命の重さ
「ホラッ、ほらっ、撃っちまうぜェ、背中に穴が空いちまうぜェェ、ハハハッ!」
充嗣が装填を終えて三人に銃口を向けていると、裏に続く通路からトリの声が聞こえて来る。そして数秒後に六人の男女が顔を出し、先頭の若い男が充嗣を見るや否や「ひッ」と声を上げた。
「あ? 今、お前、声出した? 出しちゃったァ?」
充嗣を見て驚いた男性に、通路から出て来たトリがにじり寄る。男性は自分の口に手を当てて、その場にしゃがみ込み必死で首を横に振った。その後頭部にトリがグロックを押し当て、ぐりぐりと擦り付ける。
トリに続きアジンが姿を見せ、「全員、今すぐ腹這いになれ」と六人全員をその場に伏せさせた。その後充嗣にハンドサインを送り、一人の男の足元に立つ。恐らくアジンは裏口から侵入したのだろう、トリが突入する前にある程度制圧を終えていたのだ。
拳を握り、開き、その動作を二回繰り返すハンドサイン。意味は裏制圧完了、そして役席の発見。恐らくアジンの足元に転がっている中年男性だろう、充嗣はゆっくりと頷き、撃鉄を起こした。
「オイ、お前、ここの責任者だな、金庫を開ける為の暗証番号が必要だ、さっさと吐き給えよ」
アジンが足元の中年男性を蹴飛ばし、仰向けに転がす。脇腹を強く蹴られた男性は噎せ、無様にも床の上でのたうち回った。アジンが目前にPL-02の拳銃を突き付け、引き金に指を掛ける。すると男は唾液を飛ばしながら必死に首を横に振った。
「や、ヤメロォ! お、俺は知らん、何も知らんぞ!」
「このカードを持っている時点で分かるだろう、お前が役席だ、さっさと吐け、でなければ――」
アジンが手に承認カードキーを持ちながら男を睨む。そして男が知らんと口にすると、無造作に隣の男の足を撃ち抜いた。バツン! と音が鳴り響き、男が「あァぁッ!?」と喚いた。突然足を弾丸で撃ち抜かれたのだ、さぞかし痛いだろう。
しかし、彼はここのルールを破ってしまった。
「あ、お前ェ、叫んだなァ? 叫んじゃったねェぇ?」
トリが男の元に歩み寄り、その顔面を思い切り踏みつける。痛みに喚いていた男は強く顔面を床に打ち付け、そのまま鼻をへし折った。そして痛みを感じる間もなく、トリが三発、後頭部に向けて引き金を引く。
バシュッ! バシュッ! バシュッ! という強い空気の漏れる音と共に、男の顔面が三度跳ねた。そしてその顔面からゆっくりと赤色が広がり、僅かな痙攣を経て死体と成り果てる。中年の男はその死に様を蒼褪めた表情で見ていた。
「あ~ぁ~、死んでしまったよ、まだ若いのに、お前が渋ったせいで死んでしまった、可哀想に、お前のせいで、あぁ、何て不孝なのだろうか」
アジンは言う、そのセリフは悲壮感に満ちていると言うのに、当の本人は嬉し気ですらあった。喜々として人の死を受け入れる、そして目の前の人物が口を割るまで続ける。トリは撃ち殺した男の顔面を蹴飛ばすと、その死に顔を中年男性の方へと向けた。綺麗に穴の開いた顔面を見せられた男は、「ひあァッ!?」と声を上げる。
「ほら、人を殺した感想はどうだ役席? 存外、呆気ないモノだろう? お前が吐かないと、またこうなる、一回問いに答えなかった場合、一発、足か腕に撃ち込む、なぁに人間には二本の腕と二本の足があるンだ、気長に行こうじゃァないか」
アジンは笑う、狂気的に笑う。そして男に再度問いかける。
「暗証番号、教えて欲しいなァ」
「し、ッ、し、知らないッ!」
「知らないか、そうか」
ぶんっ、とアジンの腕が振るわれ。男の頬を強かに打つ。肉を打つ音が鳴り響き、次いでトリのグロックが火を噴いた。選ばれたのはトリの近くに居た女性、その右足に鉛弾が貫通する。誰が選ばれてもおかしくなかった、今ロビーで腹這いになっている人質は全員恐怖に震えていた。
彼女もその一人、そして運悪く選ばれてしまった。
