表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
63/66

命尽きる、その最後まで


 何人殺したかも覚えていない、流れ出る血の感覚さえも掴めずに、ぼんやりと前を見据えていた。手に持っていたライフルが音を立てて滑り降ち、もう銃を持つ握力すらないのだと自覚する。充嗣は逆の手に持っていた拳銃――ASTのセーフティをセミに弾いた。


 充嗣の足元には夥しい数の屍、首をへし折られ、眼球を潰され、心臓を撃ち抜かれる、その死に方は多種多様だ。

 充嗣はバンク・オブ・アメリカの入り口へと続く階段の上で、静かに佇んでいた。その姿は何と表現すれば良いのか、死んでいてもおかしくない――いや、最早何故死んでいないのか不思議な程であった。


 身体中から流れる血、その赤色は全身を染め上げ返り血も併せて全身が赤黒く染まっている。対爆防弾スーツの面影は最早なく、ズタズタに引き裂かれたボディスーツがあるだけ。足に備え付けられていたプレート、防弾線維も既に剥がれ、今は半ば亡霊の様な恰好を晒していた。


 戦闘開始から投げ込まれた手榴弾の数四、撃ち込まれた成形炸薬弾の数三、狙撃された回数七、殴打された回数五十八、ライフルの射撃を受けた回数三百十九。充嗣の体はもはや死んでいた、内に着込んだボディスーツに防弾性能など望むべくもなく、顔など赤黒く腫れあがり酷いモノだ。

 胴体に受けた弾丸の数は三発、肩に一発、右足に二発、腕に一発、頬に一発、それでも充嗣は止まる事無く戦い続け、凡そ単独で百人以上の隊員を屠って見せた。正に鬼人、敵地に一人斬り込み凡そハウンド・ドッグの三分の一を殺し尽くした。

 

 今、充嗣の前には銃口を構えたまま、仲間の屍の上に立つハウンド・ドッグの姿がある。数は二百か、その程度。その眼には充嗣に対する恐怖と憎悪、そして何よりも闘志が宿っていた。押せば倒れそうな充嗣の姿、しかし彼らは油断しない。


 これで終わりだ、これで殺せる、もうここで――何度そう思った事だろうか。しかし充嗣はその度に危機を脱し、生き残り、ハウンド・ドッグの隊員を次々と屠って見せた。BANKERの二番目、ドヴァの称号は甘くない、



「カッ、ひューッ、ハッ、ひゅっ」



 呼吸が辛い、もう自分が息を吸っているのか吐いているのかすら分からない。充嗣は思考が働かずに、自分が何をしているのかすら理解していなかった。ただ、目の前の死から逃れる様に動き、抗う。その行動を徹底し、一秒ごとに自身の寿命を燃やし動いていた。


「ッ!」


 充嗣の前方に居た隊員がトリガーに指を掛け、発砲。その瞬間充嗣も体を動かし、僅かに体を横にズラす。その空間を一発の弾丸が貫通し、充嗣の首元を掠めた。


全弾撃ち込めッ(フルオート)!」


 その一発を皮切りに雨の様な弾丸が降り注ぐ、味方が射線上に居ない為連中は撃ち放題だ。片足を撃ち抜かれ、大きく距離を取られた時点で充嗣は殆ど勝機を失っていた。


 しかし、そうそう簡単に命を諦める事は出来ない。充嗣は素早くその場に屈むと、足元に転がった屍の襟首を無造作に掴み上げ、自身の目の前に構えた。充嗣の射線上を走る弾丸は構えられた屍に着弾し、充嗣の体に辿り着く事は無い。死体が何度も振動に揺れ、時折耳元に銃弾が掠める。

 そのまま駆け出す為に足に力を籠めると、ビュッと撃ち抜かれた足から血が飛び出した。しかし此処で駆けなければ嬲殺しになると自身を鼓舞、そんなのは誰の目から見ても明らかだ。充嗣は死体を片手で構え、逆の手で死体の脇から銃口を覗かせ射撃。ハウンド・ドッグの群れへと再度特攻を開始した。


