スキル
全く展開が浮かばない件
もっと大金持ちヒャッハーな小説を書きたいだけの夏だった
「言われた通り訓練場は開けておいたぞ、充嗣」
この世界に来てから丁度二週間、充嗣は自身のツテを使って必要な装備を粗方揃えた。銃器の類は元々自宅に保管されていたモノから見繕ったが、新しい爆薬とボディアーマーは南方の武器商人より取り寄せた。一番最初に考えたのは重装甲兵と呼ばれる敵兵士が着込んでいる対爆対防弾スーツを購入する事だった。
あの重装甲兵のスーツは頭部のヘルメット以外のダメージを殆ど無効化し、ロケット弾を撃ち込むか地雷で吹っ飛ばすかしなければダメージが通らないチート性能なのだ。大抵は大口径のライフルか爆発弾(HE)で動きを阻害し、ヘルメット目掛けて零距離射撃で倒すのがデフォルト。しかしそれはゲームだからこそ出来た動き、今自らあのガチタンに突っ込む勇気を充嗣は持ち合わせていない。
だからこそ、そのスーツが手に入ればどれ程安心出来るか。充嗣は八方手を尽くして重装甲兵の対爆防弾スーツを手に入れようと調べ回った。結果、漸くそれらしい装備を手に入れる事が出来たのだ。
「……しかし、随分とゴツい装備だな? 殴り合う前提の装備じゃないか」
今、PCのカメラ越に会話しているのは充嗣達、BANKER(銀行家)の雇い主であり、スポンサーであるマルドゥック。裏の仕事を秘密裏に受注しBANKERを派遣する、他ならぬ皆のリーダーだ。ミルは実働隊のリーダーであり、マルドゥックはBANKERのリーダー。要するに作戦立案や現地への仕込み、手回しなどは全てこの男が行っていた。
「次の依頼は騒乱と聞いたから、少し重めのボディアーマーを調達してみた、前回の様なヘマはしたくない」
「あぁ、HERを撃ち込まれたって聞いている、アイアン・アーマーが吹き飛んだってな」
「気休め程度のベストだったら文字通り吹き飛んでいたよ」
充嗣が今身に着けているのは、アイアン・アーマーと呼ばれるボディアーマーよりも堅牢な、それこそ全身を包み込んで防護するスーツだった。通常の防爆スーツの強化版とも言える装甲服で、重装甲兵の着込んでいる防爆スーツにも負けていない。全身を装甲板、ケブラーで覆った完全防護服だ。
さすがに戦車砲の様な砲弾の直撃には耐えられないが、至近弾の場合に襲い掛かる爆風、破片程度ならば守ってくれる。防御できるのは650 m/s ~ 700 m/sの爆風で、8~10kgf/cm²程度までの入射爆風の圧力。NIJ規格クラスⅣA+の防御力を誇り、徹甲弾すら防ぐ硬さを持つ。言ってしまえばアサルトライフル程度の弾丸ならば、このスーツの前で無力も同然。10kgf/cm²の圧力と言えば、鉄筋コンクリートですら損壊する圧力だ。それすら防いで見せると言うのだから丈夫さが分かるだろう。
尚生身の人間が10kgf/cm²以上の入射爆風の過圧を受けた場合、肺は機能障害を起こし、腹は裂傷、内臓は重度の出血を引き起こし眼球や鼓膜も破裂する。
「ハウンド・ドッグの連中、今度は本当に戦車でも持ってくるんじゃないか? リオの時は装甲車まで持ち出して来しな、最近はこの辺りで仕事がし難くて敵わん……訓練場の使用は夕方までだ、一応表向きは【内装工事】、地下施設だからと言って無茶はするなよ?」
「爆発物はセットまでの手順を確認するだけなんで、そう騒がしくはならない」
「真面目なんだか、臆病なんだか分からん奴だ、まぁそんな所を評価したんだがな」
上手くやれ、それだけ言ってマルドゥックからの通信は切れる。此方にモニターは存在せず、向こうは充嗣の姿をカメラで見ている。後に残ったのは静寂のみ、セーフハウスとして利用しているバー、その地下への階段が独りでに開いた。恐らくマルドゥックからの解錠命令が伝わったのだろう。
充嗣を含めBANKERの人間でもマルドゥックの素顔を見た者は居ない。その素性も経歴も全て不明、だがそれでもクルーは彼を信頼している、今まで何度も危険なビジネスを続けて来た、それで生きて来られたのも彼のお陰だからだ。同時にマルドゥックも充嗣達BANKERを信頼している、どんな危険な依頼も、不可能だと言われていた戦闘も、四人の力で潜り抜けて来た。
マルドゥックとBANKERの間には金で作れない信頼が確かにあった。
「爆薬、起爆剤、雷管、接着」
訓練場の中にある爆発物ルーム。主にHERや地雷、グレネードなどを使用する部屋。
充嗣はその部屋の中でブツブツと記憶を反芻しながら素早く地雷を仕掛ける。便宜上地雷と呼んでいるが、実際はコンポジションC4と同じ物である。壁や扉、床などに粘着剤と一緒に引っ付けてセンサーを取り付ける。このセンサーに引っかかったら自動で起爆させる事も出来るし、こちらで手動起爆させる事も出来る。充嗣は今、地雷設置スキルの一つである【設置時間半減】のスキル検証を行っていた。
