リザルト
「収穫はこれで全部か?」
アジンが貸金庫から奪った金品をバッグに詰め、最後の一つを金庫室の入り口に放った。ガチャンと音が鳴り響き、中身に大量の金品が入っていることが分かる。
「あるだけは開けたし、これで全部だと思う」
充嗣は手に持った小型ドリルの停止スイッチを押し込み、安全装置を作動させた。回転していたドリルがゆっくりと停止し、微かに聞こえていたエンジン音が次第に鳴りを潜める。それを床に一度下すと、凝った肩を静かに解す。足元には使用済みのドリル刃が何本か転がっていた。
「結構な量だったけれど、やった甲斐はあった、これは追加報酬も期待できそうだ」
「あぁ、写真や賞状なんかのハズレもあったが……六割はアタリってところか」
貸金庫は客の大事な品物を預ける場所だが、中身は様々で家族の写真やら賞状やら手紙やら、札束に換金出来ない物品もある。しかし、その内六割が指輪だったりネックレスだったり、単純にヘソクリ的な金銭だったりするので、それらを掻き集めるとそれなりの金額になった。今回はバッグにして凡そ四つ分ほどだろうか、一応重労働した分には見合うだろう。
アジンと手分けして小型ドリルとバッグを持ち、そのまま金庫室から撤退する。少し歩いて監視室に辿り着くと、トリとチトゥィリが中で待機していた。人質は地面に伏せたままで、素直に呼吸だけしている。
「おう、アジン、ドヴァ、終わったのか?」
人質に銃口を向けていたトリがそう言って手を挙げ、アジンは「あぁ」と頷いてバッグを見せた。
「情報資料と札束はバンに運んである、コレは貸金庫分、追加報酬も結構貰えそうだ」
「おぉッ、やったな! じゃあ後は逃げるだけって事か?」
「そういう事だ―― チトゥィリ、監視カメラで何か異常はあったか?」
「無線でも言ったけど、特にないわ、今もね」
アジンの言葉にチトゥィリが静かに答え、そのままこちらを向く。トリがソファから立ち上がり、アジンからバックと小型ドリルを受け取った。そして手が自由になったアジンがホルスターからPL-02を抜き、静かに安全装置を解除する。
「荷物をバンに運んでくれ、俺も直ぐ行く」
「了解、隊長ォ」
トリが監視室から最初に退室し、続いて充嗣も扉を潜る。その背後にチトゥィリが続き、そのまま裏口からバンへと向かった。もうすぐ日が暮れる、空を見上げれば段々と落ちていく太陽が見えた。
充嗣が空に視線を向けていると、背後から空気の抜ける音と水音が微かに聞こえてくる。
少しでも痕跡を消すために、生存者は居ないほうが良い。これは静寂を行う上での鉄則。
「今回も上手くいったわね、充嗣」
隣を歩くチトゥィリが静かに囁く。依頼中だと言うのにドヴァで呼ばない、最初その事に眉を潜めたが、周囲に自分たちを見る敵は無く、唯一存在するのはクルーであるトリだけ。結局充嗣は敢えて追及する必要もないと考え、「あぁ、そうだな」とだけ答えた。
バンの扉を開き、その中にバッグとドリルを放り込む。そのままトリが助手席に乗り込み、充嗣とチトゥィリが後部座席へと乗り込んだ。
遅れて、アジンが裏口から駆けて来る。
「待たせたな」
そう言ってアジンが乗り込むと、ゆっくりとバンは動き始めた。全員が仮面を脱ぎ捨て、何でも無いただの一般人に成り済ます。歓声も未だ上げないし、表情は変えない。帰り道で職質など笑えない冗談だ。充嗣はそっと自身の後ろに積まれたバッグの山を見る。
依頼達成、成功報酬は一億と追加分――
無線の向こう側で、マルドゥックの歓声だけが聞こえていた。
☆
「BANKER GANGに乾杯ィ!」
聞き慣れたロールの音頭に合わせて杯を掲げ、一息に飲み干す。場所はいつものセーフハウス地下、マルドゥックの投影されたスクリーンと酒を煽る様に飲むロールを見ながら、充嗣は独り苦笑する。隣にはレインと、すぐ近くには壁に寄り掛かってワインを舐めるミル。近くには強盗に使用した武装とバッグが無造作に転がっていた。
「正直、今回は祝勝会が必要か微妙だと思うけどな、成功して当然の強盗だ」
「バッカ、ミル、お前、成功したなら取り敢えず酒盛りだろうがよォ、生還出来た事を喜ぶんだ、人生楽しい事が多いと嬉しいだろうが」
ミルがワイングラスを揺らしながらそう言えば、ロールから否定的な言葉が返って来る。だがその実、単純にロールはBANKERで騒ぎたいだけであると皆が知っていた。こういう銀行強盗後の祝勝会や何らかのイベントで無い限り、BANKERクルー全員が集まる事は殆ど無い。
