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死に刻

「このッ」


 攻撃手榴弾(コンカッション)の効果範囲外に居た隊員が、蹲る隊員を押し退け充嗣へと迫る。充嗣は周囲の隊員を斬り殺しながら、迫りくる後続の大群を見た。丁度衝撃で内臓をやられたらしく、苦しそうに喘ぐ隊員の眼球にブレードを突き入れながら、彼の持っていたM4A1を拝借、大雑把に狙いをつけてトリガーを引き絞る。

 バキン!バキン! と連続した金属音、射撃音が響き渡りマズルフラッシュが瞬いた。

 弾丸は至近距離の隊員に着弾、アーマーの上で火花を散らし、防弾線維の薄い部分を食い破る。運悪く首や口元、眼球に着弾すれば血を噴き出しながら地面に崩れ落ちた。数が多い分、狙いなんて付けなくても面白い位当たる。充嗣はブレードを振るいつつ逆手でライフルを調達し、常に周囲に弾幕を張り続けた。

しかし、数の差は圧倒的だ。


 ライフルを三度投げ捨て、新しいライフルを調達しようとしたところで、目前の隊員が充嗣目掛けて飛びついて来た。咄嗟にブレードを構え、その先端がアーマーを貫通、内臓を突き破る。しかし勢いは止まらず、充嗣の背に腕を回す形で抱擁をかました隊員は、がっちりと腕を組んだ。決して離さないとばかりに、口元に血の泡を吹きながら懸命に喘ぐ。


 「離れろクソ野郎がッ!」と叫び、充嗣はブレードを薙ぐ。ジッ! という音と共に体が真っ二つに溶断され、重さに耐えきれず下半身がブチリと地面に落ちた。しかし、目の前の男はそれでも手を放さない。白目を剥き、ガクガクと痙攣しながらも充嗣を拘束していた。

 まるで死人だ、ゾンビかコイツは。


 充嗣は筋力補助(パワーアシスト)と持ち前の怪力を全力で発揮し、肩の骨ごと拘束を解く。ギチリと男の筋肉が悲鳴を上げ、腕が明後日の方向に折れ曲がった。ざまぁみろと充嗣が固唾を下げた瞬間、腰辺りに強い衝撃が走る。見ればハウンド・ドッグの隊員が一人、タックルする様な形で充嗣の腰に飛びついていた。


 そこからはもう、雪崩の様だった。自身の命を省みない狂人が我先にと充嗣に飛び掛かる。腕や足に絡みつき、動きを阻害しようと全力で締め付けて来る。

 隊員達は充嗣の装甲の硬さを良く理解していた、手元の銃では満足に傷すら負わせられない事も、近接戦闘で敵わない事も。であれば自分達に出来る事は何か、既に何百、何千という仲間を屠られたハウンド・ドッグの執念は本物だった。


 自身の命を鎖代わりに、その場に充嗣を釘付けにする。周囲の隊員は転がっていた盾を拾い上げ、何かから身を守る様に最前列の隊員がソレを構えた。充嗣を中心にポッカリと穴が空く、充嗣は絡みつく隊員を怪力で殴り飛ばし、ブレードで溶断、五、六人の隊員を一人ずつ殺害していた。


 そしてふと、自分から距離を取っている隊員の存在に気付き、前方にチカッ! と光が瞬いた。何かの噴出音と白煙、それは余りにも耳慣れた音。充嗣が視線を向けた時、既に弾頭は充嗣の腹部に着弾していた。


 光を内包する炎の弾、760℃のバックブラストを撒き散らし、射出された成形炸薬弾が充嗣と、そして命懸けでその場に留めていた隊員を巻き込んで炸裂した。六翼の光は一瞬にして消える、凄まじい衝撃と爆炎、点滅する灰色の世界、完全に不意を突かれた形で致命的な一撃を受けた充嗣。


 充嗣の腕や腰にしがみ付いていたハウンド・ドッグの隊員が宙を舞い、誰かも分からない腕や足が地面に転がる、ガラス細工が砕けた様に粉々になった人間だったモノがべちゃりと地面に赤色を広げた。

口径66mmの対戦車ロケットを食らうというのは、そういう事だ。アスファルトが衝撃で砕け、その破片や充嗣のプレート片が周囲を囲んでいた盾の表面に弾けた。風圧で僅かに輪が広がり、砂塵が周囲を覆う。


「殺してやったぞッ!」


 担いでいたLAWを脇に放り捨て、立ち上がった隊員が叫ぶ。間近でその爆発を見ていた隊員も次々に歓喜の声を上げた、あんなモノを食らって死なない筈がない。皮肉にも、充嗣を拘束していた隊員の死に様がその確信に拍車を掛けていた。


 だが全員が歓声を上げる訳では無く、一部の隊員はただじっと砂塵の中を見つめていた。それは過去BANKERと戦って生き延びた数少ないハウンド・ドッグの隊員、あの怪物連中がたった一撃で死ぬものなのか、その確信が持てなかった、それは沈黙として行動に現れる。


 そしてそれに対する解答は、充嗣が砂塵を切り裂いて躍り出る事で果たされた。


「――クッッソがァ、クソがぁァッ! 舐めンじゃねェぞォォオッッ!」


 額と頬、首、足、腕、全身から血を垂れ流し、全壊した対爆防弾スーツを己の手で引き裂きながら飛び出す充嗣。その背には発火した強化外骨格の残骸、充嗣が飛び出すのに合わせて緋色の軌跡が灰色に煌く。

