きは封じてある。残るは箸尾上野介だが、食えない男だ。松永と北畠を天秤にかけており、動こうとしない。こういうのは放っておこう。岡城には岡周防守がいるし、あいつに箸尾の抑えをやらせる。
若狭武田は丹波に攻め込んだものの、内藤備前守の叔父上が野戦に引き釣り出して、交戦中だ。内藤軍が優勢でこちらも問題がない。
そして最大の味方がこの城・龍王山城だ。とても攻めにくい。なぜなら山深い天然の要害だ。こんな城、誰も攻めようとは思わない。被害が大きくなる。
龍王山城は南北に二つあり、十市新二郎は南にいることが多い。東北に藤井城があり、そこに北畠軍はいる。ここでも御津若衆のくノ一たちが働いてくれた。地の利が分からない北畠軍に藤井城や初瀬山からも龍王山城を攻められることを教えたのだ。北畠具教は柳本城屋と藤井城の二方向から攻め寄せたが、俺が率いる松永軍は下永城から南下して、成願寺に着陣している。
北畠本陣の柳本は藤井城との連携が取りにくい。藤井城には北畠具教の弟・木造左近衛中将具政が四千の兵を率いている。そこに宇陀三将が在陣しており、藤井口から攻め寄せている。
詳しいだろう? 大和南部には忍びを張り巡らせている。さすがに伊勢に送ってある忍びは少ないが、大和南部は徹底的に潜入スパイさせている。遊女に歩き巫女、侍女。女性パワーにはおみそれした。亭主を殺されたりした彼女たちの恨みは深い。それに北畠は俺のことを初陣も済ませていないガキだと侮っているようだ。
六角との縁続きで出兵してきた北畠は宇陀三将を下したことでいい気になった。そこで大和南部の諸将を調略すると、越智民部少輔と箸尾上野介が応じてきた。越智・箸尾は大和の五代豪族だからな。北畠軍は勢いで北上するつもりだった。でもなあ、そうはうまくいかないんだよ。こっちにはとっておきの城・龍王山城があるんだ。物凄く攻めにくいだろう? 史実じゃ十市は野戦に打って出てきたから、松永久秀に負けた。でも、彼らは籠城戦を選択した。俺が十市新二郎に命令した。
このまま、柳本の北畠本陣を踏み潰してやる。
第一陣は高山飛騨守・池田筑後守ら摂津勢。第二陣は福住伊予守ら筒井軍、第三陣は松永義久本陣、第四陣は大和国人衆となっている。遊軍として松山重治と岩成主税介の二軍が控えている。対する北畠軍は三万五千の大軍だが、一万五千を木造左近衛中将が率いて、藤井城にいる。藤井城からの移動は大変だぞ。なぜなら、龍王山城にいる十市軍が打って出てくるからな。
フフフ。北畠軍を分断したんだ。ゆっくり料理してやるぜ。
「若、笑っている場合ではございませぬぞ。藤井城の北畠軍が戻ってきまする」
焦ったように河合弥七郎が言う。弥七郎は心配性だな。
「木造左近衛中将のことか? 宇陀三将は降伏したばかりだからな。やる気がない。それに宇陀三将の一人・秋山遠江守教家は親三好であり、奥方も三好家の人間。嫌々従っておるだけよ。父親も人質として伊勢に連れ去られたというし、北畠権中納言も権謀術数に溺れておるだけよ」
俺が言うと、弥七郎は目を見開いた。何だ、みんな不安だったのか。俺がそんなに頼りないか? まあ、初陣のガキだもんな。不安だろう。
「さすがは若っ、裏の裏まで見抜いておいでであるっ」
山崎久家が大きな声を出した。ムードメーカーだな。暗い雰囲気が吹っ飛んだわ。
「俺はなるべく人質は取らぬ。離れたければ、離れよ。まあ、逆らえば、命の保証はせんがな」
「怖い怖い。若を敵に回したくありませぬ」
四手井左衛門尉家保が言うと、家臣たちが笑う。
「わ、若っ、大変でございまするっ」
その時だった。陣幕を割って、男が入ってきた。こいつは確か池田家中の人間だな。
「池田家家臣・小河太郎兵衛にございまするっ。北畠軍撤退を開始致しましたっ」
