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4、松永久通(まつながひさみち)という男

 (えい)(ろく)元年(がんねん) (1558年)四月、摂津芥川(あくたがわ)(やま)(じょう)・松永の屋敷 松永彦六


 やれやれ、大和からの長旅が終わった。くノ一を手下とすることもできたし、十市の女狐も味方につけた。首尾は上々だ。


 俺の名前は松永彦六、松永久秀の長男だ。というのは仮の姿、俺は現代日本から転生したサラリーマンだ。会社では中間管理職だった。四十歳になるが、結婚はしなかった。もちろん、女は好きだが、その機会には恵まれなかった。


 仕事の余暇に手を出したのが日本史の探求だった。歴史が好きで歴史小説や学者の書いた学術書なんかを買ったりして、自分で勉強した。そのうちにネットに投稿される歴史小説も読むようになった。


 そこでは転生モノが流行っていた。現代人が戦国武将に転生して、天下を統一する。そんなありがちなストーリーだ。俺は文才などない。若い頃は小説の新人賞に応募したが、落とされた。しかも講評も散々だったから、自信をなくした。


 ちょっと人より日本史に詳しい平凡なサラリーマン、そのはずだったが、ある日、会社に出勤途中に意識を失って、気が付いたら、松永久秀の長男になっていた。


 というか、松永久通ってマイナーな戦国武将だな。どうせなら、信長や家康の家臣になって、内政担当の奉行辺りに成り上がり、平穏な人生を送るのはまずなさそうだ。


 本当に(まつ)永久(ながひさ)(みち)って、誰だよ。というのが転生しての正直な感想である。松永久秀は有名だが、松永久通なんて戦国武将誰も知らないんじゃないかな。


 松永久通は久秀の長男で大和(やまと)多聞山(たもんやま)城主となった人物だ。三好における大和国人衆の抑えであり、三好の重臣だった人物。その久通が有名になったのが将軍殺しである。


 永禄八年(1565年)、十三代将軍足利義輝が暗殺される事件が起きる。いわゆる「永禄の変」だ。この時、将軍を殺害したのが三好家の重臣・三好三人衆と松永久通だった。つまり、松永久通は将軍を殺すという信長や西郷隆盛でもやらなかったようなことをやっているのだ。ただのモブ武将ではない。


 ちなみに足利将軍を謀殺したのは六代義教(よしのり)を殺した赤松(あかまつ)満祐(みつすけ)と十三代義輝を殺した松永久通だけだ。


 下剋上の申し子、それが松永久通という武将である。久通は三好長慶亡きあと、三好家当主となった三好(みよし)(よし)(つぐ)に仕えていた。三好義継は総理大臣みたいな地位にあり、将軍代理として命令の権限もある。それに対して、右腕、つまり補佐役の官房長官であるのが我が父・松永久秀の立ち位置になる。


 久通はパワーエリートの一族であり、三好家では重要な地位を占めていた。こうして見ると、久通は現代日本では軽視されているけれど、当時勢いのあった人物であることがわかる。


 ただこれだけの大物が現代日本で忘れられているのが不可解であるとさえ、言える。その原因が俺には思い当たる。


 原因の一つ、それが信長史観と俺が呼んでいる歴史の見方だ。信長を美化するあまり、同時代に生きた戦国武将たちの活躍を矮小化(わいしょうか)してしまうのである。


 信長が強いことに異論はない。それでも信長を史実を通して見てみると、意外と苦戦が続いていることがわかる。今川義元を討った桶狭間の戦いが有名だが、その後八年も美濃攻略に費やしている。これは美濃を治める斎藤氏が手ごわかったからだが、歴史小説では斎藤氏の当主は馬鹿扱いにされている。


 それだけではない。反信長包囲網の面々、六角義賢、毛利輝元、三好三人衆、本願寺、浅井、朝倉はいずれも無能な人物とレッテルを貼られている。彼らは時代劇におけるやられ役なのだ。


 松永久通もそうで三好の重臣として勢威を振るっていた彼は信長の上洛に従った後、各地を転戦している。元亀(げんき)元年(1570年)の野田城・福島城の戦いでは信長軍の主力として松永軍は活躍している。この戦いで三好三人衆は信長に敗れて、力を失っていく。こういう歴史も信長史観論者たちは無視していたりする。つまり、松永親子は信長の畿内支配の権力を盤石にするためにかなり貢献しているのである。


 信長が奉じた将軍足利義昭と信長の間がこじれると、義昭は各地の大名に信長を討つように密書を出す。やっていることは今の将軍義輝と一緒だ。松永親子はこれに応じて挙兵。信長は苦戦を強いられるが、各個撃破で対処していく。


