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呪いの夢と飲みにケーション

掲載日:2018/01/06

 その課に近頃就任した上村課長、評判はそこそこ良かったのだけど、ただ一つだけ困った点が。

 どうしてなのかは知らないが、異様なまでに飲み会が好きで、いわゆる“飲みにケーション”を、心の底から信仰しているようなのだった。課のメンバーを週に何回も誘っては、深夜まで飲みに付き合わせる。これでは皆の体力も健康も財布の中身も耐え切れない。

 特にピンチなのは野々上君。上村課長に目を付けられたのか気に入られたのかは分からないが、とにかく、ほぼ毎回飲みに誘われてしまう。権力志向がちょっとばかり強くて、上司には基本逆らわないのが風潮の職場なものだから、彼にはどうにも断る事ができないらしく、結局ほぼ毎回顔を出してしまう。風邪で無理だった時以外は、恐らく全て参加している。

 そんなある日の事だった。ブースでの会議の合間の雑談時、上村課長が、不意に口を開いた。

 

 「どうも腑に落ちないなんだよ」

 

 「何がです?」と部下が訊く。

 「昨日の飲み会の時なんだけど、野々上の奴が一本さ、俺の頭の髪の毛を抜いたような気がしたんだよ。

 でもさ、俺の髪の毛なんか抜いたって何にもならないだろう? 多分、何かの勘違いだと思うんだけど。俺もけっこー飲んでたし」

 ところがそれを聞いた部下の一人が、こんな事を言うのだった。

 「もしかしたら、それって呪いかもしれませんよ?」

 「なんじゃないな、そりゃ?」と上村課長。

 すると、その部下は「実はですね……」と言い、こう続けた。

 「あの野郎の結婚相手の女、大学の同級生なんですがね。呪いが使えるって有名なんですよ。僕はあいつと大学が同じだったから知っているんですが」

 それを聞くと上村課長は笑った。

 「ハハハ。いくら何でも、それはないだろう?」

 部下はそれにこう返す。

 「いや、でも、髪の毛って言ったら呪いのアイテムの定番じゃないですか。それしか考えられませんよ」

 髪をアイテムっていうのもなんだか変だし、それしか考えられないようなこともないような気がしないでもなかったけれど、それでもそう言われると、上村課長はなんだか少しだけ不安になった。

 「でも、どうして俺を呪うんだよ?」

 と、少しだけ不安そうにつぶやく。

 「だって、ほら、課長は野々上を飲み会に誘い過ぎてますから。結婚相手なら、やっぱり止めて欲しいものなんじゃないですかね?」

 「そんなもんなのか?」とそれに課長。

 「そんなもんですよ」とそれに部下。

 しかし、それから一呼吸の間の後で「いや、いや、そんな、まさかなー」と言って二人は笑い合った。飲み会によく誘うってだけで呪われたら堪ったもんじゃない。

 だけど、ところが、その晩だった。

 

 上村課長は夢の中で目が覚めた。夢の中で目が覚めるっていうのも何だか変な気がしないでもないが、とにかく、なんだか、目が覚めた。そこはよく行く飲み屋の一室で、隣には部長が座っている。

 「ナニ、俺らと飲んでいる時に寝ているんだよ、上村ぁ」

 と、泥酔状態の部長に肩を掴まれる。怒らしてはいけない。びびりながら、

 「すいません。昨日も遅くまで、飲んでいたもので……」

 と、反射的に上村は言い訳をした。そして自分で言いながら、何処かで聞いたセリフだな、とそう思う。

 つい先日、部下の野々上から聞いたような。

 「よし、まだ飲むよな? なんか注文しろよ」

 そう部長が命じて来る。

 「いえ、部長…、明日も仕事なので」

 とささやかな抵抗を試みるが、空しい結果になるのは分かり切っていて、結局は飲むしかないのだった。

 運ばれて来た酒を飲みながら、こう毎日飲み会じゃ、流石に身が持たないと彼は心の中でため息を漏らす。疲れの所為で、仕事でヘマをやるかもしれない。そしてヘマをしたなら部長は怒るのだ。その原因をつくったのが自分であるにもかかわらず……

 家に帰ると妻が怒っていた。

 「あなた、今日も飲んで来たの? 飲み代だってそれなりに高くつくのに」

 「仕方ないだろ、部長命令なんだから。俺だって嫌だよ。仕事がきつくなるし」

 「お金の事だけじゃないのよ? あなたの身体だって大事なんだから」

 「からだぁ? まぁ、大丈夫だろ?」

 上村課長がそう返すと、「何を根拠にそんな事を言っているの?」と声が響いた。それは妻の声であるはずなのに、誰か知らない他の女の声であるようにも彼は感じていた。

 

