戦死者
トリが叫び、アジンが応えた。
次の瞬間トリが勢いよく頭部を横に逸らす。銃声、そして組み合っていたバルバトスの顔面が弾け、血が飛び散った。フロアにガシャン!というコッキング音、アジンだ。辛うじて残っていたデスクにライフルを乗せ、フロアの端から狙撃を敢行したのだ。トリが組み付いてバルバトスの動きを止め、アジンがトドメに撃ち殺す。自身の体でアジンの姿を隠し、初動を制限させる策も上手くいった。
トリの表情に笑みが浮かぶ、頭を撃ち抜いてやった、即死だ。
そう思って力を緩めた瞬間、トリの顔面に拳が突き刺さった。
拳はトリのバイザーを突き破り、そのまま顔面に入る。バキン! と防弾仕様のバイザーが飛び散り、トリが思わず仰け反った。頭部を引き戻したバルバトスの額には、確かに血が流れていた。しかし、充嗣は確かに見た。
バルバトスは着弾する前に自分から仰け反ったのだ、弾丸は直撃していない、額を掠めただけだ、致命傷には程遠い。
血を流しながらもバルバトスは決して臆さない。バイザーを破られ、破片が顔に降り注いだトリは一瞬視界を塞がれる。
その一瞬でバルバトスはjackを拾い上げ、屈んだ状態からトリの腹部に数発撃ちこむ。バキン! バキン!と連続した射撃音。至近距離からの大口径、トリが大きく体を丸め、「かはッ」と空気が抜けた。
下がったトリのバイザーの中に銃口を突っ込み、バルバトスはトリガーに指を掛ける、このまま撃ち殺す気なのだろう。
しかしそれは飛来したブレードによって阻止された。ブレードはjackのグリップ部分を一瞬で溶断し、指を持っていかれると判断したバルバトスはjackを素早く手放す。バルバトスはブレードが飛んできた方角へと顔を向け、忌々し気に顔を歪めた。
「ふッ、ふッ、フッ」
充嗣は痛みを呼吸で誤魔化しながら立ち上がる、トリは無事だ、助ける事が出来た。
トリガーを放しブレードを回収、ワイヤーが火花を散らしながらグリップへと戻る。足は未だ震える、奴の一発一発は強烈だ、外側を壊すのではなく内から壊してくる。けれどここで自分が向かわなければ、アジンが、トリが危険に晒される。
「すぅッ」
大きく呼吸、ここからは一瞬の呼吸、瞬きすら無しだ。
自分の全力を凝らしてもまだ足りない、絞り尽くした力さえ及ばない。
しかし充嗣は独りではない。
「アァジィィンッッ!」
擦れた声で、しかし全力で叫ぶ、そして駆け出した。
自分一人ではコイツを仕留める事は出来ない、だからこそ戦友を信じて突っ込む。銃声、そしてバルバトスが大きく屈む。その数センチ上をライフル弾が通過した。充嗣はブレードを構えて突進、そのままバルバトスとの近接距離に踏み込む。
充嗣はブレードを横薙ぎに振り、バルバトスはグリップ部分を片腕で弾いた。そして逆の手で先程と同じ掌打、恐らく再び脳を揺らすつもりだろう。だが、二度も同じ技を食らう程BANKERクルーは間抜けではない。我らのリーダーは学習を最も尊ぶのだ。
ボッ! と耳元で風切り音。突き出された掌打は耳元を掠め、充嗣の真横を突き抜けた。僅かに首を傾げ、直撃を免れたのだ。そして充嗣の左腕が躍動する、バルバトスの首元目掛けて腕を突き出した。
しかしそれは、寸前でバルバトスに阻止される。逆の手が伸びた充嗣の腕を掴んだ。
攻撃の起点が全て潰された、もう充嗣に次の手は残っていない。
――なんて思ったか。
「死ね狗畜生」
カチッ! と言う点火音、それは充嗣の掴まれた左腕の防弾線維の中から。素早く視線を音の発生源に向けたバルバトスは、自分の顔面を向いている小さな銃口に気付いた。銃身と小さな弾倉だけの仕込み銃、9x19mmパラベラム弾を使用する、火力を通常よりも大幅に減らし小型化した特注品。
この男、腕になんてモノを――
パァン!という幾分か軽い発砲音、そしてバルバトスの喉元に赤い華が散った。バラベラムが喉元を引き裂き、バルバトスに傷を負わせたのだ。首の左側、弾丸が肉を抉り血が噴き出す。続けてバキン!と銃声、バルバトスの横腹にアジンの狙撃が着弾、強烈な火花と衝撃、防弾線維が軋みを上げた。
「ぐ、ォ」
