コンバット・レンジ
「スッゲェ! 流石だぜマルドゥックッ!」
トリが歓声を上げ、喜々としてその身を乗り出した。ガトリングを突き出しトリガーを引いた瞬間、再度火を噴く銃口。鳴り響く重低音と味方の悲鳴にハウンド・ドッグは我に返った、アスファルトを穿つ弾丸の存在に自身がどういう状況に居るのか理解したのだ。頼みの綱の戦車部隊は既に鉄屑で、目の前には怨敵のBANKER。
ざまぁ見ろと充嗣は思った、窮地から脱したと言う反動もあったが、BANKERである自分にあれだけ危機感を抱かせた相手に対する恨みが大部分を占めていた。同時にマルドゥックに対する信頼がより一層強くなる、やはりマルドゥックには策があった、あの男は一度の失態で十も二十も学ぶ、無駄を嫌い学習を最も尊ぶ男。
充嗣はpigの弾倉を換装、空になった弾倉を放り、ポーチから弾丸の詰まった弾倉を取り出した。それをpigに嵌め込むと薬室に一発を装填。トリに続き物陰から飛び出して、近くのハウンド・ドッグから順にトリガーを引き絞った。バキン! と金属音が鳴り響き、サイト越しにハウンド・ドッグの顔面が弾ける。
あれだけ数が揃っていたハウンド・ドッグも、その人数を既に半分近く減らしていた。充嗣やアジンの射撃も勿論、何十人か射殺しているが、トリのガトリングが一番連中の数を減らしている。凄まじい連射速度で被弾すれば即死の威力、ばら撒かれる鉛弾に僅かでも被弾すれば戦闘不能に陥った。戦車を撃破された瞬間、自失したハウンド・ドッグに攻撃を仕掛けられたのが幸いだった、連中は大した反撃らしい事も出来ずに大きく数を減らす。
ハウンド・ドッグの連中の反撃は疎らで、負傷した隊員を引き摺って後退しようとする者、近くの物陰で頭を抱える者、自分だけでもと銃を持ち引き金を絞る者、様々だ。次の増援到着まで何とか数を減らしたい、充嗣は弾倉を全て撃ち切った後リリースし、腰に括りつけたケースから破片手榴弾を手早く取り出した。安全装置を解除し、レバーを外す、撃針が雷管を叩き信管が点火した。
充嗣はその状態から一秒数える。
「手榴弾ッ!」
爆発時間を調整し、充嗣が叫んだ。丁度ハウンド・ドッグの連中が集中している箇所に、敢えてオーバーな挙動で投げ込む。指先が手榴弾を押し出し、綺麗な弧を描いて落下、丁度地面に触れるか否かというタイミングで爆発した。
ボッ! と爆発した手榴弾が黒煙を吹き上げ、飛び散った破片が周囲のハウンド・ドッグを襲う、膝立ちで射撃をしていた者や負傷者を救護していた者が爆発で地面を転がる、その体には鋭い破片が突き刺さっていた。辛うじて地面に伏せて破片をやり過ごした者も居たが、トリやアジンの追撃で呆気なく命を落とした。
元から負傷していた者にも容赦なく破片が突き刺さり、六人の隊員が手榴弾によって命を落とす。他にも大なり小なり爆発によって気が逸れ、連中の反撃が更に薄くなった。
「行くぞォッ! ドヴァ!」
「あぁッ!」
トリが叫び充嗣が答える、連中の数は大分少なくなった、それでもまだ数は残っている。殲滅戦だ、充嗣とトリが殆ど同じタイミングでバンク・オブ・アメリカの入口から飛び出した。
充嗣は手にpigを、トリはガトリングを持って階段を駆け下りる。走りながら新しい弾倉をpigに嵌め込み引き金を引いた。断続的な銃声が鼓膜を打ち、隣では重低音が鳴り響く、トリのガトリングがハウンド・ドッグの隊員を無慈悲に蜂の巣へと変えていた。狙われていない隊員が二人を押し戻そうと銃口を向け、幾つもの弾丸がトラウマプレートや防弾線維を叩くが、二人は決して止まらない。充嗣の放った弾丸がハウンド・ドッグの一人に着弾し、眼球を貫いた。
