生きる為に
「マルドゥック、使うぞ!」
充嗣は叫び、フロアの隅から走り出した。目指すのフロアの奥、弾薬や必要な装備を纏めて置いた場所。トリが「ドヴァッ!?」と悲鳴に近い声を上げ、フロア中央を横切った充嗣を目視したのだろう、鉄の獣が充嗣目掛けて再度戦車砲を打ち鳴らした。白煙と火炎、臓物を持ち上げる重低音が市街地に轟き、砲弾が飛来する。
それは懸命に走る充嗣のすぐ真後ろを掠め、そのままフロアの奥へと消えた。先程着弾した壁には大きな空いていた為、砲弾はそのまま向かい側の建物へと着弾する。爆音と爆風が弾け、強い熱波が充嗣を真横から押し倒した。爆風で建物が揺れる、床を転がりながら充嗣は懸命に足掻いた、トリも爆風に声を掻き消されそのまま床にしがみ付いている。
そして這い蹲った状態で充嗣は何とか受付裏へと辿り着いた。無残にも残骸と成り果てたワークデスクやら資料やらが装備の上に覆い被さっていたが、それらを退かせば――充嗣の運び込んだ弾薬、装備が顔を覗かせる。
《ドヴァ、状態は!?》
「っ……大丈夫、少し埃を被った程度だ!」
充嗣は無線に答えながらpigを放り、置かれていた装備の一つ――ジェラルミンケースを引っ張り出す。金具を弾き開けば、衝撃緩和剤の中に納まった発煙手榴弾が四つ現れた。充嗣は乱暴にその中の一つを取り出すと、指をピンに引っ掛け思い切り引き抜く。
「トリッ! 発煙手榴弾ッ!」
充嗣は叫び、手元のソレをトリの潜伏する方向へと投擲した。同時にジェラルミンケースから再度発煙手榴弾を取り出し、もう一度同じ動作を繰り返す。投げる方向は変え、今度は入り口付近に投擲。甲高い音を立てて床に転がったソレは、ボシュッと小さな音を立てて底部の穴から大量の煙を撒き散らした。白色のそれはトリの周辺と入口付近を覆い、戦車からこちらの姿を隠す。充嗣は四つあるソレを全て使い、フロアの前方を完全に煙で埋め尽くした。
しかし長くは持たない、密封された空間ならまだしも、先の砲撃でフロアは随分風通しが良くなってしまった。屋外よりは煙の霧散する速度こそ遅いが、効果は無限では無い。
充嗣は大丈夫だと自分に言い聞かせた、煩く何度も鼓動を鳴らす心臓を叩き、荒い呼吸を落ち着ける。ある程度の平静を取り戻したら、煙幕で視界が塞がっている隙にジェラルミンケースを脇に退けて大きな武器ケースを引っ張り出す。
そうこうしている内に、ガトリングを手にトリが充嗣の元へと滑り込んでくる。バイザーの下からでも分かる程、彼は息を荒くしていた。
「危ねェ……助かったぜドヴァ、あンなの食らったら一発で天国に召されちまう」
「元々歩兵に使う武装じゃない、過剰殺害する気満々って事だな……」
充嗣は極めて淡々とした口調で手元のケースを開き、中から円筒状の大きな何かを取り出す。万が一、億が一、その可能性に備えて充嗣が準備した武装。しかし購入したのはマルドゥックだ、彼は今回の強盗準備に関して莫大な金銭を支払った、BANKERが提示する【万が一】を悉く潰す為に、彼は多くの準備金を叩いたのだ。この武装だけでも軽く二千万が飛ぶ。