「な、何いっ」
「どういうことじゃっ」
家臣たちがいきり立つ。
「フフフ。北畠権中納言には鳥尾谷石見守という軍師がついておる。おそらくは軍師の入れ知恵であろう。松永軍四万五千。対する北畠本軍は二万。二倍以上の開きがある。このままでは一方的な戦いになると踏んだか」
「若、追撃しましょうぞっ、北畠権中納言を討ち取る好機にございまするっ」
四手井左衛門尉が言うと、家臣たちが期待を込めて、俺を見る。北畠を追撃して伊勢を俺のモノにか。魅力的だが、戦線を拡大し過ぎだ。
伊勢を取る前に筒井城が取られちまう。ここは手堅く伊勢に追い返すだけにしよう。それに北畠が弱体化すれば、伸びるのが尾張の織田だ。織田信長は桶狭間決戦前だけど、史実と違って、北畠具教戦死ってことになったら、伊勢に攻め込んでくる可能性が高い。
そうなると、今川も史実通り上洛戦をしないかもしれない。北畠を倒して、戦の天才である信長とやり合うのもなあ。信長は北畠具教に成り代わって、反三好包囲網の盟主になりそうだし、いろいろと面倒くさい。
まずは目先の六角・北畠・筒井残党を片付けないとな。
北畠具教の料理はその後だ。
「いや、何かの罠だろう。追撃すれば、我が軍は痛い目を見ること必定であるっ。距離を空けながら、第一陣の塩河伯耆守、池田筑後守に追撃させる。だが、深追いはさせぬ。程々にな。太郎兵衛とやら、池田筑後守にこのことを伝えよっ」
「はっ」
小河太郎兵衛が頭を下げて、飛び出していく。四手井左衛門尉が使番たちを第一陣に向かわせる。
さて、俺は本命の宇陀三将を狙うとするか。藤井城方面の宇陀三将は慌てて、撤退に入っているはずだ。
そこを叩く。でも十市新二郎の八千では無理だ。返り討ちに遭ってしまう。
「森兵介、海老名勘右衛門、そのほうたちに頼みがある」
俺は二人に声をかけた。二人がこちらを見る。二人とも松永家にとっては欠かせない逸材だ。軍の指揮も申し分ない。
「若、何なりとご命令を」
森兵介が返事をした。
二人ともやる気だな。俺は若いから舐められている。皆が従ってくれるのは父と三好筑前守様の後ろ盾があってこそだ。
「松永軍の指揮を任す。四手井左衛門尉、河合弥七郎、山崎久家、渡辺出雲守は俺に続け。龍王山城から藤井城まで駆ける。逃げている木造軍を追撃する」
「承知仕りましたっ」
「御意っ」
さて、俺は側にいる若い男を見る。年齢は俺と同じくらい。御津若衆の一人で俺の影武者だ。
「藤兵衛、頼むぞ。筒井が離反しかねん。床几に座っていてくれ。兵介と勘右衛門に万事任せよ」
「はっ」
藤兵衛が頭を下げた。真新しい鎧兜を身に着けている。松永の御曹司らしく見える。
「若、本陣を空けるのはやはり危険なのではありませぬか」
犬伏備後守が訊ねてくる。慎重な男だ。俺は備後守を見る。
「危ないから、影武者を置く。心配致すな。本陣が襲われることはない。大勢は決した。筒井の旧臣たちは動くまい」
備後が何か言いたそうにしているが、何も言わない。家臣団を眺める。こいつらは裏切らないだろう。譜代の家臣だからな。本陣を空けるのは嫌だが、他の家臣に追撃を任せると、木造具政を逃しかねない。木造具政を生きたまま捕える。そうすれば、宇陀三将たちの家族と人質交換ができる。それが狙いだ。伊勢にまで攻め込めないが、宇陀郡は欲しい。平定したのちは高山飛騨守らを置いて、統治する。そのためには俺が追撃戦の陣頭指揮を執る。家臣たちもやる気が出てくるだろう。
「六郎、馬を持てっ」
「はっ」
小柄な馬が用意される。俺の愛馬だ。山中を駆けるにはこの馬が最適だ。木造め、待っていろ。すぐに追いついてやるからな。
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