愛されたかった破壊神
この世界では、人間、エルフ、ドワーフ、ゴブリン、魔族、アンデッドなど、様々な種族が生きていた。
それら種族は、それぞれ異なる神にとって創り出されたとされており、また生みの親である神の加護を受けている。
その中でも人間は、世界を創り出した創造神によって創り出したとされている種族である。それぞれの種族ほど一芸に特化しているわけではないが、様々な能力に優れ、極めれば異種族に匹敵するほどの能力を得られるほど優れた種族である。
また、創造神に創られただけあり、人間はかつて世界を支配できるほどに強い加護を持っていたらしい。
しかし、今ではその加護も失われ、人間の地位は限りなく低いものになっている。
何故、人間だけがこんなにも落ちぶれてしまったのだろうか?
それには、創造神の弟である破壊神に起こった、とある悲劇が関わっていた。
◆
「ブサイクすぎてツライ」
「いきなりすぎるぞお主」
唐突なカミングアウトに対して、創造神は呆れることしかできなかった。
創造神と破壊神は兄弟である。創造する兄と、破壊する弟。二柱はそれぞれ創造と破壊、光と闇、昼と夜、相反する存在のバランスを取りながら、世界を導いてきた。
創造神にとって、破壊神は大切な弟である。そのため、破壊神の悩みならばできる限り手助けしたいと思っているが、破壊神のいきなりのカミングアウトには創造神も動揺を隠せなかった。
「とにかく落ち着け。まず、何故いきなりそのようなことを言ってきたのだ? 愛する弟のお主だが、さすがにその一言だけでは我も受け止めきれん」
「兄を見ていると思うのだ。私も妻がほしいと。しかし……」
「……顔か」
「その通り」
頷く破壊神を見て、創造神は納得するしかなかった。
創造神と破壊神は兄弟である。そのため、その顔立ちもよく似ているが、何故か破壊神は絶妙にバランスの崩れた配置をしているのだ。
目、鼻、口など、パーツ単体で見てみれば、それはそれは美しい形をしている。しかし、それらが絶妙に崩れた配置になった結果、パーツ単体では精悍だが、並べてみるとものすごくブサイクという奇跡のような顔が完成した。
破壊神の顔を見ると違和感が拭えない。どこか嫌悪感を感じてしまう。あらゆる神々がそういった感情を持ってしまうため、生まれてこの方破壊神に妻ができたことはなかった。
同じようなパーツを持っている創造神は、神の中でも最も美しいと呼ばれている。そのおかげで妻の数も五十を超える。そんな兄を持っている破壊神の心境は、とても複雑なものだろう。
兄を敬愛している破壊神だが、これについては別の話なのだ。
「なあ、兄よ。何とかならぬか? この顔を変えるとか」
「お主の力は我を超えているからの。お主に干渉することはできん」
「むぅ……」
唸る破壊神。顔面が崩れたおかげか、破壊神の力は創造神を圧倒的に超えていた。そんな力よりもまともな顔がほしいと、破壊神は心の底から思っている。
「このままでは悲しみのあまり世界を破壊しかねん。私は今、嫉妬という感情に押しつぶされそうなのだ」
「何とそこまでとは……」
長い時を支え合って生きてきたが、創造神は破壊神の深い悲しみを知ることができなかった。
そんなにその崩壊した顔面を気にしていたのか。自然に涙がこぼれ落ちた創造神は、最大の慈愛の感情を持って、破壊神に告げた。
「……わかった。何とかしよう」
そして、創造神はそれを取り出す。ゆらゆらと揺れる、半透明な何かだ。
「この魂は、我の最も下の娘である。神として生まれる前だ、都合がいいだろう」
「ほう」
「この子の魂に呪いをかけ、お主のみを愛するようにしよう。そして、この子を妻とするがいい」
「兄よ、かたじけない」
「気にするな、弟よ。お主はよくやってくれている。お主の働きがあってこそ、世界は安定しているのだ」