対戦車ミサイルFFM200――通称【トライデント】
大きさは140mm程で他の装備と比較しても非常に大きい。本体の横には使用者が覗くための発射指揮装置が備え付けてあり、命中率は脅威の九十%台。相応に値段が高く、相応に重い武装。充嗣はそれを肩に担ぎ上げると、トリに視線を向けた。トリはガトリングを足元に放り、そのまま受付台に身を寄せている。
「マジで使うハメになるとはなァ……外すなよドヴァ」
「外すかよ」
トリの軽口に同じく軽口を返し、充嗣はトリと拳をぶつける。
自分の中の恐怖を抑えつけると、一息に白煙の中へと駆け出した。フロアの中ほどで片膝を着くと、充嗣は発射指揮装置の内蔵熱源暗視装置を作動させる。砲口のカバーを外し、両手でトライデントを構えた。白煙に包まれた中でも熱源は正直だ、緑とオレンジの視界の中に真っ赤な熱源体が一つ、拡大すれば敵戦車である事が分かる。
ピッピッ、と微かな電子音が鳴り響き、戦車の中央にサークルが表示される。細かい事は何もしなくても良い、充嗣はただ攻撃する対象を選び、後は両グリップに備え付けられたトリガーを引くだけ。その後は勝手に弾頭が飛び出しバイバイだ、Fire-and-forget【撃ちっ放し】――どんな馬鹿が使ったとしても問題無い。
充嗣はこの熱源を攻撃目標として設定し、グリップを強く握り込んだ。
瞬間、ボォンッ! と耳慣れた重低音が鳴り響く、それは爆炎と白煙を連想させる爆音。充嗣の体が音に反応するのと、砲弾が白煙を切り裂くのは殆ど同時だった。巨大な榴弾が充嗣の脇を通過し、そのまま背後へと突き抜ける。フロアの壁に着弾したそれは爆炎と爆風をもって充嗣の体勢を崩し、周囲の白煙を跡形も無く吹き飛ばした。一瞬の空白が生み出され、充嗣の姿が白日の下に晒される。
連中、狙いも付けずに撃ってきやがったッ!
榴弾の出所は戦車砲、見れば遠目にも白煙が立ち上り蒸気も吹き上がっているのが分かる。恐らくスモークを全て吹き飛ばすつもりなのだろう、連中の目論見通り、発煙手榴弾は風圧で転がってしまった。入口前に放ったソレは階段を転げ落ち、全く見当違いな場所に煙幕を展開している。
完全に晴れた訳ではないが、先程よりも大分濃度が薄い。充嗣を見つけて砲撃を行う程度ならば容易いだろう。
充嗣は爆風によって押し倒され、隣にトライデントが転がる。着弾地点は穴の開いた壁より大きく左、再び大穴を開けられたタワーがギシリと歪む。充嗣は死に物狂いでトライデントに飛びつくと、すぐさま肩に担ぎ上げた。
一度目標から離してしまった為、攻撃目標が初期化されてしまった。充嗣は再度敵戦車に照準を合わせ、攻撃目標に設定する。電子音が鳴り、サークルが表示された。
早く、早く、早く!
