13、新商品を探そう
永禄元年 (1558年)五月 京 山科 内藤宗勝
「兄上、お久しゅうございます」
「おお、甚介よ。よう来たな」
甚介は私の若い頃の名だ。兄上はにこにこしている。兄上の息子である彦六はいないようだ。ゆくゆくは一国の主になるであろう器量を持つ彦六に私は期待していた。
「京は涼しいですな。八上城は暑くてかないませぬ」
「はっはっは。武勇で鳴らす内藤備前守も暑さには勝てぬか」
「兄上、笑い事ではござらぬ。京は本当に過ごしやすい」
兄上は笑い続けている。そんなにおかしいことか。
「御兄弟の仲が宜しゅうございますね」
公家の若い男が話す。勧修寺晴秀、勧修寺内大臣の子息であり、帝の側近の一人だ。近衛などの名家には劣るが、それでも勧修寺家といえば、公家の中でも一目置かれる存在である。
「私は昔、弟のおかげで出世したと陰口を叩かれておりました。それ故に弟に頭が上がらぬのですよ」
「何をおっしゃる。今は兄上こそが三好家の重鎮。兄上なくして、三好の家は成り立ちませぬぞ」
謙遜、というか冗談が好きな兄上だ。晴秀殿もお笑いになっている。
「京の警備は滞りなく、万全でございます。」
兄上が晴秀殿に報告する。三好軍三万は京に駐屯。睨みを利かしている。
「帝も弾正殿のお働き、お褒めくださることでしょう。万里小路宰相もことのほか、弾正殿によろしく、と」
万里小路惟房は帝の従兄弟に当たり、妹が帝の妃である。三好筑前守様と昵懇の間柄であり、親三好派の筆頭たる公家だ。
「ありがたきお言葉。これからも弾正、朝廷に尽くしまする」
兄が頭を下げた。晴秀殿がホホホと笑っている。呑気なものだ。どうせ三好が負ければ、足利に鞍替えする。私も兄も甘くない。公家も武士も生き残りに必死だ。すぐに情勢の変わる下剋上の世。私も丹波国衆に寝首をかかれないようにせねば。
永禄元年 (1558年)五月 京 山科 松永彦六
「太郎丸、京の女子は雅だな。おっとりしておるし、物腰も穏やかだ。さすがに戦にも動じぬ、か」
「弾正様が軍勢で見回っておられますからな。それ故、京女たちも安心しているのでしょう」
太郎丸の言葉に俺はうなずいた。俺たちは今、山科の別邸にいる。松永家の借りている家だ。足利軍が近江坂本まで南下し、六角軍と合流。その数、四万ともいう。
足利は若狭武田家や河内畠山家に調略を仕掛け、畠山の動きが不穏になっているという。和泉の国人の反乱も治まっていない。
俺は畳で寝転がる。大和の材木は近江に届いたようだ。すでに利益は上がっている。だが、問題も生じた。
利が少ないのだ。円城寺屋の琴乃から勘定が合わない、と知らせが入った。
あの朱音とかいう、小娘。横領していやがるな。ずるい女だ。ばれないとでも思ったのか。なるほど、怯えたふりをして、俺を金づるとしか思っていない。まあ、こうなることは想定済みだ。朱音は処分しなければならない。
材木の次はどうするか。鉄砲の売買に手を染めるか。今はポルトガルが販売を独占しているようだ。火縄銃を売りさばいている。それを大友や三好が買っているのだ。足利も顧客らしい。
それでも、鉄砲は雨では使えないし、数も少ない。勝敗を決するまでに至らないだろう。勝負の決め手は多数派工作だ。足利と三好、どちらが多くの味方を作れるか、ということだ。天下分け目の戦いなのだから、当然だ。公家衆も落ち着いているように見えるが、内心は穏やかではないだろう。
ええい、考えがまとまらないな。茶を飲むか。脳が活性化する。
「そうか。茶か」
父上も武将たちも茶を飲む。商人も民もみんなだ。茶だ。茶を今度は売ればいい。十市のくノ一に騙されることもない。京ならば、俺もここにいる。
有名なのは静岡の茶だが、明治維新で静岡に行った最後の将軍・徳川慶喜は茶で財産を成した。茶ならば、儲かる。円城寺屋に茶を扱わせよう。
「若、また悪だくみですか?」
太郎丸が聞いてくる。
「ああ、妙案を閃いた。供をしろ太郎丸」
「御意」
さて、京の茶畑を見て回るか。まずは実地調査だ。




