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聖王ルシュミの物語  作者: 銀雷
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異世界イオルディア・4 ランシーグ大陸・ジルヴァ王国王都周辺・森林地帯、ラヴィナス先遣隊野営地

 



◇ラヴィナス王国軍先遣隊主将ジャラガン・ウソル視点◇


 苦節13年。

 思えば遠くへ来たものだ。

 あれは41の時だったか。

 カーヴェイス王国のほとんど人の手の入っていない自然森林は、どこまでも続き、冬の非活動期を除けば獲物に困ることはなかった。

 俺の獲物を狩る技は円熟していたから、獲物に困ることは殆どない。

 だが、俺もいい年だ。

 肉体のキレは落ち、引退を考えてはいた。

 息子夫婦も独り立ちし、連れ添いは既に死別している。

 誰に何を言われることもない気儘に獲物を狩る日々。

 獲物が獲れるから惰性で日々を過ごしていた。


 あれは、獲物の取れない日だった。

 恵み豊かな自然森林の中とはいえ、そういう日もある。

 森林兎の一羽もおらず、長く森の中を徘徊していた。

 そんな時、巨大な動物の影を見つけた。

 森林ツキノワグマ。

 それは、近年まれに見る大物だった。

 身体がキレを失ってからは大物を狙わないようにしてきたが、その日はボウズだったからかな、いっちょう獲ってやるかという気になった。

 愛用の猟師弓で頭部を狙う。

 頭部は頭蓋骨で護られているが、いま構えている貫通属性が付与された鏃を持つ魔法矢であれば一撃で倒せる。

 充分に狙いを定めて矢を放つ。

 その時、一羽の鷹が熊の頭部を横切った。


「ギャアアアアァアァァァッ」


 身の毛もよだつような叫び声が聞こえてきて、鷹が消えた。

 そこには頭から矢を生やした女が、血走った目で俺を睨んでいた。

 悪寒を覚えた俺は咄嗟に逃げた。

 猟師としての勘が、俺を逃げの一手に走らせていた。


「グロロロロロロロッ」


 熊の悲鳴だ。

 悲鳴の方に振り返った。

 森林ツキノワグマが何者かに倒されていく。

 呆然としながらも足を進める。

 不意に肩を捕まれ、強引に足を止められた。


「逃げるなんて酷いじゃない、女性を傷物にしておいて」


 俺はあまりの恐怖に足が竦んで動けなくなった。

 女は血走った目で俺を見ながら、こめかみに刺さった矢を引き抜き、そこらに捨てた。

 女の目から涙の代わりに血が流れる。

 口、鼻、耳など穴という穴からダラダラと血が流れ出した。

 なまじ整った顔だった分、そこから与えられる恐怖は見の毛もよだつものであった。


「ご丁寧に魔法矢まで使って私を傷つけるなんてね」

「わ、わざとじゃないんだ」

「解っているよ、わざとだったらもう殺しているわ。でも私の顔を見て逃げたでしょ? とても傷ついたわ。だから私の心と体に傷をつけた落とし前はつけさせてもらうよ」


 こうして、俺は大魔女リャグの所有物になった。




 虫の知らせか、ふと目覚めた。

 長年の猟師生活が目覚めさせたのかもしれない。


 遠くらか悲鳴や剣戟の音が聞こえてくる。


 なんだ? 何が起きている。


「報告します」

「どうした? 」

「何者かの襲撃のようです」

「何者かだと、ジルヴァの連中ではないのか? 」

「解りません、上空から襲撃を受けているのです。ハーピーが多数いるようです」


 ハーピーだと? 解せんな。

 森の中だとはいえ、4000人もの武装した集団を襲うなど、魔物であっても正気の沙汰ではない。

 それに森林地帯にハーピーだと?

 ハーピーはもっと高山地帯や峡谷に棲んでいるものだが……。


「状況が解らん、出るぞ」


 主将用大テントから出ようとする。

 俺付きの小姓ルーシェが付いてくる。


「危険です」

「危険は承知、このままではどうにもならん」


 俺が伝令と問答していると新たな兵士がやってきた。


「報告します。兵が同士討ちをしているようです」

「なんだと? 上空のハーピーはどうなったのだ」

「依然としています。魔物の死骸や木や岩を落としているようです」

「なんとかならんのか、矢で射ち落とせ」

「無理です、視界が利かず狙いを定めることができません」

「めくら射ちでいい、相手を牽制するんだ」

「やってみます」


 同士討ちだと?