トリのガトリングは四肢諸共吹き飛ばし、防弾ベストを紙切れの様に貫通する。勇敢にも立ち向かった隊員がものの数秒で肉塊となった、全身にガトリングの洗練を受け手足が捥げる。後に残るのは赤色に染まった肉、骨、皮、そしてバックリと割れた頭蓋のみ。
背後には後方から入口付近にまで移動したアジンが援護射撃を行っており、一秒に一人の間隔で頭部に弾丸が飛来する、その正確無比な射撃はハウンド・ドッグにとって脅威だった。
階段を駆け下りた勢いをそのままに、トリは近くのハウンド・ドッグへと突進する。トリの巨躯が凄まじい勢いで迫る恐怖は如何ほどか、標的となった隊員は必死にライフルで応戦し、絶叫した。しかしトリは止まらない。幾つかの弾丸がトリのバイザーを捉え、罅が僅かに大きくなった。
――ただ、それだけ。
「ラッシャアァッ!」
トリが大声を上げてガトリングを振り回し、そのバレルが隊員の頬を捉えた。ゴギュ! と何か捩じれる音と、あり得ない方向へと首を曲げるハウンド・ドッグの隊員。ライフルの引き金を引いたまま、その銃口を地面に向け、音も無く崩れた。顔面から地面に倒れた隊員が動く事は無い、重量のあるガトリングは最早それだけで鈍器だ、トリはハウンド・ドッグの隊員に至近距離でガトリングを浴びせながら、時折鈍器の如くガトリングで隊員を殴りつけた。
――負けていられないな
充嗣はトリの奮闘を目にしながら、自身も胸を高鳴らせる。数人を射殺した充嗣の前に、四人のハウンド・ドッグの隊員が銃口を向けた。反射的にトリガーを引き絞るが、銃口から弾が出る事は無い。弾切れだ、充嗣の思考に一瞬空白が生じる、しかしそこからの立ち直りは早かった。
充嗣は撃ち切ったpigを地面に投げ捨て、駆けたまま腰の防護ケースから長さ20cm程の刃物を取り出した。その色は浅黒く、カーボン化合物で構成された刃物であると分かる。ソレを右腕の防弾線維に覆われたケーブルに接続。取っ手の部分は接続端子になっており、差し込んだ瞬間カチッと噛み合う音がした。
そして接続を終えたナイフはじんわりと、その表面を赤く熱する。ケーブルを手首に一巻きし一閃、ひゅんと刃が宙を裂く。
――高周波振動ブレード
ハーモニックスカルペル【Harmonic scalpel】と呼ばれる医療用の高周波メスの技術を応用、殺傷能力を向上させた新型近接武器。高速振動によって発生した熱を利用し、あらゆる対象を溶断する。
充嗣に向けられた四つの銃口がマズルフラッシュを放ち、銃弾が表面装甲で弾けた。強い衝撃に肺の空気が抜け出すが、足は止めずに突撃。一番近い隊員に向かって腕を突き出す。
「シッ!」
腰の辺りで構えた状態から一突き、筋力補助の恩恵をフルに使用した攻撃は隊員の首元を捉えた。思わずと言った風に突き出された腕を貫通、溶断し、刃は首のど真ん中に突き刺さる。グジュッ、と肉の焦げる音と空気の抜ける音、それから軽い刺突音と共に隊員の命運は決する。
充嗣がグリッとブレードを捩じり、そのまま横薙ぎにすれば首が半分抉れた。太い血管を何本も切断し、骨すら切り裂く。半ば首が胴体から離れた隊員は呆然とした表情のまま数歩下がり、そのまま仰向けに倒れ伏した。