充嗣の中で焦燥感だけが募る、向こう側に見える敵戦車は微動だにしない。恐らく砲弾を再装填しているのだろう、それが終わり次第、充嗣目掛けて砲弾が飛んでくるのだ。充嗣の視界がじわりと歪み、自身の中から冷めない熱が生み出された。死と言う甘い概念が熱として自分を包み、視界が狭まる。
「おおぉォぉォオおッ!」
充嗣が敵戦車の砲撃に死を覚悟した瞬間、フロアの前方から叫び声が聞こえた。素早く視線を這わせれば、トリが白煙から飛び出しガトリングを突き出している。肩で白煙を切り、トリは敵前にて大声を上げた。
「狙うなら俺を狙えクソ野郎共がァぁあアッ!」
握りしめたグリップと、続いて鼓膜を揺らす射撃音。早すぎる発射レートが連続した破裂音を残し、トリの体が大きく揺れる。恐らく充嗣から狙いを逸らす為だろう、ワザとらしく敵の前に姿を現し、派手に弾丸をばら撒き続ける、マズルフラッシュが瞬く彼の姿は良く目立った。
ガトリングから吐き出される銃弾が敵戦車に命中する事はない、固定されたM134ならば兎も角、トリの持つソレは完全な腕力頼り。強い反動を押し殺すだけでも大変なのだ、それを二百メートル超の戦車に合わせて狙いを付けるなど――しかしトリが射撃を止める素振りは無い、充嗣が攻撃を終えるまで粘るつもりなのだ。
充嗣達には見えなかったが、この時トリの放った弾丸が数発、敵戦車の前面装甲に届いていた。幸か不幸か、その戦車砲の矛先はトリへと向く。トリは砲塔が自身を捉えた事に、一抹の恐怖と達成感を覚えた。これで充嗣が危険に晒される事は無くなると。
「ッ……捕捉!」
充嗣の担いだトライデントが敵戦車を捕捉完了し、充嗣は両トリガーの引き金を思い切り引き絞る。瞬間、ボシュッ! と眩いバックブラストが背後の白煙とデスクの残骸を吹き飛ばし、巨大なタンデム弾頭が砲口より飛び出した。一瞬の滞空時間を経て、ボッ! と弾頭後部から火が噴き出る。
僅かな時間直進し、白煙を切って外へと飛び出したタンデム弾頭は上へ上へと高度を上げた。充嗣は肩に担いだトライデントを地面に放ると、有らん限りの声で叫ぶ。
「トリぃィッ!」
その声は唸るガトリングの銃声に掻き消される事無く、トリへと届いた。瞬間、充嗣が発射を終えたのだと理解する。ガトリングの引き金から指を離すのと、戦車砲が火を噴くのは殆ど同時だった。
そこから先は最早言葉もない、一瞬の出来事。
トリの脳内でアドレナリンが過剰分泌され、体がほんの一瞬、コンマ一秒だけ加速する。視界に迫る砲弾の速度は余りにも速く、自身の目がソレを捉えられている事自体が奇跡だった。
――この瞬間限界を超えなければ、自分の肉体が肉塊になる、本能的にそう感じていた。
筋肉の限界を超え、体は生きる為に動き出す。トリがガトリングから手を放し、その場で回転する様に体を捩じる。その数センチ隣を戦車砲から飛び出した榴弾が掠めた、爆炎と白煙が生み出されたと同時、榴弾はトリ目掛けて飛来していたのだ。
トリの背負った弾薬ボックスの表面が火花を上げ、体が凄まじい勢いで地面に叩き付けられる。自身の頭部を庇った格好でトリは床を這い、充嗣の発射したタンデム弾頭が敵戦車を直上より空襲、装甲の薄いキューポラの辺りで大きな爆発を起こした。そして同時に充嗣の背後でも爆発、充嗣は背後から吹き付ける爆風と熱に、その場で身を伏せた。
緋色と黒のコントラスト、装甲の悲鳴と爆音――それから弾薬庫に引火したのか、被弾直後凄まじい音と共に戦車が爆炎を上げる。
余りの衝撃に周囲のガラスが軒並み砕かれ、遠目にキラキラと破片が日光を反射するのが見える。炎の緋色と日光が合わさり、その光景はこんな場所でなければ見惚れていたものだろう。
充嗣はその大きな爆発に撃破を確信した、中の搭乗員も生きてはいまい。
その様子を目に焼き付けながら、薄い白煙を掻き切ってトリへと走り寄る。トリは倒れたまま小さく呻いていた。あんな速度の巨大な榴弾が掠めたのだ、恐らく凄まじい力で叩きつけられた事だろう。
押しかけ女房って解釈の仕方によってはヤンデレだと思うんですよ。
同意も無しに男性宅に押しかけて、無理矢理同棲する……うぅむ、これ解釈の仕方っていうかどう考えても病んでます(・∀・)ウン!!
出迎える為に玄関で全裸待機しなきゃ!(使命感)




