桃太郎外伝 「鬼になった男」(鬼最後の日記より)
私は1人、海と暮らす者だった。
海は美しく、どこまでも続いていた。
変わらずにそこにいてくれた。
私はここまで変わってしまったがーー
私には妻子がいた。
気立て良い妻、可愛い娘。
妻は美しかった。艶のある黒髪に私の心をどこまでも見通すような瞳の輝きーー容姿だけじゃない。妻は優しかった。漁から帰った疲れた私を妻はいつも支えてくれた。共に手を取り合って、平凡でもいい、貴方と一緒にいたいと妻が私に微笑えむのを今でも覚えている。
料理も美味しかった、私の釣ってきた魚と幾らかの木の実や野菜、少々の玄米、とても豪勢な食事とは程遠かったが、妻の作る食事はこの世の何よりも美味かった。
どうして私があれほどできた妻に出会えたか今になっても不思議だ。
小鳥のようにまだ小さな娘。
娘の頬は滑らかで柔らかかった。
悪戯で触ると怒って頬を膨らませて、それでもチョンと頭に手をのせて、よしよしと撫でてやると娘は頬を赤らめ私を許してしまう。
それもまた可愛かった。
娘は私の事を「とと、とと」と呼んで遊ぼうとよくせがんだ。
とても愛らしかった。
娘は散歩が好きだった。
娘と散歩に行くひと時もまた楽しい時間だった…
歩けるようになった娘は見かけるものすべてに興味を持った。
まだ、おぼつかない言葉で
「あれなに、あれは、これは」
ときいてくる。
あまりのしつこさにあの時の私は戸惑ったものだった。それでも今思うと本当に素晴らしい日々だったと思う。
娘はどんな女性になっただろう。
かけがえのない時間だった。何気ない毎日が、いつまでいつまでも続くと思っていた。3人での毎日が、そう、いつまでもーー
私は普段、近場で漁をしていたが、時々沖の方まで泊まりで漁をすることもあった。
2、3日のこともあったが、時より大きい村の方へでて魚を売ったりで1週間かそれ以上家をあけることもあった。
私は今まで漁師をしていた。屈強な海の男、と呼ばれる程ではないが、それなりの腕はあったつもりだ。あの辺一帯なら五本の指にはいっていただろう。
1人の夜には空を見上げて、浮かぶ月の色に愛する妻子を思い、自らを励ましたものだった。
漁というのは楽な仕事じゃない。
命の危険だってある。それでも守りたい、支えてくれる、愛している2人が私にはいた。
それだけが私の強さだった。
だから、だから、あの日もまた漁に出かけたのだ。
家のある小高い丘を下って、振り返ると両手で目一杯手を振る娘と、物静かに小さく手を振る妻が見えた。
私は2人に背を向け、岸にとめた一隻の船のもとへ向かった。
その日は絶好の漁日和だったーー
近年でも一番の成果だった。
数日間の遠出の漁、クタクタの私はそれでもはやく妻子に会いたくて、丘を急ぎ足に進んで行った。
村で買った土産の髪飾りーー薄水色の花の模様があしらわれた、2人に似合いそうなーーを持って
私の愛する妻子は死んだ。
殺されていた。
誰がやったかは分からない。
ーーそんなのどうでもよかった。
一面は血の海でその中央に無惨な死体が2つーー妻は娘を抱くようにしてーー転がっていた。
私はその時不思議と怒りも悲しさもなかった。
何もなかった。
空っぽだった。
生臭い不快な血臭と微かにきこえる羽虫の音が私をそこに留めていた。
床に落とした二輪の薄青い花が音もなく紅く、紅く染まってゆくのに私は沈黙を添えることしか叶わなかった。
こうしてそれは私の人生において決して忘れることの出来ない「その日」となったのだ。
それからの事はよく覚えていない。
私は死体を埋めた。
そしてそのまま家を焼き。
船で海に出たのだ。
それから、それからーー
私は別の村の外れに、隠れて住み始めた。
