掃討
「ドヴァ」
「うん?」
隣に居るトリから呼ばれ、充嗣はそちらに目線だけを向ける。するとトリはぐっと親指を自身に向け、それから人差し指で人質の壁を差した。それの意味するところは、自身が壁の前に立って打って出る。
「おいおい、トリ、このまま膠着状態に持ち込んで時間稼ぎさえ出来れば良いんだ、連中にむざむざ突入を早める理由を作ってやる義理は無い」
充嗣はトリの案に否定的な姿勢を見せる、このまま連中と睨み合いが一秒でも長く続いてくれれば、それだけアジンとチトゥイリの作業が進む。何も自分達から突っ込む必要は無いのだ、精々上の連中が長く悩んでくれればそれで良い。
しかし、トリは首を横に振った。
「いや、それじゃマズい、連中の増援だって此処に向かっている筈だろ? つう事はよ、突入時にはありったけの戦力で突っ込んでくるってワケだ、連中が人質を無視するってなった時、何百人もの規模で来られたら、流石に止めようがねェぞ、今の内に少しずつ戦力を削った方が後々楽になる、そりゃあ開戦が少し早まるだろうが、抜かれれば計画が全部終わっちまう、だったら欲張るんじゃなくて、確実な方を取るべきだろ」
トリは真剣な声色で充嗣に進言する、それは自身の考えが間違っていないと確信している声だった。
充嗣はトリの言葉に少々面食らう。確かに彼の言う事にも一理ある、このまま膠着状態が引き延ばされて増援が到着し、数百人規模の軍勢で突入されたら、たった二人では止めようがない。だとすれば相手が反撃出来ない今、少しずつ敵の戦力を削いで突入に備える。
それで突入が早まったとしても、十分対応出来る数まで減らせれば問題無い。
成程、どうやら自分は知らぬ間に逃げ腰になっていたらしい。最高難易度だと知って臆したのか、充嗣はトリに悟られぬ様小さく深呼吸をした。
「――ありがとう、トリ、危うく判断を間違うところだった」
充嗣はそう言ってトリに感謝の念を抱く。彼が本番に強い人間である事は理解していたが、彼はこれほどの大舞台の上に立って、尚も平然としていた。今はその胆力が唯々羨ましい。
「何言ってンだ、俺達は四人でBANKERだ、礼なんざ要らねェよ」
トリはそう言って充嗣の肩を強く叩き、首を傾けて無線機に叫ぶ。
「マルドゥック! 聞いた通りだ、俺が打って出るぜェ!」
《了解した――精々派手にやってやれ、トリ》
おう、とびっきり派手にやってやる。
トリはそう言ってガトリングを構えたまま歩を進める。マルドゥックの許可を得たトリが人質の一人を肩で退かしながら前に出ると、周囲の人質が僅かに騒めいた。自分達を監視していた強盗が、今背を向けている。連中の考えている事が手に取るように分かった。
充嗣が無駄にコッキング音を鳴らし薬室の一発を排出すると、人質は息を呑んで再度黙り込む。トリは今背を向けているが、監視はもう一人居る。落ちた弾丸が甲高い音を鳴らし、フロアに木霊した。
「さァて、と」
入口に立ったトリ、前方には乱雑に駐車してある輸送車が五台、中には多くの隊員が乗り込んでいる事だろう。バンク・オブ・アメリカの入り口は公道より少しばかり高い位置にある。ここからだと連中の輸送車がよく見えた、連中は到着したばかり、狙撃手の心配は要らない。
今の彼にとって連中は――良い的だ。
「――銃奏交響曲と洒落込もうじゃァねェかッ!」
トリが大きく足を開き、重心を下に下げる。そしてトリガーを引いた瞬間バレルが高速で回転、凄まじい轟音と共に火を噴いた。
