大切な人へ
《先程、ノースカロライナ州シャーロット市にあるバンク・オブ・アメリカ・タワーに四人組の強盗が押し入ったとの情報が入りました、負傷者は現時点で百人を超えるとの事です、現地であるシャーロット市にはアメリカ国防総省より避難指示が出され市民は最寄りの指定避難施設へと移動を開始しています、国際連合より対犯罪組織ハウンド・ドッグが現地入りしたとの情報もありますが、依然強盗団とハウンド・ドッグの戦闘は続いており――》
「………」
ヴィクトリアは一人、充嗣のマンションで所在なさげに彼の帰りを待っていた。時刻は夕暮れ、高層マンションの窓からは沈みゆく太陽が見え、窓際からゆっくりと茜色が部屋を染める。ヴィクトリアはそんな広いリビングの中で、ただ静かに座して待っていた。
彼が依頼を達成して帰宅した時、お祝い出来る準備は終えている。掃除も、洗濯も、ベッドメイキングでさえも済ませた、今彼女はただぼうっと点けたテレビを眺めている。テレビに映っているのは高高度から撮影されたバンク・オブ・アメリカ・タワー、一階部分には時折チカチカと閃光が瞬き、マズルフラッシュである事が遠目からでも分かる。
何と命知らずなマスメディアだとヴィクトリアは思った、半ば戦場になっている場所へ報道ヘリを飛ばすなど。
元々メイドの仕事などその気になれば半日で全て終わってしまう程ヴィクトリアの手際は良い、そうなると必然暇な時間が出来た。
家に充嗣が居るのであれば、あれこれ理由を付けて世話を焼く事が出来るのだが、彼が外出していたり依頼で留守の時はこうして手持無沙汰になってしまう。今回の依頼は珍しく、充嗣がヴィクトリアに内容を漏らさなかった一件だった為、ヴィクトリアは何となく気になっていた。
しかし、こうも大々的にテレビで持ち上げられては隠しようがない、きっとこのアナウンサーが言っている【強盗団】というのはBANKER GANGの事だろう。米国最大規模の銀行を襲う強盗団を、ヴィクトリアは他に知らない。
「別に……隠さなくても、良かったではありませんか」
ヴィクトリアはそんな事を呟きつつ、ソファの上で膝を抱える。雇い主の前では何とも見せられない恰好ではあるが、幸い今は一人切りである。何となく秘密にされた事を寂しく感じ、この場に居ない充嗣に少しだけ悪態を吐く。
けれど同時に、自分の主人はこんなにも大規模な銀行を襲う一団の一人なのだと、誇らしい気持ちもあった。BANKERの称号は良くも悪くも知られ過ぎている、こう言った報道でさえもBANKERの名声を高める道具でしかない。
こんな大きな仕事なら、もっと良い素材で、もっともっと良い料理を出せば良かった。
今更と言えば今更な事だが、こんな大仕事をするのであれば自分に教えてくれても良いのに、というのが心情的には近い。良い仕事には良い食事を、ヴィクトリアは充嗣の事を好いているのだ、それくらいの事はさせて欲しいと心から思っている。
ヴィクトリアはぼうっとテレビを眺めながら、もし――もし自分が、BANKERの一員だったら……なんて妄想を抱いた。
あの最強の強盗団BANKERの一員、名誉も富も地位も思いのまま、そんな至高の部隊に自分が所属していたら。あのドヴァの数字を持つ充嗣と並び、戦場を駆ける。
何とも恐れ多い妄想ではあったが、ヴィクトリアは自分でも分からない高揚感を覚えた。何か自分がとてつも無く強くなった様な、或は充嗣に認められたかの様な錯覚を覚える。
無論、そんなのはただの妄想だと理解しているが、高鳴った胸の行動は中々治まらない。
ただの妄想だと言うのに、ヴィクトリアは少しだけ羞恥に頬を染めた。
そんな未来、ある筈が無いのに――
《速報です、ただいま入りました情報によると、ハウンド・ドッグがバンク・オブ・アメリカに突入を開始したとの――えっ、これって、あっ!》
リビングにアナウンサーの困惑した声が響いた。妄想に耽っていたヴィクトリアは顔を上げ、テレビに視線を向ける。その画面では丁度、バンク・オブ・アメリカの一階フロアからオレンジ色の爆炎が上がり、人間が塵の様に吹き飛ばされる場面だった。
一拍遅れて報道ヘリが大きく揺れ、そのままカメラは上下左右にブレた映像を流す。
数秒して中継が切られたのか、ウィンドウは真っ黒な画面しか映さなかった。
「……えっ」
思わず、と言った風に腰を上げるヴィクトリア。テレビに駆け寄って、中継のウィンドウに齧りついた。しかし画面は何も映さず、黒色を流し続けるだけ。
今、確かにバンク・オブ・アメリカが爆発していた、一階部分のフロアがオレンジ色に。ハウンド・ドッグが居たという事は、その先にはBANKERも居たという事だ。
アナウンサーは人が塵の様に死んで行く光景に言葉を失っていた。それほど爆発の威力が高かったと言う事だ、そんな範囲に――少なくとも弾丸で撃ち合う距離に彼らは居たという。ヴィクトリアの背筋に何か、氷柱を突っ込まれた様な悪寒が走った
虫の知らせ、女の勘、第六感、何でも良い。
何か途轍もない恐怖感を感じる。
「……まさか」
ヴィクトリアの脳内に嫌な光景が過る。あれ程の爆発、巻き込まれたら幾ら彼らと言えど……。
BANKERが敗――?