 強化外骨格の残骸は数秒して左右のボルトが弾け、独りでに背から離れた。一定以上の損傷が認められた瞬間、引火、爆発の危険性から自動でパージされる機能が働いたのだ。


 対爆防弾スーツの上にスペクトラ、その中にリキッド・アーマー。トラウマプレート、E-SAPI―― セラミックの裏地に防弾不織布【一方向強化ポリエチレン】を付けて更に強化した充嗣の要塞、それは見事に対戦車ロケットLAWの直撃に耐えてみせた。

 今充嗣が身に纏っているのは、炎で煤けたボディスーツ一枚、防弾性なんて望むべくもない。更に先の爆発で強化外骨格が破損した為、ブレードの電力供給源が消えた。その高周波振動(ハイメルト)ブレード本体さえも、先の爆発で手から離れてしまった。


 正に裸一貫、辛うじて残っているのは足装甲の一部、凡そ腰から下のリキッド・アーマーを含む防弾線維、それと腰の後ろに括りつけていた装備ポーチくらいなもの。先の撤退戦で戦闘不能になった一撃を耐えたのだ、それを考えれば異常な装甲だろう。

 対峙した隊員は充嗣の気迫、そして何より対戦車ロケットを受けて尚向かって来る充嗣の姿に、呆然とした。脳裏に過るのはBANKERの文字、コイツは本当に同じ人間なのだろうか?

 そんな疑問すら抱いてしまった。


「シッねェえエッ!」


 全身から血を流し、それでも爛々と輝く瞳で突撃を行う充嗣。LAWを発射した隊員に肉薄した充嗣は、その顔面に全体重を乗せた拳を叩きつけた。既に筋力補助(パワーアシスト)は無い、しかし自身の体力に比例して近接攻撃力が上昇するスキルが惜しみない恩恵を充嗣に授ける。


 ボッ! と充嗣の拳が空気の壁を打ち破り、その先端が棒立ちの隊員を捉えた。鈍い音が周囲に響き、頬骨が砕ける。大きく首が旋回しギチリと筋が音を立てた、そのまま顔に引っ張られる形で隊員は地面に叩きつけられる。

 充嗣は地面を滑る様に駆けながら、たった今殴り倒した隊員の手から零れたライフルを掴む。

 その瞬間、胸が死ぬほど痛んだ。


 先の弾頭直撃で恐らく肋骨が何本も折れたか、砕けた。

 人間の形は保てても、衝撃を全て受け止める事は出来ない。充嗣はこの時、フレイルチェスト(胸壁動揺)を起こしていた。

 それは充嗣自身理解していた、凄まじい激痛が胸を襲う、深い呼吸が出来ない、それどころか浅く息を吸う事すら困難だった。動き続ければ死んでしまう、そんな痛みだ。


 構うものか、どうせ足を止めても結末は同じ――死、だけだ。


 充嗣は叫んだ、叫ぶと胸が死ぬほど痛んだ、けれど叫ばなければ狂ってしまいそうだった。ビリビリと肌を刺す咆哮、ライフルを抱えたまま充嗣は近くで呆然と自分を見る隊員に突っ込み、その喉元目掛けて銃口を突き入れた。


 ゴキュッ! と音が鳴り、隊員の首元に突き入れられた銃口が肉を打つ。口から空気が漏れ、隊員の表情が苦悶に歪んだ。その瞬間にトリガーを引き絞り、バキン!と金属音が鳴る。パッ!と背後に赤色が咲き、隊員の目が見開かれた。

 充嗣は銃口を首元から外し、胴体に思い切り蹴りをお見舞いする。そのまま地面を転がった隊員は首元を抑えながら馬鹿みたいにのたうち回って、血の泡を噴いて死んだ。


 浅い呼吸を繰り返しながら充嗣は周囲を見渡す、充嗣の気迫と、その全身血だらけの姿に呑まれた隊員は、一様に震えた息を吐き出した。構えた銃口は僅かに震え、その瞳こそ死んでいないモノの、体は恐怖に正直だ。


 刻々と死が迫っている、充嗣はそう感じた。

 流れ出る血を止められない、呼吸はとても浅くて、一度息を吐き出すだけでも一苦労だ。視界は徐々に狭まり、もう世界を正常に視ているのかすら分からない。ただ自身の選択の結果が、着実に足音を立てて 自分に迫っている事は分かった。

 自分は死ぬのか。

 その答えはストンと、胸に堕ちた。

 きっとそれは確定された未来、充嗣と言う人間は今日この場所で【死】という未来を迎える。それは避けようがない事実で、充嗣はその未来を受け入れてしまっている。けれど、その過程は決まっていない、どう死ぬかまでは決まっていない。


――まだ、やれるだろう。


 充嗣は自分自身に問いかけた。もう目は正しく景色を映さない、耳鳴りが酷い、胸が痛い、全身が怠い。

 それでも銃を握る手に力は籠る、殺してやるという気概は衰えない、守りたいという気持ちも健在。


 それで良い。

 自前の武器も無く、装甲も無く、仲間も無く。

 けれど、この両手に握る拳が一つあれば――それで良い。


 充嗣は一歩を力強く踏み出し、血を吸い、赤く充血した瞳でハウンド・ドッグを射抜いた。充嗣の脳裏に浮かぶ、一つの情景。いつか見た、そう、この世界に来たばかりの自分に掛けられたBANKER GANGの言葉。向こう側にいて、憧れるしかなかった人達が自分に掛けてくれた、居場所の言葉。


 よし、なら行こう、俺達―― 



【BANKER GANG】の力、見せてやろう



 充嗣は死地の中、咆哮と共に駆け出した。



 次回は撤退したトリ達の視点です


 明日は投稿出来るか分かりません。

 なるべく頑張ります。

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