声を出せば殺される、だから彼女は口に両手を当てて必死に声を我慢しようとしていた。そして撃ち抜かれた瞬間、「ンぐゥッ!」とくぐもった悲鳴を上げる。目から涙を流し、いやいやと首を振って体を痙攣させる。凄まじい痛みに違いない、泣き喚きたいに違いない、けれどソレをしたら殺されてしまう。
女性の目の前に来たトリが、「おぉォ、スゲェ、強いねぇ」と感嘆の声を上げた。
「どうやら次の人質は存外粘るらしい、それでは気兼ねなく質問できるな、素晴らしい事だ―― それで、暗証番号は?」
「し……しっ、し、知らない」
中年男性は殴られた頬を抑えながら、脂汗を垂らして答える。そして答えを聞いた瞬間、再度トリのグロックがバシュン! と音を鳴らした。今度は逆の足、膝の辺りを弾丸が穿つ。「っッゥァ――」と女性が悲鳴を押し殺し、体をビクンと大きく跳ねさせた。両足から赤い血が流れ、白いフローリングを染める。
「あぁ、これじゃ出血多量で死ぬな、急いであげよう、さぁ、暗証番号を」
女性の出血量を見てアジンはそう判断した。故に質問は素早く、中年男性は目を左右に彷徨わせ、何度も撃ち抜かれた女性とアジンを見比べ、絞り出すように「しっ、ら、しらな、い」と言った。
「――ドヴァ」
「分かっている」
アジンが振り向きもせず充嗣を呼び、充嗣は静かにリボルバーを人質に向けた。女は両足から血を流し、顔面をくしゃくしゃにしながら痛みに耐えていた。その女の額に向けて一発、ボッ! とマグナム弾が女の額を撃ち抜き、床に穴を穿つ。
痛みに涙を零していた女は、そのまま涙と脳髄の中に沈み、べちゃりと力なく斃れた。
「ァぁ、えっ、ぁあ、な、何でッ!?」
中年男性が悲惨な表情で叫ぶ、大してアジンは何が問題なのかも分からないと言った風に肩を竦め、言い放った。
「あのまま出血多量で死なれると後味悪いし、ほら、一思いに殺してあげた方が良いだろう? 何て優しい強盗なんだろうか、俺達は、もう手足を撃ち抜くのはやめておこう、次からは額に一発ずつ、弾も勿体ないしな」
エコにも貢献してるぜ、俺達。そんな事をトリが口にして、充嗣も同意した様に頷く。それを見た中年男性は絶望した表情を浮かべ、アジンが上から見下ろしたまま再三問うた。
「さぁ、暗証番号を寄越せ」
中年男性の視線がアジンから逸れる、その瞬間充嗣は近くにいた銀行職員と思われる女性の後頭部に銃口を強く押し当てた。瞬間、堰を切った様に女が叫ぶ。
「いッ、嫌、嫌よ、いやっ、やめてェッ、死にたくないィッ!」
この場のルールとか、叫んだら殺されるとか、そう言う状況判断をかなぐり捨てて女は叫んでいた。声は銀行内に響き、下手すれば外にも聞こえてしまうだろう。この銀行の窓はそれ程大きくも無く、ブラインドカーテンが降りている為簡単には見えないが、音ばかりはどうしようもない。
充嗣は「叫んだな」と冷たく言い放ち、引き金に掛かった指を引き絞った。ルールはルール、どんな状況であれば破ったら死ぬしかない。
「ま、待てッ、待ってくれェッ! 頼む、お願いだッ!」
中年の男が叫ぶ、しかし充嗣が止まる事は無く、ボッ! という鈍い音と共に女の顔面が弾けた。フローリングに額を叩きつけ、ビクンッ! と体が何度も痙攣する。そのまま白目を剥き、女は簡単に息絶えた。
「よし、じゃあ、ドンドン逝こうか」
中年の男は呆然と這い蹲り、目の前で殺された女性を凝視する。
アジンがトリに合図を出し、トリは近くに居た男の襟元を掴み引っ張り上げた。その怪力を以て男は無理矢理膝立ちにさせられ、その側頭部に銃口を突き付けられる。若い男は銃口に視線を向け、ガチガチと歯を鳴らしていた。
「暗証番号は?」
「あ……あぁ――ァ」
中年男性は視線を忙しく彷徨わせ、フローリングに転がったままガタガタと震え出す。アジンは肩を竦ませ、すっと手を挙げた。それを見たトリがより一層、男性の側頭部に銃口を押し付ける。
「あッ、やめろッ、先輩っ、助けて下さいッ! 先輩ィっ!」
