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ブレイカー


「こちらアジン、デカイ金庫扉をブチ開けてやったぞ! 大量の金だ! これからチトゥイリと運搬に入る、マルドゥック、地下駐車場の回収担当に合図を頼む!」


 耳元の無線機からアジンの声が聞こえた、どうやら金庫扉を破る事に成功したらしい。その声色は彼にしては少し興奮した様な色を残していた。充嗣とトリは顔を見合わせて、互いにガッツポーズを取る。兎にも角にも、これで第一関門は突破だ。


《了解、良くやった! ――だがアジン、連中とんでもない戦力を隠していやがった、ドヴァとトリだけでは手に余る、フロアに加勢して欲しいッ!》

「――ッ、了解した、回収はチトゥイリと担当に任せる、今からフロア加勢に向かうぞ!」

《頼む》


 マルドゥックがアジンに加勢を指示し、彼はそれを即時了承、どうやら地下からフロアまで戻って来るらしい。それを聞いていたトリはワザとらしく鼻息を荒くし、「へっ、この程度、俺とドヴァが居れば楽勝だってェの」と言ってみせた。


 しかしそれが単なる強がりである事を充嗣も、言った本人であるトリでさえ理解していた。大量のハウンド・ドッグと三両の戦車、前者だけなら兎も角、後者は下手すればBANKERを殲滅しかねない。戦車砲という驚異の前では下手に大立ち回りも出来なかった、抑止力としてこれ以上ない効果を発揮している。

 充嗣はその事には敢えて触れず、「そうだな」と同意を口にする。充嗣は心臓の鼓動に揺すられる自分の体を確かに感じながら、引き金にそっと指を掛けた。


 目前には降下を終えたハウンド・ドッグの隊員が続々と集まっている。その銃口は充嗣達に向けられ、空気はピリピリと張り詰めていた。恐らく一発で良い、弾丸が一発でも発射されれば忽ちこの場は戦場へと変わるだろう。

 ハウンド・ドッグは動かず、充嗣達も動けず、ただ刻々と時間が過ぎる中、アジンの声が無線機より鼓膜を叩いた。


「こちらアジン、フロア後方、到着したぞ」


 充嗣とトリが声に反応し背後を見れば、半分欠けた受付台に身を隠したアジンが見えた。安易に合流する事はしない、下手に身を晒せば蜂の巣にされると分かっているから。台から僅かに顔を覗かせ、アジンは親指を立てて自身の存在を二人にアピールした。


「随分と風通しが良くなったな、上で騒がしくしていたのは分かっていたが……」

「あぁ、ちっとばかし派手にやり過ぎてなァ、俺の大立ち回り、見せてやりたかったぜェアジン」

「ふん、抜かせ」


 この惨状は自身が引き起こしたとばかりに胸を張るトリを一蹴、アジンは前方に待機する戦車に視線を定める。遠目に見えたアジンの様子は変わらない、流石だと充嗣は思った。これだけの戦力を前にしても、彼は決して動じる事が無い。最初充嗣が連中を目にしたとき、思わず表情を歪めたと言うのに。

 或は彼も仮面(マスク)の下で表情を歪めているのかもしれない、そう思った。


「――しかし、戦車とはまぁ、ただの強盗(歩兵)四人に随分な重装備だ、評価されていると喜ぶべきか、悲しむべきか」

「喜ぶ余裕があるなら、是非ともアレを何とかしてくれ、アジン」


 充嗣が無線越しにアジンに対して口を開くと、「無茶を言う」と鼻で笑われた。その声色はいつも通り、恐怖など微塵も感じさせない。

 実際、トライデント無しで戦車を撃破するには、コンポジションC4片手に突っ込んでエンジン部にでも張り付けて起爆するか、或はバンに大量の爆薬を載せて神風特攻。

 どちらも実行するには余りにも無謀だ。若しくはトリの持つガトリングを至近距離からぶっ放せば、もしかしたら撃破出来るかもしれない。しかし、狙うとすれば装甲の薄い部分だろうし、あの重い装備を背負って戦車に近付くなどゾッとしない。有体に言って不可能に近い行為だった。


「ンで、どうするよアジン、あの戦車(デカブツ)、放っておいて良いのかァ?」


 トリが僅かに間延びした声で問いかければ、無線の向こう側に居るアジンは少しばかり考え込む。そして暫くの間思考に時間を割き、結論をアジンは告げた。


「現状、この距離から撃破する装備がない、戦車をゾロゾロと引き連れてくるなど、四人の内誰も考えても居なかったからな……戦車砲が火を噴かない様祈りながら、連中を相手にするしかあるまい」

「一度、下まで引き下がるって言うのは?」

「戦利品を運ぶルートが戦場になる、撤退するのに大幅な遅れが生じるぞ」

「……そンじゃァ、ここで粘るしかねェって事だ」


 トリがそう言ってガトリングをぐっと構える、充嗣も壁に張り付いたままpigのグリップを強く握った。現状の戦力で相手に出来るのは降下して来る隊員と、何とか尽力して上を飛ぶ輸送ヘリか、装甲車レベルの敵まで。


 後は――


《お前達、たった今準備が整った》


 耳元からマルドゥックの声、向こう側で何やら強いタイピング音が聞こえる。充嗣は自身の体が震えていない事に気付いた、先程戦車一両と対峙した時は『死ぬかもしれない』と考えたのに、今はそんな考えが微塵も浮かばない。

 トライデントはもう手元に無いのに、対抗する手段が皆無だと言うのに、充嗣は恐怖を全く感じていなかった。トリとアジンが傍に居るからだろうか? 充嗣は自問する。

 いや、違う、恐怖は確かに感じているのだ。しかし、その許容値がBANKERで対処できるレベルを超えている。そうなると、自分達が出来る事等ないと確信してしまうのだ。何をやっても意味が無い、無駄であると。