「くっ、ソォッ!?」
その光景を見ていた隊員が叫び、充嗣目掛けてライフルを乱射する。充嗣は迫りくる弾丸を受け止めながら、隊員に向けてブレードを突き出した。距離は十メートル程だろうか、刃物で戦う距離としては少し遠い。しかし問題は無い、充嗣は迫りくる弾丸を物ともせず、ブレードを一度引き投擲の構えを見せた。
「ッらァあ!」
そして勢い良く腕を振り抜く、筋力補助も併せて凄まじい速度で振り抜かれたソレは強い風を巻き起こした。同時にグリップに備え付けてあるトリガーを引き絞る。その瞬間、ガチンッ! と刃がグリップから離れ、勢い良く隊員目掛けて飛翔した。ソレは隊員の戦闘用ヘルメットに命中し、トッ! と軽い音と共に内部のヘッドギア諸共溶断、頭蓋を貫く。
ブレードを頭部に受け入れた隊員は仰け反り、そのまま固まった表情で膝を着いて、息絶えた。ビクンッと何度も痙攣した後、やがて物言わぬ屍になる。充嗣が引き絞ったトリガーを離せば、頭部に突き刺さったブレードが独りでに抜け、グリップへと再び収まった。
高周波振動ブレード、彼女はコレを【フラウロス】と呼んでいた。
高周波によって生じる高熱での溶断、特殊な合成ワイヤーによって繋がれた刀身とグリップ。それによって広範囲での攻撃が可能になった優れもの、この刃は鉄をバターの様に溶断できる、人間ならば一秒で切断可能な温度だ。
充嗣はブレードを構えたまま一気に駆け出す、残った周囲の隊員から激しい銃撃を受けるが物ともしない、ただ素早く近付き一閃、ライフルを盾替わりにした隊員を、ソレごと溶断、殺害する。
刃はライフルを紙の様に貫通し隊員に達する。ライフルが中ほどから融解し、刃に接した面が真っ赤に燃えた。胸の辺りを斬りつけられた隊員は防弾ベストが溶けだし、骨や内臓諸共溶断。そのまま刃を捩じり込み手首を返す、そして頭部に向けて斬り上げた。
鈍い音と何かが焦げる音、そして振り抜いた刀身によって隊員は即死した。顔面がばっくりと割れ脳が焼け焦げる、上半分を溶断された隊員は白目を剥いて倒れた。血が噴き出す事は無い、断面は全て焼け焦げ真っ黒に豹変している。
最後の一人は振り向き様に一閃、同時にトリガーを引いて刃を射出。急激にレンジの伸びた刃が振るわれた腕の力によって弧を描き、充嗣の背後で銃を構えていた隊員の頭部を横から斬り裂いた。ジュッ! という実に短い切断音、目の辺りから真横に薙ぎ払われたブレードが簡単に男の頭部を斬り飛ばす。
顔がスライスされた隊員はそのまま膝から崩れ落ち、もう半分が地面を転がった。戦闘用ヘルメットが軽い音を立てて地面に転がり、その中には人間だったモノが詰まっている。
良い武器だ、充嗣は素直にそう思った。何より力でごり押ししない所が良い、ゲーム時代は実に原始的な武器が殆どだったが、こういう科学的な武装は素晴らしい。振るう事に疲労感も覚えない、充嗣はブレードを小さく一振りし、こびり付いてもいない血を払った。そしてトリガーを離せばワイヤーがブレードを回収し、グリップに戻って来る。
「BANKERの力――思い知らせてやる」
充嗣は戦場のただ中で呟き、残る隊員に向けて駆け出した。
申し訳ありませんが、暫くお休みします。
もし何事も無ければ、また近い内に更新再開しますので、宜しくお願い致します。
可能な限りストックを貯めたいと思いますので、再度更新した暁には一気に投稿します。