どうやら男は中年の後輩君だったらしい。目の前で震える上司に必死に思いの丈をぶつける、しかし当の本人は震えるだけだ。それを解答と見做し、アジンは上げた手のひらを握った。
「まぁ、何だ―― 来世じゃ銀行で働くのはやめとけ」
トリが不愛想に笑い、引き金を引いた。バシュッ! と軽い音と共に男の頭部が横に弾け、そのままぐるんと眼球が回る。そして硬いフローリングに横たわった男はビクンと一度だけ跳ね、そのまま静かになった。
「あぁ、本当に糞みたいな上司だな、お前、何人見殺しにしたよ? さっさと吐けば助かったのに、そんなに金が大事か、客の命よりも、部下の命よりも、自分の命よりも」
人質がお前含め、五人になってしまった。最初は九人居たのに、お前のせいで四人死んだぞ。
アジンはそう言って中年の男を蹴飛ばした。ゴッ! と鈍い音が鳴って、男の顔が吹き飛ぶ。そのままゴロゴロと横に転がり、男は自身の頭を庇って蹲った。「俺の、俺のせいじゃ、俺は」とブツブツ呟き震える様は実に無様だ。
「何かもう、面倒だ」
アジンがそう言うと充嗣とトリが視線を交わし、そぞれぞ別々の人質の前に立つ。そして伏せたまま震える彼ら、彼女等の頭部に銃口を突き付けた。アジンは中年男性の腹部を思い切り蹴飛ばし、噎せた男の髪を掴む。そして男の顔の横に銃口をちらつかせると、それを一番近い男性客の側頭部に向ける。
「一人一人殺しても面倒だから、三人まとめて殺す、お前が次の質問に答えなかったら、次の瞬間、三人の人間が命を落とす、勿論、お前のせいでな、さっきの数を合わせると七人だ、七人殺せばここじゃ極刑だなぁ――さぁ、行ってみよう」
カチッ、とアジンの引き金が音を鳴らし、伏せた男の体がビクンッと跳ねた。凄まじい恐怖だろう、アジンに銃口を向けられた男性客の股から水音がなる。恐ろしさのあまり失禁してしまったらしい。
「暗証番号、教えてくれるかな?」
アジンはゆっくりと、言い聞かせる様に問うた。
男の震えは最高潮に達し、目が充血し涙が止まらない。唾液まで飛ばし、「お、おぉ……お」と声を絞り出そうとしていた。アジンは続きを促す為、更に引き金を絞った。「ひィァ!」と銃口を向けられた男性客が叫び、中年男性の肩が跳ねた。
「お、おしッ、教えるッ! 分かった、お、俺が、暗証番号のロックを解除するッ! だから、だからもうやめてぐれェッ!」
額をフローリングに叩きつけ、中年男性が叫んだ。その瞬間、トリと充嗣は銃口を天井に向け、何度も頷く。男性客に銃口を向けていたアジンも、そっとその矛を下ろし中年男性を無理矢理立たせた。
「良く言ってくれた、同志、俺はとても嬉しい、さぁ行こうか」
「も、もう殺さないか? 誰も、だれも殺さないか?」
「勿論だ、無用な殺生は好まない、同じ人間だろう? さぁ、役目を果たしてくれ」
ふらつきながら立ち上がった中年男性は、酷い泣き顔でアジンに縋った。アジンはとても優しい声色で頷き、もう誰も殺さないと約束する。その声に背を押された男は「だ、大丈夫、大丈夫だ」とフラフラ歩き出す。アジンもその背を追って歩き出し、充嗣とトリは再び人質の見張りに戻った。
残った人質は四人、最初九人だった事を考えると、大分減った。その辺に転がっている死体を見て、充嗣は「減ったな」と口にした。
「あ? あぁ、盾か、まぁそうだな、しかし、くっそ、やっぱ役割を演るってのは疲れるな」
トリ的には人質の数より狂人の演技の方が堪えるらしい、実に彼らしいと言うべきだろうか。情報を引き出すには恐怖が最も効果的だが、度を過ぎると頑なに口を結んでしまう。その塩梅がとても難しい。
充嗣は意味も無く回転式弾倉を回しながら、這い蹲って震える人質を見ていた。こういう時、ゲーム時代は楽だったとしみじみ思う。画面の向こう側なら、ボタン一つで人質を黙らせる事も出来たのに。
明日こそ休みます。