別に隠れる理由もなかっただろうが、あの時からの私はそれでも身を隠すことに意味を持った。私の様な身のものはそうあるべきだとその時は思わずにいられなかった。
それから私は無為な時を過ごした。
村の奴らからは「廃れた海人」とか呼ばれていたらしい。
別に怒ることもなければ、悲しむこともなかった。
私の全ては錆びだらけだ。
潮風にあたりすぎたのだから。
ただただ塩からい、そんな日々だ。
この頃の私は何を聴いても何を見ても何も感じなくなっていた。
私の全てはそれに侵されてたのだから。
私にはもう一隻の舟しかないのだから。
それでも海は青かったのだから。
別にどうだっていいのだ。
私がこちらに来て何年かすぎた頃。
潮風に揉まれまたいつもの丘を下り、砂浜に足跡を残す。
私はーーその少女ーーを見つけたのだ。
丁度、死んだ娘の年頃の女の子を。
それでも私はいつもの如く、舟に手を掛け乗り込もうとしていた。浜に打ち上げられた少女は確かに存在したが、ただ存在しているだ。私は海に出て、魚を捕って帰るだけなのだから、そんな事どうでもいい。
そういう意味では別に何もなかったのだ。
私はそそくさと舟を漕ぎ出して、潮風を受けて更に前進する。
その時もまた、最高の成果だった。
全く無意味ではあったが。
釣り上げられ甲板に跳ねる魚の鱗は陽の光を受け、鈍く輝く。
その光は失われるその魚の生命の薄れゆくのをーー
それはあの日の妻の瞳のようだった。
私は確かな焦燥感を抱いた。
そして気がつくと私は浜に戻っていた。
腕が痛い。掌にはうまく力が入らず、細かく震えている。
喉を裂き切れるかの如く痛み、鉄のそれが意地悪く上ってきた。
そこには未だーーそれーーがいた。
私は恐らくそれを抱きかかえ小走りに家に戻る。
それを茣蓙に寝かせて、濡れた服を脱がせ部屋の中の1番暖かそうな布を巻いてやった。
汚れた顔を濡らした布で拭いてやった。
娘が熱を出した時は困ったものだった。
苦しそうな娘の顔を見るとどうしようもない気持ちになった。
慌てふためく私は妻によく叱られていた。
酷く懐かしい気がした。
だが、その時の私には未だ生温かく薄気味悪くも感じられた。
幾度か夜を迎えてその子は霞む様に目を覚ました。
私はしわがれた声で
「ゆっくりしなさい」
とそれだけいった。
どれだけ、醜い声だったか、それでも少女はこくりとうなづいてまた静かに目を閉じた。
それから彼女は少しずつ、確かに元気になっていった。
私はかつて妻がつくっていた粥を思い出して、僅かな金でありったけの米を買い、裏の森の方へ木の実と薬草を取りにいった。
直ぐに尽きた金の為に海に出て魚を釣っては売り、夜までには戻って介抱するというようなそんな毎日を送った。
私は酷くつかれていた。
それでもあの子が待っていると思えば、それ程気にするほどでもないと思えた。
薄い木のへらで、粥を口に運んでやるとあの子は静かに口を動かして、粥を食べてくれる。
あの子とは特に何も口をきかなかったが、冷えたその手が触れる時に温かくて、そして私はまたいつかの事をなぞっているようでそれだけで嬉しかったのかもしれない。
あの子は外へ歩けるくらいに元気になった。
あの子もまた散歩が好きだった。
私は暇さえあればあの子と散歩に行くようになった。
その時だけはあの子の無愛想は顔も年相応に見えた。
向こうから握ってくる手の小ささに、私は内に揺れる何かを感じていた。
あの子は口数の少ない子だった。
私が
「お前は何処から来たのか」
と問うと
「分からない」
とそれだけしか言わぬので、
私はそれ以上は問わぬことにした。
それに私はあの子が何処の誰だとか、そんなの知りたくはなかったである。
また年月は経って、あの子は少しずつ私と話すようになった。
あの子はいつも海の向こうの方でも見ながら