こうして、破壊神に妻ができた。妻となる娘の意思を無視した所業だが、それよりも破壊神が世界に貢献している度合いのほうがはるかに大きいのだ。
そして、破壊神が妻を娶ったというニュースは、神に、そしてあらゆる種族に瞬く間に広まったのだった。
◆
「おお、妻よ。愛しい妻よ。この気持ちは言葉では伝えきることはできないだろう」
「醜いあなた。でも好きよ。あなたの醜い顔が好きなの。もっとその顔をわたしに見せて?」
「こんな顔でよければいつでも見せよう」
美しい娘と、吐き気がするほど邪悪な顔面をした男が濃厚なベーゼを交わしている。美女と野獣、いや、美女と邪神だ。
もちろん、破壊神とその妻である。
「所構わずいちゃついとるな、あの馬鹿共は……」
「ですが、義弟が嬉しそうでわたくしも嬉しいです。あの方は……そう、顔以外は完璧ですのに」
「顔さえ見られるならば妻になる。そんな神も多くいます」
「まあ、幸せならええわ。末の娘にはかわいそうなことをしたかもしれんが、破壊神である奴の存在はこの世界にとって重要なもの。我慢してもらうしかないのう」
「娘も幸せそうですから、よろしいのでは?」
「……それもそうだの」
末の娘と、破壊神の破壊的な顔立ちさえ除けば、とても素晴らしい光景である。愛する二人が、幸せそうに過ごしているのだ。祝福するべきだろう。
それに、この世界にとって重要な役割を果たしていた破壊神は、その大きな功績に対して報われることがなかったのだ。破壊神はようやく報われたのだ。少しくらいは、大目に見るのが優しさだろう。
しかし、それを気に入らない種族がいた。あらゆる種族が破壊神の境遇を思い、涙しながら破壊神を祝福する中、たった一つだけ、破壊神に敵意を持つ種族がいた。
人間である。
それは、プライドだったのかもしれない。創造神に唯一創られた種族であるという、小さなプライドだ。創造神に目をかけられるのは自分達だけであるという、何の役にも立たないプライドが、創造神の弟という立ち位置にいる破壊神に敵意をもたせたのだ。
そして、一人の人間が行動を起こした。
人間の中で最も優れた容姿を持ち、最も優れた腕を持つ魔法使いである。破壊神の妻である、創造神の末の娘を見た魔法使いは、彼女こそ我が妻に相応しいという屈折した欲望を抱いていた。
魔法使いは優れた腕を持っているため、末の娘を見ただけでかけられている呪いに気がついた。そして、これならば解除できると確信を持った。
魔法使いは、神に匹敵するほど優れた魔法の腕を持っていたのだ。
幸いにも、末の娘は頻繁に下界に遊びに来ている。そこを狙って接触することで、末の娘の呪いを解くことは可能だった。
その日も、末の娘は買い物をしに来ていた。神である末の娘を傷つけようとする者はいない。エルフも、ドワーフも、ゴブリンも、魔族も、あらゆる種族が神を敬い、楽しそうにその姿を見つめている。
人間だけが、神を傷つけようと考える。
運命の時が訪れる。
魔法使いが、末の娘に話しかけた。
「神様。あなたは呪いを受けています。とても強力な呪いです。しかし、私であればあなたの呪いを解くことができます」
「まあ、呪いとは恐ろしい。どのような呪いでしょう?」
「はい、それは特定の誰かを愛する呪いです」
「いけません。それを解くことはなりません。私の役割に重要なことなのです」
「いいえ、神様! 自らの気持ちを歪められているのです! 他者に強制された愛など所詮はまがい物! 私が真の愛を教えて差し上げます!」
「ですから、それは――」
「あなたを破壊神から解放する! いきますよ! 解呪!」
その瞬間、末の娘の脳裏に今までの記憶がよぎる。正常な認識でもって、今までの記憶が思い出される。
腕を組んだ。口づけを交わした。夜の営みをした。子どもを生んだ。創造神により歪められた認識で、破壊神と様々な愛を交わした。
