英雄【ヒーロー】
アジンは頭の中で数えた弾数を撃ち切り、素早くキャッチボタンを押し弾倉をリリース、弾薬の詰まった弾倉を新たに嵌め込みボトルキャッチを押した。視界の奥で奮闘する二人を見て、セイフィティをセミに切り替える。凄まじいなとアジンは思った、二人の奮闘が周囲を取り囲むハウンド・ドッグを散り散りにさせていた。
ハウンド・ドッグの連中は個々の能力は然程高くない、何事にも群で当たり数の力で戦う組織だ。そう言う意味だと、マルドゥックの私兵と似た様な方針なのかもしれない。しかし今は、BANKERの前衛二人組によって部隊の士気を大いに下げられ数の力を発揮出来ていない。マルドゥックの策によって撃破された戦車の事もあるだろうが、その隙を突かれて大きく部隊の数を減らしたのが原因だろう。
目の前で一気に仲間が殺されるなど、自分達が劣勢だと思い込んでも仕方がない。実際の所はまだまだ勝負は五分、いや、数だけで言えばBANKERの圧倒的不利であすらある。 こちらは三人しか人手は無く、向こうには多めに見て六十近い人員が残っている。今連中はバラバラで、戦力を上手く纏めきれていないが、もし全員の銃口が二人のどちらかに向けば一溜りも無いだろう。
それをさせないのがBANKERの前衛である二人の力と言えばそれまでだが、兎に角状況は未だに予断を許さないものの、勝ち目はアジンから見ても十二分に存在した。
精々、今の内に削れるだけ削ってやろう。
アジンは再度M4A1を構えて、サイトの向こう側に見える隊員目掛けてトリガーを引き絞る。バキン! と金属音が耳元で鳴り響き、弾丸が側頭部に着弾、隊員の頭部が真横に跳ねた。
足元にカランと空薬莢が排出される、その音を聞きながら近くの隊員に狙いを定めて、再度トリガー。充嗣の背後から射撃を敢行していた隊員の首元に着弾し、赤い華がアスファルトに飛び散る。
時折何発かの弾丸が飛来するものの、戦場の中心に居る二人と比べればアジンは実に平穏な場所に居た。ハウンド・ドッグの大半は派手に暴れまわっているトリと充嗣に目を奪われている、その為アジンは黙々と二人の援護に徹する事が出来た。
頭の中に殺した人数、残りの弾数などを浮かべながら、淡々と作業の様に引き金を引き絞る。アジンが引き金を引き絞る度に、視界の向こう側に居る人間が弾けた。チトゥイリはどの程度収穫物を運んだだろうか、敵の残りの数は、増援は――戦いながらアジンは思考を回す。
《――お前等、悪い知らせだ、英雄が重い腰を上げたぞ》
しかし、それらは全てマルドゥックの言葉によって吹き飛んだ。思わずトリガーに掛かった指が止まる、それは充嗣やトリも同じだった。マルドゥックの言葉によって二人の動きが急激に変わり、周囲のハウンド・ドッグを蹴散らした後、周囲に弾幕を張りながら素早く後退を始めた。
その様子にハウンド・ドッグは今が好機と撤退、負傷者を引き摺ってバンク・オブ・アメリカから距離を取った。バンク・オブ・アメリカの前には夥しい量の血が流れ、屍がそこら中に転がっている。アジンは固まった指を再び動かし、二人の後退を援護しながら公道を走って来る一台の輸送車を見つけた。
英雄、随分と懐かしい響きだ。最後に撃ち合ったのは一年ほど前だったろうか、奴の姿今でも鮮明に思い出す事が出来る。ハウンド・ドッグが撤退を始めた理由も彼絡みだろう。
「来るぞッ!」
通常の輸送車とは外見が僅かに異なる特注車両、アジンの叫びで接近する輸送車に気付いたトリが迎撃を開始、ガトリング砲が重低音を打ち鳴らし凄まじい数の弾丸が輸送車を襲う。強化ガラスとチタン合金で固められたフロントガラスが砕け、前面の装甲板が弾ける。しかし、それでも止まらない。寧ろ速度を上げてバンク・オブ・アメリカに迫った。
「嘘だろオイッ!」