「あの先に何があるの」
と問うてきた。
私は幾らか悩んで
「月の借宿だ」と答えた。
その辺りの漁師の間ではそんな言い伝えがあった。別に深い意味はなかったがいつか父から聞いたそれを私があの子に伝えるのはなんだか不思議だった。
その時同時にあまり良くない気がしたのを覚えている。
その頃の私には風景が青く見えた。
風は吹き抜けて、草木の揺れるその音に耳を傾け、沈む陽の温かさに瞳を輝かせ、その手に残る、今もあるもう1つの温もりに私は確かに変わっていた。
毎日が楽しかった。あの頃とは違った。
一緒に飯を食うのも楽しかった。
一緒に釣りに行くのも楽しかった。
一緒に散歩に行くのも楽しかった。
夕暮れの、陽の沈む海を眺めて、
「明日は晴れるか」とか「渡り鳥はいつ帰るか」とかそんなばかりの話をしていたのもそれはそれで楽しかったのだ。
あの子はーーいや、私の娘は病にかかった。
村の医術師曰く、治す方法もないらしい。
私は酷く悲しんだ。
私は酷く後悔した。
私は娘を抱いて、隣の村まで駆けた。
そこの医術師も
「この子は助からない」
というだけだった。
私はまた隣村へ、そしてまた隣村へ、村から村へとどうにか助けるてだてはないかと訪ねてまわった。
ただ、何処へいっても娘の様子が悪化するのみで、誰も助けてはくれなかった。
数日が経った。
私は元の住んでいた所からかなり離れた村で怪しげな店の店主からある話を聞いた。
それは、「鬼の涙」が一雫、身体に落としてやるだけで、どんな病でも回復するというものだった。
私が
「それはここで買えるのか」
と問うと
店主は
「ここには無い。鬼は泣かぬし、手には入らぬ」
と答えるのみであった。
やっと掴んだはずの手掛かりは水泡の如く帰するようでーーその間も私の娘の身体は小さく、軽くなって行くばかりだった。
私の頭の中には追い立ててくる焦りと血生臭い泥の臭いしかなかった。また失ってしまう。それだけが酷く恐ろしかった。
鬼を殺せば、涙が手に入ると考えた。
しかし、それは到底なし得ないだろう。
鬼とは何処となく現れては人を殺し、それを食って、永らえる者共の事だ。
肉を千切り骨を砕く牙に、紅で染まったかのような肌、腫れた四肢に血で汚れた角、人にすらなれず、生きることの何も知ることのない、愚かで悍ましい奴らだ。
かつて、多くの武人が奴らを狩りに出たが帰ってくる者は少しで、担がれた鬼の死体はそれよりも少なかった。
そして、帰った者の中には
「鬼には血も涙もない」
と遺して崖から身を放ってしまうものまでいた。
私は酷く落胆した。
私は今度は見過ごすのかと。
痩せた身体の枯れぬのを小枝の上の鴉の如く待つしかないのかとーー
何かを得る事は失うものが増えることだと、そう納得して無意識に退けて、ただ海と生きるだけだった私が、また過ちを犯して今度は私の目の前で消えていくのを見なければならぬのだと、自己愛に満ちた毒々しい色光の来襲に私は気付かぬふりをした。
なんとかして、それだけは避けねばならない。
私は娘の世話をしてくれる人を探した。
また別の村で私はオキクという女性に出会った。
まだ年若い彼女は少し前に息子を亡くしたらしく、同い年くらいの私の娘を世話してくれると申し出てくださった。
私は
何も死に掛ける娘の最後から目を背けて逃げ出したいのではない。
いやーーもしかすればそれよりも酷い決断をしたのかもしれないと今になって思わぬわけでもなかった。
数日前のことであった。
娘を助ける術を無くし、全てを考え尽くした私はもはや神に祈ることしかできなかった 。
稼いだ金も残り少ない。
もし薬を見つけたとしても何もできないであろう。
私は神に祈ることしかしなかったのだ。
何日か過ごしてその晩のこと。
私の夢に黒い布を羽織った老婆が現れたのだ。