 一番前に出ている隊員が屈み、二列目がその上から射撃、三列目が更に二列目の肩口から射撃。計三列からなる分厚い鉛の壁、充嗣目掛けて撃ち込まれるソレは全てを避けきるのは不可能だ。構えた死体はものの数秒でズタボロに引き裂かれ、指や腕、足、肉片などが銃弾によって抉られ宙を舞う。その内何発かが充嗣の体に着弾し、自分のかも分からない血が溢れ出た。


 右脇腹と左腕、弾丸が肉を抉り激痛が走る。けれどもう慣れた感覚だ、痛みも良く感じられなくなってしまった。不意にフッと視界が暗転し、一秒もせずに元に戻る。血が足りない、所々意識が飛んでしまう。


 バキンッ! と左腕で構えた拳銃が火を噴き、運良く前方で銃を構えていた隊員の手元に着弾する。トリガーに掛かった指が弾け飛び、隊員が思わず腕を引っ込めライフルが地面に落ちた。

 充嗣はその隊員に狙いをつけると、肉が削げ落ち軽くなった死体を振り回して隊員目掛け投げつける。溢れ出る血液が上手い具合に視界を奪い、前列の隊員に死体がグチャリと突っ込んだ。臓物が弾け、衝撃と赤色に隊員たちが浮足立つ。


 死体と言う壁を失った充嗣目掛けて、一拍遅れて弾丸が着弾。首、肩、足に凄まじい衝撃が走る。首の左側がブチンッ!と音を立て、体が傾く。そして肩に衝撃、続いて足が跳ね上がる。撃たれた、そう思うよりも早く充嗣は体ごとダイブする形で前列に飛び込んだ。


 死体に続く形でタックルをかました充嗣は、血だらけになりながら隊員に飛びつき、その顔面目掛けてトリガーを何度も引き絞る。発砲音と隊員の痙攣が重なり、弾丸は眼球を貫通して脳を抉った。

殺した、そう確信して隊員の落としたライフルを拾い上げる。その瞬間に側頭部が弾けた。ガツンッ! と音が脳に響き、銃床で殴られたのだと分かった。


 充嗣は衝撃に体を傾けながら、拾ったばかりのライフルをやたらめったらと振り回し、トリガーを引き絞った。もう反動を抑える(リコイル)力すら残されていない、何発もの弾丸に貫かれた腕は限界を迎えつつあった、反動に流されるまま予測不能な位置へと弾丸を吐き出し続ける。弾丸は周囲の隊員にめり込み、防弾線維に阻まれ、装甲に弾かれる。これで死ねば儲けもの程度の攻撃だった。


 しかしその銃も、下から蹴り上げられる様な衝撃で射撃を中断させられた。バレル部分を蹴り飛ばされた、とてつもない衝撃だった、辛うじて銃を手放す事は避けられたものの、銃口が真上を向いてしまう。ならばと逆の手に持った拳銃を突き出そうとした瞬間、腕ごと拳銃を掴まれた。

 充嗣は霞んだ視界のままヤケにしぶとい隊員に目を向ける、すると見覚えのある顔が目の前にあった


「もう諦めろ――BANKERの二番目(ドヴァ)


 バルバトス。

 BANKERを追い詰めた張本人が、充嗣の目の前に立っていた。

 英雄は青白い顔のまま、その手に銃を持っている。首元には止血用のテープが張り付けられ、幾つか処置の痕が見えた。どうやら充嗣が吹き飛ばしてから数分間、治療に専念していたらしい。


 充嗣は掴まれた拳銃のトリガーに指を伸ばし、そのまま射撃を敢行しようとした。しかし素早く反応したバルバトスが腕を押し上げ、銃口が真上に跳ね上がる。バキン! と射出された弾丸は空に消える、ならばとライフルを引き手で構えた瞬間、バルバトスは持っていた拳銃――TEKを構え連射。


