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戦いの狼煙


「さて、諸君」


 充嗣達は今、いつものセーフハウス地下に居た。

 前回の強盗から一か月、早いものでマルドゥックの指定した期日がやって来たのだ。充嗣はこの日の為に武装や防具を買い漁り、多くの訓練を積んだ。それでもいざ、この時になると不安が湧き上がってくる。ヴィクトリアには今回の依頼、大規模なものになるとは言っていなかったが、事この時になって充嗣は正直に言っておけば良かったと後悔した。


 目の前にはマルドゥックが投影されたスクリーン、充嗣のすぐ傍にはレインが立ち、ロールとミルも真剣な表情でスクリーンを見ている。周囲には今回の強盗で使用する武装が一通り運び込まれており、流石に大規模な仕事だからだろうか、皆いつもより多くの装備を持ち込んでいる。あのミルやレインもアイアン・アーマーを都合した程だ、装備品は部屋の一角を全て占めていた。

 重火器に大量の弾薬、爆薬や手榴弾、閃光弾にドリル、医療品や防具、必要なモノは全て。


「時が来た、明日――我々BANKERはアメリカ合衆国最大の銀行に戦いを挑む」


 マルドゥックの気取った口調は、大きな依頼が来ると必ず出る癖の様なモノだ。日本の大臣が持つ金塊を強奪した時も、最新鋭潜水艦から機密情報を盗み出した時も、マルドゥックはこんな調子だった。前まではモニターの向こう側で見ていただけだが、この場に立っているのは充嗣自身だ。

 大袈裟な程に両手を広げたマルドゥックがBANKERに演説を施し、その士気上昇を促す。元より士気など天井に届き得る程だが、彼のこの言葉を聞くと体の内側から闘志が漲るのを感じた。胸の中に沸き上がった不安がジワリと薄れる、習慣というのは斯くも恐ろしい。


「再三口にした通りだ、今更計画(プラン)をこの場でもう一度説明する必要は無いだろう、大きく四つに分けるのなら、突っ込んで、こじ開けて、盗んで、逃げる、事前準備も、仕込みも終わった、後は派手に、素早く、大胆に、そして何より慎重に――連中の金庫を空にしてやろう」


 マルドゥックが両手を握りしめ、充嗣達を見る。無論、その表情が見える事は無い。マルドゥックはあくまで電子の存在、この場に本当に居る訳では無い。しかし、それでも十分だった。一ヵ月に渡る事前工作、内通者の買収、仕込み、全て彼と、その私兵が行った、その経過も成功も既に耳に入っている。あとは計画(プラン)通り充嗣達が強盗に成功すれば莫大な報酬が懐に転がり込んでくる。


―― 遂にこの時が来たのだ。


 充嗣は自身の肌が粟立つのを感じた、それは自分の昂ぶりから来るもの。それと同時に、部屋全体に異様な威圧感が満ちた。BANKERの気迫、或いは意気込み、それが空気となって部屋全体を軋ませている。


「マルドゥック、今回の依頼(ミッション)、正確な報酬額が分からないってのはマジなンだな?」

「あぁ、バンク・オブ・アメリカがどれ程金を蓄えているのか分からない、ただ一つ言える事は、今まで手にした事もない大金が転がり込んでくるって事だ」


 ロールの質問に、マルドゥックは極めて真剣に答える。その答えを得たロールは「ッし!」と両頬を叩き、自身に気合を入れた。その瞳はギラリと輝いている、闘志とプライドに輝いているのだ。


計画(プラン)は全て頭に入っているが、敵性戦闘員の具体的な数は分からないのか?」


 ソファに座り、手元の拳銃の安全装置を弾いたミルが問いかける。確かに計画書には具体的な作戦進行こそ書き込まれていたが、敵については何も書かれていなかった。それに対してマルドゥックは肩を竦めて答える。


「どれだけの敵が来るのか、正直俺にも分からん、ハウンド・ドッグのお膝元って事は連中が真っ先に来るだろう、基地も近い、最悪装甲車が何十台と列を成して来る可能性もある、下手に予想を書いて想定以上の数が来ても嫌になるだろう、だから敵については不明だ、どんな敵でも、戦車だろうがヘリだろうが、全部ぶっ壊せる装備を持っていけ」

「了解――まぁ、負ける気はしないがな」


 ミルの自信に満ちた答えに、マルドゥックの口元がニヤリと動いた気がした。


「レイン、充嗣、お前たちは何か質問は無いか?」


 マルドゥックはミルとロールを一瞥して、それから充嗣とレインに声を掛けた。充嗣は一度計画(プラン)の内容を頭で思い出し、情報の不足がないか確かめる。何度も確認したが、敵性戦闘員以外の項目は特に懸念事項もない。銀行に入ってからまず何をすべきか、金庫室までの道のり、対応、必要な装備、突破後の行動、逃走の手順、すべて問題ない。


