心の中
一分か、二分か、充嗣とトリが静かに暇を持て余している時間、頭を抱えて震える人質連中に意味も無く銃口を向け恐怖感を煽っていると、アジンが戻って来た。その隣にあの中年男性の姿は無い。
「開いたのか?」
充嗣がそう問うと、「勿論」とアジンが頷いた。そしてジャラリと指に引っ掛けた鍵束を見せる、内扉と情報保管用のキャビネットの鍵だろう。
「タイムロックは作動させた、あと二分で開くんだが思ったより説得に時間が掛かったからな、回収を急ぐためにトリかドヴァの手を借りたい、一応ドリルは二つ持って来ただろう」
「あぁいうチマチマした作業は苦手なンだ……ドヴァ、頼めるか?」
「オーケー、引き受けよう」
トリが面倒そうに仕事を丸投げし、充嗣は苦笑しながら引き受ける。ロビーの監視をトリ一人に任せると、充嗣はアジンと一緒に裏口から慎重にバンまで戻り、後部座席に積まれた運搬用バッグと小型ドリルを回収、金庫室へと足を進めた。何か異変があれば監視室のチトゥィリから連絡が入るので、今のところは順調だ。
金庫室の前に辿り着くと、充嗣達の前に大きな銀の扉が聳え立つ。鈍い光を放つそれは、手に持った拳銃程度ではビクともしない鉄壁の壁。E-4000と呼ばれる角形扉には、耐火性能の他、耐錐、耐溶断、耐衝撃性が備わっており、特殊防御材であるクマヒラアロイが使用されているとの事。何でも日本企業の鋼材らしい、こんな所で祖国の技術力を見せられるとは思っていなかった。
「タイムロックが解除されたら、内扉を開けて、手早く貸金庫を開いてくれ、札束と情報資料の回収は俺がやろう」
「了解、そっちが終わったら手伝ってくれるんだろう?」
「勿論」
タイムロックは既に三十秒を切っており、充嗣は足元に小型ドリルを下ろすとアジンに空のバッグを放った。人が一人入る位の大きさで、それの中には幾つか小さなバッグが小分けになって入っている。全部で十個程だろうか、それだけあれば足りるだろう。
ふと視線を横に逸らすと、壁に凭れ掛かって死んでいる男が一人。あの中年男性だ、眉間を撃ち抜かれて死んでいた。その表情は何とも表現出来ない、驚いた様な、後悔している様な、泣きそうな様な。
ゲームでは脅せばすぐにコードを吐いたが、現実だと相当手間が掛かる。早く吐けば、そんなに苦しまずにすんだと言うのに、充嗣は内心で男を憐れんだ。
「ドリルの刃が足りなかったら言ってくれ、バンにはまだ幾つか予備がある」
「おう」
そうこうしている内にタイムロックが【0】となり、電子音と共に金庫のロックが解除された。アジンが静かにハンドルを握って、ゆっくりと回転させると、重々しい音を立てて鋼鉄の扉が内部を晒す。中には内扉と、奥の台座に大量の札束、そして左右に情報資料を保管するキャビネット、後は全て貸金庫だ。充嗣はその数の多さに思わず感嘆の息を漏らし、足元の小型ドリルを手に取った。
アジンが金庫室に踏み入り、鍵束の中から幾つか鍵を試行する。すると三つ目でガチャン! と音が鳴り、甲高い音を立てて内扉が開いた。
「では、手筈通りに行こう」
「任せろ」
アジンの隣を横切って、充嗣は端の貸金庫から順に開けていく。貸金庫には鍵穴が有り、そこをドリルでぶち抜けば簡単に中を晒す。元々金庫室レベルでは無いが、貸金庫よりも頑丈な鋼材を削り切る為のドリルだ。それこそ輸送車の移動式金庫室の様な。
充嗣がドリルの燃料を確認し、スイッチを押し込むとドリルが唸りを上げて回転を始める。振動を抑えながらゆっくりと鍵穴に近付けると、ギギギィ! とドリルの先端が火花を散らし、想像より早く内部に抉り込んだ。
そして数秒ほど押し込み続けると、何の前触れも無しに貸金庫がパカリと開く。鍵穴を貫通したのだろう、中身は指で摘まめる程度の札束。アタリだと思った充嗣は、それを足元に落とす。貸金庫破りは思った以上に簡単だった。
充嗣は金庫室の内部を見渡し、仮面の下でニヤリと笑う。
金庫室の中にある貸金庫の数は百か、二百か、取り敢えず物凄い数だ。この中にどれだけの掘り出し物があるのか、そう考えると自然と胸が高った。
「それじゃあ、まぁ、ドンドンやろうか」
気分は宝を求める冒険者。
慣れれば数秒で一つ開けられる、三秒で一つ開けられるなら、三十秒で十、一分で二十、アジンも加われば一分で倍の四十、仮に貸金庫が二百個あっても五分で事足りる。充嗣は札束を回収し、キャビネットを解錠、重要資料を片っ端からバッグに詰め込むアジンの背を確認しながら、目の前の作業に没頭していった。
☆
