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労働の汗


「ヒュゥッ! ドヴァの野郎、一人でクソ重装をぶっ殺しやがった!」

「あの装甲、本当に硬いのね」


 無線機からトリとチトゥイリの声、頭上からライトマシンガンの援護が開始され、場は残党狩りの様子を見せる。

 リーダーが悲惨な最期を遂げたからか、その銃撃は散発的で充嗣の足止めにすらならない。身を隠したハウンド・ドッグの連中を一人一人、近付いて撃ち殺す。急な戦力投入だったのだろう、充嗣は数の少なさに不満すら抱き始めていた。


《ヘリが到着するぞッ! 運搬はどうだ!?》

「ドヴァ、残りバッグひとつ分だ、撤退の準備をしておけッ!」

「了解」


 マルドゥックからヘリの到着が伝えられる、後はアパート屋上に運び込んだバッグをヘリに詰め込めば全て完了だ。トリからの援護攻撃が止み、「バッグの搬入作業に移るぜ、何かったら無線で叫べ!」と伝えられる。


「上から見える限りじゃ増援はねぇ、流石の畜生共も装甲車三台分の戦力が一杯一杯だったみてぇだな!」

「しかし、余り時間的余裕はない、連中は鼻が効く、もう五分もすれば第二波が来るぞ」

《五分も必要ない、ヘリにブツをさっさと投げ入れろ! 後は逃げるだけだ!》


 ヘリのローター音が周囲に鳴り響き風が体を煽る。見ればアパートの屋上に大型のヘリが着陸する所だった、わざわざあんな大きなアパートを選んだのはこれが理由かと充嗣は納得する、その図体はかなり大きく軍用のヘリだという事が分かる。流石に金塊を運ぶには相応の馬力が必要なのだろう、そしてその為に大型ヘリの着陸するスペースが欲しかった訳だ。


 最後の一発を撃ち込み、ハウンド・ドッグの顔面を粉砕した後、充嗣は残ったグロック一丁で最後の生き残りを殺害する。9mm弾に首元を撃ち抜かれ倒れ伏す元人間。大分弾薬を使ってしまったと後悔、グロックをホルスターに戻し足元に転がっていたM4を拾い上げる。マグを外し弾薬が残っている事を確認、そのままガチンと嵌め直してアパート屋上に向かった。炎上する車両に横たわる亡骸、その数は五十を超えている。


「ドヴァ、下の連中は片付いたのか」


 アパートの屋上に登って来た充嗣を見て、アジンが問いかける。


「あぁ、全員床を舐めているさ、バッグの搬入は?」

「おぅドヴァ、バッグはこれで最後だッ!」


 トリが手に持った青色のバッグをヘリの中に放り投げ、そのまま自身も乗り込む。もう少し丁寧に扱えよとか思うが、まぁ美術品でも無いし別に良いのだろうか。


「ドヴァ、脱出するぞ」


 アジンもヘリに乗り込み、充嗣も続いてヘリの扉を潜る。そうして徐々にアパートの屋上から浮上したヘリは上空に飛び立った。街道がどんどん遠くなり、充嗣は内心で随分呆気ないものだと思考する。ヘリの奥を見れば積み込まれた金塊入りのバッグが山を築いていた。あの黄金が今や充嗣達の手の中に、強盗で初めて稼いだ金。充嗣は胸元から何か熱いモノが込み上げてくるのを自覚した。


「イェスッ! イエス、イエス! 今回もバッチリ決まったぜ、報酬三億ゲットォ!」


 マスクを脱ぎ捨てたトリ― ロールが歓声を上げる。その声がヘリの中に響き、アジンもまたロールに倣ってマスクを外した。充嗣も圧迫感を感じるバイザーを外し、マスクを脱ぎ捨てる。


《お前等、良くやった! これで十五億は俺達のモノだ!》

「全く、今回は随分すんなり終わったわね」

「トラブルはあったがな、今日は充嗣に大分助けられた、感謝する」


 ミルがヘリ内部に備え付けられた簡素な椅子に腰かけ、充嗣を見る。突然話を振られた充嗣は「え?」と声を上げ、汗で張り付いた前髪を掻き上げた。


「そうそう、充嗣、お前今回すげぇじゃねぇか、あの重装野郎を一人でぶっ殺しちまうし、金庫も吹っ飛ばすしよォ!」


 ロールが充嗣の肩を叩き、そのまま組み付いて来る。「うぉわ」と踏鞴を踏んで、ヘリの振動を何とか逃がす。ただでさえ足元が不安定なのだからやめて欲しい、そういう意味も込めてロールに視線を向けるがニコニコと笑うだけだった。


「充嗣はもっと堅実に、作戦プランとか罠で戦うミルと似た様なタイプだと思っていたけど、そうでもないのね」


 チトゥイリがそんな言葉を口にし、充嗣は慌てて「いや、俺は別に銃撃愛好者トリガーハッピーじゃないぞ?」と弁明を試みる。別に好きで前線に出ている訳では無いのだ、単に一番装甲値が高いからであって―