「特にないわ、いつも通り成功して、いつも通り祝杯を挙げる――それだけよ」

「――そうだな」


 レインの尊大な物言いに充嗣は同意し、マルドゥックは「よし」と強く頷いた。今回の作戦はマルドゥックの私兵も暗躍した、絶対に成功させなければならない。報酬も莫大だが、下準備に掛かった費用も莫大なのだ。


「さて、では行こうか―― 頼んだぞ、お前達」


 マルドゥックが万感の思いを込めて言い放ち、充嗣達―― BANKERは力強く頷いた。


「任せろマルドゥック、BANKERに敗北はない」

「大金持って帰ってきてやるよォ!」

「上等なワインの準備、宜しくね」

「やるだけの事はやった、きっと大丈夫さ」


 各々が意気込みを口にし、立ち上がる。その胸に戦いへの高揚感、プロとしての矜持(プライド)、いまだ嘗てない挑戦への期待を胸に銃を持つ。撃鉄は起こした、あとは引き金を引き絞れば、それは戦闘(パーティ)の開宴となる。


「行こう、俺達―― 【BANKER GANG】の力、見せてやろう」








アメリカ合衆国 ノースカロライナ州 シャーロット市

《バンク・オブ・アメリカ》


 その日、バンク・オブ・アメリカは通常通りに営業していた。本社に来る大口客の対応と、いつも通り崩れない受付嬢の案内声、一階ロビーは人の声で満ちており、しかし騒がしくない程度の品を保っている。これより上のワークスペースでは社員による喧騒が耳を叩くが、アメリカ合衆国最大の銀行の顔となる窓口は静かなものだ、光を反射しそうな床に吹き抜けの広々とした空間、初めて訪れた客が思わず見とれてしまう様な美しさを誇っていた。


 夕方の三時頃だろうか、バンク・オブ・アメリカの受付嬢になって三年目のシャーロットが、社の前へと続く道路を疾走する一台のバンを見つけた。黒塗りのソレはやけにゴテゴテしていて、恐らく法定速度を超えたスピードで爆走している。バンク・オブ・アメリカの前に通っている公道は幾つかの小さな道路が繋がっており、その中央で走るバンは嫌に目立った。

 何故あんな事をするのだろうかと、社の入り口から小馬鹿にした表情でバンを見ていたシャーロット。しかし彼女は、そのバンが段々と此方に近づいているのに気付いた。

 普通ならそのまま右折するなり、左折するなりするだろうが、そのバンは真っ直ぐ此方に向かっている。何故かシャーロットは嫌な予感を覚えた。このままの速度で突き進めば、このバンク・オブ・アメリカに突っ込んでしまうのでは無いかと思ったのだ。

 しかし、このまま真っ直ぐ突っ込んでくるなんて、そんな映画じゃあるまし、シャーロットは自分の被害妄想を切って捨てる。時計を見れば自身の休憩時間の終わりが近い。シャーロットは陰鬱な溜息を吐きながら、休憩時間が終わる前に受付に戻ろうとして――


 バンはシャーロットが背後を向けた瞬間、更に驚異的な加速を経て、彼女の体を入口のドア諸共吹き飛ばした。


 ガラス張りのドアを突き破って、バンはそのまま社内を突き進む。シャーロットを含む、入り口の辺りに居た数人の客を轢き殺し、そのままバンはソファやら何やらを破壊しながら受付に突っ込んだ。座っていた受付嬢が呆然とした表情で跳ね飛ばされ、そのままフロントガラスにぶち当たり、向こう側の床に転がる。

 格調高く、整然としていて、美しくもあったバンク・オブ・アメリカの本社は、一瞬にして混沌と血肉が混じった地獄に早変わりした。一瞬の事に、誰も声を上げる事ができなかった。全員が息を呑み、たった今巻き起こった参事に体を硬直させる。ある者は自分が巻き込まれなくて良かったと安堵し、ある者はただ目の前の悲惨な現状に自失していた。

 そして全員が沈黙を守る中、運転席から一人の男が降りてくる。灰色の分厚い服を着て、奇妙なマスクを被った男だった。

 全員の視線がその男に向けられ――アジンはフロア全体を見渡した後、静かに告げた。


「突入完了――仕事の時間だ」

「あいよ、任せろ」


 声に応えるように、バンの後方にある扉か蹴り破られ、中から大きな黒い物体――M134機関銃、通称無痛ガンを持ったトリが現れる。灰色の防弾装甲服(スーツ)に圧倒的な暴力の代名詞を携えた彼の登場に、フロアの民間人は彼らが故意に突っ込んだのだと理解する。彼がバンから静かに降りると、重量からガクンとバンが揺れた。

