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 突然だが、BANKERはモテる。

 裏の世界の代名詞として存分に畏怖を集め、大量の金銭を溜め込んだBANKERの面々は、その素性こそ表には広がっていないが、裏世界ではBANKERの数字として広く顔を知られている。充嗣ことドヴァもその一人だ、それに加え全員顔が良いなんて来れば、それはもうモテるだろう。

 単純にその名声に惹かれる者、富を求める者、圧倒的な暴力に酔いしれる者、或は彼らを動かす背後の人物に近付きたい者、意図は何であれ彼ら彼女らはBANKERに近付く。その最もたる機会は、裏世界でのイベントだった。


「充嗣様」


 名前を呼ばれ充嗣は料理片手にふと背後を振り向く。そこにはフォーマルな装いをした背の高い女性が立っていた。場所はマルドゥックの所有するセーフハウスの一つ、その地下空間。大規模なメガバンク襲撃に先駆けて、参加するマルドゥックの私兵(プライベート)が集っていた、作戦前の交流会、英気を養うための食事会みたいなものだ。

 マルドゥックの私兵に対しては、ある意味身内とも言える間柄な為、充嗣達は素性を全て明かしている。彼女の胸元には天秤のエンブレム、素朴な顔立ちながら凛とした雰囲気がある。確かマルドゥックの所有する私兵隊の中でも優秀な隊員だと紹介された覚えがあった。


「ん、潜入班の……」

名称(コード)はキリアです、どうかキリアとお呼び下さい」

「――分かった、それでキリア、何か用か?」

「すみません、これと言った用事は無いのですが、その……ニ三、話が出来ればと」


 目の前の女性―― キリアは恥ずかしそうに俯きながら、充嗣を見上げる。短く切り揃えられた茶髪に、他の私兵よりも二回りほど小さい矮躯。

 裏や表のお偉いさんなら兎も角、マルドゥックの身内と話すのならば気も楽だ。充嗣は軽い気持ちで「勿論」と頷いた。実際、こういう手合いの対応は慣れたモノだ、BANKERというだけで無条件に伝手を作るべきだと考えるお偉いさんの多い事多い事。無論、マルドゥックの身内なら下心と言うより、単純な尊敬や興味から近寄ってくるのだろうけれど。


「けれど、生憎俺は女性を喜ばせる話題を持っていないんだ、何か聞きたい事があるなら答えるけれど――」

「えっ、では、あの、不躾で申し訳ないのですが、充嗣様がBANKERに参加した経緯などを教えて頂けると……」


 BANKERに入った経緯、充嗣は浮かべた笑顔をそのままに体を硬直させた。質問の内容が想定外のモノだったからだ。しかし考えれば確かに、充嗣の経歴はパッと見不透明でマルドゥック本人ならば兎も角、充嗣は周囲に公言した覚えがない。ロールなどはかなりオープンで、元軍属である事を大っぴらにしているが、ミルなどは一切口を噤んでいる。

 

 そもそも充嗣の場合は『ゲームを起動したらBANKERのクルーになっていた』という経緯なので、何故も何もない、そういうゲームだからだとしか言いようが無かった。それを、さてどう捏造したものかと考える。


「――あーっと、俺が、その……元々日本で実業家をやっていた、っていうのは知っているか?」


 充嗣は設定資料集のキャラ紹介文を頭に思い浮かべ、必死に裏設定を考えた。資料集には彼が元日本で実業家をやっていて、その後BANKERに加入したとしか表記されていない。つまり、何がどうなってBANKER GANGに参加したなど充嗣ですら知らないのだ。この場でそれらしい経歴を考える必要があった。


「はい、一応噂では……」


 どうやらこの程度の情報なら既に持っているらしい、充嗣は乾いた笑みを浮かべたまま、それらしい経歴を見繕った。


「キリア、日本に行った事はあるか?」

「いえ、アジアの方には足を運んだ事が無く……任務地が主にヨーロッパ方面なので」

「そうか、なら日本に来たらきっと驚くぞ、あそこは凄い窮屈なんだ」


 充嗣はそれらしい言葉を探しながら、曖昧に経歴を暈して答える事にした。具体的な経歴を口にすれば必ずボロが出る、なら内容を心情に絞ってしまえば良い。だから充嗣は己が半生を思い出し、真実と虚偽を掻き混ぜた。


「日本には安全がある、金も稼げて、ただ生きるだけなら最高の環境だと思うぞ、道を歩いているだけで銃をぶっ放される事もない、犯罪率も低い、ルールを重んじる、それで皆が生真面目だから全てが時間ピッタリだ、バスも電車も飛行機もな、飯もうまい、街も綺麗だし、国全体の技術力も高い」