連続した被弾にバルバトスの体が折れる、その瞬間を見逃す充嗣ではない。ブレードを素早く構え、断頭すべく首元目掛けてブレードを振り下ろした。しかしソレは寸でバルバトスに弾かれ、首元を抑えながらバルバトスは大きく後退した。
「――ックソが、仕返しだッ、ドヴァッ!」
「――あァ!」
背後からトリの声、どうやら立ち直ったらしい。戦闘用ヘルムを脱ぎ捨てたトリが充嗣と並ぶ。ここからは阿吽の呼吸だ、充嗣が右からバルバトスに突っ込み、トリは逆の左側から。互いに全力で駆け、バルバトスに肉薄した。
「ここで殺すッ!」
トリがバルバトスの腕を掴み、巻き込むようにして全身を使い拘束。充嗣がブレードを構え、全力を以て突き出した。轟と唸りを上げて迫りくる灼熱のブレード、顔を大きく歪めたバルバトスは瞬時に腕を切り捨てる決断を下す。トリに固められた右腕を脱力させ、左腕でブレードを受け止めた。胸の前に防波堤として突き出された腕、その肘の辺りにブレードが突き刺さる。グジュッ! という生々しい音と共に骨や肉が溶けだした。しかし装甲板も含め、奥深くブレードは突き刺さったものの、胸には届いていない。
バルバトスにはその一瞬で十分だった、痛みすら噛み殺して充嗣の足を思い切り蹴り飛ばし重心を崩す、そして突き刺さったブレードごと充嗣を自分の方へと引っ張ると、強烈な頭突きを鼻の頭にお見舞いした。ガッ!という音と鈍痛、充嗣の視界に光が弾け思わず体が仰け反る。ヘッドギア越しだろうと問題無い、バルバトスは頭蓋の厚さにも自信があった。そしてその一撃は脳を強く揺らすには十分過ぎた。
「ン、グアァァッ!」
しかし充嗣は耐える、それこそ唇を噛みちぎる勢いで耐えて見せた。ビキリと首の筋肉が悲鳴を上げるが無視、仰け反った姿勢を無理矢理押し戻し、ブレードのグリップを強く握り込む。そして思い切りねじ込んだ。
ギチリとブレードが軋み、骨や肉を溶断したブレードが一気に突き進む。ソレは胸の追加装甲板まで届き、表面をジリジリと溶かした。
「こ、のォッ――」
「あァあアァァッ!!」
腕を溶断される痛みに耐えながら、バルバトスは呻く。体ごとぶつかる勢いで充嗣は踏み込み、勢いよくブレードを押し込んだ。対してバルバトスは押し込まれまいと腕を更に突き出す。
バルバトスはこの時に至って、漸くBANKERがこれまで戦ってきた彼らと数段上である事を理解した。肉体的な強さでは無い、何か精神的な変化だ、恐らく今までの彼らなら、自分が現場に到着した時点で撤退を中心とした計画に切り替えるだろう。BANKERが今までハウンド・ドッグに勝ち続けてきたのは、その実力も勿論だが、決して退き時を見誤らなかったからだ。
しかし、今の彼らからはそれを感じない。自分達ならば負けないと、成功すると、そう確信しているように感じた。それは今までのBANKERにない力強さ、肉体的な強さでは無い、そう、彼らの根本を成す何か、精神的な支柱が増えたのだとバルバトスは思った。
――コイツだ。
バルバトスは全身で死に抗いながら、BANKERという組織を更に押し上げた人物を目に映す。それは今まさに自分の命を刈り取ろうと、全力を以て挑んでくる男の姿。BANKERにて二番の称号を持つ男、【ドヴァ】
ヘッドギア越しに見える男の瞳は爛々と輝き、自身が負けるとか、死んでしまうとか、そんな事は微塵も感じていないことが分かった。ただ自分が成さなければならない、自分達ならば成せると、そう信じて疑わない目だ、プライドに輝いているのだ。それは決して傲慢だとか、盲目だとか、そういう話ではない。
自分達が命を懸けて戦う理由を知っている、何の為に戦うのかを分かっていて、尚死地へと向かう強さ、それを体現している。
この男がBANKERの新しい精神的な支柱と成ったのだ。
「おぉオぉオオオォッッ!!」
バルバトスは腹の底から声を絞り出し、絶叫した。死んでたまるかという自身の意思を声として発したのだ。それは獣の雄叫びに近く、組み合ったトリと充嗣の肌をビリビリと刺激する。首の傷から血が大量に流れ、バルバトスの半身を赤く染め上げた。