彼も彼なりにクルーとの時間を大切に想っているのだろう、それを分かっているからこそミルは少しだけ肩を竦め、「まぁ、良いけどな」と笑った。
「しっかし、何事も無く終わって良かったがよォ、どうせなら俺の新兵器を見せてやりたかったぜ」
ロールは煽った杯をテーブルに叩き付けながら、そんな事を言う。静寂で済んだ為、今回撃ち合いは無かった。恐らく新兵器というのは例の無痛ガンの事だろう。正直地方の中規模銀行でそんなモノを使ったら建物ごと壊れてもおかしくない、充嗣は内心で騒乱にならなくて良かったと、本心からそう思っていた。
「面倒が無いなら良いじゃない、それに、この後思う存分使えるでしょう?」
充嗣の隣を占領するレインが口を開く。恐らくこの後と言うのは次の依頼―― バンク・オブ・アメリカを指しているのだろう。確かに大規模な銀行を襲うとなれば、それ相応の装備が必要だ。それで無痛ガンを使うと言うのであれば、まぁ止めはしないが是非とも扱いに気を付けて欲しい。誤射されて即死しました、なんて言うのは全く笑えない。
チトゥィリの言葉を聞いたロールが「じゃあ次の依頼は、俺がVIPだなァ! ハウンド・ドッグの連中に目に物見せてやるぜェ!」と意気込む、少し酔っているのだろうか。酒に酔っているというよりは、アメリカ最大規模の銀行を襲うという事実に酔っているのかもしれない。
その気持ちは充嗣にも分かった、今回の仕事が些事に思えてしまう程、次の仕事は大きい。
「今回の仕事で得た金を元に、バンク・オブ・アメリカを襲う算段を立てる、流石にアメリカ合衆国最大の銀行だからな、かなり入念に準備を進めなきゃならない、少しのミスが破滅に繋がると思えよ」
「大丈夫だマルドゥック、俺達もプロだ、常に最高の状態で仕事に臨む――今回は特に、な」
「あぁ、問題ねェ、俺ァ今すぐだってやれるぜ、マルドゥック?」
「やれるだけはやる、何事にも全力でね」
「最善は尽くすよ、俺なりには」
各々の言葉にマルドゥックは「正直、俺は心配してない、何故ならBANKERだからな!」と笑う。では先程の忠告は一体何だったのか、部屋が全員の笑いで満たされた。
充嗣は笑いながら独り、杯の水面を見て思う。
恐らく次の戦いは、充嗣を以てして、ゲーム時代の最高難易度と同じレベルの戦いとなるだろう。ゲーム時代、何度となく死亡&再開を繰り返していた充嗣だが、次の依頼にリスタートは存在しない。一度失敗すれば、それは即ち己の人生が終わる事を意味している。
これまで戦ってきた戦場の難易度は、ノーマルか、ハードか、良くてベリーハード。つまりゲーム時代の充嗣であれば容易に突破して当然、ある意味苦戦すら論外の戦いだ。本来のゲームには五段階の難易度が存在したが、あの、充嗣が死にかけた絵画強奪依頼ですら第三段階の難易度だと推測される。
確かに戦闘ヘリの存在は予想外だったが、それにしても敵の数が余りにも少なすぎたのだ。そして、敵の着用している防護服。それがバリステックベストの時点で難易度は下の方だと分かる。
難易度第四段階、そして最終段階である最高難易度ではNATO弾を通さない【アイアン・アーマー】持ちのハウンド・ドッグが出て来る。アメリカ合衆国最大規模の銀行となれば、流石に連中も顔を見せるだろう。作戦時間も長くなる筈だ、そうすれば足の遅い部隊も続々集結するに違いない。
ゲーム時代の最高難易度では、多い時で一人辺り二百人近い敵を屠った。それが四人分だから、凡そ八百人。それだけの数が押しかけて来る、このたった四人の集団に。四人対八百人、単純に考えて弾薬も体力も足りない、ゲーム時代では敵の武器を奪って大暴れ出来たが、この世界で同じ事をやれるかと聞かれれば無理だ。一時的なら可能だろう、だけれど、この世界で充嗣単独での戦闘力はそれ程でもない。
「準備が必要だ」
充嗣はぼそりと呟く。
ミルとロール、そしてマルドゥックが次の依頼について色々と意見を交わし、レインはそんなBANKERの姿を見守りつつ充嗣の隣で静かに杯を傾ける。今の言葉が聞こえた様子は無い。
「メガバンク襲撃は一ヵ月後だ」
意見を交わしていたマルドゥックが口にする、どうやら彼の情報によると一ヵ月後のその日が一番警備が薄いらしい。彼がそう言うのであれば、そうなのだろう。二カ月の安全間隔を捨てても、その日を選ぶ。少しでも楽に突破できるのであれば充嗣もそうするだろう。
一ヵ月、充嗣はその間に出来得る限りの事をしようと拳を握った。
そろそろ二日に一回更新にすべきか‥‥




