鉄の獣
「へっへ、派手にぶっ壊したぜ充嗣、どうだ、スゲェだろ?」
「……あぁ、そうだな、流石だ」
充嗣は素直に称賛する、その重火器の威力もそうだが、それを見事に制御し切ったトリへの尊敬の念は本物だ。ガトリングを足元にゆっくりと置いたトリが、充嗣目掛けて拳を突き出してくる。最初は面食らった充嗣だが、意図を理解するとバイザーの下で笑みを浮かべ、静かに拳をぶつけた。
「へへへッ――あぁ、だが流石に疲れたぜ、こんだけ長く撃ったのは初めてだ、まるで暴れ馬だな、機関銃とは比べ物にならねぇ」
「少し休むと良い、連中も直ぐには来れないだろうしな」
「一分だけ時間をくれ、連中が来たら直ぐに出る」
トリが何度か腕を回しながらそんな事を言う、充嗣は頷いて人質の監視に戻った。蜂の巣になった輸送車から隊員が出て来る様子は無く、恐らく中に居た連中は全滅だろう。逃げた輸送車も単独では戦えまい。
「マルドゥック、トリがハウンド・ドッグを撃退した、敵輸送車破壊四、一台逃がしたが反撃して来る様子は無い」
《了解、四つ潰せたなら十分だ……金庫の方も順調に進んでいる、だがE-5000マンモス扉は流石に硬い、今更だが電弧放電で溶かすより、サーマルで半自動融解の方が良かったかもしれん――リロッキング装置も含めるとまだ時間は掛かるな》
「サーマルだと温度が低い分時間が掛かるんだろう? 大丈夫だ、金庫を破るまでは誰一人通さない」
《……あぁ、頼んだぞ》
充嗣はマルドゥックに現状を伝えると、バイザーの下から息を吐き出す。まだ強盗は始まったばかり、チトゥイリとアジンがバンク・オブ・アメリカの強固な金庫を破るにはまだ時間が掛かるだろう。アメリカ合衆国最大の銀行なだけあって、財布の紐がとても硬い。それまで自分達がハウンド・ドッグの足止めをしなければならない。
充嗣は震える人質に目を配りながら、入口から見える街並みを注視した。連中がいつ、どこから仕掛けて来るか分からないから。過去充嗣は依頼中に敵の姿が見えないと油断して狙撃された事がある、無論ゲームの中だったが。ゲームだからこそ戦闘不能で済んだものの、現実であれば側頭部に穴が空いていただろう。
狙撃手の火力は低難易度でも侮れない、であれば最高難易度での火力など察して余りある。充嗣は肉壁の背に銃を突きつけながら、絶え間なく視線を動かし続けた。正面に見える建物の窓、非常階段、路駐された車の影、屋上、看板の裏――それらに視線を向けながら、同時に充嗣は公道の遥か向こう側に黒い影を見た。
「――?」
充嗣は最初、それが何なのか分からなかった。公道のど真ん中に鎮座する黒色、距離としては二百メートル以上ある、真っ直ぐと伸びた公道の真ん中を占領するソレは嫌に巨大だった。そして充嗣は一歩踏み出し、ソレを目視する為に目を細め。
次の瞬間には叫んだ――
「トリ、伏せろォッ!」
充嗣が振り向き、背後で両手を休めているトリに声をぶつける。トリは一瞬体を震わせ、一体何だと言いたげに充嗣を見た。しかし、信頼するクルーの言葉にただならぬ気配を感じたのか、弾薬ボックスを背負ったまま横に体を投げだす。
充嗣も急いで横へと体を投げだし、次の瞬間、その黒い何かが炎を噴いた。
「――戦車ッ!」
ズォンッ! と腸と体全体を揺さぶる爆音、それから遅れて戦車砲から火炎と白煙が広がり、120mmの成形炸薬弾が飛来した。人質連中は何が起こったのかすら分からなかっただろう、人の頭部より巨大な弾頭が飛来し、立っていた数人の人質を吹き飛ばす。ヒュンッ! という軽い風切り音と共に、二、三人の中央付近に立っていた民間人が文字通り【即死】した。
頭部が首から千切れ、腕が捥げ、脇腹から内臓が飛び散る。掠っただけでそれだ、そしてコレはただ弾頭が当たっただけに過ぎない。充嗣の頭上を通過し、トリの脇を通過した弾頭は凄まじい風圧と共にフロア後方に着弾、起爆。
床が砕け散り、爆炎と爆風がフロアに巻き起こった。凄まじい速度で衝突した砲弾はフロアの壁に大穴を空け、炎は等しく全てを吹き飛ばす。受付のカウンターも、資料も、PCも、綺麗に磨かれた大理石も、人間でさえも、何もかもが粉砕される。這っていた筈の充嗣でさえ爆炎の熱を確かに感じた。対爆防弾スーツに身を包んだ充嗣でコレだ、どれ程の威力を秘めているのか、たった今目の前で起きた惨状が全てを物語る。人質が爆風で吹き飛んだ破片にぶつかり、何人かが入口の階段から外へと転がり落ちる。