老婆は言った。
「我は眠りの神である
貴様の祈りは騒がしく耳障りである
私はこのまま貴様を殺そうか」
と。
「ああ神様
私の娘は憐れにも病に侵され着々と不帰の道を歩んでいます
私はこのままでは死んでも死に切れぬです
どうか、私の命は捧げますから娘を助けてはやれぬでしょうか」
私は頭を地に突き、喉を焦がして言った。
それを見た老婆は
懐に手を入れると紅い小瓶を取り出して私の前に転がした。、
私は
「これはなんです」
と問うと
ただ
「鬼と化す水じゃ」
と言って次の時には消えてしいた。
目を覚ますと左手には紅い小瓶が握らされていた。
それから私の決断は早かった。
次の日には娘の世話をしてくれる人を探し始めていた。
私がーー私が鬼となり娘の額に一滴の涙さえ落とせば、娘は助かると私は確信もない自信に突き動かされて、ただただ盲目に前を向いていたのだーーいや、そうせざるおえなかった。
オキクと出会ってから少し経ってーーその頃には娘は起きることもなくなっていた。
オキクにつかいを頼んで、借り住まいのオキクの家に娘と二人ーー私は小棚の奥に隠した小瓶を取り出した。
そして私は一時の躊躇もなくそいつを飲み干した。
変化は直ぐに現れた。
私の心の臓の鼓動は高鳴りは今にも破裂しそうな勢いで、身体は灼熱の如く熱くなり肌は熟れた林檎の如く紅く染まっていった。
弾けそうな四肢に、どす黒く濁り鋭く曲がった爪、散り散りで灰を被ったような髪には角らしきものまで生え始めた。
私はその間、只管に心の臓が身体から弾け出るのを堪えるように息を荒げ、胸に手を当ててそいつが過ぎ去るのを待つしかなかった。
血流は何に急かされるのか、思い切りに駆け巡りそれに答えるように痛みは強くなった。
涎と汗を垂らして、私は娘の横に座って、涙を流す事に全てをかけた。
ただ、私の気持ちは強くとも涙は一滴も流れぬ。目をがとびでるくらいに思いっきり力をこめた。そうすれば、娘は助かる。私の可愛い娘が帰ってくる。二度とあんな思いはしなくていいのだ。
これ程までに娘を助けようと、父としての役目を果たそうと、それでも涙は流れない。
私は、私はこんな姿にまでなって、醜く落ちぶれてそれでも、助けてやらねばと思うのに涙は一滴も流れない。
私は、私は、
私は一体何をしているのだろうか。
私は涙を流すことも忘れて、娘との日々を思い出し始めた。
散歩をしたこと
花を摘んだこと
釣りに連れていったこと
木の実をとりにいったこと
飯の支度を手伝ってもらったこと
月を見て知らない遠くを想像したこと
あの時の笑顔
この時の笑顔
沢山の笑顔を
私は与えられてばかりだった。
何を思い出してもそれは楽しかった記憶だけだった。
私は娘の泣く姿も、娘が怒る姿も、見たことはなかった。
私は見ていたのではない。
もしかしたら、ただ見えない様にしていただけなのかもしれない。
私が与えた事など何もなかったではないか。
私はあの丘をーー娘の待つ家へと続くその丘をーー両手に魚を持って駆けていたのだ。
何もなかった私は娘から全てを貰ったのだ。
勿論、本当の娘じゃないのは分かってる。
それでも、私があの子をいくら娘として扱っても、それでも娘は私を毎日毎日迎えてくれた。私は娘がどう思っていたのかそんな事何も知らなかった。
何故ならそれだけであの子が私の娘である事には十分な事だったからだ。
しかし、その時私は気付いたのだ。
もう二度と、私はあの子に迎えられることはないのだろうと。面と向かって笑顔を見る事も、手を繋ぐ事だって決してないのだと。
もう二度とあの日は戻ってこないのだと。それだけは確信を持って理解できたのだった。
すると、私の血走って濁った瞳から一雫のそれが落ちた。