いや、そんな筈はない。
ヴィクトリアは頭を振って、ただの被害妄想を隅に追いやる。
そうだ、BANKERが負ける筈が無い、たかだかハウンド・ドッグの連中如きに。ヴィクトリアは何よりも、誰よりも、BANKERの強さを知っている。恐らくは、BANKERが逃走を開始し、置き土産として設置していた爆弾か何かを起爆した瞬間だろう。あの中にBANKERは居ない、きっと逃走車両の中で歓声を上げている最中だ。
「……そうだ、そう、そうよ――巳継様をお迎えに行かなきゃ」
ヴィクトリアは嫌な想像を振り切る様に、恐らく祝勝会を行うであろう充嗣の送迎の準備に取り掛かる。彼から電話があれば直ぐに迎える様に、或はマルドゥックから連絡が来るかもしれない。彼は極稀にロールと飲み比べなどする人だから。
ヴィクトリアはテレビのリモコンを手に取って、電源を切る。ピッ、と短い電子音が鳴り、画面は何も映さなかった。その黒色を暫く見つめた後、ヴィクトリアはリビングを後にする。
しかし、結局その日――充嗣が自宅に戻る事は無かった。
☆
《バンク・オブ・アメリカ・コーポレーションでの戦闘――ハウンド・ドッグ側の損害は、隊員輸送車十八両大破炎上、隊員輸送ヘリ二機撃墜、陸上戦車五両大破炎上、戦闘に投入された隊員三百八十七人死亡、三十八人重傷、三人軽傷、またハウンド・ドッグの司令官――バルバトスが重傷を負った、今はお抱えの医療チームで集中治療中、BANKERの方は一人殿で残ったと聞いている》
「それは誰? 教えて」
《……BANKERの二番目》
その言葉を聞きカリアナは暫くの間口を噤んだ、電話口からは《……カリアナ?》と彼女の名を呼ぶ声。電話口から鳴る男性の言葉を無視し、カリアナは通話終了ボタンを強く押し込む。一拍置いて、ブッと男性の声が途切れた。
「……嘘でしょ、充嗣」
深く背凭れに体を沈めたカリアナは、頭上を仰ぎ手で顔を覆い隠す。その胸の内に滲み出る感情は悲しみと、怒り。ごちゃませになった感情は何と表現すれば良いのか分からない。ただどうしようもない感情は、何かにぶつけなければ消えない。何故、よりにもよって彼なのか、カリアナは深く息を吐き出した。
――彼が死んだ?
信じられない、というのが正直なところだ。確かに今回のバンク・オブ・アメリカ・コーポレーションでの戦闘はBANKERの経験して来た戦場の中でも特に大規模な戦闘だったが……あのBANKER――二番目が死んだなど。
彼とはビジネスの意味合いが強い仲だった、けれど決して浅い関係などではない。マルドゥックの斡旋から充嗣が顧客となって早幾年、互いの顔も名前も、好みのタイプまで知っているのだ。彼に卸した防具も武器も、既に積もり積もって大のお得意様。
そんな彼が死んだと聞いて、はいそうですか、と済ませられるほどカリアナは薄情ではない。いや、そもそもカリアナは充嗣が死んだなどと信じていなかった。彼の事だ、またひょっこり帰ってくるかもしれない。
そんな期待が胸の中にある。
いや、きっとそうに違いない――と。
「諦めるものですか――」
カリアナは一人、拳と覚悟を固める。
元から平和な日々を送るのであれば、武器商人などと言う職業に就いたりなどしない。危険結構、事実確認すらせず、死んだなどと決めつける凡愚になりたくは無かった。
彼との関係を現わす簡単な言葉こそ有りはしないが、その感情は本物だった。
自分の持ち得る情報網を駆使して、充嗣の安否を調べよう。
それで彼が生きているのであれば、それはもう最高だ。窮地に居るのであれば手を差し出そう、必ず助けてみせよう。
それがカリアナにとっての――友人の守り方。
「これは――高く付くわよ、充嗣」
☆
マルドゥックは今、嘗てない程に焦燥していた。
BANKERですら知らないマルドゥックの邸宅、その一部屋。薄暗くPCモニタの明かりだけが光源であり、マルドゥックは今一心不乱にキーボードを叩いている。その音は部屋の中に響き、いつもより強い打音だった。