他の人質も軒並み吹き飛び、大なり小なり怪我を負った。充嗣の声に反応しその場に伏せた者は居なかった、全員が呆然としたまま背後より巻き起こる熱風に押し出され、無様に地面を転がる。運が悪ければ飛来した破片や物品が衝突し血を流した。
衝撃に目を回しながら充嗣は懸命に声を上げる、「無事かッ、トリ!?」と叫ぶと、直ぐ近くから「生きてるぜェッ!」と声が返って来た。どうにか被弾は免れたらしい、転がったまま視線をバンの方に向けると、表面に僅かな凹みが見えるがバン自体は無事だ。もし戦車砲がコイツに向いていたら危なかった、誘爆で諸共吹き飛んでいたに違いない。爆発の余波が収まり、石屑がコツンと周囲に転がる。
《ドヴァ、トリ、何があった!? 応答してくれッ、無事なのかッ!?》
耳元から僅かなノイズを含んだマルドゥックの声が聞こえて来た、その声は多分に焦燥を含んでいる。充嗣は張ったまま匍匐でフロアの端まで移動し、「大丈夫だ、マルドゥック、俺もトリも何とか生きている」と答えた。トリも充嗣に倣い、ガトリングを引き摺りながら戦車からは目視できないフロアの影へと身を隠す。第二射が何時来るかも分からない、人質も既に散った。連中は人質ごとBANKERを始末する手段を選んだ様だった。
「連中、遂に戦車まで出してきやがったッ! いつかはやるンじゃねェかと思ってたが、強盗相手に戦車とか正気の沙汰かよ!? あンなの防護服や装甲で防げる代物じゃねェぞ!」
「戦闘ヘリを飛ばす時点で連中の頭の中はイッてるよ――けれど、強盗相手に市街地で戦車か、本当にぶっ飛んでる」
充嗣は軽口を叩きながらも背中に大量の冷汗を流していた、当たり前だがゲーム時代に戦車などという敵は存在しなかった。戦車が出て来るのは別のFPSゲームだ、決して銀行強盗相手に出現する敵ではない。本来であれば絶対に出現しない、圧倒的怪物。
この世界で言う【ゲームの世界に現実の法則が適応される】という事実は、充嗣だけでは無く敵であるハウンド・ドッグにも当て嵌まるという事、それを充嗣はまざまざと見せつけられていた。
充嗣が戦車を持ち込めると言うのであれば、敵もまた然り。
戦闘ヘリは百歩譲って問題無い、誘導弾こそ飛ばしては来ないが、チェーンガン程度ならばゲーム時代にも存在した。しかし戦車は無い、あんな大口径の砲弾、一体どうやって防げと言うのか。対爆防弾スーツどころか、強化外骨格ですら受けきれない、空想のアメリカン・ヒーローでさえ無理だろう。
充嗣はこめかみの辺りが痺れて来た、何か甘い匂いが鼻腔を擽り脳が痺れ始める。鼓動は煩い位に早鐘を打ち、足元がガクガクと震えた。充嗣の震えに合わせて表面に縫い付けられたトラウマプレートが金属音を鳴らす。
恐怖だ、充嗣は目の前の存在に恐怖していた。充嗣は前回の強盗の反省を踏まえて防御性能の向上に尽力した、ゲーム時代では不可能だったHERの直撃を受けてもアーマー値を残すという目標を掲げて。今回の装備であればHERの直撃を仮に許したとしても、受けきるだけの自信があった。
しかし、視線の先に鎮座するコイツはどうだ?
少なくとも対戦車ロケットであるLAWの口径66mmを大きく上回る戦車砲――先程の威力からして充嗣は120mmであると予想していた。
単純に考えてもLAWの二倍近い大きさだ、砲弾の大きさが倍違うという事は、威力は大きく跳ね上がる。爆発する前に、そもそも撃ち出された砲弾に触れるだけでも致命傷を負いかねない、そういう代物だ。
死ぬかもしれなない。
充嗣の脳裏に「死」と言う概念がチラついた。
そう考えると、どうしようもなく体が震えてしまう。自身の過ごして来た時間が独りでに脳裏でループし、生きろと戦意を挫こうとする。過去の積み重ねが自身の生に対する未練を刺激していた。
「――冗談」
充嗣はバイザーの下で無理矢理笑みを浮かべた。
死を恐れはしても、決して挫けはしない。充嗣はこの世界がゲームであると知っている、同時に現実であるとも。だから自分だけは決して諦めてはならない、クリア出来ないゲームなど存在しない。
それが自分の役割なのだ。