「まぁ何でも良いさ、銃撃愛好者だろうが何だろうか、今回は充嗣の活躍に助けられた、あのハウンド・ドッグの連中も壊滅、俺達相手に三十人規模の部隊なんぞ役に立たないと理解しただろうさ」


 ミルがそう満足げに頷いて、ロールも「そうだ! BANKER GANGに敵はいねぇ!」と息巻く。まずい、これでは自分が銃撃愛好者トリガーハッピーだと勘違いされてしまうと慌てる充嗣。しかしそんな充嗣を尻目に、クルー達は今回の強盗について熱く語り、得た金をどう使うなどの話題で盛り上がっていた。









「BANKER GANGに乾杯ィ!」


この言葉を聞くのは二度目だった。

一度目はこの世界に来たばかりで、訳も分からぬ内にHERを喰らって這う這うの体で生き延びた強盗の後。そして今回、金塊ゴールド奪取に成功した祝勝会、つまり今。


 場所は前回のバーみたいに小さな店では無く、ちょっとしたパーティーを開けてしまうな大きなフロアを丸々貸し切っての大騒ぎ。実際室内には充嗣を含めた四人しかおらず、もう一人、というかマルドゥックはパソコンを介しての参加であった為場所を取らない。室内は天井に煌びやかなライトやら何やらが備え付けてあり、各所テーブルにはこれでもかという位の豪勢な食事が並ぶ。


 何でもBANKER GANGの強奪した資金を元にマルドゥックが作ったクラブ施設の一つらしい。マルドゥックの金の使い方は何と言うか、俺達に関する投資ばかりな気がする。勿論通常営業で稼いだ金も懐に入ってくるのだろうけど。


「今回もまた、デカイ仕事だった、全くお前等には驚かされてばかりだ、慌てふためくロシア連邦の無線を聞かせてやりたかったぜ」


 マルドゥックの姿が巨大スクリーンに投影され、その向こう側でグラスを掲げる。無論その顔は見えず、首から下だけとなる。充嗣達もそれに合わせてグラスを掲げ、一気に飲み干した。


「ぷはぁッ、あぁ、いいね、この仕事終わりの一杯が最高だ……」


 ワインを一息に飲み干したミルがライトにグラスを透かし、手の甲で口元を拭う。その気持は充嗣も何となく分かった、労働の後の酒は何とも格別である。


「ぶはっ、お前、ミル、何だそのオッサン臭いセリフはぁ!?」


 ロールが飲んでいた酒を噴き出し、ミルを指差し笑い声を上げる。それに対してミルは特に憤る事も無く、「俺は今年で三十と六だぞ、十分オッサンだ?」と冷静に自身の年齢を言い放った。


「って言うかロール、貴方もそろそろ三十後半じゃなくて?」


 冷静なレインの言葉にロールは顔を赤くして怒鳴る、「っるせぇ! 三十三はまだオッサンじゃねぇからなッ!」と。

 無論、誰もオッサンだなんては言っていない。どうやら本人が一番気にしている事らしい。


「正直、私達からすれば三十はもうオッサンよ、ねぇ充嗣?」

「……いや、うん、どうだろう」


 日本人特有のどっちつかず、或は問題先送り。今年で二十五になる充嗣はノーコメントを貫く。レインも充嗣の三つ上で、確か今年で二十八の筈だ。二十代からすれば三十は確かにオッサンと言えなくも無いが、そこは言わぬが華という奴だろう。


「年齢なんて関係ない、有能無能、全てはソレで割り切れる」


 マルドゥックが自身の理論を展開し、一人上機嫌に笑い声を上げた。この人は依頼が成功した時は妙にご機嫌になるのだ、もしかして大金が入って一番喜ぶのはマルドゥックかもしれない。


「けっ、俺は永遠の二十代なんだよ! 若いからって良い気になるな!」

「その言葉自体が年齢を気にしている証拠よ」

「っるせぇ!」


 相も変わらずな二人だ、無論仲が悪い訳では無い、ある種のポーズという奴だ。酒を片手に笑い合う彼らの雰囲気は邪険なモノじゃない、寧ろその逆で仲間故の気安さが滲み出ている。相手の事を知っているからこそ、そんな軽口が叩けるのだ。


 レインがからかい、ロールが噛み付き、ミルが呆れた様にやり取りを見守って、マルドゥックがたしなめる。その光景を見ていると充嗣の胸の内が穏やかになり、無意識の内に顔が笑みを象っていた。

何だろう、上手く表現できないけれど、充嗣はこの空間が酷く心地良く感じたのだ。このチームで過ごせる事が、この輪の一員である事が、どこか誇らしく、そして幸せな事だと思えた。


「……給料の支払いも良いしな」


 自身の感情を誤魔化すべく、そんな言葉を口にして。

 頬の紅潮を酒のせいにする為に、手元の酒を一息に飲み干した。




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