 指折り日本の素晴らしい部分を語り、充嗣は独り頷いた。実際、日本と言う国は過ごしやすいと思う、ただ平々凡々と何事も無く過ごして行くならば最高の環境だ。

けれど――


「あの国に足りないのは一つ―― 自由が無い」


 充嗣はそう言ってキリアを見た。その瞳の中に映るのは充嗣としての人生。

 日本の国民性は多数決主義。

 数の多い方へ、多い方へと流れていく。少数派を貶し、多数派に寄る事で自己の保身を図る。常に多数派で居たいがため、少しでも他人と違うだけで奇異の目で見る。何に挑戦するも、何をしようとするのも、全て周囲の反応次第。

 あの国には自由が無い。


「別にBANKERがやりたかった仕事って訳ではないけれど、あんな閉鎖的な国で、細々と一生を終えるのは嫌だと思ったんだ、何の為に働いているのかも分からない、何で生きているのかも見失いそうになる、だったら、自分でも狂乱(おかしい)と思える行動でも起こして、一瞬の刹那(人生)を生きてみたいと思ったんだ」


 自由とは、他人に害を為さない範囲での事。その点、充嗣はそのラインを大きく跨いでしまっている。けれど己は後悔していない、人生と言うのは本来、誰にも縛られないモノなのだ。

 充嗣は死にたくない、けれどもし、もし志半ばで死んだとしても、きっと後悔はしないだろう。

 充嗣が無造作に、無慈悲に、石ころを蹴る如く人を殺すと同じように。

 充嗣を殺す人間もまた、同じく石ころを蹴飛ばす様に、自分を殺す権利があると、そう考えているから。


 勿論、嘘だけど。


「まぁ、言ってしまえば、物凄い利己主義(自分勝手)なんだよ、俺は」


 充嗣はそう言って笑った。自分の欲望に従って人を殺す事は、利己主義の極みとも言えると。

 これら全ての言葉が充嗣のでっち上げた、BANKERへ入った切っ掛けであるかと言われれば、半分嘘で半分本当。本当の半分は充嗣が日本に対して思っている事で、嘘の半分は刹那を生きたいと言った辺り。死んでも後悔しないだなんて、とんでもない。充嗣は太く、長く生きたいのだ。

 自由を求めただとか、刹那に生きるだとか、充嗣にそんな大層な考えなど無い、ただBANKERという仲間と共に何かを成す事が、とても気持ちの良い事だから続けているだけだ。

 キリアはそんな充嗣の事を、何か熱の籠った視線で見ていた。


「充嗣様は、自由を求めてBANKERへと加入したのですね……!」


 キリアが興奮した様に頬を赤らめ、ぐっと拳を握って言う。そんな大層な『自由』でもないのだけれど、それに半分は作り話だ。本当に自由を求めるならばアメリカ辺りに高跳びでもすれば良い、アメリカンドリームでも探し求めてな。


「いや、あんまり真に受けられると、それはそれで困ると言うか、そんな凄い自由でも無いと言うか、兎に角、俺はそんな目で見られる理由は持ち合わせてないよ……」

「いいえ、充嗣様は素晴らしい志をお持ちの方です」

「マジか」


 目の前でキラキラと瞳を輝かせるキリアに対し、充嗣は何か言い表せぬ罪悪感を抱いた。何だろう、この、純真に自分を信じてくれている人間を騙しているかの様な気持ちは。目の前のこの女性に謝りたくなる衝動、ごめんなさい、そんな大層な人間でも無いんです俺は。


「……あー、そうだな、じゃあ、キリアの話が聞きたい」

「えっ、あのッ、私……の話、ですか」

「そう、駄目かな?」


 充嗣はそう問いかけて、話を逸らす事に成功した。キリアは恥ずかしそうに頬を掻きながら「しかし、私の話など、充嗣様と比較しては――」と謙遜を口にする。充嗣としては絶対自分より素晴らしい理由だと分かり切っている為に、「そんな事は無い」と首を振る。ゲームをやっていたらいつの間にか加入していました、なんて理由より酷い経緯など充嗣は想像出来ない。


「マルドゥックの私兵なら、俺達と同じ様な境遇だ、是非とも教えて欲しい」

「充嗣様がそう仰るのなら―― それでは、えっと、余り面白い話ではありませんが」


 そう言ってキリアが口を開こうとした瞬間、充嗣の肩がぐっと誰かに引かれた。とても強い力で、思わず踏鞴を踏んでしまう。何だと思って背後を見てやれば、とても良い笑顔を浮かべたレインが立っていた。スーツ姿で、うっすらと浮かべた笑みは美しいと言って差し支えない。しかし、そこから滲み出る感情は美しいと言うより、悍ましいと言った方が正しいだろう。心なしか彼女の美しい笑みが般若の様な顔に見えて仕方がない。


 有体に言って、充嗣はこの瞬間「あっ、やばい」と感じた、理由は無いがそう思った。



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