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嵐の前の静けさ


「ドヴァ、ソレやり過ぎだろ」


 ガトリングを両手に携えたトリが、縛り上げた人質を足蹴にしながら口を開く。充嗣の前には粉砕されたソファに埋もれた警備(ガード)、彼は先程まで小さな声で呻いていたが、一分も経たずに息絶えてしまった。

 強化外骨格で補強された充嗣の筋力は、凡そ拳で人を殴り殺せるだけの威力を秘めているらしい。それもワンパンチKOだ。


「接敵必殺、戦いの最善だろう?」

「お前が言うと冗談(ジョーク)に聞こえねェよ」


 冗談も何も、本気で言っているのだから当たり前だろう。充嗣が警備から視線を逸らし周囲を見渡すと、アジンとチトゥイリが伏せた民間人を次々に縛り上げていた。警報は聞こえないが、恐らく既に社の人間が『聞こえない警報』を鳴らしている頃だろう。それにこれだけ派手に突っ込んだのだ、外の民間人が通報していてもおかしくない。

 縛られた民間人は中央に集められ、そのまま人数を確認。充嗣が数えた所、二十四人の民間人が人質となった。もう少し居た気もするが、どうやら裏口や上の階へと逃げたらしい。まぁ、別に静寂(ステルス)でも無いので構わないのだけれど。


《お前達、本格的に計画を進めるぞ》


 耳元の無線機からマルドゥックの声、充嗣は静かに気を引き締める。アジンはバンからバッグを取り出し床に放った。中を開くとコンポジションC4が大量に詰まっており、アジンとチトゥイリがそれぞれポーチに幾つか詰め込む。


《いつも通りだ、アジン、チトゥイリが金庫攻略、ドヴァとトリはフロアで連中の足止め、まずはエレベーターの扉を吹っ飛ばす》

「その後エレベーター昇降路(シャフト)を降下、側面の壁をぶち破って金庫室までショートカット――いけるな、チトゥイリ?」

「えぇ、早く済ませましょう」


 チトゥイリとアジンが金庫突破に必要な装備一式を背負い、フロア後方に設置されたエレベーターに向かって駆け出す、充嗣とトリはその後ろ姿を見送った。トリはその威圧的なガトリングを以て集めた人質を監視し、充嗣は充嗣で自身の役割を果たす。アジンの放ったままのバッグを充嗣は漁り、C4を両手に持ってバンに駆け寄ると、両手のソレを背面に張り付ける。今回の逃走車はコイツでは無い、その為敵が近付いた時に諸共爆破する予定だ。

 その後、バンの中に積み込まれていた大量の弾薬や装備を運び出し、後方の受付裏側へと運び込んだ。装備は全て充嗣のモノなので、それ程数は無い。唯一例外があるとすれば、アジンの持ち込んだ設置型自動攻撃銃のみ。彼は金庫攻略班なので、設置は全て充嗣に一任すると言われていた。

 彼から使い方も教わったので設置に問題はない。充嗣は受付台の上にあった書類やら筆記用具やらを乱暴に払い、ハンドバッグサイズのソレを静かに設置する。脇にある小さなスイッチを押し込むと、次の瞬間、ポーン と軽快な電子音が鳴り響き、独りでにケースが開いた。

 中から小型の銃が顔を覗かせケースがそのまま盾代わりとなる、ケースは開いた後に山折となり、弾丸を垂直に受けない様変形した。銃口はケースの中央から突き出され、そこだけ綺麗に穴が空けられている。展開は実に数秒に満たない、随分スムーズな設置だった。


「頼むぞ新兵器」


 そう言って充嗣は内部の弾倉挿入口に弾薬を嵌め込む、ガチッと噛み合った弾倉がグリーランプを点灯させ、無事装弾された事を知らせた。後は勝手にハウンド・ドッグの連中を殺してくれる事だろう。

 設置した受付台は入り口から少し遠く、丁度フロアの中ほどに位置する。人質も見境なく殺してしまう兵器なので、出来れば入口からは遠い方が良いという充嗣の判断だった。幸いにして受付台を隠す様に案内用のカウンターが存在しているので、此処からだと人質群が見えない。突然撃ち殺される様な事は起きないだろう。

 充嗣は持ち込んだpigを手に携え、トリの元に戻る。


「トリ、お前それ重くないのか」

「あん? 毎日持っていたら慣れたぞ」


 ガトリングを振り回す様にして人質を脅していたトリに呆れた声で問いかければ、更に呆れた回答が返って来た。充嗣も大概重量級だが、似た様な重量を二本の腕で振り回すトリは正に怪力の権化だろう。更に彼は背中に大量の弾薬を背負っているので、重心が安定しない筈だというのに。背負った弾薬ボックスからはベルトリンクが伸び、両手で掴んだガトリングと接続されている。金属製分離式【Metallic link belt】のそれは携帯性を向上させる為にコストを上げた実戦仕様、トリもかなりの金を注ぎ込んだのが分かる。


「毎日持っていたのか」

「おう、素振りの要領で振り回してたぜ?」


 それは、明らかに使い方を間違っている。

 充嗣はその言葉を辛うじて飲み込んだ。

 そうこうしている内に、充嗣達の背後から爆発音が鳴り響く。続いて何か金属が壁に叩き付けられる音。どうやらアジンとチトゥイリがエレベーターの扉を吹き飛ばしたらしい。この後、床に降下用のフックを設置しエレベーターシャフトへと降りる、後は金庫室に最も近い通路に通じる壁を吹き飛ばすだけ。