 そしてトリの後ろからチトゥイリが顔を出し、そのまま下車。アイアン・アーマーを着用しているとは言え、その姿はトリと比べれば随分軽装だ。そのまま彼女は反転すると、バンの中に声を掛けた。


「ドヴァ、行ける?」

「……当然」


 中から声が返ってくる。同時に キィィ! と甲高い起動音。

 すると、次の瞬間バンが『ガコンッ!』と揺れた。そして何度も同じように強い揺れが続き、バンの暗闇から一人の男――いや、それは男かどうかすら分からない程、ナニカを身にまとった人間が出てきた。

 全体的に丸みを帯びたシルエットで、黒と灰色で統一された配色。それでいて二メートルを易々と超える全長、表面には他の面々と同じ防弾素材が使われているが、その下に着込んだ対爆防弾スーツは彼の大きさを誤認させる。さらに防弾素材の上に備え付けたトラウマプレート(セラミック)、裏に縫い付けた|防弾不織布《一方向強化ポリエチレン》が厚みを生み出していて、最早何を着ているのかすら分からない。

 歩く要塞、現に充嗣がバンから足を下した瞬間、半ば跳ねるようにバンのタイヤが浮き上がった。

 男――充嗣はバンから降り立った後、異常が無いことを確かめ、ふと視線を横に逸らした。


「うッ――おォぉお!?」


 充嗣が目を向けた先には、突っ込んだバンを呆然と見ていた警備の人間がいた。彼はBANKERの突入時に何も出来ず、彼らが強盗だと気付いた後も自失したままであった。しかし、充嗣という重装甲兵(アーマード)の存在を目にして、男は自身の役割を思い出す。

 ホルスターから銃を抜き出し、すぐさま引き金を絞った。何度も訓練で行った動作は実に簡単に男を射撃へと導く。男の叫びに反応し、素早く銃を構えたBANKERだが、しかしすぐ隣で蠢く充嗣の存在に引き金から指を離した。

 バキンッ! と銃声が周囲に鳴り響き、充嗣達に目を奪われていた民間人が慌ててその場に伏せた、銃社会だからこそ起き得る現象。

 しかし、彼の構えた拳銃から放たれた弾丸は充嗣の胴体部位に着弾し――


 火花すら散らすことなく、そのまま弾かれた。


 カンッ、と心細い音を鳴らした弾丸は、そのまま床にカランと落ちる。男はその様子を呆然と見つめ、充嗣は静かに腰を落とした。


 そして、加速。


 凡そ重装甲とは思えないで駆け抜け、男の目前へと迫った。充嗣本来の脚力と筋力補助(パワーアシスト)、更に思った以上に軽量化された装甲服(スーツ)が合わさり、男の目には一瞬にして最高速度に達した充嗣の姿が映る。

 二メートル以上の巨体が、物凄い速さで迫りくる恐怖。男は半狂乱になって拳銃を乱射した。しかし弾丸は悉く弾かれ無残にも床に転がり、充嗣の体を傷つける事はない。対HER用に設計された重装甲に、最早拳銃の9mmなど空気に等しかった。大した衝撃らしい衝撃も受けず、男の拳銃が ガチンッ! と弾切れを起こす。


「あぁッ!? クソッ、クソッ!」


 弾切れにも関わらず、男は何度も引き金を絞った。しかし弾丸が発射される事は無く、充嗣は装甲で固めた腕を引き、男へ殴り掛かった。下から抉り込む様なブロー、筋力補助(パワーアシスト)が充嗣の動きをスムーズに誘導し、ギュンッ! と腕の外骨格(フレーム)が唸る。

 インパクトの瞬間、ボッ! と言う鈍い音と共に、男の体がくの字に折れ曲がった。筋力補助(パワーアシスト)と充嗣の怪力、更にスキルの組み合わさった一撃は最早この世にあってはならない威力を生み出す。充嗣の拳が骨を砕く感覚を脳に伝えた。

 男はそのまま半回転して頭部を床に打ち付け、何度もバウンドしながら十メートル程吹き飛ぶ。血に塗れて転がる男は近くのソファにぶつかり停止し、その脇腹はべっこりと凹んでいた。男が衝突した衝撃でソファは砕け、体中に木片が突き刺さっている。

 充嗣は男を殴り殺した後、何度か確認する様に腕を回し、それからしっかりと頷いた。


「中々良い性能だ」


 静謐なフロアに、充嗣の声だけが響き渡った。



 今回は大体二話分です

 明日は休むかもしれません。

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