 充嗣の構えたライフルの弾倉(マガジン)に着弾し、衝撃で弾倉(マガジン)が弾かれた。

 ライフルの銃口が大きくブレ、弾かれた弾倉(マガジン)は重い音を立てて地面を滑る。弾が無くては銃など重い鉄の塊でしかない、狙ってやったのならば素晴らしい技術だ。

 充嗣は掴まれた腕を振り解こうとして、しかし腕はびくともしない。満身創痍の充嗣は危機的状況に於いて発動するスキル値を上乗せしても、尚万全時の力には届かなかった。


 そうこうしている内にバルバトスが攻勢に出る、片足を浮き上がらせ膝蹴り。避ける事も出来ず、充嗣の腹部に強烈な一撃がめり込んだ。ビキリと骨が悲鳴を上げ、更に呼吸が苦しくなる。或は骨が内臓を傷つけたのかもしれない、充嗣は苦悶の表情を浮かべる。内側からせり上がる不快感は堪えようが無かった。衝撃が背中から抜け、腕を掴まれている為離れる事も出来ない。


「おぉオォオォォォオッ!」


 バルバトスが叫び、充嗣の体がクンッ! と宙に浮く。見ればバルバトスは充嗣の体を怪我の無い腕一本で持ち上げ、投げ飛ばそうとしていた。ゴギュッと嫌な音が響き、充嗣の左腕に激痛。意図せず手から拳銃が滑り落ち、ロクな抵抗も出来ずに充嗣の体はバンク・オブ・アメリカの入り口へと放り投げられた。対爆防弾スーツを失った今の充嗣は、悲しい程に軽量級だ。


 勢い良く投げ飛ばされた充嗣は階段の角に体を激突させ、思わず息を詰まらせる。死体が上手い具合にクッションになればまた違ったのだろうが――バルバトスは充嗣を肉薄させまいと、再度距離を突き放した。数十メートル先にハウンド・ドッグの群れが見える、これでは乱戦に持ち込む事すら出来ないではないか。


 もう、猶予は残っていないかもしれない。


 充嗣は脱臼した左肩を眺めながら、そう思った。指先の感覚が無い、暑いのか寒いのかすら分からない、体は既に息絶えた。それでも諦める事を選ばず、充嗣は階段に手を掛けながら懸命に立ち上がろうと足掻く。体中に空いた穴から血が噴き出し、体の中から大切な何かがごっそりと消えていった。そして震える足で中腰になった充嗣は視線を上げる。


 その視界に映るのは、銃を構えたバルバトス――その背後に並ぶ、無数の銃口。


 あぁ、ここまでか――と。

 充嗣はただ、そう思った。




「終わりだ」




 そして最後の銃声が鳴り響く。


 今度は誰も助けに来ない。


 金属音の大合唱、眩いマズルフラッシュ、充嗣目掛けて凄まじい数の弾丸が飛来する。それらは寸分違わず充嗣の体を蹂躙し、あらゆる場所に弾丸が突き刺さった。


 右へ左へ、体が弾け一段一段、勢いに押されて後退する。何発もの弾丸に体を貫かれるのは、まるで熱湯でも被っている様な感覚だった。熱い、熱い、ただ熱だけが体を支配する。胸に、腹に、腕に、足に、腰に、肩に、首に、頬に、弾丸が抉り込む。アーマー値は既に無く、HPなど既に空っぽ。何も入っていない体に無情にも弾丸は叩き込まれ、充嗣の体がバンク・オブ・アメリカの入り口まで後退した。


 時間にして数秒の集中砲火、それを浴びた充嗣の体は、もうヒトとは呼べなくなっていた。その辺に転がっている肉の塊、屍、それと同じだ。周囲には夥しい数の弾痕、そして血痕。




「か―ガ――ぁァ」




 口から血が溢れ出し、宙に向けて堪え切れず吐き出す。ビチャリと大量の血が流れ、腹から臓物が見えた気がした。充嗣の体がゆっくり背後に倒れる、何度も倒れ、何度も立ち上がり、決して屈しなかった闘志が消える。視界が暗転し、充嗣の背中が穢れたフローリングに接した。


 BANKERの二番目(ドヴァ)が――遂に斃れる。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