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トレーサー


「はぁ? BANKER GANG?」


 とある酒場。

 街の片隅にポツンと存在し、昼から夜にかけてまで営業する酒屋。マスターは初老の男性で、客の少ないこの店で独り細々と商売を続けている。特段有名という訳でも無く、寂れているという訳でも無い。

 そんな酒場の、真昼間から酒を飲んでいた男の隣に一人の女性が座っていた。男の表情は赤らんでいて、アルコールに酔っているのが分かる。男はこの町の警官で、巡回と嘯きこの店で酒を煽る常連の一人であった。周囲には馴染みに客がまばらに座っており、各々好きな様に時間を過ごしている。

 警官の隣に座る女性は新顔だった、見た目はアジア人らしいがどうにも、人を探してこの町に来たらしい。帽子を目深く被り体型は小柄だ、大きめのリュックだけが荷物の様で、今は足元に下ろしている。


「おいおい、まさかこんな寂れた酒場でその名前を聞くとはよォ……」

「寂れた店で申し訳ないねェ」


 酒場のマスターが警官の零した言葉に反応し、露骨に顔を顰める。それを手の平でシッシと払った男が女性に問う。その表情は困惑が一割と興味本位が四割、そして残り半分が単純な疑問だった。


「アンタぁ、何でその名前を出したかは知らねぇが、俺ァ警官だぞ? 犯罪者の居場所を知っている様に見えるか?」

「いえ、その……警察の方なら知っているかと思って」

「そんなの、知っていたら本部の連中が勇んで突撃しているだろうよ」


 男にとってもその名前は聞き覚えのあるモノである、この街―― いや、ハッキリ言えば全世界の警察関係、下手すると民間人の耳にも入っている。BANKERの名前こそ伏せられるが、彼らのやっている事は大々的に報道されるのだから。


「言わせてもらうが、もしBANKERを探しているのなら、やめておいた方が良い、アイツ等は本当にヤバい、同じ人間だとは思えねェ」


 男は手元の杯をぐっと煽り、勢い良くテーブルに叩きつけた。その様子には何か鬼気迫るものがあり、音に驚いた何人かの客が此方に目をくれる。口元を乱暴に拭った男は、何か決意の籠った瞳で女性を見た。


「俺も二年前か、その位だ、連中と撃ち合った事がある、偶々巡回していた街の銀行が襲われたって連絡が入ってな、連中は馬鹿みたいにでかいドリルで金庫に穴を空けてやがった、俺は拳銃片手に飛び出したさ、他の警官もわんさか居た、あんだけ居りゃ普通の強盗なんぞ速攻豚箱にブチ込める、そう思った」


 けれど、それは間違いだった。

 男がそう言って唇を噛み、顔を俯かせた。


「全滅だ、その場に居た三十人近い警官が、たった二人に全滅させられた、連中は確かに防弾スーツを着ていやがったが、俺ァ何発もぶち込んだ、それなのに連中はピンピンしていやがる、銃弾をまるで恐れていない、銃口を向ける警察に平然と突っ込んで殴り殺しに来る、弾が切れたら殴れば良い、アイツ等はトチ狂った事を平気でやるんだ、俺も近付いて来た一人に殴り飛ばされて意識を失っていた、殴られて吹き飛ぶなんざ初めての経験だった、拳くらいの大きさの鉄の塊が物凄い速さで頬をぶち抜いた、感覚としてはそんなモンだ、気付いた時には全部終わっていて、目の前には鉄屑になったパトカーと、狗畜生(ハウンド・ドッグ)の死体の山、そして空っぽの金庫室、人間技じゃねぇ、あの強盗で98人が殉職した、たった四人でそれだけ殺したんだ、俺はそれ以来碌に巡回すら出来ねェ根性なしになっちまった」


 男の声は深い後悔の色を滲ませていた。隣で話を聞いていた女性がゴクリと唾を飲む、その手元はぐっと膝を握った。元々覚悟はしていたが、実際に現場に立ち会った人間の話はリアリティを多分に含む。 