 ……気が付くと、上村課長は病院にいた。目の前には女医がいる。眼鏡をかけた怪しい雰囲気の女だった。

 「あなたは、すっかり肝臓がやられてしまっています。アルコール性肝炎ですね」

 それを聞いて上村課長は愕然となる。しまった、やっぱり酒を飲み過ぎだったか、と。しかも、ショックを受けている彼に向けて女医は更に信じられない言葉をかけてくるのだった。

 「医療費は合計で1000万程かかります」

 「はぁ?」と思わず上村課長。

 「いくらなんでもかかり過ぎでしょう?」

 澄ました顔で女医は答える。

 「あら? これくらい世界では当たり前ですのよ。医療費というのは高いのです。先進国でも入院すれば、財産がぶっ飛ぶのです」

 上村課長は首を左右に振る。

 「いやいや、ここは日本ですよ。医療保険はどうしたんです?」

 すると女医はクスリと笑う。

 「それはちょっと前の話でしてよ」

 それに「え?」と上村課長。

 女医はこんな説明をする。

 「この高齢社会の煽りを受けて、医療財政は破綻してしまったのです。結果として、医療費は全て実費の上に高騰して、遂にはそんな額にまで。

 医療と資本主義・自由市場の相性は悪いのです。費用がどれだけ高くなっても、病気が治る訳じゃない。つまり需要は下がらない。だから、自由に任せると、医療費は高止まりをする傾向にあるのです。

 別に驚くような話ではないでしょう? だって、医療財政はピンチとよく言われていたし、だから、医療は予防の時代になったともよく言われていたじゃありませんか。

 それなのに、さんざん飲みまくり、病気になって当然の生活を続けて来たあなたが悪いのです」

 聞き終わると上村課長は愕然となる。「ちょっと待ってくださいよ」と言い、こう続ける。

 「別に好きで飲んでいた訳じゃないんです。会社の上司からの誘いで仕方なく行っていただけなんです。それでこれはないでしょう? いくら何でも理不尽です」

 すると女医はフイと横を向く。

 「そんな話は知りません」

 上村課長は固まってしまった。

 

 「――あなた、いっったい、老後はどうするのよ?」

 家に帰って妻に病院で病気になったと告げられたことを話すと、彼女は悲壮な表情でそう訴えるように言って来た。彼は宥めるようにこう返す。

 「いや、まぁ、確かに1000万は痛いけど、なんとかならない訳じゃない。年金だってあるんだから」

 ところがそれに「何を言っているの?」と妻は言う。

 「年金が出るのは80歳からよ? それまで私達はどう生活すれば良いの?」

 上村課長はその言葉に驚く。

 「何を言っているんだ、お前は? 年金は65歳から貰えるはずだろう?」

 すると妻は泣き崩れるようにしながらこう叫んだ。

 「いつの時代の話よー!」

 上村課長は目を丸くする。

 「世の中、どんどん高齢化が進んでいるのよ? そんな甘い話ある訳ないじゃない!  とっくの昔に、年金になんか頼れなくなっているわよ。もう、今は自分達の身は自分達で護らないと駄目な時代なのよ? それなのにあなたは毎日毎日飲み会ばかりで…… もう私達の生活はお終いよー!」

 その言葉が、上村課長の頭の中を反響する。

 そうして上村課長の目の前は、真っ暗になっていったのだった。

 

 目が覚めると、自室のベッドの上だった。今度は本当に起きたよう。やけにリアルな夢だったと、上村課長はネットを検索してほっと安心をする。医療財政はまだ破綻してはいないし、年金もまだ65歳から貰えるみたい。

 だけれども。

 やっぱり高齢社会の影響で、医療財政には不安があるし、年金制度もどうなるのか分からないらしい。

 それは本当のようだった。

 いつまでも、あると思うな、社会保障。

 思わず俳句っぽく読んでしまう。

 

 その日、出社した上村課長は野々上君を見かけるとこうお願いした。

 「良かったら、君の奥さんの写真を見せてくれないかな?」

 すると野々上君は、スマートフォンで自分の結婚相手の姿を見せてくれる。それを見て、上村課長は数度頷いた。

 それが夢の中で見た女医の姿とそっくりだったからだ。

 これからは、飲み会は控えよう。

 せめて週一回くらいに。

 ……それでもちょっと多いんじゃない?と、誰か彼にツッコミを入れてあげるべきかもしれない。

 

 ――健康に気を遣っていると言うと、馬鹿にする人もいるけれど、恵まれた医療制度に甘えていられる時代はもう終わったのだから、いつまでもそんな意識じゃ駄目じゃないのかと、まぁ、そんな事を僕は思うわけです。

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