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ブレイクスルー

 マルドゥックからの招集メールが来るまでの間、充嗣は日々訓練と装備の調達に明け暮れた。ゲームの世界では様々な制限が存在し、持ち込める武装防具には限りがあったが、事この世界に於いてはほぼ無限大の組み合わせが存在する。プライマリとセカンダリの二つだけしか持ち込めなかった銃器、しかし今の充嗣は計三種の武器を持ち込むつもりでいた。弾薬も持ち込めるだけ持ち込み、その恰好は重装甲兵すらも霞む大きさに。


 招集一週間前に訓練場に赴いた時、通信したマルドゥックからは「デス・ウォーカーにでもなるつもりか?」と呆れられた。強ち間違いでも無いと思ったが、口は噤んでおいた。アイアン・アーマー着用時と比べても随分鈍足になってしまったが、重ければ重い程重量ボーナスは上昇する。実際対爆防弾スーツを纏ったまま走って見せれば、マルドゥックからは唖然とした声色で「……馬鹿みたいな脚力だな」と褒めているのか貶しているのか分からない言葉を頂戴した。自分が走る度にバーの木板がギシギシ鳴るのだから相当な重量なのだろう。しかしこれだけのスーツがあれば大抵の銃火器は豆鉄砲に等しい。これが安心、本当の転ばぬ先の杖という奴だ。


 尚、先の強盗で手に入れた二億だが、毎日律儀に数百万ずつ振り込まれる口座を見て、何とも言えない気分になった。正直これだけの住まいと日々を快適に過ごせる環境が整っているだけで、他に何か望む様な事が無かった。今この世界で生きる事に必死な充嗣は単純に強盗をする事を目標にしていて、その目的は金じゃない。無論、あるに越したことはないのだけれど使うアテが全くと言って良い程なかった。

こんなことならロールと一緒に償還や飲み屋を梯子すれば良かったかと後悔。けれど何となく脳裏にレインの冷たい目が浮かんで、思考を改めた。

取り敢えず今の所、夕食が少しだけ豪華だ。




「充嗣、お前正気かよ」


 ロールの弁である。

 前回の強盗から二ヵ月、早朝から筋トレに励んでいた充嗣の元に召集メールが届いた。各自必要な装備を持参してセーフハウスに集合せよとの事。充嗣はこの日の為に購入していた白いバンに装備一式を詰め込んで、さっそく自宅を後にした。そしてセーフハウスに到着するや否や地下施設に装備を運び込み、その山の様な装備品を見たロールが一言。

 正気かよとは酷い言い草だ、充嗣は至って本気である。

 ロールのいつもとうって変わって、どこか引き攣った様な表情に充嗣は頷く。自分は本気も本気、大マジであると。


「……いや、確かに今回は騒乱オープンだけどよ、こんな装備着て戦うって、そもそも着て歩けるのかよ?」


 確かに外見だけでも非常に重そうなスーツ、それに加え各種銃器に地雷マイン、弾薬、ドリルやら拘束具やらECMやらと持つモノは多い。それらを体に括りつけて、果たして歩けるのかという疑問は良く理解出来た。恐らくスーツだけで40kg近く、銃器や装備品を含めれば50kgを超えてもおかしくはない。


「充嗣は先日、ソレの完全装備で訓練場を走り回っていたぞ」


 マルドゥックの呆れた様な声が部屋に響き、ロールが「マジかよ」と驚愕を露にした。あのミルですら目を見開いているのだからどれけ衝撃的なのかは察して余りある。レインは相変わらず素っ気なく、けれど頬が僅かに痙攣している事から表情を取り繕っている事だけは分かった。


「何だ、前回地獄の畜生野郎にHERを撃ち込まれたのがトラウマにでもなったのか?」

「まぁ、それも少しはある、けど単純に死にたくないから装甲を厚くした、理にはかなっているだろう?」

「……まぁ、戦えるならば何でも良いがな」


 ミルのその一言で充嗣の装備一式は認められた、実際問題これだけの重装甲があれば前線で撃ち合ってもまず負けない。重装甲兵と真正面から殴り合っても勝利をもぎ取れる事だろう。