 しかし、さっきからなんだこの靄は……。

 ハッ、そうか。


「敵に呪術師がいるのかもしれん、周辺を索敵しろ」

「はっ」


 ヒュンヒュンヒュンヒュン


 なんだ?


「主将あぶない」


 付き従っていた小姓の一人が俺を庇った。


 ドスッ


「アウッ」

「ルーシェッ、……クソッ」


 俺は誓いの指輪に額を近づける。

 脳裏に艶やかな女の乱交現場が浮かび上がる。


 チッ


『あらおじいちゃん、どうしたの、覗き見は感心しないわ? 』

「リャグ、力を貸してくれ、襲撃だ」

『襲撃? ジルヴァの連中の中にも骨のある奴がいるのね。……今こっちは取り込み中なの、そっちでなんとかできないの? 』


 くそっ、色狂いがっ。


「上空からハーピーが矢を射掛けてきて手がつけられん、なんとかならんか? 」

『上空からハーピー? ……他の魔女は何をしているの? 』

「判らん、俺はお前しか知らんからな」

『あら熱烈ね。解ったわ、少し待ってね』

「早くしてくれよ」

『ええ』


 しかしリャグの野郎、なにがおじいちゃんだ。

 お前の方が倍以上、年上だろうが。


 俺はリャグを待っている間、物陰に隠れながら起きている兵に働きかけて、寝ている兵を起こしに行かせる。


「うわわわわっ」

「ひぇ~~」

「なんなんだよ~」

「おりゃ高い所はだめなんだよー」

「あはは、えへへ、たか~い」


 上空から男の悲鳴が聞こえる。

 なんだ?


 ドン

 グシャッ

 ベキベキッ

 ガン

 ドゴン


 くそっ、ハーピーどもめ、やりたい放題だ。

 地上の兵を捕まえて上空に持ち上げ、落下させているようだ。

 こちらの兵も散発的に矢を放っているが、全く当たっていない。


 俺はテントに戻って愛用の弓と矢筒を取り出す。


「あら、こんなところにいたの? 探したわ」

「リャグか……、な、お前なんて格好で」


 リャグの格好は半裸と言ったら良いのか……、黒い布を帯状にして胸を覆い、もう一枚の黒い布を腰に巻いている。


「あら、私の裸身なんて見慣れているでしょう? 」

「他の有象無象に見られたのではないのか? 」

「大丈夫よ、姿隠しの術で誰にも見られていないよ」

「そ、そうか」

「何をしてたの? 」

「ああ、外の連中が不甲斐ないからな、弓矢を取りに来たんだ」

「あんまり危ないことはしないでよ。伴侶となる前に、あなたに死なれてしまったら悲しいわ」

「……その話は断っただろ。俺はもう若くない、後何年生きられるか判らねえ、もっと若い奴にしとけって。テルの奴なんかいいんじゃねぇか、お気に入りだろ? 」

「よく言うわ、ここをこんなに堅くしておいて……」


 さわさわと俺を触るリャグ。

 ほんとにコイツは淫獣だよな。

 魔女って奴は、どいつもこいつも……。


「おい、待て、今はそんなことしている場合じゃねぇ、まずはやることやってからだ」

「そうよね、やることやってから……」


 リャグに押し倒される俺。


「だからそうじゃなくて……」

「ムリ、もう火が点いた」

「あ、おい……」


 リャグの顔が俺の顔に重なる。

 なんでだ? 伝令が誰も来ねぇ、リャグの奴、なにかしやがったのか?




 野営中の粗末な寝床で裸の男女が抱き合っている。

 俺とリャグだ。

 行為後の倦怠感が全身の動きを緩慢なものにする。

 外からの物音が何も聞こえて来ない。

 襲撃はどうなったのかな……。


「外、静かになったな……」

「そうね」





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