粘着剤を扉に張り付け地雷を埋める、センサーの電源をオンにして起動確認、雷管異常なしと確認して離れる。その間役五秒、元々充嗣に爆発物取り扱いの知識など存在していなかったが、今は巳継の体が覚えている。しかし設置時間に関しては我ながら遅いのか速いのか分からない。ゲームではボタン一つで設置できた為に基準が存在しないのだ。
このまま起爆ボタンを押して起爆させたい気持ちになるが、マルドゥックには設置するだけと言ってある。なので今回は起爆させない、接着剤はそのままに地雷だけ回収し溜息を吐き出した。今更ながら地雷では無く自動攻撃銃のスキルを持っておけばと後悔したのだ、アレは何とも使い勝手が良い。
「……無いモノ強請りしたって、仕方ないか」
そもそも本当にスキルが適応されるかも怪しいのだ、もしそうなら最悪一から全部学ぶ必要がある。その時は充嗣が頑張って手に入れたスキルは全て水の泡、逆に全く振っていなかったスキルに関しては取得のチャンスがあるという訳だ。
しかし正直に言って、その件に関しては余り心配していなかった。その理由は充嗣が顔面保護の為に着用している仮面にある。
一つ目の、鋼で出来たゴツゴツとロボット感溢れるマスク。中央のモノアイからは黄色い光が溢れて、さながらライトの様。どこぞの海底都市でドリルを持っていそうな外見とでも言えば良いのか、その錆び具合と言い雰囲気と言い、あまり強盗時に被るマスクではない。
それは他でも無い、ゲームであった頃に充嗣が好んで使用していたマスクだった。ゲームをやり込んだ特典で貰えるレアマスク、その一つ。デカールも表面のざらつきも全てペイントによるものだ。ゲーム時代のアイテムが今でも存在している、それはつまりゲームとして蓄積した時間が今を構築しているという事。自宅に並べられた銃器もまた、充嗣のカスタムしたものだったのだ。そんな中でスキルだけ引き継がれない事など有り得るのだろうか? 勿論、絶対と言い切れないのが恐ろしいところではあるのだが。
「後は射撃スキルか」
爆発物を保管ボックスに仕舞った充嗣は、次に射撃室へと足を運んだ。手にしているのはアサルトライフル、ハンドガン二挺、銃身を切り詰めたショートショットガン。全てMODによる強化もされており、カスタムが施されている。
アサルトライフル― GE―09は精度を高めた中~遠距離武器、グリップとサイトを付けて射撃し易くしてある。ハンドガン二挺はグロック17に百連マガジンを取り付けた近距離戦特化、そして銃身を切り詰めたショットガンは俗にソードオフ・ショットガン。弾薬にはHE弾を使用し着弾と同時に小規模な爆発を引き起こす、その分扱いに細心の注意を払わなければならないが、重装甲兵や盾持ちには有効だ。
射撃室にある起動ボタンを殴り付ければ、30メートルから50メートルに的が起き上がる。施設の立地上それ程距離がないのが不満だけれど、贅沢は言っていられない。素早くライフルを構えて― 射撃。
弾丸は寸分たがわず頭部を貫通、銃を撃った事など現実ではハワイやグアム、サイパンに行って以来だが、先の戦闘でもそうであったように体が覚えているらしい。その後もスムーズに弾丸は頭部、心臓、腹部を撃ち抜く。丁度ワンマガジン撃ち切った所で素早くライフルを手放し、グロック二挺を抜く。そのままフルオートで30メートル標的を斉射、百連マガジンから次々と弾丸が吐き出される。
そして最後はソードオフ・ショットガン。腰に取り付けたそれを一回転させながら手元に引き寄せる、そして構えると同時に一撃、着弾した的が小爆発し半分が焼け焦げ、半分が消し飛んだ。
「……射撃スキルは健在、精度上昇スキルも適応されている、のだろうか」
比較対象が無いから何とも言えないが、少なくとも現実に居た頃よりは大分腕前が上がっている。狙った所にポンポン弾が飛んでいくのだ、ある程度補正が掛かっていると考えて良いだろう。若しくは巳継というキャラクターが最初から持っていた技能故か。
「スーツも良好、射撃に問題無し」
思っていたよりスーツによる動きにくさが無い、充嗣は銃を設置された台に乗せながら肩を回す。重量ボーナスが働いているのだろうか、一応速度上昇のスキルも持っているし、着用しているアーマーの重さによってペナルティ減少のスキルもある、巳継の肉体が筋肉質であると言う点を除いても異常なタフネスだ、このまま数キロマラソンを敢行しても走り切れるだろう。
後はアーマーの耐久性。
しかし実際に誰かに撃って貰う訳にもいかず、充嗣はアーマーに関してはゲーム時代のスキルと調達してくれた武器商人に全幅の信頼を置く事にした。