地獄の猟犬
ロシア連邦 モスクワ郊外街道―
《こちらマルドゥック、アジン、ドヴァ、トリ、チトゥイリ、準備は良いか?》
ロシアの凍える寒さの中、充嗣は「勿論」と無線機に応答する。雪が隙間から入り込まない様にマスクを深く被り、その上から完全防護の為にバイザーを被る。ロシアの冬は厳しい、ユーラシア大陸の土を踏むのはこれで三度目だった、無論現実での話だが。
「こちらトリ、輸送車を確認したぜぇ……護衛は二台、輸送車を挟む形だ、ありゃ十人以上乘ってやがるな」
《何人乘っていようが関係無い、予定通りだ、輸送車が爆破ポイントに近付いたら一気に起爆する》
今充嗣は寂れたアパートの屋上で身を潜めていた。その装備の性質上あまり隠れているとは言い難いが、布切れを被って伏せているだけでも十二分に効果はある。その反対側ではロールこと『トリ』が反対側の道路を見張っている。丁度建物に挟まれた街道は人気が無く、郊外特有の水の匂いが辺りに充満していた。三階建てのアパートからは裏路地に隠れているアジン、チトゥイリの姿が良く見える。
何度も作戦は反芻した、ロシア上空で聞いた作戦は頭に叩き込んである、イメージも完璧だ。充嗣は自身を落ち着ける為に深呼吸を繰り返し、無線機に耳を傾ける。
「意外と早い、ポイント到着まで凡そ十秒」
《聞こえたなアジン、チトゥイリ、行動は正確に、そして迅速にだ》
「勿論だマルドゥック、任せてくれ」
「失敗はしないわ、プロだもの」
手にしたライフルのマグを外し弾薬を確認、黄金色の弾薬を目で捉える。大丈夫、ちゃんと入っている。ガチンとマグを嵌めると自分の中から余分な感情が削ぎ落される気がした。ゲームをやる時、マウスをクリックする感覚で引き金を引く、そう、そんな感じ。
自動車のエンジン音が鳴り響き、静謐な世界の中で吐息とエンジン音だけが聞こえる。目標は段々と姿を大きくして、その三台は充嗣達に気付く事無くアパート横の街道を通る。中央に赤と白のカラーリングをした大きな輸送車、前後に黒塗りの大型車両。それが充嗣の真下に迫った。
《やれッ!》
マルドゥックの声が無線機の向こう側で響き、同時に大地を揺らす轟音が打ち鳴らされた。地面から生え出る土柱、アスファルトを砕き鉄の塊である車両を下から掬い上げる。計八つの地雷は指示された通りに起爆し、輸送車と護衛車両を諸共吹き飛ばした。爆風が突き抜け窓ガラスに罅を入れる、スーツを着ていなければ地面に転がっていたかもしれない。実際トリは半ば地面に這う様にして衝撃を逃がしていた。
「うォ、すげぇ爆発だァ!」
トリが叫び、風が弱まる。手摺に駆け寄って眼下を覗けば、煙と炎を上げて横転する車両が三つ、内護衛車両は一つが全壊し轟々と炎が立ち上っている。しかしもう一台は範囲から逃れたのか、半壊した状態で中から武装した警備が這い出て来る。
《アジン、チトゥイリ、急げ! トリ、ドヴァ、敵を近寄らせるな!》
言われなくとも。
充嗣は素早くライフルを構えると這い出ようとしていた警備に向かって引き金を引く。耳元で『バキン!』と金属音が響き、細長い弾丸が向こう側に居た警備の側頭部を撃ち抜いた。血飛沫が半円状にアスファルトを染める。
「ドリル設置完了! このまま金属扉をぶち抜く!」
《爆発で連中に勘付かれている、あまり時間はないぞ!》
「ハッ! 腰抜けPMCと警備如き、俺らの敵じゃねぇよ!」
トリがライトマシンガンを手に頭上から弾丸を浴びせる。車から這い出ようとした警備はそのままハチの巣になり、中に居る生存者も銃撃の激しさに外へ出られない。充嗣も申し訳程度に牽制弾を撃ちつつ、アジンとチトゥイリの様子を見守る。
「中々硬いな……ドリルの刃が潰れる事は無いだろうが、少し時間が掛かりそうだ」
どうやらかなり厳重な扉らしい。充嗣は内心で増援の到来を予期し、一際強く引き金を引いた。此方に銃だけ突き出して射撃していた警備の腕に命中し、その肘から先が吹き飛ぶ。
《離脱用のヘリを手配した、残り三分で到着だ!》
「アジン! 三分だ、三分で抉じ開けられるか!?」
「無茶を言う……ッ!」
アジンの舌打ちが無線越しに聞こえ、眼下の二人に視線を動かす。
「……! アジン、これっ」
