戦時記録:1最後の攻勢1
戦時記録1:最後の攻勢1
「ここは......」
ミズキは目を覚ました。
その瞬間に、身構え辺りを見回した。
傷付いたフルール兵、それを介抱する衛生兵。うなだれる友軍達。
「そうか......。撤退したんだった......」
ミズキはぬかるんだ地面に腰を落とし、大きく息を吐いた。
突如、始まった大ゲール帝国の攻勢。この攻勢は開拓協商連合軍には予想にもしていなかった反撃だ。
何せ、戦争が始まって4年。ゲール帝国には、その様な余力は無いと思われていたからだ。
始めこそはゲール帝国、アルマン帝国、オーリスリア=ハルガリー帝国の3カ国からなる開拓中央同盟に押されていたが、物量で優位に立つ開拓協商連合が戦況を挽回したのだ。
「隣いい?」
ぼーっと鉛色の空を眺めていたミズキに、一人の少女が声を掛けた。
「えっ!?は、はい!どうぞ!」
慌ててミズキは、そちらに身をやった。
茶色の髪をした少女で、可愛らしい顔をしていた。
「よいしょっと」
少女はミズキの隣に腰を下ろすと、握手を求めた。
「フルール第776突撃歩兵連隊のクロエよ」
「同じくフルール塹壕防衛部隊のミズキです」
「よろしくね」
「こ、こちらこそ」
お互いに名前を教え合い、握手を交わす。
「お互い大変ね。こんなご時世に生まれちゃってさ」
クロエは伸びをしつつ、そう言った。
「あはは......。そうですね」
ミズキは気の抜けた返事を口にし、もう一度、クロエに目をやった。
「志願兵なんですね」
「ええ、そうよ」
突撃歩兵とは、敵塹壕に文字通り突撃する兵科だ。死亡率ぶっちぎりのNo.1であり、ある意味では戦場の花である。
そして、この兵科は基本的に士気の高い志願兵が担う事になっている。
そして、防衛部隊とは士気がお世辞にも高いとは言えない徴兵された者が担う。
「ミズキはここに来る前は何をしていたの?」
「拓歴院にしました」
「た、拓歴院!?」
ミズキの言葉に、クロエは立ち上がり、大声を上げた。
「拓歴院ってあの!?」
クロエが驚く事は無理もなかった。拓歴院とは、超難関の学び舎であり、聞こえならミズキはエリートである。
「まぁ、一応......」
「そういう風には見えなかったわ......」
「あはは......よく言われます」
「何を学んでいたの?」
「植物学を」
「へ?」
それを聞いたクロエは、少し落胆した様子だった。
「なんだ......。てっきり開拓学とかかと......」
「す、すみません」
「コンダクターになりたいって思ったわけじゃないの?」
ミズキは、コンダクターという言葉に目を細めた。
コンダクターとは過去、この世界がまだ未知に溢れていた大開拓時代の発展に大きく携わった人々の事だ。彼らの活躍により、人類は大きく発展した。そして、拓歴院とは、そのコンダクターを育成する為の機関であった。時代の変化に伴い、学科が増えていったが、以前として拓歴院には、コンダクターというイメージが付いて回る。
「はい、そういう訳では無いですね」
ミズキのあっけらかんとした様子に、クロエは首を傾げた。
どうやら、彼女にはミズキの様子が変に見えた様だ。
ミズキは、クロエの様な質問をされる事に、すでに慣れていた。
過去に起こったコンダクター同士の争い。コンダクター戦争により、彼らの戦闘力に目をつけた各国は、軍に積極的に彼らを徴兵したのだ。
そして、その徴兵には性別は不問とされている。
拓歴院とそれの関係上、ミズキはこの手の質問には何度も答えてきたのだった。
「クロエは?開拓従事者」
あまりこの手の質問に返しはしないのだが、ミズキは気まぐれにそう尋ねた。
無差別徴兵はコンダクターなどの一般的に『開拓従事者』などに適応されるのだが、志願兵と言えど、女性であるクロエが西方戦線にいる事に少し疑問を持ったのだ。
「兵士の大動員に伴って、志願であれば、女でも軍に入れる様になったのよ」
