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友の為に 戦友の為に 仲間の為に



 トリが叫び、疲労困憊の体に鞭打ってアジンの元に駆け寄った。ブレードを引っ張り、半ば這い蹲る形で充嗣もアジンの元へ急ぐ、覗き込んだアジンの額は血で染まっていた。脇に転がった戦闘用ヘルムには風穴が空き、ヘッドギアも貫通している。頭部を撃ち抜かれたのだ、普通なら即死。


 いや、そんな筈ない、BANKERが死ぬなどと。充嗣はアジンを撃ち抜いた射手を見つけるために目を凝らす、見ればバンク・オブ・アメリカの前に夥しい数のハウンド・ドッグが並んでいた。百か、二百か、三百か、もう数など数えられない。それを見て怒りよりも理性が勝った。


 バルバトスの相手にばかり気を取られていた、連中の誰かが狙撃したんだ。充嗣はマルドゥックに通信を開こうとして、パラパラと何かが頬を撫でるのに気付いた。耳に手を当てれば、無線機が砕けてプラスチックの破片が零れている。バルバトスとの攻防で破損したのだ、通りでマルドゥックから指示が聞こえないと思った。

 こんな状況、彼が放っておく筈がない。


「おい、オイッ、アジン、聞えてンだろォ!? ふざけんな、お前こんなところで――」

「トリッ!」


 充嗣はアジンを覗き込み、叫び声を上げるトリを強く揺すった。こんな場所で固まっている訳にはいかない、時間がない、戦力も無い、ここで判断を間違えれば全滅する。実行部隊の司令塔が倒れた今、この場の士気は崩れつつあった。


 充嗣は痛みも忘れアジンを引き摺り、近くの残骸へと身を潜めた。見るとアジンの側頭部からは大量の血が流れていた、その血液が白いフローリングを真っ赤に染める。トリが傷口に手を当てて必死に出血を止めようとしていた。

 彼の口元に手を当てると微かだが呼吸を感じられる、まだ死んだと決まった訳じゃない、まだ生きている、そう思いたかった。


 どうする?

 どうすれば良い?


 充嗣がトリを見れば、彼は今にも死にそうな顔をしていた。怒りと悲しみと、色んな感情がごちゃ混ぜになった表情だ。HERで吹き飛ばされた、なんて被害よりも頭部に弾丸を撃ち込まれたって言う方がよっぽど現実味(リアリティ)がある。

 死ぬときは一瞬だ、生と死の間なんて薄い膜一枚でしかない。


 バンク・オブ・アメリカの入り口には大量のハウンド・ドッグ、英雄が稼いだ時間で大量の増援を獲得している。連中は戦闘に盾持ち(防弾担当)を敷いて、ジリジリと階段を一歩ずつ登っている。恐らく至近距離になったら一気に制圧するつもりだろう、アジンが戦闘不能になっても一気に突っ込む事はしない、それは自分とトリを警戒しての事か。


 バルバトスに動きはない、支柱に身を隠したまま様子を伺っているのか、アジンが倒れて浮足立ったBANKERを狙う真似もしない。それが逆に充嗣の目には不気味に映った。

 自分の足元には横たわったアジン、その隣には感情を持て余すトリ。

 BANKERの危機、自身の危機。

 ここが分岐点だ、充嗣はそう思った。




――ここで決めろ充嗣、出来なければ皆死ぬぞ。




「トリ……」


 充嗣は胸の中に色んな感情が溢れた、それは恐怖だったのかもしれないし、或は感謝だったのかもしれない。この状況に対する、BANKERに対する、恐怖と感謝。

 充嗣は自分でも知らない内に何かを受け入れた、それは窮地に陥って精神がおかしくなった訳でも、自棄になった訳でもない、ただ自分に訪れる【運命】という奴を悟ったのだ。自分が進む道、ルート、その先を垣間見た。

 死というのは、もっと狂気的で、形があって、例えば人を撃ち殺す時の何て事無いワンクリックに含まれている、何気ない一つの終わりだ。充嗣は口の中に溜まった血を飲み下し、拳を強く握った。


「――トリ、アジンを運んでくれ、運搬ルートまで後退するんだ」

「……そりゃぁ、撤退――って事かよ?」


 トリが唇を噛みながら問うてくる。

 撤退、そういう事になるのだろうか。実際アジンが頭部に被弾したこんな状況では、作戦続行どころではない。どんな金品でも仲間の命には代えられない――だから。


「いや、撤退じゃない」


 充嗣は敢えてそう言った、そしてブレードの刃を目前へと持って来る。カーボン(炭素繊維)化合物で構成された浅黒い刀身は充嗣の顔を映さない、ただ人を殺す為の姿を晒す。じんわりと熱を発するソレを眺めながら、ここまでだと充嗣は思った。