すると独り黙々とドリルの微調整を行っていたチトゥイリが声を上げた。「何だチトゥイリ」と声を上げたアジンの声が途中で途切れた。その間が不穏な空気を伝える。ライトマシンガンの引き金を引いたままトリが「どうしたぁ!?」と声を掛けた。
「何だこれは、おいマルドゥック、話が違うぞ!」
《どうした、何だって言うんだアジン!?》
マルドゥックの焦燥した声が全員の耳に届いた。
「二重扉だ! 表層に一層、内部にもう一層! これじゃ二枚目を削る前に刃が潰れるぞッ!?」
ドリルの刃が足りない、どうやら予想していたよりも金庫の守りは厚かった様だ。二重扉という事は更にもう一枚金属扉があったのだろう、ドリルは通常一枚分をぶち抜く強度しか持っていない。
マルドゥックが盛大に「クソッ!」と怒鳴り声を上げる。充嗣はチェーンカッターを持って来れば良かったかと思考し、頭を横に振った。いや、別にアレでなくとも問題無い。
充嗣は腰にぶら下げていたポーチを引っ張り出し、中身を確認する。罠を仕掛ける為に持ち込んだ地雷、数は三つ。
やれるだろうかと自問する、手ぶらで帰るのはどうにも癪だった。
構えていたライフルを小脇に抱えて充嗣は下へと降りる階段へ駆け出した。
「あっ、オイ、ドヴァ!?」
「トリ、敵の足止めを頼む、金庫は俺が開ける!」
バイザー越しに叫びながら錆びた非常階段を駆け下りる、対爆防弾スーツを着用したまま軽やかに階段を降りる充嗣はライフルを背に回して地雷を右手に握りしめた。
無線機の向こう側から会話を聞いていたのだろう、マルドゥックが《ドヴァ、何をするつもりだ!?》と問うて来た。
「ドリルが駄目なら爆薬だ! 俺の役割を忘れたか!?」
横転した輸送車の脇に飛び出すと、直ぐ横から銃弾が飛んできた。見れば車の中から警備が充嗣目掛けて銃を向けていた。しかし拳銃の9mm弾など、今の充嗣にとっては微かな衝撃を受けるに過ぎない。
「豆鉄砲がッ!」
腰に差していたソードオフ・ショットガンを引き抜き、拳銃の弾丸に晒されながらも車両に銃口を突きつける。そして引き金を引くと『ボッ!』と言う音と共に腕が跳ね上がった。跳ね上がった腕が硝煙の匂いを発し、榴弾は拉げた扉に着弾、爆散し緋色の花を咲かせる。
鉄破片が飛び散って炎が激しく車両を照らし、中に居た警備は飛び散った車両の破片で絶命していた。それを確認してからショットガンを腰のホルスターに収納し、再び駆け出す。
輸送車に近付くとドリルを扉から取り外したアジンとチトゥイリが充嗣を出迎えた。
「ドヴァ、どうするつもり?」
チトゥイリの言葉に充嗣は握りしめた地雷を見せる。
「コイツで吹き飛ばす、三個あれば十分だろう」
「チタン合金だぞ? やれるのか」
やれるかどうかではなく、やるのだ。
充嗣は一枚目を貫通した穴を確かめ、丁度二枚目の扉に凹みを入れていた痕を見つける。指二本が入るかどうかの大きさだが、問題無い。手に持った地雷は突っ込むには少々大きすぎる、なのでレッグホルスターからナイフを抜き出し、余分な部位を削ぎ落した。
地雷は元々粘土の様な形をしていて、それを外装コーティングで固めたものだ。中だけ取り出せば詰め込めない事も無い、無論雷管の事も忘れない。ドリルで開けた穴に詰め込めるだけ詰め込んで、余った分は穴の周辺に固める、後は地雷の底力と『地雷爆破時の効果範囲拡大30% 威力増加50%』のスキルに期待だ。
「起爆する、離れてくれ!」
充嗣が叫ぶとアジンとチトゥイリは輸送車から離れて炎上する護衛車両の影に隠れた。充嗣はそれを確認し、起爆スイッチを握りしめる。瞬間、閃光と爆音が世界を支配し、甲高い金属音が充嗣の耳を叩いた。対爆スーツを着用していても僅かに風を感じる、中々の威力だった、恐らくスキル補正が掛かっているのだろう。
「……っ、よし」
爆煙が晴れると、そこからは先程の穴が数倍の大きさになっており、二枚目の扉のボルト部分が僅かに露出している。十二分な成果だ、充嗣は続けて残り二つの地雷をナイフで削る。
《お前等、残り二分だッ!》
充嗣の耳にマルドゥックの声が響く、同時にトリの悲鳴に近い叫びが鼓膜を揺らした。
「クソッタレ! 増援が来たぞッ、ありゃハウンド・ドッグの連中だッ! あの野郎、やっぱり情報を持ってやがった!」