作戦は順調な様だ、充嗣は高鳴る胸を誤魔化すように息を吐きだした。


《ドヴァ、トリ、監視役(スポッター)が連中を捉えた、来るぞ、準備は良いか?》

「!」


 耳元の無線機からマルドゥック声、それはハウンド・ドッグの襲来を知らせる言葉だった。トリの無線機にも声は届いており、トリが今回の為に用意した黒いバイザーの下で笑みを作ったのが雰囲気から分かった。やってやろう、という事なのだろう。

 充嗣もまた、分厚いバイザー越しに笑みを浮かべpigの安全装置(セーフティ)を指で弾いた。しかし、充嗣は初っ端から銃撃戦を繰り広げるつもりはない。今回の依頼(ミッション)は長いのだ、最初から全力で飛ばしてはすぐに息切れしてしまう。


「ドヴァ、肉壁(ミートガード)で良いな?」

「勿論」


 トリの言葉に充嗣は頷いて見せ、了承を得たトリはガトリングを掲げながら叫んだ。


「おらァ人質共ォ、入り口に一列で並べェッ! (ノロ)い奴は鉛弾を背中にぶち込んでやるッ!」


 肉壁(ミートガード)とは言葉の通り、人質を壁に見立てた防衛策である。単なる障害物で壁を作った程度では、装甲車の突入やHERで諸共吹き飛ばされるだけ。であれば、それが出来ないようにしてしまえば良い。幾らテロに屈しない国家であろうと、人質を見捨てるという判断を下すには相応の時間が掛かる。 見捨てないのならばそれはそれで良い、こちらは金庫を空にするまでの時間さえ稼げれば良いのだ。

 充嗣達は人質がどうなろうが知った事ではない、最悪諸共殺してしまっても全く痛手にならない。しかし彼らは違う、人質を見捨てればハウンド・ドッグの世間からの風当たりは強まる。実際BANKERはこの手法を過去何度か使用しており、その度に彼らは強行突入を敢行し人質を殺されていた。今でも彼らをバッシングする民間人は多い、彼らが『地獄の畜生』と呼ばれるのは【死をばら撒く連中】という、世間の皮肉も入っていた。


 トリに急かされた人質達は悲鳴を上げながら慌てて立ち上がり、言われた通りフロアの入り口に一列になって並んだ。その間充嗣は裏口へと走り、ポーチから取り出した地雷(マイン)を設置する作業に入る。如何に正面を警戒しようと、裏口から侵入されて背後から撃たれては意味がない。

 粘着剤を壁に張り付け地雷(マイン)を埋めると、センサーの電源をオンにして起動確認、雷管異常なしと確認して離れる。仮に扉が開けばセンサーに触れ、諸共吹き飛ぶという算段だ。充嗣はそれを上の階へと通じる階段の曲がり角にも設置し、マルドゥックから送られた計画書通り、各ポイントに設置した後トリの元へと戻った。


 フロアの入り口も戻ると、入り口に整然と並ぶ人質が充嗣を出迎える。全員が後ろ手に縛られ、震えながら外を見ていた。その背後にはトリが立ち、ゆっくりとガトリングを揺らしている。


地雷(マイン)の設置は完了したぞ、トリ」

「オーケィ、地獄の猟犬共(ハウンド・ドッグ)もご到着だ、良くもまぁ、こんな早く来れるモンだぜ、五分と少しか?」

「正確には、七分ってところだな」

《ドヴァ、トリ、ハウンド・ドッグの数は輸送車で五台分、シャーロット市の駐在を出して来やがった、数は凡そ四十》


 通信機から響く声に、充嗣はとトリは頷く。輸送車が五台と数は四十、それほど多くはない。しかし油断は決してしない、トリはプロの矜持から。充嗣はこの依頼が最高難易度(デス・ミッション)だと知っているから。

 トリがガトリングをゆっくりと腰の横で構え、充嗣はpigを構える。目の前の公道を猛スピードで来る輸送車は、バンク・オブ・アメリカの手前で急停止した。甲高いブレーキ音と共に後続の輸送車も次々と停止し、それ以降アクションを起こすことはない。どうやら人質の壁に気付いたらしい、ここから搭乗している隊員の顔は見えないが、さぞかし憤怒に塗れているだろう。下車しないのは不用意に体を晒せば撃たれると思っているからか。

――実に勘の良い。


 足元から、ズンッ! と重低音が響く、同時に無線機からチトゥイリの声。


「エレベーターシャフト、壁を破壊したわ」


 どうやら金庫室の前に辿り着いたらしい、手早い事だ。そのまま状況は膠着状態に陥り、ハウンド・ドッグの連中は一向に車から出て来ない。恐らく上の連中の指示を仰いでいるのだろう、若しくは後続の援軍を待っているのか。入口に立たされた人質達はハウンド・ドッグと充嗣達に挟まれ戦々恐々としていた、恐ろしさの余り失禁してしまう者も居る。


 小説投稿をする際に、どこで区切るべきか、私はいつも数分悩みます。

 明日こそは休みたい。

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