 BANKERの脅威を実際に体験したのだ、何らかの心的障害を負ってもおかしくない、女性はそう思った。男の肩は僅かに震えていた。


「連中は人殺しを楽しんでいる節がある、いや、人殺しって言うよりは、強盗という過程(プロセス)そのものだ、喜々として弾丸の雨に飛び込み、人間を撃ち殺す事に躊躇いが無い、連中は金を求めて強盗を繰り返しているが、俺ァ連中の本当の目的が金だとは思っていない、命を懸けた殺し合い、そこで生じるスリル、そういうモンを求めてるって言われた方が、俺は信じられる」


 連中は殺し合いを愛しているのさ。

 男はそう言って手元の酒を全て飲み干した、空になったそれをマスターに突き出しつつ「もう一杯だ」と口元を拭った。マスターは一瞬だけ男の顔を見て、それから仕方ないとばかりに酒瓶を取り出す。


「アンタが何でBANKERを探しているのかは知らない、復讐かもしれねェし、頭の足りないジャーナリストか、或は単純に知り合いなのかもしれない、だが俺にとってはどうでも良い事だ、唯一言える事は何の用にしろ、それは諦めた方が確実にアンタの為になるって事だけだ」


 ゴポゴポと音を立てて注がれる酒を見つめながら、男は真剣な声色でそう告げた。ギリギリまで注がれた酒が跳ねて水滴がテーブルを汚す、女性は男の話に耳を傾けながら「ありがとうございます」と告げた。満杯に注がれた水面を見ながら、男は「こんな話で良いなら、幾らでも」と肩を竦める。


「でも、それでも探さなくちゃいけないんです―― その、私の大切な人だから」


 女性が俯いたまま、沈んだ声で言った。それは疲れ切った様な、悲壮感を感じさせる声。男は一瞬女性の方を向いて、それから何かを迷う素振りを見せた。そして乱暴に頭を掻くと「マスター、紙とペン、あるか?」と問うた。


「……ほらよ」


 カウンターの裏を漁ったマスターが一枚のメモ用紙とボールペンを男に手渡す。それをふんだくるように取った男が、乱雑に文字を用紙に書き記す。そこには誰かの連絡先が書かれていた。それを女性の前に突き出すと、「頼むから、もう俺を巻き込まないでくれ」と突き放した言葉を投げかける。


「えっ、あの……これは、一体」

「お前、『マルドゥック』は知っているか?」


 男のマルドゥックと言う言葉に女性はしばしメモ用紙を見つめ、それからゆっくり口にした。


「えっと、古代バビロニアで信仰された神様……ですか? あの、四つの目と四つの耳を持ち、その目と耳で何事も見逃さず、聞き逃さない神――」

「違う、BANKER GANGを率いる人物の裏名称(アンダーネーム)だ―― マルドゥック、そいつと一度契約を交わした事のある女が居る、PMC(民間軍事会社)の雇われだ、ジョバンニって男から連絡先を聞いたと言えば分かる」


 男―― ジョバンニはそう言って女性にメモ用紙を握らせる。そして不機嫌そうに手元の酒を口元に運び、「もう俺は連中に関わりたくないんだ、だから、それを持ってとっとと消えてくれ」と吐き捨てる。

女性は手に握らされたメモ用紙を見つめ、それからソレを強く掴むと足元にあったリュックを掴み、男へ深々と頭を下げた。そして帽子を深く被り直し、そのまま店の出口へと歩いて行く。男はその背を見送る事もせず、背後で店の入店ベルだけが鳴った。


「……上には、アレ、提出していないんだろう?」

「出せるか、あんなモン」


 マスターの言葉に男は吐き捨てる、もう二度と関わりたくないと言うのは本心だった。元より偶然の産物で出来た人脈、それにあの女が易々と話すとは思わない。傭兵という人種は信頼が第一、雇用主(クライアント)の守秘義務すら守れない連中なら雇われる筈がない。

 そして何より、それを報告してもう一度BANKERと撃ち合うなど御免だった。今度こそ本当に、この命を失いかねない。目の前の昇進より、男は日々の安寧を選んだ。


「下手すりゃ死ぬかもな、あの女」


 男は(グラス)の水滴を指先で拭い、そう言った。




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