ミズキは目を丸くした。
まさか、そんな事になっていたとはー。
「女性開拓従事者が色々と成果を上げた結果なのよ。それに従軍すれば、沢山のお金が貰える。わたしには二人の弟がいてね。戦争が終われば、学校に行かせてあげたいの」
クロエの家は裕福ではない様だ。この様な理由で、職業軍人になる人間は多いと聞く。
「そんな事より、前線ってどんな感じなの!?わたしね!ついさっきここに来たばかりなの!」
ここでミズキはようやく気づいた。クロエの軍服は汚れの一つもない事に。
「ミズキは、少し前の後退組よね!?」
クロエは目を輝かせていた。その表情に、ミズキは吐き気がした。決して嫌悪感を感じている訳ではない。ただ現実を知らされる事なく、訓練と英雄教育が施された志願兵の実態に目を背けたくなったのだ。
だから、ミズキは言った。
「恐い」
「へ?」
「恐い......。塹壕は寒いし、銃声は心臓を握り潰すみたいに感じる。塹壕に響く足音は敵か味方か曖昧で、疑心暗鬼になる。二度とあそこに戻りたくない」
「......そう。拓歴院にいたって言うから、勇敢さはあると思っていたわ。弱虫なのね」
そう言うと、クロエは立ち去ってしまう。
ミズキは膝を抱えた。
その時だった。
遠くから砲弾が炸裂する音が聞こえた。止まっていたゲール軍の攻勢が再び始まったのだ。
集合のラッパが鳴り響き、ミズキは嫌々立ち上がった。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「初めてまして、ミズキ二等兵です」
先の撤退戦でミズキの部隊は全滅したらしい。その為、彼女は消耗した歩兵支援部隊に放り込まれてしまった。
疲れ切った表情を浮かべる兵士達の間から、上官らしき兵士が出てくると、ミズキの前に立った。
「ミズキと言ったな。この部隊の指揮官のノーラン少尉だ。武器はあるか?」
「申し訳ありません。先の撤退戦にて、紛失しております」
「そうか。気にするな。武器ならある」
そう言い、ノーランは彼女を案内した。案内された場所には、木箱が置かれており、その中には同じ機関銃が無数に入っていた。
「我がフルール共和国が誇るキョーシャ軽機関銃だ」
軽機関銃を受け取ったミズキは、それを確認した。
機関銃らしい長い銃身にピストルグリップ。特徴的な半月状の弾倉は伏せ撃ちを行なっても地面に干渉する事がない様になっている。
「我々の役目は突撃歩兵の支援だ。弾倉は可能な限り持て。そして、ミズキ。その銃を祈りを捧げておけ」
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
爆音が響く塹壕。
西方戦線の最前線にミズキはいた。
ゲール軍による移動弾幕射撃は激しさを増し、空を往く竜騎兵による爆弾投下の嵐は、防衛に展開するフルール兵を蹂躙していた。
「伝令!第5防衛線が突破された!もうすぐそこまで来ているぞ!!!」
塹壕内を走る伝令兵の声を聞き、ミズキ達に緊張が走った。
「総員戦闘配置!!防毒マスクを準備しろ!」
ミズキは配置に着く為、塹壕内を駆け足で進む。すると、クロエがいた。
「クロエさん」
「ミズキ」
しばしの沈黙があった。少し気まずさを感じたミズキは、無言で彼女の横を通り抜けた。
「アナタが支援なんてね」
「し、死なないで下さいね」
こうして、地獄の防衛戦が始まった。
◆最後の攻勢
開拓歴918年。劣勢に陥る大ゲール帝国は、戦況を覆す為、新兵器である掃討銃アハツェーンとランドシップ20両を投入し、大戦中最後の大規模攻勢を展開した。
この作戦により、頓着していた戦線をゲール帝国は大きく進軍し、最終兵器3トン列車迫撃砲の射程にフルール共和国首都を抑えた。
◆西方戦線
第一次開拓戦争中最も悪名高い戦闘地帯。主にフルール共和国と大ゲール帝国が衝突し、高原、湿地帯、荒地と様々な場所で規模を問わず、衝突があった。