では、正常な認識を持った今ではどうか。それらは悪夢だった。愛していないのに愛していると思わされ、曇りきった瞳で破壊神を見つめていた。
我慢できなかった。今までの記憶を失ってしまえとばかりに、こみ上げるものを吐き出し続けた。魔法使いは末の娘の背をさすり、抱きしめ、ひたすら末の娘を慰め続けた。
どれほど時間が経っただろうか。ようやく、末の娘はある程度落ち着いた。
「……ああ、おぞましい。あのような男を愛していたなんて。お父様も私にこのような呪いを! 絶対に許せません!」
「ご気分はどうですか、神様?」
「呪いを解いてくれてありがとうございます、名も知らぬ人。お礼をしたいのですが、何がよろしいですか?」
憔悴した様子の末の娘を、魔法使いは魔法で清める。汚れは全て洗い流され、体力や疲労を回復させ、末の娘は美しい姿を取り戻した。
神で一番美しい容姿を持つ創造神の娘である。末の娘もまた、創造神に匹敵するほどに美しい。他者からその容姿を賞賛され続けた魔法使いでも、末の娘から目を離すことはできなかった。
「美しい……」
「まあ、ありがとうございます」
思わず漏れ出た言葉は、魔法使いの本心だった。美しい魔法使いに救われ、そして褒められた末の娘は、あっという間に魔法使いに恋してしまった。
まるで奈落に堕ちるように。
「神様、どうか私の妻となってください。それが私がたった一つ、真に望むことです」
「わかりました、名も知らぬ人。私はあなたを永遠に愛することを誓いましょう」
こうして、末の娘は醜い破壊神から解放され、自由になった。そして、自らを解放してくれた魔法使いの妻となり、幸せに暮らしたという。
美しい話である。創造神の呪いを解き、醜い破壊神から末の娘を解放する。実に英雄的な話である。
人間にとっては、だ。
許されるだろうか? いや、許されるはずがない。
神が許すわけがない。
創造神は激怒した。破壊神は嘆いた。多くの神々は呆れ果てた。
たった一人の愚か者の手により、末の娘の呪いは解かれてしまった。そして、自らの役割を知っていたにもかかわらず、末の娘はそれを放棄し、魔法使いのもとへと走った。
許されないことである。それ以上に、創造神は限界だった。
人間という種族に対して、限界だった。
創造神の加護を得た人間は、様々な面で優れていた。極めれば異種族に匹敵するほどの能力を得ることも可能であり、つまり世界で最も優れた種族であると言っても過言ではなかった。ただし、他の種族よりも圧倒的に優れているわけではない。何をやらせても高水準の能力を発揮できる、といった程度である。
だが、人間は増長した。創造神に創り出され、優れた能力を持っていることで、選ばれた種族だと勘違いしてしまった。
そして、世界を支配しようとし始めたのだ。
異種族から様々な物資を奪い取る。異種族を拉致し、奴隷にする。異種族の地に攻め入り、無理やり侵略する。気がつけば、そんな振る舞いを当たり前のようにするようになっていた。
そんな横暴な振る舞いを繰り返すようになっていたところに、破壊神に対するこの仕打ち。もはや神々も限界であった。人間を創り出した創造神も、もはや愛想が尽きていた。
そんな時、破壊神は創造神に告げた。
「兄よ、決して私に近づいてはならない」
「何故だ?」
「私は怒っている。私は悲しんでいる。今の私は災厄なり。収まることを知らぬ大嵐なり。今の私を止めることは、たとえ全ての神を持っても出来ぬと思え」
「弟よ……お主はそこまで……」
「ああ、そうだ。愛する者を失った私の怒りはそれほどまでに深いと知れ。妻を失った場所である、世界の中央にある大陸をもらう。そこは魔界となるだろう。魔物が生まれるだろう。呪われし人が生まれるだろう。決して近づいてはならぬ。神に、人に、そのことをよく伝えておけ」
「わかった。我が責任をもって伝えておく」
「兄よ、感謝する。これから千年、私は怒るだろう。その後千年、私は眠るだろう。兄よ、また会える時を楽しみにしている」