天正元年(1573年)、信長は若江城の戦いで三好義継を戦死させると大和に攻め込んで、松永親子を屈服させた。ここから松永親子のケチがつきはじめる。


 天正五年(1577年)、本願寺の本拠地石山攻囲戦に参加していた松永親子は戦線を離脱。居城の大和(やまと)信貴(しぎ)山城(ざんじょう)に帰ると、信長に謀反した。


 松永親子の二度目の寝返りの原因・それは大和の豪族・筒井氏にあると言われている。大和に領地を持つ松永親子は筒井とはライバル関係にある。ところが、信長は筒井を気に入って、大和守護に任命したのである。つまり、松永に筒井の子分となれ、と言われたに等しい。元々、三好の重臣として権威を持っていた松永親子はショックを受けたのだろう。大いにプライドが傷ついたに違いない。松永は毛利や上杉謙信の信長包囲網に再び、加わった。


 松永親子が無謀かといえば、そんなことはない。上杉謙信が上洛戦を開始し、織田軍と衝突。上杉軍の勝利に終わっていたし、毛利は松永を支援すると返事していた。


 ところが、これが罠だったのだ。松永親子が信用した森好久(よしひさ)という家臣が毛利との交渉担当だったが、この森が筒井のスパイだった。筒井の元家臣である森を信用した松永親子だが、間が抜けているように俺には思えるな。松永親子は百戦錬磨の強者だろうに、スパイだと見抜けなかったのかね。


 上杉謙信は織田軍に勝利したものの、南下を中断。能登(のと)七尾(ななお)(じょう)にて待機した。関東の北条の動きを警戒したとも、豪雪を恐れたともいわれるが、真相はよくわからない。信長は対上杉の織田軍四万を大和に一気に向かわせた。上杉謙信のやる気のない上洛戦に松永親子の運命は決した。


さらに本願寺・毛利とのパイプ役であった森好久が突如として城から抜け出して、筒井順慶(つついじゅんけい)の陣に駆け込んだ。


 駆け込んだのが筒井家家老・松倉(まつくら)重信(しげのぶ)の陣。ここで森は松永陣営の防備体制を洗いざらい話したようだ。俺が思うにこの松倉が森をスパイとして送り込み、松永親子を罠に嵌めたのだろう。


 松永親子は自害。松永久秀六十八歳、久通三十五歳の生涯だった。松永久通の長男・十四歳と次男・十二歳は市中引き回しの末、打ち首となった。信長の残虐ぶりに身の毛もよだつ。


 話はこれでは終わらない。松永親子を罠に嵌めた松倉重信は秀吉に取り入り、松倉の家は栄えた。重信の長男・松倉重政は家康に関ケ原の戦いでの功績を認められ、九州に領地をもらう。


 それが島原の地だった。ただの筒井の家老だった松倉の家が大名にまでなったのだ。そこで調子に乗った松倉家は領民に重税を課すなど、やりたい放題に振る舞う。こうした後世の歴史を見ると、松永一族は滅ぼさない方が良かったように思えてくる。


 厳しいキリシタン弾圧と過酷な税の搾取。領民は美青年・天草四郎をリーダーに蜂起した。いわゆる「島原の乱」の発生だ。


 これに松倉は対応できず、幕府軍が島原に出陣。全国の諸大名も出陣することになった。時は三代将軍徳川家光の治世。泰平の世に天下は乱れた。


 幕府軍は総大将((いた)倉重(くらしげ)(まさ))が戦死するほど、苦戦を強いられ、徳川の面子は潰された格好となった。島原の乱は三か月に及ぶ激戦で鎮圧されるが、幕府の怒りは収まらない。松倉家の島原藩はお取つぶし、当主は斬首という厳しい処分が下った。因果は巡るというか、松永親子を罠に嵌めた松倉重信の孫が斬首刑というわけだ。悪いことはできんよ。


 さて、話が脱線したかな。俺が言いたいのは三好に仕えたままでいくと、信長の上洛軍に飲み込まれてしまうということだ。そのためには父親の七光りではなく、自分の力でこの戦国を生き残らないといけない。そのための銭であり、十市の奥方と会ったのはそのためだ。まずは大和の材木だな。外国に輸出、あるいは国内でも使うだろう。銭がなければ、人も物も不自由する。力の源泉だ。


「若様、昼食の御支度、整いましてございます」


 (ふすま)の向こうから、侍女が告げる。やれやれ、そんな時間か。腹がすいては戦はできぬ。俺は母上の待つ部屋に向かうことにした。


 5月9日、皆様のおかげで歴史ジャンル日刊ランキング5位となりました! ブックマーク、評価ありがとうございます! とても励みになります。


 意外と知られていない松永久通ヒストリー。実は島原の乱にも関係しているのだから、びっくりですよね。

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― 新着の感想 ―
[一言] > 本当に松永久通って、誰だよ。というのが転生しての正直な感想である。松永久秀は有名だが、松永久通なんて戦国武将誰も知らないんじゃないかな。→それはきみ9だけ右衛門佐辺り歴女なら当たり前に知…
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