 充嗣の胸内は酷く静かだった、荒れもせず、悲観もせず、絶望に沈まず、唯々感情を煮る様に、何か裏側へと全てを覆い隠している。充嗣のこれまでの言動に嘘はない、充嗣はただBANKERという居場所が大切だった、自身の命と大事な仲間達を心底愛していた。

 であれば、今この時が使命を果たす刻。

 使命――「命」を「使」う事。

 たった一つしかない命、充嗣として、【巳継】として生きた証。

 だからこそ、大事に、大事に使わなければならない、使いどころを誤ってはいけない。

 充嗣は覚悟を胸にトリへと告げた。



「――プラン【F】だ、トリ」



 充嗣は全ての感情を、その一言に込めた。

 全身を巡る感情を、激情を、あらゆす全てを一言に。

 トリはアジンの傷口を手で塞ぎながら、ゆっくりと充嗣の方へと顔を向けた。戦場のただ中で、随分とぎこちない動作だった。その表情は愕然としている、充嗣はブレードを静かに下ろしトリを見た。


 二人の視線が交差し、互いの感情が瞳に流れ込む。トリは、冗談だろう? と茶化したい自分が居る事に気付いた、けれど対峙する充嗣の瞳は唯々真剣で、イノセントで、まるで深淵を覗き込む様に深かった。これまで互いに死地に赴き、何度も背中を預け、命を助け、助けられて来たからこそ分かった、分かってしまった。

 充嗣は本気だ。

 撤退を示唆する訳でも、徹底抗戦を示す訳でもない、ただアジンと自分が助かる道だけを提示した。


 自身の犠牲を対価に。


「――………お前」


 腹の底から絞り出した様な低い声だった。トリの表情がぐにゃりと変わり、憤怒に満ちた形相を見せる。それはまさに親の仇でも見るかのように、強い視線が充嗣を貫いた。



「――ふッざけンじゃねェぞこンの糞がァッ!!」



 フロアに怒号が鳴り響いた。アジンの傷口を手で塞ぎながら、トリは勢いよく仰け反る。そしてそのまま額を充嗣の額に思い切りぶつけた。

 ゴッ! と鈍い音が鳴り響き、二人の視界に光が弾けた。一瞬意識が飛びかけるが充嗣も、トリも決して仰け反らない。確かな決意を秘めた双眼が互いを捉えた。ドロリと額が裂け、ヘッドギアに血が吸い取られる。溢れた赤色が目に流れ、片眼が真っ赤に充血した。


「テメェ、俺がそンな事許すと思ってンのか!? 戦友を見捨てて自分だけ助かって、それでッ!? それでどうなるッ!? 生半可な友情でも、惰性でもねェ、お前は俺の【仲間】だッ! BANKER全員がそうだッ、『アジン』も、『チトゥイリ』も、『マルドゥック』も、ドヴァ、いやッ――『充嗣』、テメェもだッ! お前は(テメェ)の命より大事な人間なんだよッ! それで、あァ!? そんな奴を何だってェッ!?」


 ゴリゴリと互いの傷口を抉りながら、トリが額を擦れさせる。二人は顔面を血に濡らしながら決して視線は逸らさない、互いが互いにここで退いてはいけないと分かっていた。トリは自身から湧き出る感情を抑え切れなかった、家族以上の人間を、友を見捨てて逃げるなど、それはトリにとって最も禁忌に近い行為、だからこそ溢れ出る激情を充嗣へとぶつけた。


「そんな奴を見捨てて逃亡……!? ありえねェッ! そンなのは俺じゃねぇ、トリなんかじゃねェ、この俺――『ロール・アガンツ』が許さねェッ! 命より大事な仲間を、戦友を、親友を、見捨てて逃げられるほど、俺は人間出来てねェぞッ!?」 


 トリの瞳孔が大きく開き、充嗣は彼の瞳に自分自身の姿を見た。血に濡れて、笑いもせず、泣きもせず、能面の様な顔をした自分。充嗣はそれを真正面から受け止め、静かに歯を食いしばった。

 仲間からの言葉はどんな拳よりも、銃弾よりも体に響く。けれどだからこそ、充嗣はここで挫ける訳にはいかなかった。


二番目(ドヴァ)は終わりだ」


 充嗣は抑揚のない声で呟く、それはトリの耳にも確かに聞こえた。


「――ンだと?」


 トリが顔を顰め、充嗣を見る。

 要領を得ない言葉だったからだろう、充嗣もこれで理解して貰えるとは思っていない。ただ自分へのケジメの為に、自身に言い聞かせた。


二番目(ドヴァ)は、最初から居なかった、()()なんて男は最初から居なかったんだ――この世界に居たのは()()だけ、随分良い夢を見させて貰ったよ、けれど部外者はそろそろ退場する時間だ……それが想像以上に早かった、それだけの事」