トリは砕けたフロントガラスの向こう側で、運転手の顔面が弾けるのを見た。ビシャリと脳髄が真っ赤な華を咲かせ、頭部のない体がぐにゃりと折れる。だが死体はアクセルを踏んだままだった、何と言う執念か、トリの脇を輸送車が凄まじい勢いで通り抜け、階段を駆け上る。その側面と後部にガトリングをブチ込みながら、止められないとトリは叫んだ。充嗣は迫る輸送車を横に転がる事で回避し、「アジンッ!」と注意を促す。
「っクソ」
バンク・オブ・アメリカの入り口に突っ込み、バンが入って来た場所から直進する輸送車。ギャリギャリとタイヤが音を立てて、フローリングの上を滑った。その進行方向にはデスクの残骸に身を隠したアジン、アジンは足元に置いていて幾つかの弾倉を諦めると、銃を抱きかかえて真横へと全力で跳んだ。
その一秒後、輸送車がデスクの残骸を弾き飛ばし、そのまま受付を引き倒し前進、エレベーター直ぐ脇の壁に衝突、フロントの潰れる金属音が鳴り響き、衝撃で車体が一瞬浮き上がった。黒煙が徐々にフロントから立ち上り、アジンは床に転がりながら安堵の息を吐き出す。あの速度で突撃されたら即死だったと、体に付着した木屑を払いながら、アジンは駆け寄って来た充嗣とトリを見た。
「無事か、アジン!」
「あぁ、何とかな」
充嗣の問いに答えながら立ち上がり、二人と合流する。背後を見ればハウンド・ドッグの連中は沈黙を貫き、攻めて来る様子は無かった。障害物に身を隠しながらこちらの様子を伺うのみ、負傷者の手当てやら補給やら増援要請やら、やる事は沢山あるのだろう。どうやらこの英雄様が来た事で傍観を決め込む腹らしい。
――何ともまぁアメリカンヒーローらしい演出ではないか。
アジンは徐にキャッチボタンを押し弾倉をリリースすると、新しい弾倉を嵌め込みボトルキャッチを押した。そしてセーフティをオートに切り替える。それと同時に、輸送車の後部扉が音を立てて開き一つの影が現れた。輸送車の中は薄暗く、その全貌は未だハッキリと見えない。
アジンは人影に銃口を向け、充嗣とトリも同じく構える。
「丁度良い、お前を殺せば全部終わる」
今回の銀行強盗も、ハウンド・ドッグという組織も。
「今回を決着としよう――英雄」
☆
ゲームには難易度調整と呼ばれるシステムが存在する。敵の体力を異様に高くしたり、火力を底上げしたり、馬鹿みたいに速かったり、或は数を揃えたり、古今東西あらゆるゲームに存在する有り触れた処置の一つで、それは充嗣の好んでいたゲームにも存在した。
最高難易度と言う、ある意味最も物好きな人間がプレイする難易度にのみ出現するボスキャラ、当時の呼び名は公式チート。
ここで来るのかと、充嗣は正直叫びたい気分であった。
男の、現実での伝説を挙げるのであれば、一つだけでは足りない。裏での畏怖の象徴がBANKERであるのならば、表の畏怖の象徴は何か。その答えが【英雄】と呼ばれる彼である。過去戦場での功績がどうだとか、本名は何であるとか、細かい事は広く知られていない。ただ一つ分かっていることは、英雄は恐ろしく強い。
彼は過去BANKERと幾度となく戦いを繰り広げている、それもたった一人で。
一人の人間が裏世界で恐れられているBANKERと撃ち合い、生き残っている。それだけで彼の実力は桁外れに高い事が分かるだろう。彼の英雄と言う称号もまた、その並外れた実力に対する敬意と畏怖から由来したものだ。
曰く、ベトナム戦争の怪物、戦時に於ける敵性戦闘員の殺害数が四桁である。曰く、不死身の男、その身に何度銃弾を受けようと、爆発に呑まれようが刺されようが決して死なない肉体の持ち主。曰く、生身で戦車を撃破する男、爆薬片手に戦車に特攻、見事撃破し生還した男、曰く、曰く、曰く――
表の人間は彼を敬意と畏怖を込めて英雄と呼ぶ、しかし裏の人間からは心底恐れられている人間。出会えば死ぬしかない、特に日の光を浴びて生きられない人間にとっては正しく死の概念そのもの。
元米国特殊作戦群『special force』所属、後に除隊しnosound・Avalancheと呼ばれる降雪地帯で作戦行動を行う特設部隊に転属、そして五年後、新設された米国主体の対犯罪組織部隊である【ハウンド・ドッグ】の初代司令官に就任。