「充嗣って、こんな防具に拘る奴だったっけなぁ?」

「アーマーの重要さに気付いた、って言って欲しい」

「そう言うもんか?」


 ロールの言葉に少しだけドキリとする。充嗣と巳継の違いを指摘された様で、心臓の鼓動が一際強く鳴った。


「まぁ各々装備については良い、そこは皆に一任してあるからな、ただ自分の役割だけは忘れるなよ? さぁ、仕事の時間だ―」


 マルドゥックの声がPCから鳴り響き、全員の顔が引き締まる。お喋りの時間は終わった、プロジェクターから地図と建物の看取り図、今回の目標物の画像がコンクリート壁に投影される。ここからはBANKERとしての活動、強盗のミーティングが始まった。


「今回の獲物は金塊ゴールドだ、場所はモスクワ、街道を走っている輸送車を襲撃して奪う、そして逃走エスケープ、今回は騒乱オープンだから作戦自体は単純だ、輸送車の侵攻ルート情報はヴィクトルの奴から買い上げた、進路上に地雷(爆薬)を仕掛けて護衛諸共吹っ飛ばす、後は輸送車の扉をこじ開けて金塊ブツを奪え、逃走手段(足)はヘリを用意してある、報酬は一人頭三億、どうだ?」


 三億という金額にロールが口笛を吹く、ミルとレインも笑みを浮かべていた。どうやらやる気満々らしい。

 投影されたプロジェクターの映像に赤い丸が複数浮かび上がる、恐らく地雷を設置する場所だろう。そこからESCエスケープと書かれたポイント、輸送車の通るルート、各人が待機する場所などが表示された。


「敵の構成は?」


 レインが挙手し、マルドゥックに問いかけた。


「護衛はヤールマルの警備、それとPMC(民間軍事会社)のヴィヴリア、もし解錠に手古摺れば軍の連中も来るだろう、ロシア連邦軍と撃ち合いたくなければ急げ、恐らくアメリカけんのハウンド・ドッグは依頼を嗅ぎ付けているだろう、連中と撃ち合う覚悟だけはしておけ」

「да(了解)」

「取り敢えず初期配置はポイントAからDに振り分ける、アジン、ドヴァ、トリ、チトゥイリの順だ、アジン、チトゥイリは侵攻ルート脇の路地裏で待機、地雷が輸送車と護衛者を吹き飛ばしたら生き残りを始末、輸送車を抉じ開けろ」

「俺達は?」


 ロールが首を傾げながら問いかける、プロジェクターの地図にAからDが出現し、それぞれに名前が表記される。BとCは裏路地とは反対側の建物に表示されていた。


「ロールと巳継は隣接するアパート屋上で待機、見張り役だ、ヘリもその屋上に送る予定なんでな、もし回収作業中に増援や敵さんが出て来たら駆除を頼む」

「見張りか……退屈なのは苦手なんだがな、それに北は寒い、寒い中見張りとかマジキツい、けどまぁ三億の為なら安い安い」


 ロールはそう言って早速自身の持ち込んだ装備に手を付け始める、どうやらさっさと始めようという事らしい。「どうせ道中長いだろう? その中でゆっくり会議でも何でもしようぜ」と皆を急かす、ミルは肩を竦めるも反対ではないらしい、自身の運び込んだ装備に足を進めた。


「……まぁ良い、必要なモノはいつもの車に、国境までは航空機だ、そこからは車で向かう、質問は?」

「なし」

「宜しい、では始めようか諸君」


 マルドゥックの号令が掛かり、皆が一斉に動き出した。充嗣も自身の装備を手に取って最後の点検を行う、その胸はどくんどくんと早鐘を打ち鳴らし、血が凍える様だった。

 殺し合いが始まる、ゲームだけれど現実の、現実だけれどゲームの、そんな戦いが。




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