フロアの監視を担当していたトリは、新しい客が入店して来る事を警戒して人質を移動させていた。後ろ手をテープでガチガチに縛り、四人を順に並ばせて裏へと押し込む、事前にチトゥィリへと連絡を入れ人目につかない監視室へと連れて行った。監視室はそれなりに広い部屋で、幾つものモニターと監視カメラを手動で動かせる操作桿が一つある、後は珈琲メーカーやら食器棚やらソファやら、半ば休憩スペースと言っても過言では無い。
トリは大人しく連れて来られた人質を地面に這わせると、チトゥィリに「お疲れさん」と声を掛けた。チトゥィリはカメラの映像が出力されるモニタの前で微動だにしない。
「説得に随分と時間が掛かったみたいね」
「……あぁ、あのオッサンか、銀行のお偉いさんってのは、自分の命より会社の信用が余程大事らしい、スゲェと思うよ、素直に」
チトゥィリはモニタから目を逸らさずに口を開く。トリはその言葉に頷きながら、人質に銃口を向けていた。
金に執着すると言う点だけで言うのであればBANKERもそうだが、トリは自身の命と金を天秤に掛けるなら、迷わず自分の命を選ぶ。仲間の命と金なら、勿論仲間の命だ。命あっての物種、幾ら裕福であろうとソレを楽しむ余地が無ければ意味は無い。
「金の亡者……いや、ある意味狂人だな、俺達にとっちゃァ面倒な相手だ」
今回は特に手間が掛かった、その部分に関してはトリも同意する。トリは近くのソファに腰を下ろすと、銃口を人質に向けたままふとチトゥィリに質問をした。単純にいま思いついた疑問だった。
「そういやァ、チトゥィリ、一つ気になる事があるんだけどよ」
「……何?」
トリが声を上げると、怪訝な声色でチトゥィリが返事をする。人質の前で余り素性をバラす様な真似は出来ないが、静謐ならば別だ。トリは遠慮する事無く疑問をぶつけた。
「結構前からドヴァが好きだったって聞いたが、ドヴァがHERでぶっ飛ばされた時なんざ、冷静そのものだったじゃねェか、そこが何となく、納得いかなくてな」
本当に好きなら、そういう時って怒ってりするもンなんじゃねェか?
トリの言葉に、僅かにチトゥィリの体が揺れる。その反応が、人質の前で踏み入った質問をしたからなのか、それとも単純に癪に障ったからなのかは分からない。しかしトリは単純に気になったから聞いただけで、それ以上でも以下でも無い。これでチトゥィリが怒ってしまったならば、素直に謝ろうと思っていた。
彼女は小さく溜息を吐き出すと、仮面越しに自分の頬を撫でる。
「トリ、戦場で一番やってはいけない行動って、知っていて?」
「? やってはいけない? なんだ、そりゃ」
トリが首を傾げると、チトゥィリはモニタを見たまま静かに答えた。
「感情的になる事よ」
ピシャリと言い放たれた言葉に、トリは動きを止める。
「例え仲間がHERで吹き飛ばされようと、瀕死の重傷を負おうと、感情的にならない事、気持ちが先走って愚かな行動をしてしまうのが、最もやってはいけない事、だから私は、例え愛した人が弾頭で吹き飛ばされようが、死にかけようが、決して感情では動かない、それが結局一番彼を生還させる確率が高いから、私達は個人で戦う訳じゃないの、全員揃って初めて一つの戦力――」
一時の感情に身を任せて動くのはね、例え想い人が理由だろうと、本当にその人を考えているって事にはならないのよ。
チトゥィリの言葉に、トリは口を開こうとして、結局何も言えなかった。それはまるで、軽率に飛び出した自分を責める様な言葉だ。あそこで自分まで倒れていたどうなっただろとトリは考える、恐らくBANKERは全滅していただろう、前衛が倒れたら一気に押し込まれて終わりだ。
トリは数秒口をまごつかせて、「……なぁ、その――悪かったよ」と肩を竦めた。その謝罪にはチトゥィリに対してした質問と、あの戦闘で独りよがりな突撃をした事に関して。チトゥィリは少しだけ顔をトリに向けて、「ごめんなさい、別に貴方を責めるつもりはないの」と首を振った。
「ただ、私だって何も考えずに突っ立っていた訳じゃないって事を理解して欲しくて、もし感情的になって良いなら銃なんて簡単に殺せるモノは使わないわ、ナイフでじっくり刺し殺すか血を流させて死んでいく様子をじっくり観察するもの、怒りを覚えていないわけじゃない、人並み以上には怒るわ、私も」
「そ……そうか」
そこまでやるのか、オイ。
トリは予想以上の答えに気圧されながら、辛うじて頷いた。何かチトゥィリの中にある覗いてはいけない深淵を、欠片でも覗き込んでしまった気がして。
若しかしてドヴァはとんでもない女性に好かれてしまったのではないかとトリは考える。無論それはチトゥィリに悟られないようにしなければならない。
先ほどの話題を頭の隅に追いやるように、トリは静かに人質の監視へと戻った。
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