背後に立っていた人質が半狂乱になって叫び、そのまま地面に転がる。トリの居る場所だけが強烈なマズルフラッシュに包まれ、無数の弾丸の雨がハウンド・ドッグの元に降り注いだ。無数の弾丸は最早目で目視する事も叶わない、鋭く尖った何かが真っ直ぐ飛び出し、あらゆる物体を貫くのだ、人間の目には火を噴いている様にしか見えなかった。
アスファルトを砕き、蛇のようにうねる鉛弾が輸送車に食らいつく。毎分二千発という悪夢にも等しい数の弾丸が防弾タイヤを撃ち抜き、装甲板を何度も穿った。ハウンド・ドッグを守る堅牢な輸送車をガトリングは容易くハチの巣へと変える。
装甲車の表面で絶え間なく火花が飛び散り、中から声を上げる事も出来ず隊員は死に至る。何が起こっているのかも分からないだろう、彼らにとっては一瞬の出来事だった。トリの足元に夥しい量のNATO弾の空薬莢と接続金属片が散らばる。一発一発が甲高い金属音を立て、マズルフラッシュが表面に反射していた。
数秒ほど一台の輸送車に集中砲火を浴びせたトリは、そのまま銃口を一番近い輸送車へと向けた。そして再度トリガー、反動がトリの巨躯を揺らし数多の弾丸を吐き出す。
一台の輸送車を鉄屑へと変えられたハウンド・ドッグは、慌てて輸送車を後退させ始めた、トリの持っている圧倒的な火力に逃走を選んだのだ。彼らを守る輸送車の装甲では、この重火器の弾丸は防げない。
しかしトリは逃がさないとばかりにトリガーを引き続け、やたらめったらとガトリングを振り回した。射撃の反動を殺しながら銃身を振り回すトリの怪力は凄まじいの一言、凡その目測で放たれた銃撃は一番最初に後退を始めた輸送車の運転席を撃ち抜き、輸送車は近くのガードレールにバックで突っ込んだ。
「ハァーッハァ! お前ら祈りは済ませたかァ!? 大好きな地獄に逝く時間だぜェッ!」
トリの叫びはガトリングに掻き消されてよく聞こえない、ガトリングの重低音が周囲の音を全て掻き消していた。ばら撒いた弾丸は二台、三台と輸送車を捉え、五台あった輸送車は残り一台を除き全滅した。最後の一台は運よくトリの猛攻から逃れ、市街地へと紛れ込む。しかし無傷では無い、その外装には無数の穴が空いていた、運転手が無事だっただけで何人かは既に息絶えているだろう。
運転手が射殺された、或いは輸送車の故障によって下車を余儀なくされた隊員は、漏れなく飴細工のようにバラバラに吹き飛ばされた。その余りの威力に充嗣でさえも言葉を失う、手足が千切れ飛び胴体が割れるなど一体どれほどの威力なのか。
トリの指がトリガーから離れ、ガトリングがゆっくりと回転を止める。目の前には穴だらけとなった輸送車が転がっていた。外側の装甲が見るも無残に撃ち抜かれ、半ば車内を晒している車両もある。中からハウンド・ドッグの隊員である男の腕が垂れていた。
大分軽くなったのだろう、弾薬ボックスを肘で叩いた後トリはゆっくりと振り向く。そして地面に這い蹲って震える人質群を見て、露骨に舌打ちを零した。
「おいおいおい、何勝手に這い蹲ってんだテメェ等、オイ、さっさと立って並べ、じゃねェと肉塊にすンぞ!?」
ガトリングを手前に居た男の鼻先に突き付け、トリが叫んだ。たった今何十人と殺戮を繰り広げたトリに対し、人質は悲鳴を上げて立ち上がる。この男はやると言ったらやる、それが彼ら、彼女等にも理解出来た。ものの数秒で再度並び終えた人質はガタガタと体を揺らしながら肉壁を演じる。未だ上層部から指示が出ていないのか、攻撃らしい攻撃を受ける事無く、トリは悠々と帰還した。
中々筆が進まないのに投稿してしまう病。