「こンのッ!?」
トリが拘束を更に強めようとして、自分の体が宙に浮いている事に気付いた。僅かに足先が地面から離れ、百キロを超える自分が持ち上げられている――しかも片腕で。嘘だろと叫ぼうとして、その体が急激に加速した。
バルバトスは死を本能的に感じ限界以上の力を発揮した、百キロを超えるトリを片腕で持ち上げ、逆側に居る充嗣へとぶつける。ガチンッ! と装甲同士がぶつかる音、トリの巨躯が充嗣へと衝突し、凄まじい衝撃が充嗣の体を駆け巡った。
「ガッ!?」
肺が圧迫され、完全に前方へと集中していた充嗣の体は大きく吹き飛んだ後地面を転がる。ズルリとブレードが腕から抜け落ち、そのまま充嗣と一緒にフローリングの上を滑った。トリも投げ飛ばされた衝撃で大きく体勢を崩し、そのまま背中から地面に落ちる。
窮地を脱したバルバトスの耳に、バキン! と聞き慣れた銃声が鳴り響いた。反射的に仰け反った瞬間、チュン!と額に熱い何かが走る。ライフル弾が額を掠め、ドロリと血が流れだした。あとコンマ一秒反応が遅れていれば、頭部を吹き飛ばされていただろう。
「ッ」
バルバトスは狙撃を警戒し細かくステップを刻みながら左右に体を揺すってそのまま大きく後退、フロアの支柱に身を隠す、肩が上下し息が酷く荒れていた。貫通した自分の腕を動かそうとして、指が余り動かない事に気付く。溶断された為出血の方は問題無いが、首の被弾は非常に拙かった。傷口に手を当てればグローブ越しに生暖かい血を感じる、酷い出血だ、放っておけば死に至る事は間違いない。
「ふッ、フーッ、はッ」
対して充嗣と言えば、痛みを必死に堪えながら地面に這い蹲っていた。一度意識が飛びかけたが何とか精神力のみで堪えている、或は意識を飛ばせば死んでしまうと理解しているからこそか。
充嗣は自身に段々と限界が迫っていると感じた、両腕が重く全身が痛みに侵されている。ハウンド・ドッグ相手ならば一時間だろうか二時間だろうが相手出来るが、バルバトスと戦うのであれば別だ。彼の前では余裕なんて生まれない、その一瞬の判断を間違えれば死に繋がる。そして自分の死は同時に、BANKERの壊滅にも繋がりかねない。そう思うと精神的なプレッシャーと肉体的な疲労感が何倍にも感じられた。
だが、追い詰めた。
英雄に決定的な傷を負わせたのは初めての事だった、それも誰一人欠ける事無く。このまま行けば、きっと倒せる、あの英雄を殺す事が出来るのだ。精神的な疲労も、肉体的な疲労もある、けれど何より興奮が勝った。
――勝つんだ。
勝ってまた、皆で騒ぐのだ。祝勝会を、皆で美味い酒を飲み干したい。そんな願いにも似た感情を抱く、それは何処までも純粋で、ただそうありたいと思うだけの、真っ直ぐな感情だった。
「ドヴァ、トリ!」
転がったまま何とか立ち上がろうとする充嗣の目に、銃口をバルバトスの方へと構えたままゆっくりと近付いて来るアジンが見えた。吹き飛ばされた自分達を心配しての事だろう、或は前衛と後衛を交代するつもりなのかもしれない。充嗣もトリも大分消耗してしまった。隣には荒い息を吐き出しながら立ち上がるトリの姿、その腕は小刻みに震えている。鎮痛剤だって万能ではない、痛みは誤魔化せても傷は癒えないのだから。
充嗣は血だらけの唇を更に噛み締めながら、ゆっくりと上体を起こす。
「アジン……」
大丈夫だ、まだやれる、BANKERの前衛はこの程度じゃ倒れない。
そう口にしようとして、充嗣はその光景を目にした。
ボッ! と空気を割く音。
同時に鋭く尖った何かがアジンの側頭部を穿った。
戦闘用ヘルムが弾け飛び、アジンの体が大きく傾く。
それは本当に一瞬の出来事で、さもすればアジンが突然吹き飛んだかの様にも見えた。
小さな火花が散って、アジンの頭部が半回転する様に地面に叩きつけられる。銃器は戦場の命綱だと言っていたアジンの手から、ライフルが零れ落ちた。
――狙撃だ。
充嗣は直ぐに理解した。
「アジィンッ!?」
文字数が二話分近いので、明日はお休みします。
コツコツストックを溜めますので、しばしお待ちを。
次の更新は明後日、木曜日です。




