異世界イオルディア・7 ランシーグ大陸・ジルヴァ王国紅水晶宮グリューネア
◇ジルヴァ王国女王ジルフィア視点◇
巨大な紅水晶をくり貫いて造られたといわれる紅水晶宮グリューネアの最上階、女王の間に一人の女性が立っている。
たおやかな雰囲気を持つ女性だ。
白に近い白金色の髪と薄桃色の瞳を持つこの女性こそはジルヴァ王国の女王ジルフィアである。
彼女は大陸全土にその名を知られるほどの絶世の美貌を持つ。
このため多くの国々の権力者たちが彼女を自分の物とするために画策してきた。
ジルフィアは爪を噛んだ。
死んだ乳母に何度も注意された悪い癖が、また顔を出してきてしまっているようだ。
彼女は困惑と焦燥を抱えていた。
三倍の国土と六倍の人口を持つラヴィナス王国が王都に迫ってきているからではない。
そんなものはたった一人、従姉のベルフェアがその気になりさえすれば、簡単に覆ることを知っているからだ。
とはいえ、従姉は自分が動くことを嫌う。
ジルヴァ王国が滅びても動かないかもしれない。
ジルフィアが考えてもどうにもならないが、王国が滅びれば、何もかも失われるので、その前にやる気になってくれることを祈るのみだ。
ジルフィアが悩んでいることはそのことではない。
王都周辺の平原の東方方面を中心に、女王に感知できない領域が生まれているのだ。
そしてその領域は王都に近づいてきている。
魔女国がなにかを仕掛けてきているのかもしれないが、そんなことをしなくとも、王都を占領し、ジルフィア自身を殺すか支配下においてしまえば、王国の支配権を書き換えることができるはずだ。
未確認領域、これがなんなのかを調べる必要があった。
女王ジルフィアは側に控えている専属の侍女オルグレイアに声をかける。
ひっそりと控えるオルグレイアは、ジルフィアほどではないが、艶やかな紺色の髪と紫色の瞳を持つ美しい女性である。
「オルグレイア、ナタ殿を呼んできて頂戴」
「はっ、承りました」
ふう、ジルフィアは息を吐いて、薔薇の彫刻を施したクリスタル製の椅子に座った。
女王の間に置かれている、所々に薔薇の彫刻を施したテーブルと椅子4脚のセットはグローマ王国の国王アブサン・ダイグローマから贈られた最高級の調度品でもある。
アブサンはジルフィアにとってあまり関わりたくない人物だが、贈答品に罪はない。
大陸各国から贈られた贈答品は女王の住まう宮殿のそこらじゅうにある。
弱小国であるジルヴァ王国が生き延びるには、彼女自身の美貌を利用するしかなかった。
ジルフィアは自分が統治者としては平凡だと知っている。
自国のために自分を売ることに後悔はない。
だがそれが本当に自国のためとなっていたのかどうかは、今となっては解らない。
彼女を得るためにジルヴァ王国を恫喝しをかけたり、戦争を仕掛けたり、不利になる商取引を持ちかけたりと、様々な不利益を被ってきたからだ。
そんなことをされれば彼女自身が出向くしかない。
そしてお目こぼしをしてもらうために他国の権力者たちにおもねるのだ。
それで一応は解決するのだが、彼らの欲望には際限が無い。
何度でも王国に脅しをかけて彼女を呼び込む。
そうやって少しずつジルヴァ王国は弱体化してきた。
「陛下、ナタ殿が来られました」
「解ったわ、入ってもらって頂戴」
「はっ」
ローブ姿の女性が入ってくる。
黒髪に赤茶色の瞳を持つ神秘的な美貌を持つ女性だ。
「宮廷魔導師ナタ、ご命令により参上しました。それで、この忙しい時にどのようなお話でしょうか? 他国に訪問に行かれるのでしたら……」
「この国難に他国へ赴くはずがないでしょう? そうではなく、この国に暗雲が立ち込め始めているのです」
「……もう少し解りやすく言ってくれませんかね、ジルちゃん? 」
気安い態度だが、政務のほとんどを丸投げしているので、強くは出られない。
「我が王土に女王である私が感知できない領域が生まれたわ。それは王都がすっぽり入る大きさで、徐々に王都に近づいてきている」
「…………、魔女国の謀略ではありませんか? 」
「そうかもしれないけど、そんなことができるのならば、ここまで大掛かりにわが国に攻め込む必要もないのではなくて? 」
「王の領域のことは解りかねます。では、どうだとお考えなのですか? 」
「私は突如現われた第三勢力であればと考えているの。そして、そうであるならば味方に引き込めるのではないかと考えているのだけど……」
「はぁ、そんな都合の良い話があるのでしょうか……、まあ解りました、王都周辺を索敵するのと同時に王都の出入りにも目を光らせましょう」
「おねがいね」
「……話は変わりますが、ベルフェア将軍が動かないのでしたら私が動きましょうか、足止めくらいにはなるでしょう」
「先遣隊には魔女もいるのでしょう? 危険すぎるわ」
「そうは言ってもこのままではジリ貧です」
「でも先遣隊には大魔女リャグの名前もあるのでしょう? やっぱりダメよ、今、王国はあなたを失うわけにはいかない。国が立ち行かなくなるわ」
「……陛下が頑張ればよろしいのでは? 」
「解りました、手伝いましょう。私も女王としての教育は受けているのです。なにかの役に立つはずです」
「手伝うって……、本来は陛下の仕事なのですけどね? まあでも、今は王国全体を見る仕事の方が重要です。そちらに専念して下さい」
「そう、苦労をかけるわね」
「ハハッ、いつものことです。では……」
「ええ」