「お前、何いってやがる……?」


 トリが理解出来ないと困惑の声を上げる。それもそうだろう、彼は巳継を知っていても()()は知らない、この世界がゲーム混じりだなんて妄言、信じる以前の問題だ。だからこの言葉は、トリを説得するためのモノではない。


 けれど、彼らがゲーム画面のキャラクターだとしても、そこで得た絆は……現実の世界では到底得られない血よりも濃い関係は、確かな充実感を充嗣に与えた。巳継を通して見て来た『向こう側の景色』を、充嗣は死ぬその瞬間まで大切に抱くだろう。

 百年生きようが得られるか分からない素晴らしい財産を充嗣は得たのだ。


 どんな金銀財宝よりも価値があり、どんな場所に立っていようと隣に居続ける存在は彼ら――BANKERだけだ。だからこそ充嗣は守りたい、何に代えても、何を犠牲にしても。


「あんな、何で生きているかも分からなくて、ただ流されるだけ流されて、【普通】って言葉に固執して――別にヒーローになりたかった訳じゃないんだ、ただ、あの画面の向こう側に居る彼ら彼女らの笑みが……あんまりにも綺麗だったから」


 あぁ、そんな心から笑みを浮かべられる世界は、関係は――どれだけ素晴らしいものかと夢想して。

 別に主人公になんてならなくて良い、傍で寄り添うだけで良いのだ、その彼らの輪の中に自分という存在が在れば、それだけで満足だった。そうすればきっと、自分もあんな風に、綺麗に笑えると思って。

 そして、その願いはあらゆる過程を経て遂に成就したのだ。

 この世界で、彼ら(BANKER)と共に。


「ありがとう」


 充嗣はトリの目の前で、綺麗に笑ってみせた。

 この世界に対する感謝、自分という存在を受け入れてくれたBANKERに対する感謝、目の前のトリに対する単純な好意の現れ。

 それは()()としては、余りにも優しい笑みで。

 トリは一瞬呆けた。


 その彼の笑みが、余りにも綺麗だったから――



BANKER(この世界)を頼んだ――」



 そう言って充嗣はトリから額を放し、大きく後方へと跳んだ。支えを失ったトリが僅かに前傾し、慌てて充嗣に向かって手を伸ばす。けれどソレは虚空を掴み、空しさだけが手に残った。



――やってはいけない? なんだ、そりゃ


――感情的になる事よ


――例え仲間がHERで吹き飛ばされようと、瀕死の重傷を負おうと、感情的にならない事、気持ちが先走って愚かな行動をしてしまうのが、最もやってはいけない事、だから私は、例え愛した人が弾頭で吹き飛ばされようが、死にかけようが、決して感情では動かない、それが結局一番彼を生還させる確率が高いから、私達は個人で戦う訳じゃないの、全員揃って初めて一つの戦力


――一時の感情に身を任せて動くのはね、例え想い人が理由だろうと、本当にその人を考えているって事にはならないのよ



 トリは伸ばした手の先が充嗣を捉え切れず、ただ何もない虚無を掴んだと自覚する。駆け出した背中は余りにも遠く、トリは自分が何か大切な場所から置き去りにされた気分になった。

 頭を駆け巡る、チトゥイリの言葉。

 視線を落とし、アジンを見た。頭部から血を流し、浅い呼吸を繰り返すBANKERの仲間。きっと彼は、直ぐにでも適切な治療を施さなければ命を落とす。そんな事は馬鹿な自分でも分かった。


「くっ、グッ、あアァッ」


 トリは自分の中で暴れまわる感情を持て余した、下手をすると涙が零れそうだった。

 二人を助けたい、けれど助けられるのは片方だけ、例え今チトゥイリを応援に回しても、これだけの数を捌けるとは思えない。であれば一番生存率が高いのは――トカゲの尻尾切り、誰かが遅滞防御を行い、残りはその間に逃げ出す。


 それが一番効果的だと理解しているからこそ、その理不尽に唇を嚙み千切って耐えるしか無かった。口から血と唾液を撒き散らしながら、トリは叫んだ。



「っッア――ァあアクッッソがぁァアアッ!!」



 キリが良いところまで投稿すると、どうしても3000字を大幅overする私です

ストックの為に明日もお休み……したいけれど、我慢できず投稿するかもしれません。

期待せずにお待ちください。

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