あれだけ、苦心して、文字通り死ぬ気でやっても流れる事のなかった涙がそう簡単に流れたのだ。
私は、私は、確かに嬉しかった。
これできっと娘は助かると、そう思ったのだから。
ただ、それよりも私はとても悲しく、情けなく思えたのだ。
結局、私は娘を助けるよりも、この状況でさえも私利私欲に溺れ、自らの可愛さだけに涙を落としたのだから。
私は娘を助けたかったのではない。
また、同じ様に傷付くのが、やっと手に入れたそれが指の間から零れ落ちていくのがただただ怖かったのだ。
恐ろしかったのだ。
それだけだった。満たされたはずの今の私は、いや元々私は中身などない人間だった。
私は鬼よりも醜く、憐れで愚かだった。
そんな時ふと声がした。
「ーーと、と、とと。」
それは私の前で病に伏している、大切な、かけがえのない娘の声であった。
娘は薄っすらと開いたその瞳で醜い私を確かに見ながらそう言ったのだ。
そしてそれは娘が私を初めて「とと」呼んだ瞬間でもあった。
もし、これを誰かが読んでいるならあなたに私の気持ちが想像できるだろうか。
混沌としてやり場のないその気持ちをあなたはどうしただろうか。
私はーー私はただ走ってその場から逃げ出した。
それから大分月日が経った。
私は人里から離れ、ひっそりと暮らした。
それから娘がどうなったのか分からない。
ただ娘の幸せを祈ることしかできぬ自分が情けなくなるばかりだ。
それでも、私には娘が大きくなって素敵な若者なんかと愛し合って、家庭を築いて、それでもって幸せにーー例えどんなに地味な生き方だとしても幸せに暮らす娘の姿が鮮明に瞼に映るのだ。
彼女にはオキクがいる。きっと彼女は責任を持って世話をし続けてくれるだろう。
私が叶わぬことを彼女はきっと成し遂げてくれる。
私は間も無く死ぬだろう。
私は今、鬼ヶ島と呼ばれる島で過ごしている。
ただ、それももうお終いだ。
間も無く、此処に桃太郎という若者が来る。
幾らか他の鬼がこの青年に殺されたと聞いている。
彼は私を殺しにくる。
私では決して敵わず、私は此処で死ぬ。
有りもしない、私の名誉の為に言っておくと私はあれから人を殺したり、食ったり、盗みを働いた事など一切ない。
唯、私はそれよりも罪深いことをしたと思っている。
或いは私は自ら死を選ぶべきであった。
だが、不思議とそれを決断させてはくれなかった。
私の妻子が死んでからもう十分経つが、私は死のうと思った事だけはなかったのだ。
どうしてなのか今の私には分からない。
あの時の私にも分からない。
私には分からないことが多すぎた。
ただ私に言えるのは死すべき理由は死すべき目的にはなり得なかったということだけだ。
後悔がないと言えば嘘になる。
私は最後まで娘の行く末を見届けてやりたかった。
娘から与えられた分、与えてやりたかった。
1人にしてやりたくなかった。
私は本当にどうしようもない奴だ。
それを唯々痛感するばかりだ。
それでも、私は温かく幸せで悲惨で無様な私の生きた時間をこの様な形でも遺したいと思った。
私が死んでも私の生きた証を遺したかった。
そして、皆が私を責めたてればいい。これから死ぬ私は地獄にでも落ちればいい。
それでも、いつか語り継がれて、娘の元にこの話と共に届けたい事がある。別に気付かなくてもいい、私の事など忘れててもいい。
ただ、この言葉だけを伝えたかった。
いつまでも愛してる
最後の最後まで私は願ってばかりの人間だ。
いや、もう人間ですらないかーー
全く酷い奴だ。
遠くに船が見える。
きっと桃太郎だろう。
もうすぐもうすぐ私は殺される。
その前に私はこれからこいつを海に流す。
娘の幸せを、私の最後の願いを込めて
嗚呼、こんな日でも
変わらず海は美しかった
桃太郎外伝
「鬼になった男」(鬼の最後の日記より)
(完)