マルドゥックの前には六つのモニター、そして周囲にはマルドゥックの持つ私兵隊や伝手のある情報屋から送られて来た資料が散乱している。もしマルドゥックを知る者が今のこの姿を見れば、気が狂ったか、或はアジン辺りが見れば言葉を失っただろう。
マルドゥック自身、いつかこんな日が来るかもしれないと覚悟はしていたが、実際その現状に直面した今、どうしようもない程精神が擦り切れそうになっていた。全て二番目、充嗣を失ったからこそ。
今BANKERは殆ど機能していないと言って良かった。
あの戦闘から帰還したBANKERを出迎えたマルドゥックは、半ば解散を覚悟した。
帰還した彼らの表情は悲惨なものだったからだ。
唇を噛み、血を流しながら俯くロール。
光を失った瞳で、ただ項垂れながら充嗣の名を口にし続けるレイン。
頭部に銃撃を受け、未だ昏睡状態のミル。
彼らに適切な治療を施し、追跡を警戒して幾つかあるセーフハウスに移動させた後、マルドゥックは心の中で「もう駄目かもしれない」と思った。彼らはまるで人形の様だったのだ、体の傷は幾らでも治す事が出来るが、精神的なものはどうしようもない。
現在ミルはマルドゥックお抱えの医療チームに治療を任せ、レインとロールは離れたセーフハウスで一時潜伏の命令を出した。恐らくないだろうが、出歩くことも今は禁止にしている。
ミルの負傷は不幸中の幸いか、弾丸が脳に達する事は無く、辛うじて頭蓋で止まっていた。今も意識は戻らないが、時間を置けば目が覚めるだろうというのが主治医の見立てだ。
ロールとレインの様子は芳しくない、ロールはセーフハウスにあるトレーニングルームと射撃場を往復する毎日だと聞くし、レインに至っては部屋から出る事すらしないと言う。一応食事は摂っているらしいが、余りにも少食だと報告が上がっていた。このまま行けば、体が駄目になってしまうかもしれない。マルドゥックはセーフハウスの管理人に、どうにか食事を摂らせてくれと厳命した。
たった一人、クルーが欠けただけでこの有様。マルドゥックは群の繋がりを強さとして信仰していたが、繋がりが強ければ強い程、それを喪失した時の脆さは顕著なモノになると学んだ。
良くも悪くも、マルドゥックが持つ部隊で最強を誇るBANKERは、今の今まで死者ゼロだったのだ。知らず知らずのうちに、自分も驕っていたのかもしれないと考える。
BANKERが潜伏している間、マルドゥックは充嗣の情報を少しでも得るために、あらゆる手段を使ってハウンド・ドッグに探りを入れていた。
あの爆発現場は未だハウンド・ドッグ以外の立ち入りは禁じられており、充嗣が本当に死んでしまったのか、或は瀕死でも生きているのか分からない。
あの爆発だ、恐らくは――
マルドゥックは生きて欲しいと願う本心とは別に、理性的な部分が「あの爆発では無理だ」と囁いている事に気付いた。元々脱出する際に、痕跡や追手ごと吹き飛ばす算段で積まれた爆薬だ。同じフロアに居たというのであれば、恐らくタダでは済まない。それはハウンド・ドッグの死者数からも分かる。あの爆発に巻き込まれたハウンド・ドッグの隊員は、その殆どが命を落としている。
しかし、それでも諦めるには、充嗣と長い間共に過ごし過ぎた。
充嗣達BANKERにとってマルドゥックが掛け替えのない存在である様に、マルドゥックにとってもまた、彼らBANKERクルーは大切な存在であった。
そんな彼をどうして簡単に諦められよう?
マルドゥックは確率が低いと理解していながらも、充嗣を探す手を止められなかった。例え一%でも良い、それ以下でも、天文学的数字になっても構わない。充嗣が生きているのであれば、その可能性があるのなら――
「充嗣――頼む、どうか、生きていて欲しい」
今日はお休みと言ったな、あれは嘘だ。
嘘ではない予定でしたが嘘になりました、今回も二話分ですわっほい。
明日は投稿するか分かりませんが、連日二話分投稿+αで四話分のストックが吹き飛びました。
まぁ次で最終回なのであまり関係ありませんが……。
よくもまぁ三ヵ月も投稿が続いたなと自分でも感心しております。
読者の皆様、今までご覧頂きありがとうございました、次回で「銀行強盗はじめました」を完結とさせて頂きます。