 しかし、そう言う状況を潜り抜けるのはBANKER本体ではない。自分達を指揮する人間、いつも実現不可能に見える計画(プラン)を立て、しかし必ず成功させて来た頭脳(ブレイン)。いつだってこんな状況を打破して来たのは――そう。


《連中に目にモノ見せてやる》


――マルドゥックだ。


 マルドゥックの声が開戦の合図となった、彼なら何とかしてくれる、その信頼が根底にあったからこそ充嗣は絶望を感じていなかった。それはアジンもトリも同じ、充嗣とトリの視線が交わり、声なき声が二人の耳に届いた。


――行くぜェ

――あぁ


 躊躇なく充嗣とトリが入口の前へと飛び出し、トリガーを引き絞る。瞬間衝撃が体を突き抜け、前方で銃を構えていたハウンド・ドッグの頭部が裂けた。アジンが後方から身を乗り出して、M4A1を乱射する。

 トリと充嗣の銃口が眩いマズルフラッシュを発した。重低音と金属音が混じり、フロアは一瞬にして喧騒に包まれる。唐突な開戦にハウンド・ドッグの連中は、しかし冷静に反撃を試みる。


 バンク・オブ・アメリカの前に陣取っていた隊員は三人の射撃によって次々と射殺されていた。弾幕の様に迫りくる鉛の雨は、突入の合図を待っていた隊員の体に次々と突き刺さる。いつもより分厚い防弾ベストを着込んでいた連中だが、BANKERとて武装の強化に抜かりはない。

 特にトリの攻撃は障害物に身を隠していようと、障害物ごと粉砕し射殺して来るので目に見える脅威だ。圧倒的な火力を前にハウンド・ドッグは浮足立ち、しかし決して退かない。時折充嗣達の装甲が火花を散らし、強い衝撃が体を襲う。やはり最高難易度(デス・ミッション)の火力は段違いだ、充嗣はそう思った。


 火力も凄まじいが、その射撃の腕、命中率も高い。全身に連続して襲い掛かる衝撃、成人男性に全力で殴られる痛みが充嗣の体中を駆け巡る。表層のトラウマプレートが次々と弾丸を弾き、充嗣の体は今や集中砲火に見舞われ、凄まじい数の弾丸が毎秒数十と装甲に接吻を交わしていた。

 アーマー値がガリガリと削られているのが感覚で分かる、バイザーに飛来した弾丸が弾け、思わず仰け反りそうになるのを堪える。僅かに跳ね上がった視界が、空に浮かぶ輸送ヘリを捉えた。

 上空で待機していた輸送ヘリが次々と撤退していく、巻き込まれるのは御免という事か、それとも単純に次の人員を送り届ける為か――


《いくぞ、盛大な花火(fireworks)だッ! 精々派手に散って貰えッ!》

 

 マルドゥックが叫び、同時に充嗣の視界に地上から立ち上る白煙が見えた。ソレは市街地の奥、それもかなり遠方から放たれたナニカ。この喧騒の中では音も無く、静かに空へと立ち上った。白煙を引きながら空を飛翔するソレは、段々と敵戦車へと迫っている。充嗣達に気を取られているハウンド・ドッグが、それに気付く様子は無い。


《対戦車誘導ミサイル車両だ、デカイ買い物が無駄にならずに済んだぞ地獄の狗共(ハウンド・ドッグ)ォ!》


 対戦車誘導ミサイル車両――マルドゥックは確かにそう言った。どうやら複数の戦車が出現した場合の対策も考えていたらしい、しかし随分と高い買い物だ。恐らくトライデントよりも高額だろうに。充嗣は被弾の衝撃に揺らされながらも微かに口元を緩めた。

 放たれた弾頭が急激な加速を見せ、そのまま白煙が三つに分かれる。雲を裂き、青空を駆ける弾頭。遥か上空にあった弾頭は戦車直上で一気に降下し、エンジン部目掛けて速度を更に上げた。


カバー(隠れろ)!」


 後方のアジンが叫び、トリと充嗣が示し合わせた様に体を物陰へと再び身を隠す、合わせて凄まじい数の弾丸が壁を叩いた。

 その次の瞬間、《BOMB !!》とマルドゥックが叫んだ。その声に応えるかの様に、爆発が巻き起こる。先のトライデントの爆発に負けず劣らず、いや、それ以上の威力が確かに感じられた。

 爆風と熱波は防波堤代わりの壁が遮断し、充嗣が感じるのは凄まじい爆音と絶叫。音が充嗣の臓物を持ち上げ、衝撃が体を通り抜けた。僅かな暖かい空気が肌を撫で、世界が炎に照らされている。

 凄まじい風が地面の雑多を僅かに動かし、資料の類は高く宙を舞っていた。塗装の破片が空気中に吹き上がり、思わずトリが噎せる。恐る恐る外を覗き見れば、爆発の衝撃で軒並みハウンド・ドッグの隊員は地面を這っており、呆然と背後で燃え盛る戦車を見ていた。


 弾頭が着弾する瞬間は目にしなかったが、戦車は轟々と燃え盛り上部が殆ど吹き飛んでいる。恐らくトライデントよりも火力が高いのだろう、三両あった戦車はどれも一瞬の内に物言わぬ鉄屑(スクラップ)と成り果てた。装甲が散らばり、周囲の建物の硝子は全壊、破壊された戦車の一両が砲塔より白煙を噴き出していた。



 明日、明後日はお休みするかもしれません。

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