「そろそろ死に時ではないかね? BANKERの諸君」
バキリと、地面に散らばった木屑を踏み砕き、輸送車から姿を現した男。
身長はトリとよりも大きく、全身が筋肉によって覆われている。着用している彼専用の戦闘装甲の上からでも体の厚みが分かった。彼の戦闘装甲は通常の戦闘服に追加で幾つかの装甲を取り付け、更に筋力補助の機能も存在する。今充嗣が着用している装備の上位互換の様なモノだ。充嗣はそれを巳継の知識として知っていた。
英雄の髪は白く初老の男性、ざっくばらんに切られた髪を無造作に撫でつけ後ろに流している。その顔には幾つもの傷跡、浮かぶ表情は獰猛な笑み。
充嗣は自分の体が硬直するのが分かった、男の戦意――殺してやるという気概が物理的な圧力として、充嗣の肩を押し潰していたのだ。
成程、充嗣は男を見て自分の胸にストンと何かが落ちたのが分かった。男の英雄という称号、それが正しいと本能的に理解してしまった。
歴史上の人物、カリスマに満ち溢れ、絶対的な自信に裏付けされた実力、その場にいるだけで存在感を振りまき、仲間には最高の安心を、敵には最高の恐怖を与える存在。
――この男が、地獄の猟犬を率いる英雄
「バルバトス」
トリが彼の名を呼び、それを聞いた英雄――バルバトスは顔を顰めた。
「よせ、その名は嫌いなんだ」
「へっ、英雄なんぞ高尚な名前より、こっちのが断然お似合いだぜ、クソ野郎」
トリが煽る様に一歩踏み出し、バルバトスに向かってガトリングを突き出す。そのバレルがゆっくりと回転を始め、バルバトスは無言でホルスターから拳銃――大口径のjackを取り出した。
それを見たアジンが鼻を鳴らし、口を開く。
「そんな拳銃一つでBANKERとやり合うつもりか?」
アジンがライフルを構えたまま挑発し、充嗣も油断なくブレードを構える。この男の前では油断どころか、瞬き一つも恐ろしかった。
ゲーム時代でも、この男、【英雄】は存在していた。その存在はボスと言うよりも、どちらかと言えば災害の様なモノだと充嗣は認識している。低確率――依頼中に極僅かな確率で出現するレア・エネミー。それに出現するのは最高難易度のみ、装甲値、耐久値、火力、どれもが並外れて高く、ゲーム時代でもコイツを倒すには重火器を積んだプレイヤー四人で三十分撃ち合いし、漸く勝てるかどうかのレベル。中級者では相手も出来まい、下手に飛び出せば一瞬でハチの巣だ。
ハッキリ言って、出現したなら一人か二人で足止めし、残りでさっさと戦利品を奪って逃走するのが定石だった。しかし、現実としてこの世界で対峙した今、充嗣はそんな定石が通じない事を感じていた。
コイツに背を向けるなんてとんでもない、隙を見せたら喉元に食い付かれて終わる。バルバトスの強い殺意を受けた充嗣は半ば確信していた、コイツは強い、それも恐らく、自分よりも。
対峙して戦車と似たような恐怖感を覚えるなど、尋常ではない。
コイツは、ここで殺すべきだ。
ゲーム時代とは違う、充嗣としての思考がそう警告していた。
「散々諸君とはやり合っている、もう分かっているだろう?」
アジンの警告を一蹴し、バルバトスは手元で拳銃をクルリと一回転させる。そしてグリップを強く握って安全装置を弾き、獰猛に笑ってみせた。
「――私は肉弾戦が得意なんだ」
お久しぶりです、お待たせしました。
想った以上に学校が忙しく、余りストックが溜められませんでしたが、約束通り毎日更新を目指します。一週間位なら連続更新しても大丈夫なストックがある……筈。
取り合ずバンク・オブ・アメリカ編で第二章は終わりなので、ここから一気にスパートを掛けます。また現実が理由で更新が止まるかもしれませんが、ちまちま書くので長い目で見てやってください。
感想など、返せていませんが一通り目を通しています、いつもありがとうございます。