「うむ、わかった。さらばだ、弟よ」
「さらばだ、兄よ」
はじめに、破壊神は魔法使いと末の娘を破壊した。死ぬこともなく、狂うこともない。永遠にこの世の全ての苦痛を集めたような痛みを受け続けながら、魔法使いと末の娘はこの世が終わるまで生き続けることになった。
そして、破壊神が世界の中央で暴れ続けた結果、世界の中央は魔界となった。その言葉通り、破壊神は千年暴れ続けるだろう。そして、千年眠るだろう。次に会う時には、その悲しみが癒えてくれていることを、創造神は願っていた。
更に、創造神も動く。
創造神を称えるために築かれた大神殿に降臨した創造神は、その場に集まった教主をはじめとした全ての人間に告げた。
「破壊神に触れてはならぬと、我は伝えていたはずだ。教えを残していたはずだ。何故、このようなことになった?」
「恐れながら創造神様。全ての人に偉大なる創造神様の教えは行き届いております。人は皆、創造神様の教えのもと、生きているのです」
「ならば何故弟の妻を奪う者がいるのだ! 守るべき十の教えとして、貴様ら人間に我が直々に与えたはずだ!」
「創造神様、我々は決して十の教えに反しようなど……」
「知らぬと思うか!? 我が瞳が曇りきっていると思っていたか!? 我が瞳は全てを見通す!」
様々な種族が創り出された時、創造神は十の教えを世界中の種族に残していた。その中の一つ目、一番重要な項目として、破壊神に触れてはならない、というものがある。
これは、神と人に対する戒めである。優しき破壊神だが、その強さはあらゆる神を上回る。破壊神が怒れば世界はあっという間に滅びるということがわかっていたが故に、怒らせないように気をつけろ、という教えを残したのだ。
人間だけが、この教えを破ったのだ。そして、それだけではない。
「我は全ての種族に十の教えを伝え、一つ以外の全ての種族が十の教えを守っている! 十の教えを守らぬのは人間のみ! 貴様らだけだ、愚か者ども!」
人間以外の種族は、十の教えを守って生活している。人間だけが、十の教えを軽視し、敬うことなく、日常的に破って生活しているのだ。
それを知らない創造神ではない。
「我が創った種族故大目に見ていたが、もうほとほと呆れ果てた! 貴様らの加護をこの時点で抹消する! 貴様らが我に守られることは、未来永劫ないと思え!」
こうして人間は創造神の加護を失い、その繁栄を失うこととなったのだ。神の怒りに触れたため、人間は罰を受ける事になったのだ。
◆
これが、人間が創造神の加護を失った理由である。
愛する者を失った破壊神は理性を失い、世界の中央の大陸を破壊し尽くした。そこは魔界となり、生物が生きる環境ではなくなってしまった。呪われし生物が生まれ、破壊と災厄と呪いが支配する魔の大陸となってしまった。
それを知った創造神は悲しみ、嘆き、激怒した。望んでいたたった一つの幸せを奪われた破壊神の姿に心を痛め、自らが人間を創り出したことを後悔した。
そして、人間はその罰を受け、世界の端でひっそりと生きるようになったのだった。
この出来事から数え切れないほどの年月が経った。破壊神は眠りから覚め、天界へと帰っていった。魔法や魔導などの様々な技術も進んだ。だが、神々はそれらの技術を人間に使わせてはならないとしている。
人間にとっては歴史の果てにあるような出来事でも、神にとっては昨日の出来事なのである。そして、神は人間の本質が変わっていないと知っているのである。
人間は欲望の果てに暴走し、神々の怒りを買った。そのため、加護を失い、世界の端へ追いやられた。
この出来事を、人間以外の種族も忘れてはならない。謙虚さを忘れ、欲望に身を任せた末に待っているのが今の人間の姿なのだと、忘れてはならない。
神に感謝し、命に感謝し、そして全てに感謝して、誠実に生きることが大切なのだ。